可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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ベルモンテ公爵邸の豪華な門をくぐると、そこはまばゆいばかりの光と、吐き気がするほど甘ったるい香水の香りに満ちていた。


私はカシアン閣下の腕に軽く手を添えながら、会場を一瞥した。


「……閣下。この会場の照明、無駄に多すぎますわね。シャンデリアのロウソクが三十本ほど過剰です。この熱気のせいで、令嬢たちの化粧が〇・二ミリほど溶け出していますわよ。公衆衛生上の観点からも、速やかに照度を下げるべきですわ」


「……! 照度と化粧の厚みの相関関係を指摘するなんて! 相変わらず君の視点は、美学よりも科学に近い。最高だ、ミリアーナ」


カシアン閣下は、今や「氷の軍神」の仮面を完璧に被っている。
周囲の貴族たちは、彼の圧倒的な威圧感と、その隣に立つ見慣れない(しかし恐ろしく美しい)令嬢の姿に、波が引くように道を開けた。


「……あら。あそこにいらっしゃるのは、絶滅危惧種の『おバカな鳥』ではありませんか?」


私の視線の先。
会場の壁際で、何やら必死に高官たちに話しかけている男がいた。
ウィルフレッド王子だ。
かつての威風堂々とした面影はなく、寝不足なのか目の下にクマを作り、ネクタイは案の定、左に五度傾いている。


そして、その腕にしがみついているのは、フリルをこれでもかと盛り付けた桃色のドレスに身を包んだルルアさん。
……あまりのフリルの多さに、まるで歩く砂糖菓子のようだ。


「……。閣下、行きましょうか。ゴミの収集時間がやってまいりましたわ」


「ああ。存分に片付けてくれ。私は後ろで、君の罵倒という名の旋律を堪能させてもらうよ」


私たちが近づくと、ウィルフレッド様がようやくこちらに気づいた。
彼は目を見開き、手にしたワイングラスを危うく落としそうになった。


「み、ミリアーナ……!? お前、その格好は……!」


「……。お久しぶりですわ、ウィルフレッド様。まず第一に、挨拶よりも先に絶叫するのはマナー違反です。第二に、そのネクタイ。三日前のものと同じ結び目ですね。使い回しですか? あるいは、新しい結び方を覚える知能が、ついに枯渇したのですか?」


「なっ……! 貴様、久しぶりに会った元婚約者に、開口一番それか!」


「事実を述べているだけです。それからルルアさん。そのドレスのフリル。……数えましたけれど、合計で三百八十二個ありますわね。その一つ一つが空気抵抗を生み出し、あなたの移動効率を著しく下げています。その無駄な装飾のせいで、周囲に加齢臭……失礼、香水の悪臭を撒き散らしている自覚はありますか?」


「ひ、ひどいですわぁ! ミリアーナ様、せっかくルルアが『お元気ですかぁ?』って話しかけようと思ったのにぃ!」


ルルアさんがいつものように目に涙を溜めて、ウィルフレッド様の胸に顔を埋める。
しかし、ウィルフレッド様の反応は、以前とは少し違っていた。


「……ルルア、少し黙っていてくれ。……ミリアーナ、お前、カシアン公爵とどういう関係だ? なぜ隣国の公爵が、お前のような可愛げのない女を連れているんだ!」


「可愛げ、ですか。閣下、お聞きになりました? 私にそのような欠陥があるそうですわよ」


カシアン閣下は、私の肩を抱き寄せ、ウィルフレッド様を氷のような瞳で見下ろした。


「可愛げ?……ああ、殿下には、彼女のこの『鋭利な美しさ』が理解できなかったようだね。……残念だが、ミリアーナは今、私の専属秘書であり、グランヴィル公爵家の心臓部だ。彼女がいないと、私の領地は一日たりとも正しく機能しない」


「秘書!? 公爵が、女を秘書にしているというのか!?」


「ええ。そして彼女は私を、毎日、毎時間、熱心に罵倒し、正してくれる。……君には分からないだろうな。この『正論で叩き潰される』という至高の快楽が」


カシアン閣下の言葉に、会場全体が凍りついた。
……閣下、お願いですから公衆の面前で変態的な告白をするのはおやめください。私の評価まで下がります。


「……殿下、聞こえましたか? 私がいなくなって、あなたの執務室はゴミ溜めになっていると聞き及んでおりますわよ。……そのネクタイの曲がり具合が、今のあなたの統治能力を如実に表していますわね。不潔で、不完全で、極めて見苦しい」


「お、お前……! 俺をそんな風に言えるのは、お前だけなんだぞ! 戻ってこい! 戻ってきて、今すぐこの書類の山と、ルルアの不始末をどうにかしろ!」


「……。お断りしますわ」


私は扇を広げ、冷ややかに笑った。


「私は今、非常に忙しいのです。隣国の無能な公爵を一人前の人間に育てるという、不可能に近い任務を遂行中ですので。……あなたの相手をしている暇はありません。……あ、最後に一つ。ルルアさん、鼻の頭のファンデーションが浮いていますわよ。脂っこいものばかり食べているからでしょうね。不潔ですわ」


「き、キーッ! ミリアーナ様なんて、大嫌いですわぁ!」


ルルアさんの悲鳴を背に、私は優雅に背を向けた。
あちらの国は、もう終わりですわね。
王子の後悔。聖女(自称)の焦り。
すべてが、私の計算通り。


「……さて、閣下。メインディッシュの毒味(査察)は済みましたわ。次は、この会場の料理がいかに不衛生かを厨房に説教しに行きましょうか?」


「ああ、どこへでもついていくよ、私の女王様。……今の罵倒、特に『知能が枯渇した』というフレーズ、後で詳しく反復横跳びしながら聞かせてくれないか?」


「……。閣下、それは不採用です。却下ですわ。……さあ、歩きなさい!」


私は赤ペンを持つように閣下の腕を掴み、次の「戦場」へと向かった。
私の可愛くない反撃は、これからが本番ですわ。
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