22 / 28
22
しおりを挟む
「……皆様! 聞いてくださいませ! このミリアーナ様こそ、恐ろしい魔女ですわ! 彼女は冷徹な言葉で人の心を操り、私と殿下の仲を引き裂こうとしているのです!」
王都の噴水広場。
そこには、ボロボロの平民服をまとい、髪を振り乱したルルアさんの姿があった。
どうやら舞踏会での大失敗により社交界から干され、なりふり構っていられなくなったらしい。
私は、視察の帰りに立ち寄ったその広場で、冷ややかに彼女を見下ろした。
カシアン閣下は、私の隣で「魔女……! ついに超越的な存在にまで昇華されたのか、ミリアーナ!」と、またしても変な感動に震えている。
「……。ルルアさん。まず第一に、公共の場で大声を張り上げるのは、騒音公害です。その絶叫のデシベル値は、周囲の商店の売上に悪影響を及ぼすレベルですわ。経済的損失を計算したことがありますの?」
「そんなの関係ありませんわ! 皆様、見てください! この冷たい目! 彼女は私が殿下に愛されているのが許せなくて、夜な夜な私の不始末を帳簿にまとめて、呪いをかけているんですわ!」
「……。……。……呪い?」
私は深く、深いため息をついた。
あまりの非論理的な主張に、私の脳細胞が抗議の声を上げている。
「それは呪いではなく『監査(オーディット)』と呼びますの。あなたが国庫から引き出したドレス代、宝石代、そしてエステ代。それらが正当な予算項目に該当しないことを、私は客観的なデータに基づいて指摘しただけですわ。……数字は嘘をつきませんが、あなたの脳内にはファンタジーが詰まっているようね。不潔ですわよ」
「嘘よ! 数字なんて、あなたが勝手に書き換えたに決まってますわ! 殿下だって、私の『愛』があれば国は安泰だっておっしゃっていたのに……!」
「愛で国が安泰になるなら、今すぐ近隣諸国の軍備を全てハートマークに塗り替えなさい。……いいですか、ルルアさん。あなたが『愛』と呼んでいるものは、ただの『搾取』ですわ。国民の血税を、自分のフリルに変える行為を、どの辞書が愛と定義しているのか教えていただけます?」
私が一歩踏み出すと、ルルアさんはビクリとして後ずさった。
広場に集まった平民たちは、当初はルルアの涙に同情的な目を向けていたが、私の「数字」と「税金」という単語を聞いた途端、その視線は険しいものに変わった。
「……そういえば、最近パンの値段が上がったのは、王宮の無駄遣いのせいだって噂だぜ」
「あのピンクの女、さっきから喚いているけど、言ってることに中身がねぇな」
周囲のひそひそ話が、ルルアさんの耳にも届いたらしい。
彼女は顔を青くし、最後の悪あがきとばかりに私を指差した。
「……っ! 皆様、騙されないで! 彼女は元悪役令嬢ですのよ! 殿下に婚約破棄されるような、可愛げのない、性格の歪んだ女なんですわ!」
「可愛げ、ですか。……ルルアさん。あなたの定義する『可愛げ』とは、思考を停止させ、他人に依存し、物理法則を無視してワインの海にダイブすることかしら? ……それなら、私は一生、可愛げなど必要ありませんわ」
私は扇をパチンと閉じ、冷徹に言い放った。
「私は私の言葉で、この国の不純物を排除する。……閣下、お聞きなさい。彼女は私を『悪役令嬢』と呼びました。……光栄なことですわね。正論を吐く者が悪役とされるのなら、私は喜んでその役を引き受けましょう」
「……! 悪役……! 正義をなぎ倒す、美しき毒の華! ミリアーナ、君こそ真の支配者に相応しい! さあ、この愚かな女に、トドメの『論理的抹殺』を与えてやってくれ!」
カシアン閣下は、もはや応援団のような熱量で私を煽っている。
「……言われるまでもありません。ルルアさん。あなたの今現在の立ち位置、風下ですわよ。あなたの流した涙の成分が蒸発し、不潔な湿気となって私の方へ流れてきています。……今すぐその涙を拭き、ハローワーク……いえ、職業紹介所へ行きなさい。自分の筋肉で稼いだ金でパンを買い、その空腹で自分の愚かさを噛み締めなさい。それが、唯一あなたに残された『更生』の道ですわ」
