可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「……ル、ルルア! 大丈夫か!? 顔を上げろ、しっかりするんだ!」

ウィルフレッド様が、ワイン塗れのルルアさんを抱き起こそうと必死になっている。
周囲の貴族たちは、もはや「王家の恥」を見るような冷ややかな視線を隠そうともしていない。
そんな中、ルルアさんは濡れた睫毛を震わせながら、しなだれかかるように王子に寄り添った。

「うっ、うぅぅ……。殿下ぁ、ルルア、とっても恥ずかしいですぅ……。皆様に、こんなに汚い姿を見られて……。きっと、ミリアーナ様がわざと足を引っかけたんですわぁ」

「……。閣下、お聞きになりました? 彼女、先ほどの物理的な軌道すら無視して、今度は因果関係まで捏造し始めましたわよ。不潔なだけでなく、虚言癖までお持ちとは。もはや救いようのない不良債権ですわね」

私は呆れ果て、扇で顔を半分隠しながらカシアン閣下を見上げた。
閣下は「不良債権……! 経済用語で女性を断罪するなんて、君は本当に私の魂の調律師だ……!」と頬を染めて震えている。

私は一歩、地を這う二人に近づいた。
逃げ出そうとするルルアさんの視線を、逃がさないように射抜く。

「ルルアさん。先ほどから『か弱い』『悲劇』と連呼していますが、あなたのその演技には致命的な欠陥がありますわ。……いいですか、悲劇のヒロインとして美しく散りたいのであれば、まずはその弛(たる)みきった姿勢を正しなさい」

「な、なんですってぇ!? ルルアは今、傷ついているんですのよぉ!」

「その『傷つき方』が非効率的なのです。先ほど転んだ際、あなたの体は無様に地面に叩きつけられましたが、あれは体幹が絶望的に欠如している証拠。本当にか弱い女性を演じるなら、倒れる瞬間まで美しく、周囲が思わず手を差し出したくなるような『重力との調和』を見せるべきです。今のあなた、ただの『重心の制御を失った肉の塊』ですわよ」

「に、肉の塊……!? 淑女に向かって、なんて不潔な暴言を!」

ルルアさんが顔を真っ赤にして叫ぶが、私は止まらない。
手帳のペン先を彼女に突きつける。

「それから、その泣き顔。顔の筋肉を使いすぎて、表情筋が疲労しています。……いいですか、ルルアさん。美しく泣きたいなら、広背筋を鍛えなさい。背中の筋肉で上半身を支え、首筋のラインを完璧に保ったまま、一筋の涙を頬に伝わせる……それがプロのヒロインというものです。あなたのそれは、ただの水分排出。不衛生で不細工極まりないわ」

「こ、広背筋……!? 泣くのに背中の筋肉が必要だなんて、聞いたことありませんわぁ!」

「知らないから、あなたはいつまでも二流の泥棒猫止まりなのです。……殿下も同様です。そんな体幹の弱い女性を抱き抱える際、あなたの腕が震えていましたわよ。王族としての基礎体力が著しく不足しています。……まずは二人で、王宮の周りを五十周ほどランニングしてきなさい。脳内をリセットする前に、まずは肉体の不純物を排出すべきですわ」

「き、貴様ぁ……! この俺に、ルルアと走れというのか!」

ウィルフレッド様が憤慨するが、その横からカシアン閣下が冷ややかに口を開いた。

「……殿下。私の秘書の言葉は、グランヴィル公爵領における最高法規に等しい。……彼女が『走れ』と言えば、それは健康管理上、絶対的な正義なんだよ。……それを拒むというなら、我が公爵家は、貴国との経済交流を全面的に見直す準備がある。……もちろん、彼女が作成した『無能な王家との決別報告書』を添えてね」

「な……! 経済交流の停止だと!? この女一人のために、国交を揺るがすつもりか!」

「一人? ……心外だ。彼女は私の『すべて』だと言ったはずだが。……ミリアーナ。ゴミの再教育はこれくらいでいい。あまり長くここにいると、君の正論の純度が、この不潔な空気で薄まってしまう」

カシアン閣下は、私の肩を抱き寄せると、まるで勝利を宣言するように二人を見下ろした。
そして、私の耳元で囁く。

「……ミリアーナ。今の『肉の塊』と『広背筋』のコンボ。……最高だった。……後で私のことも、その冷徹な筋肉解剖学で徹底的に分析してくれないか? 私のどこが『肉の塊』なのか、詳しく教えてほしいんだ……」

「閣下。……あなたの場合は、筋肉よりも脳の構造を分析して、その変態的な回路を物理的に切断する必要がありそうですわね。不潔です。一メートル離れなさい」

「……っ!! 切断! 物理的な回路の破壊! ああ、君の愛情が深すぎて、私は……!」

私は、幸せそうに悶える閣下の腕を無理やり振り払うと、足早に会場の出口へと向かった。
背後で、ウィルフレッド様の「待て、ミリアーナ! 行くな!」という叫び声と、ルルアさんの「広背筋なんて嫌いですわぁ!」という泣き声が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。

「……さて。閣下。不快なものを見たせいで、私の視神経にダメージが蓄積されました。口直しに、最も殺菌レベルの高い紅茶と、糖分が厳密に計算されたケーキを要求します。……もちろん、あなたの財布でですわよ」

「もちろんだ! 君に財布を握られるなんて、最高のご褒美だ。……さあ、行こう。君のための、清潔で完璧なティータイムを用意させるよ」

私は、夜風に当たりながら馬車へと乗り込んだ。
王都のゴミ掃除は、これくらいで十分でしょう。
私の「可愛くない反撃」は、ついに彼らのプライドという名の脆い城壁を、粉々に砕き去ったのだから。

「ふふ。広背筋、本当に鍛えればいいのに。……無駄なフリルよりは、よほど役に立ちますわよ?」

私は月明かりに照らされた手帳に、大きく「不採用:ルルアの筋肉量」と書き込み、満足げに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

自発的に失踪していた夫が、三年振りに戻ってきました。「もう一度やり直したい?」そんな都合のいいことがよく言えますね。

木山楽斗
恋愛
セレント公爵家の夫人であるエファーナは、夫であるフライグが失踪してから、彼の前妻の子供であるバルートと暮らしていた。 色々と大変なことはあったが、それでも二人は仲良く暮らしていた。実の親子ではないが、エファーナとバルートの間には確かな絆があったのだ。 そんな二人の前に、三年前に失踪したフライグが帰って来た。 彼は、失踪したことを反省して、「もう一度やり直したい」と二人に言ってきたのである。 しかし、二人にとってそれは許せないことだった。 身勝手な理由で捨てられた後、二人で手を取り合って頑張って来た二人は、彼を切り捨てるのだった。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...