可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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「待て……! 待つんだ、ミリアーナ!」

背後から、必死さを隠しきれない声が飛んできた。
振り返れば、ウィルフレッド様がルルアさんの制止を振り切り、こちらへ詰め寄ってきている。
その足元はふらつき、瞳には「自分が正しいと信じたい」という、ひどく見苦しい執着が混ざっていた。

私は冷ややかに眉を上げ、カシアン閣下の腕を離して向き直った。

「……何か? 殿下。貴重なパーティーの時間を、あなたの不毛な叫び声で汚染しないでいただけますか? あなたの声の周波数は、私の耳にとって非常に非効率的なノイズですわ」

「ミリアーナ……。お前、やはり怒っているんだろう? あの日のことは、俺も少し感情的すぎたと思っている。……特別だ。お前のこれまでの無礼を、俺の広い心で『なかったこと』にしてやろうと言っているんだ!」

「……。……。……は?」

あまりの論理の飛躍に、私は思わず絶句した。
隣で様子を伺っていたカシアン閣下が、口元を押さえて「くっ、くふふ……素晴らしい、この絶望的な認知の歪み……!」と悶えている。

「殿下。あなたの脳細胞は、ついに自己保身のための妄想を作り出すフェーズに突入したのですか? 『なかったこと』にする? 公衆の面前で婚約を破棄し、私を侮辱し、あまつさえその不潔な指で私を指差した事実を、どの面(ツラ)で消去できるとおっしゃるのです?」

「だから、俺が『許す』と言っているんだ! ルルアも側妃で我慢させると言っている。お前は正妃として、今まで通り俺の補佐をすればいい。……お前も、本当は辛いんだろう? こんな得体の知れない隣国の変態公爵のところで、無理をして働かされているのは!」

「……! 変態……公爵……! ついに公認された……!」

カシアン閣下がなぜか誇らしげに胸を張ったが、私はそれを無視して一歩前に出た。

「いいですか、ウィルフレッド様。私にとっての『辛いこと』とは、あなたのネクタイを毎日直し、あなたの小学生以下の算術ミスを修正し、あなたの鼻毛の安否を確認することでしたわ。……今の私は、世界で最も自由で、最も効率的な時間を過ごしております」

「強がるな! お前がいなくなってから、王宮の予算案は破綻し、茶葉は届かず、トイレットペーパーすら不足しているんだぞ! これは国家の危機だ! お前には責任があるだろう!」

「それは私の責任ではなく、あなたの無能さが招いた自業自得(当然の帰結)ですわ。私が十年かけて築いたシステムを、わずか数日で崩壊させるなんて……ある意味、破壊の天才ですわね。不潔なだけでなく、破壊神としての才能までお持ちだとは驚きですわ」

私は扇で口元を隠し、クスクスと冷笑を漏らした。
ウィルフレッド様の顔が、屈辱で真っ赤に染まっていく。

「それに、損得勘定もできないのですか? 私は今、カシアン閣下からあなたの提示していた額の三倍以上の給与をいただいております。しかも、閣下は私の罵倒を『ご褒美』として受け入れるという、非常に扱いやすい……いえ、素直な性質をお持ちです。あなたのような、正論を言われるたびに逆上するコストの高い男の元に戻るメリットが、一ミリでもあるとお思い?」

「き、貴様……金か!? 愛よりも金というのか!」

「愛? 愛とは、相手の成長を促し、環境を整え、未来への投資を惜しまないことでしょう? あなたの愛は、ただの『依存』と『甘え』です。そんな不純物は、私の人生という美しい帳簿には一円の価値もありませんわ。……今すぐ、その腐った提案をゴミ箱に捨ててきなさい」

「ミ、ミリアーナ様ぁ! 殿下にそんな言い方、あんまりですわぁ!」

ようやく追いついてきたルルアさんが、泣きながら私の肩を掴もうとした。
私はそれを鮮やかにかわすと、彼女のドレスの裾を指差した。

「触らないで。……それよりルルアさん。先ほどから気になっていたのですが、あなたのそのドレス、左側の裾が二センチほどほつれていますわよ。そこから糸が抜けて、最終的には全裸になる可能性があります。……公衆の面前で晒し者になりたくなければ、今すぐ退場して裁縫セットを握りなさい。愛では糸は繋がりませんわよ?」

「えっ!? 全裸!? い、いやぁぁぁ!」

ルルアさんが自分の裾を必死に押さえてうずくまる。
実際にはほんの数ミリのほつれだが、彼女のような臆病者には「全裸」というキーワードだけで十分な心理的制圧になる。

「……さあ、閣下。ゴミの相手は疲れましたわ。喉が渇きましたので、最も殺菌レベルの高い蒸留水を持ってきていただけますか? 不純物の多い会話をした後は、体内を洗浄する必要がありますわ」

「もちろんだ、ミリアーナ! 今の『一円の価値もない』という宣告……最高だったよ。私の心という帳簿も、君の赤ペンで真っ赤に塗り潰してほしい!」

カシアン閣下は、呆然と立ち尽くす王子をゴミを見るような目で見下ろすと、私の腰を抱き寄せた。

「……殿下。彼女を『可愛くない』と言って捨てたのは、君の人生最大の損失だったね。……もっとも、そのおかげで私が最高の秘書……いや、未来の公爵夫人を手に入れられたのだから、感謝してもいいが」

「未来の公爵夫人……だと!?」

ウィルフレッド様の驚愕の声を背に、私たちは優雅にその場を去った。
……公爵夫人だなんて、閣下が勝手におっしゃっているだけですけれど。
でも、あのおバカ王子のマヌケな顔を見られただけで、今日の「査察」は満点ですわ。

「……閣下。夫人だなんて、いつ私が承諾しましたの? 不適切な情報操作は、重大な契約違反ですわよ」

「……。ああ、ミリアーナ。君に契約違反だと責められるのも、また一興だ。……だが、君を二度とあのゴミ溜め(王宮)には帰さない。それは私の命に代えても守るべき、唯一の非効率的な情熱だよ」

「……。ふん、相変わらず暑苦しい男ですわね。……あ、そこの給仕! グラスの持ち方が不潔ですわ! やり直しなさい!」

私は照れ隠しに近くの給仕を叱りつけながら、カシアン閣下の隣を誇らしげに歩いた。
復縁なんて、天地がひっくり返ってもあり得ませんわ。
だって、私をこんなに「正しく」叱らせてくれるのは、世界でこの変態だけなのですから。
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