「う、うわぁぁぁん! ミリアーナ様なんて、大っ嫌いですわぁぁぁ!」
ルルアさんは、かつてのパーティー会場と同じように、泣き叫びながら広場から走り去っていった。
もはや、彼女を追いかける「騎士」も「王子」も、そこにはいなかった。
広場に残されたのは、完璧な秩序を保って立つ私と、幸せそうに悶える変態公爵、そして……感銘を受けたように拍手を送り始める平民たちだけだった。
「……閣下。拍手はやめさせてください。非効率的です。……それより、次の視察先へ。……あ、言い忘れましたが。閣下、今のルルアさんの真似をして『私も嫌いと言ってほしい』なんて口走ったら、即座に給与を五割カットしますわよ」
「……!! なぜ私の心が読めるんだ! 五割カット……! 生活の困窮という新たな苦痛を与えてくれるのか! ああ、ミリアーナ……!」
「早く歩きなさい、この廃棄物!」
私は、意気揚々と(?)歩き出した閣下の後ろを追いながら、手帳に大きくバツ印を書いた。
ルルア、排除完了。
次は……あの、未だに未練がましく手紙を送ってくる「鼻毛王子」の始末ですわね。
王都の噴水広場。
そこには、ボロボロの平民服をまとい、髪を振り乱したルルアさんの姿があった。
どうやら舞踏会での大失敗により社交界から干され、なりふり構っていられなくなったらしい。
私は、視察の帰りに立ち寄ったその広場で、冷ややかに彼女を見下ろした。
カシアン閣下は、私の隣で「魔女……! ついに超越的な存在にまで昇華されたのか、ミリアーナ!」と、またしても変な感動に震えている。
「……。ルルアさん。まず第一に、公共の場で大声を張り上げるのは、騒音公害です。その絶叫のデシベル値は、周囲の商店の売上に悪影響を及ぼすレベルですわ。経済的損失を計算したことがありますの?」
「そんなの関係ありませんわ! 皆様、見てください! この冷たい目! 彼女は私が殿下に愛されているのが許せなくて、夜な夜な私の不始末を帳簿にまとめて、呪いをかけているんですわ!」
「……。……。……呪い?」
私は深く、深いため息をついた。
あまりの非論理的な主張に、私の脳細胞が抗議の声を上げている。
「それは呪いではなく『監査(オーディット)』と呼びますの。あなたが国庫から引き出したドレス代、宝石代、そしてエステ代。それらが正当な予算項目に該当しないことを、私は客観的なデータに基づいて指摘しただけですわ。……数字は嘘をつきませんが、あなたの脳内にはファンタジーが詰まっているようね。不潔ですわよ」
「嘘よ! 数字なんて、あなたが勝手に書き換えたに決まってますわ! 殿下だって、私の『愛』があれば国は安泰だっておっしゃっていたのに……!」
「愛で国が安泰になるなら、今すぐ近隣諸国の軍備を全てハートマークに塗り替えなさい。……いいですか、ルルアさん。あなたが『愛』と呼んでいるものは、ただの『搾取』ですわ。国民の血税を、自分のフリルに変える行為を、どの辞書が愛と定義しているのか教えていただけます?」
私が一歩踏み出すと、ルルアさんはビクリとして後ずさった。
広場に集まった平民たちは、当初はルルアの涙に同情的な目を向けていたが、私の「数字」と「税金」という単語を聞いた途端、その視線は険しいものに変わった。
「……そういえば、最近パンの値段が上がったのは、王宮の無駄遣いのせいだって噂だぜ」
「あのピンクの女、さっきから喚いているけど、言ってることに中身がねぇな」
周囲のひそひそ話が、ルルアさんの耳にも届いたらしい。
彼女は顔を青くし、最後の悪あがきとばかりに私を指差した。
「……っ! 皆様、騙されないで! 彼女は元悪役令嬢ですのよ! 殿下に婚約破棄されるような、可愛げのない、性格の歪んだ女なんですわ!」
