可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

文字の大きさ
23 / 28

23

しおりを挟む
王宮の執務室。かつて私が毎日磨き上げ、完璧な秩序を保っていたその場所は、今や見る影もなく荒れ果てていた。
床には書類が散乱し、空気はよどみ、高価な調度品の上には、私の指でなぞれば真っ黒になるほどのホコリが積もっている。


「……不潔。極めて、不潔ですわね。閣下、ここに入るには防護服が必要だったかもしれませんわ。この部屋の汚染レベルは、もはや生物学的危機の域に達しています」


私は扇で鼻を押さえながら、部屋の中央に座る男を見下ろした。
ウィルフレッド王子。彼は三日三晩着替えていないような薄汚れた服で、焦点の定まらない目で私たちを見上げた。


「み、ミリアーナ……。来てくれたのか! ああ、頼む、この書類を見てくれ! 何が何だか分からないんだ! 数字が、数字が勝手に動くんだ!」


「数字は動きません。動いているのは、あなたの震える指先と、現実から逃避しようとしているその貧弱な脳細胞ですわ。……閣下、例のものを」


私が促すと、カシアン閣下は隣で「貧弱な脳細胞……! 本日最大のパワーワードをありがとう、ミリアーナ」と小声で感謝を述べながら、一冊の重厚な青いファイルを机に叩きつけた。


「……殿下。これは私の秘書、ミリアーナ嬢が十年にわたり記録してきた、あなたの『業績』の集大成だ。……もっとも、世間ではこれを『汚職と無能の証拠集』と呼ぶようだがね」


ウィルフレッド様が、震える手でファイルを開く。
そこには、彼がルルアさんの機嫌を取るために勝手に引き出した公金の使途、不当な契約書、そして私が代筆したはずの書類の「改ざん跡」が、赤ペンでびっしりと注釈付きで記載されていた。


「な、なんだこれは……。なぜ、こんなことまで……」


「『なぜ』? ……。お聞きなさい、ウィルフレッド様。私はあなたの婚約者であったと同時に、この国の未来を守る『監査役』でもありました。あなたが私の目を盗んで行っていた端金(はしたがね)の横領など、私の計算能力をもってすれば、呼吸をするよりも簡単に看破できますわ」


私は一歩、机に詰め寄った。


「このファイルの一〇八ページをご覧なさい。先月の堤防工事の予算から、あなたがルルアさんのために買い与えた『特製イチゴのパフェ代』が捻出されていますわね。……イチゴのために領民の安全を売り渡す。その思考回路、一度解体して洗浄した方がよろしいのではないかしら?」


「そ、それは……ルルアがどうしても食べたいと言うから……!」


「責任を女性に転嫁するのは、男性としての魅力以前に、脊椎動物としての尊厳に関わりますわ。不潔です。……。……。……閣下、あちら(国王陛下)への報告は?」


カシアン閣下は、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


「既に済んでいる。このファイルの内容を見た国王陛下は、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになっていたよ。……。……。……殿下、いや、元殿下と言うべきかな。君の王位継承権は、今この瞬間をもって凍結された。……そして、オーブリー公爵家も、これまでの不正蓄財の全額返還を命じられている」


「な……っ。王位継承権が……凍結……? 嘘だ、そんなはずはない!」


ウィルフレッド様が絶叫し、椅子から転げ落ちる。
私はその無様な姿を、憐れみすら感じない冷徹な目で見つめた。


「……嘘ではありません。数字は、常に残酷なまでに真実を映し出す鏡なのです。……あなたが私を『可愛くない』と切り捨てた時、あなたは同時に、自分の身を守る唯一の『盾』をも捨てたのですわ。……。……。……さようなら、ウィルフレッド様。次にお会いする時は、王牢の鉄格子の隙間の清掃状況について説教させていただきますわね」


「待て! ミリアーナ! 行かないでくれ! 俺が悪かった、俺がバカだったんだぁぁぁ!」


縋り付こうとする彼の手を、カシアン閣下が冷たく払いのけた。


「……触るな。私の大切な秘書に、その汚れた指で触れることは、万死に値する無礼だ。……行きましょう、ミリアーナ。この部屋に一秒長くいるだけで、君の正論の純度が下がってしまう」


私たちは、泣き叫ぶ元王子を背に、静かに執務室を後にした。
廊下に出ると、そこには既に近衛騎士たちが控えており、中の「ゴミ」を回収するために動き出していた。


「……ふぅ。これで一件落着ですわね。閣下、お疲れ様でした」


「……。……。……ミリアーナ。今の、最後の『王牢の清掃状況について説教』という台詞。……。……。……あまりのドSっぷりに、私は今、心臓が止まりそうだ」


カシアン閣下は、廊下の壁に手をつき、真っ赤な顔で呼吸を乱していた。


「……閣下。心臓が止まるのは重大な身体機能不全ですわ。今すぐ屋敷に戻って、三〇分間の深呼吸と、私への感謝を込めた経理報告書の作成に従事しなさい。……。……。……甘えた声を出さない! マイナス一〇〇点ですわよ!」


「……っ!! マイナス一〇〇点! ああ、今日という日が終わるのが惜しいくらいだ!」


私は、相変わらずの変態公爵を冷たく一瞥し、颯爽と歩き出した。
王都のゴミは、これで完全に片付いた。
明日からは、隣国の大掃除……いえ、領地経営という名の「最高の効率化」が待っている。


空は、どこまでも高く、澄み渡っていた。
私の「可愛くない反撃」は、完璧な勝利(チェックメイト)をもって、一つの幕を閉じたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

妻よりも幼馴染が大事? なら、家と慰謝料はいただきます

佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢セリーヌは、隣国の王子ブラッドと政略結婚を果たし、幼い娘クロエを授かる。結婚後は夫の王領の離宮で暮らし、義王家とも程よい関係を保ち、領民に親しまれながら穏やかな日々を送っていた。 しかし数ヶ月前、ブラッドの幼馴染である伯爵令嬢エミリーが離縁され、娘アリスを連れて実家に戻ってきた。元は豊かな家柄だが、母子は生活に困っていた。 ブラッドは「昔から家族同然だ」として、エミリー母子を城に招き、衣装や馬車を手配し、催しにも同席させ、クロエとアリスを遊ばせるように勧めた。 セリーヌは王太子妃として堪えようとしたが、だんだんと不満が高まる。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

自発的に失踪していた夫が、三年振りに戻ってきました。「もう一度やり直したい?」そんな都合のいいことがよく言えますね。

木山楽斗
恋愛
セレント公爵家の夫人であるエファーナは、夫であるフライグが失踪してから、彼の前妻の子供であるバルートと暮らしていた。 色々と大変なことはあったが、それでも二人は仲良く暮らしていた。実の親子ではないが、エファーナとバルートの間には確かな絆があったのだ。 そんな二人の前に、三年前に失踪したフライグが帰って来た。 彼は、失踪したことを反省して、「もう一度やり直したい」と二人に言ってきたのである。 しかし、二人にとってそれは許せないことだった。 身勝手な理由で捨てられた後、二人で手を取り合って頑張って来た二人は、彼を切り捨てるのだった。

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

処理中です...