可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

八雲

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「……ル、ルルア! 大丈夫か!? 顔を上げろ、しっかりするんだ!」

ウィルフレッド様が、ワイン塗れのルルアさんを抱き起こそうと必死になっている。
周囲の貴族たちは、もはや「王家の恥」を見るような冷ややかな視線を隠そうともしていない。
そんな中、ルルアさんは濡れた睫毛を震わせながら、しなだれかかるように王子に寄り添った。

「うっ、うぅぅ……。殿下ぁ、ルルア、とっても恥ずかしいですぅ……。皆様に、こんなに汚い姿を見られて……。きっと、ミリアーナ様がわざと足を引っかけたんですわぁ」

「……。閣下、お聞きになりました? 彼女、先ほどの物理的な軌道すら無視して、今度は因果関係まで捏造し始めましたわよ。不潔なだけでなく、虚言癖までお持ちとは。もはや救いようのない不良債権ですわね」

私は呆れ果て、扇で顔を半分隠しながらカシアン閣下を見上げた。
閣下は「不良債権……! 経済用語で女性を断罪するなんて、君は本当に私の魂の調律師だ……!」と頬を染めて震えている。

私は一歩、地を這う二人に近づいた。
逃げ出そうとするルルアさんの視線を、逃がさないように射抜く。

「ルルアさん。先ほどから『か弱い』『悲劇』と連呼していますが、あなたのその演技には致命的な欠陥がありますわ。……いいですか、悲劇のヒロインとして美しく散りたいのであれば、まずはその弛(たる)みきった姿勢を正しなさい」

「な、なんですってぇ!? ルルアは今、傷ついているんですのよぉ!」

「その『傷つき方』が非効率的なのです。先ほど転んだ際、あなたの体は無様に地面に叩きつけられましたが、あれは体幹が絶望的に欠如している証拠。本当にか弱い女性を演じるなら、倒れる瞬間まで美しく、周囲が思わず手を差し出したくなるような『重力との調和』を見せるべきです。今のあなた、ただの『重心の制御を失った肉の塊』ですわよ」

「に、肉の塊……!? 淑女に向かって、なんて不潔な暴言を!」

ルルアさんが顔を真っ赤にして叫ぶが、私は止まらない。
手帳のペン先を彼女に突きつける。

「それから、その泣き顔。顔の筋肉を使いすぎて、表情筋が疲労しています。……いいですか、ルルアさん。美しく泣きたいなら、広背筋を鍛えなさい。背中の筋肉で上半身を支え、首筋のラインを完璧に保ったまま、一筋の涙を頬に伝わせる……それがプロのヒロインというものです。あなたのそれは、ただの水分排出。不衛生で不細工極まりないわ」

「こ、広背筋……!? 泣くのに背中の筋肉が必要だなんて、聞いたことありませんわぁ!」

「知らないから、あなたはいつまでも二流の泥棒猫止まりなのです。……殿下も同様です。そんな体幹の弱い女性を抱き抱える際、あなたの腕が震えていましたわよ。王族としての基礎体力が著しく不足しています。……まずは二人で、王宮の周りを五十周ほどランニングしてきなさい。脳内をリセットする前に、まずは肉体の不純物を排出すべきですわ」

「き、貴様ぁ……! この俺に、ルルアと走れというのか!」

ウィルフレッド様が憤慨するが、その横からカシアン閣下が冷ややかに口を開いた。

「……殿下。私の秘書の言葉は、グランヴィル公爵領における最高法規に等しい。……彼女が『走れ』と言えば、それは健康管理上、絶対的な正義なんだよ。……それを拒むというなら、我が公爵家は、貴国との経済交流を全面的に見直す準備がある。……もちろん、彼女が作成した『無能な王家との決別報告書』を添えてね」

「な……! 経済交流の停止だと!? この女一人のために、国交を揺るがすつもりか!」

「一人? ……心外だ。彼女は私の『すべて』だと言ったはずだが。……ミリアーナ。ゴミの再教育はこれくらいでいい。あまり長くここにいると、君の正論の純度が、この不潔な空気で薄まってしまう」

カシアン閣下は、私の肩を抱き寄せると、まるで勝利を宣言するように二人を見下ろした。
そして、私の耳元で囁く。

「……ミリアーナ。今の『肉の塊』と『広背筋』のコンボ。……最高だった。……後で私のことも、その冷徹な筋肉解剖学で徹底的に分析してくれないか? 私のどこが『肉の塊』なのか、詳しく教えてほしいんだ……」

「閣下。……あなたの場合は、筋肉よりも脳の構造を分析して、その変態的な回路を物理的に切断する必要がありそうですわね。不潔です。一メートル離れなさい」

「……っ!! 切断! 物理的な回路の破壊! ああ、君の愛情が深すぎて、私は……!」

私は、幸せそうに悶える閣下の腕を無理やり振り払うと、足早に会場の出口へと向かった。
背後で、ウィルフレッド様の「待て、ミリアーナ! 行くな!」という叫び声と、ルルアさんの「広背筋なんて嫌いですわぁ!」という泣き声が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。

「……さて。閣下。不快なものを見たせいで、私の視神経にダメージが蓄積されました。口直しに、最も殺菌レベルの高い紅茶と、糖分が厳密に計算されたケーキを要求します。……もちろん、あなたの財布でですわよ」

「もちろんだ! 君に財布を握られるなんて、最高のご褒美だ。……さあ、行こう。君のための、清潔で完璧なティータイムを用意させるよ」

私は、夜風に当たりながら馬車へと乗り込んだ。
王都のゴミ掃除は、これくらいで十分でしょう。
私の「可愛くない反撃」は、ついに彼らのプライドという名の脆い城壁を、粉々に砕き去ったのだから。

「ふふ。広背筋、本当に鍛えればいいのに。……無駄なフリルよりは、よほど役に立ちますわよ?」

私は月明かりに照らされた手帳に、大きく「不採用:ルルアの筋肉量」と書き込み、満足げに微笑んだ。
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