「可愛げ、ですか。……ルルアさん。あなたの定義する『可愛げ』とは、思考を停止させ、他人に依存し、物理法則を無視してワインの海にダイブすることかしら? ……それなら、私は一生、可愛げなど必要ありませんわ」
私は扇をパチンと閉じ、冷徹に言い放った。
「私は私の言葉で、この国の不純物を排除する。……閣下、お聞きなさい。彼女は私を『悪役令嬢』と呼びました。……光栄なことですわね。正論を吐く者が悪役とされるのなら、私は喜んでその役を引き受けましょう」
「……! 悪役……! 正義をなぎ倒す、美しき毒の華! ミリアーナ、君こそ真の支配者に相応しい! さあ、この愚かな女に、トドメの『論理的抹殺』を与えてやってくれ!」
カシアン閣下は、もはや応援団のような熱量で私を煽っている。
「……言われるまでもありません。ルルアさん。あなたの今現在の立ち位置、風下ですわよ。あなたの流した涙の成分が蒸発し、不潔な湿気となって私の方へ流れてきています。……今すぐその涙を拭き、ハローワーク……いえ、職業紹介所へ行きなさい。自分の筋肉で稼いだ金でパンを買い、その空腹で自分の愚かさを噛み締めなさい。それが、唯一あなたに残された『更生』の道ですわ」
「う、うわぁぁぁん! ミリアーナ様なんて、大っ嫌いですわぁぁぁ!」
ルルアさんは、かつてのパーティー会場と同じように、泣き叫びながら広場から走り去っていった。
もはや、彼女を追いかける「騎士」も「王子」も、そこにはいなかった。
広場に残されたのは、完璧な秩序を保って立つ私と、幸せそうに悶える変態公爵、そして……感銘を受けたように拍手を送り始める平民たちだけだった。
「……閣下。拍手はやめさせてください。非効率的です。……それより、次の視察先へ。……あ、言い忘れましたが。閣下、今のルルアさんの真似をして『私も嫌いと言ってほしい』なんて口走ったら、即座に給与を五割カットしますわよ」
「……!! なぜ私の心が読めるんだ! 五割カット……! 生活の困窮という新たな苦痛を与えてくれるのか! ああ、ミリアーナ……!」
「早く歩きなさい、この廃棄物!」
私は、意気揚々と(?)歩き出した閣下の後ろを追いながら、手帳に大きくバツ印を書いた。
ルルア、排除完了。
次は……あの、未だに未練がましく手紙を送ってくる「鼻毛王子」の始末ですわね。
0
あなたにおすすめの小説
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。
しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。
ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。
セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
自発的に失踪していた夫が、三年振りに戻ってきました。「もう一度やり直したい?」そんな都合のいいことがよく言えますね。
木山楽斗
恋愛
セレント公爵家の夫人であるエファーナは、夫であるフライグが失踪してから、彼の前妻の子供であるバルートと暮らしていた。
色々と大変なことはあったが、それでも二人は仲良く暮らしていた。実の親子ではないが、エファーナとバルートの間には確かな絆があったのだ。
そんな二人の前に、三年前に失踪したフライグが帰って来た。
彼は、失踪したことを反省して、「もう一度やり直したい」と二人に言ってきたのである。
しかし、二人にとってそれは許せないことだった。
身勝手な理由で捨てられた後、二人で手を取り合って頑張って来た二人は、彼を切り捨てるのだった。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる