可愛げのない女とは婚約破棄?では、遠慮なく可愛くない反撃を。

ハチワレ

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王都の端にある、湿気とカビの臭いが立ち込める古い長屋。
かつて贅の限りを尽くしたウィルフレッドとルルアは、今、そこにいた。

「……おい、ルルア。このスープは何だ。泥水のような色がしているし、何より温度が低すぎる。熱力学の法則を無視しているのか?」

ウィルフレッドが、欠けた木皿を差し出しながら力なく呟く。
彼の服は汚れ、かつての王子の面影はどこにもない。

「そんなこと言われてもぉ! ルルア、火の点け方なんて知りませんわぁ! ミリアーナ様がいらした頃は、指を鳴らすだけで温かい食事が運ばれてきましたのにぃ!」

ルルアは、ボロボロになったフリルドレス(もはや雑巾に近い)の裾をいじりながら、泣きべそをかいている。
彼女の自慢だった桃色の頬は、栄養不足と不摂生で土気色に変わっていた。

「……ミリアーナ。ああ、ミリアーナ……。彼女なら今頃、薪の燃焼効率を計算し、最も安価で栄養価の高い食材を選別し、俺を厳しく、だが完璧に管理してくれていたはずだ……」

「殿下ぁ! いつまであの可愛くない人の話をしているんですのぉ! ルルアの『愛』があれば、お腹なんて……うぅ、やっぱり空きますわぁ!」

二人が見苦しく言い争っていると、長屋の薄い扉が「ギィィ」と不快な音を立てて開いた。
差し込む光の中に現れたのは、磨き上げられた靴を履き、一点の曇りもないミッドナイトブルーのドレスを纏った私、ミリアーナだった。

「……。閣下、入る前に除菌スプレーを。この部屋の浮遊菌密度は、通常の市街地の五倍を超えていますわ。不用意に呼吸をすれば、肺が汚染されます」

「分かっているよ、ミリアーナ。……。……。……しかし、これほどまでに『無能が可視化された空間』は初めて見た。ある意味、見事な廃墟だね」

カシアン閣下が、鼻をハンカチで押さえながら私の後ろから顔を出した。
ウィルフレッドは、私を見るなり椅子から転げ落ち、這いずるようにして足元へ縋り付こうとした。

「ミ、ミリアーナ! 助けに来てくれたのか! ああ、頼む! この部屋を掃除してくれ! 帳簿をつけてくれ! 俺のネクタイを結んでくれぇ!」

「……。触らないでいただけます? あなたの指先に付着している皮脂汚れで、私のドレスの資産価値が〇・五パーセント下落します。不潔ですわ」

私は冷徹に一歩下がり、手帳を取り出した。

「今日は助けに来たのではありません。あなた方の現在の生活における『非効率性』と『公衆衛生上の問題点』を最終監査しに来ただけです。……まず、そのスープ。塩分濃度が高すぎますわね。将来的な高血圧のリスクを考慮していないのですか? 貧困層こそ、健康管理という名の資産を守るべきでしょう」

「健康管理なんて、そんな余裕……!」

「余裕がないのは、あなたの時間の使い方が絶望的に下手だからですわ。……それから、ルルアさん。先ほどからずっと、その汚れた裾をいじっていますが、その動作で毎秒約二〇〇個の繊維ゴミが室内に飛散しています。あなたの存在そのものが、この狭い部屋の空気質を悪化させている自覚はありますか?」

「ひ、ひどいですわぁ! ミリアーナ様ぁ、ルルア、もう限界なんですぅ! お風呂にも三日入っていませんし、お肌がカサカサでぇ!」

「三日入っていない? ……。……。……閣下、お聞きになりました? 生物学的なテロリズムですわね。人間として最低限の洗浄工程すら怠るとは。……いいですか、ルルアさん。肌がカサカサなのは、広背筋を鍛えないから代謝が落ちているのです。今すぐこの床で腕立て伏せを百回行いなさい。汗と共に不純物を排出すれば、少しはマシな顔になりますわ」

「この床で腕立て!? こんな汚い床でぇ!?」

「汚いと思うなら、なぜ掃除をしないのですか? 清掃は最もコストのかからない環境改善策ですわ。……殿下もです。そのネクタイ。……。……。……もはやネクタイではなく、首に巻き付いたただの布切れですわね。結び目が右に一五度傾いています。あなたの精神の歪みが、物理的なベクトルとなって現れていますわよ。不潔で、不細工で、極めて見苦しい」

私は、手に持っていた「生活改善マニュアル(説教つき)」を、机の上に叩きつけた。

「これを読みなさい。一ページ目には『効率的な雑巾の絞り方』、二ページ目には『一リラで買える栄養価の最大化リスト』を載せておきました。……もっとも、あなた方にこれを理解する知能が残っていればの話ですが」

「ミリアーナ……。俺を、俺を捨てないでくれ……! 俺が悪かった! お前は正しかったんだ! 正論こそが正義だ!」

「今更気付いても遅いですわ。……。……。……閣下、もう行きましょう。これ以上ここにいると、私の知性まで伝染(うつ)って低下してしまいそうです。……あ、最後に一つ。ウィルフレッド様」

私は出口で振り返り、最高に冷ややかな笑みを浮かべた。

「鼻毛が出ていますわよ。……。……。……それも、左右一本ずつ。不揃いなのが、今のあなたの計画性のなさを如実に物語っていますわね。さようなら、永遠に」

「あ、あああ……っ!!」

ウィルフレッドの絶叫と、ルルアの「腕立て伏せなんて嫌ですわぁぁ!」という泣き声が響く中、私たちは長屋を後にした。

外の空気は、驚くほど澄んでいた。
カシアン閣下は、私の肩を抱き寄せ、心底幸せそうに溜息をついた。

「……。……。……ミリアーナ。今の『精神の歪みが物理的なベクトルとなって現れている』という指摘。……。……。……痺れたよ。君の正論は、もはや哲学の域だ」

「……。閣下。……その感銘の仕方は非効率的です。……次は、公爵邸の図書室の整理整頓ですわよ。もたもたしていると、あなたの蔵書をすべて背表紙の色のグラデーション順に並べ替えさせますわ!」

「グラデーション順! 色の判別に丸一日かかる過酷な作業! ああ、ミリアーナ……! 君に支配される毎日は、なんて輝いているんだ!」

私は、意気揚々と馬車へ向かう変態公爵を冷たく一瞥し、かつての婚約者のことなど一秒で記憶のゴミ箱へ放り捨てた。
私の「可愛くない反撃」は、完璧な終焉を迎えた。
そして、ここから始まるのは、私とこの変な男による、世界で最も「正しく、厳しい」溺愛の日々なのだ。
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