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「……ええい、この請求書は何だ! 宝石商のロドリゲスから、一千万ゴルドの請求が来ているぞ!」
王宮の私室に、アレン王子の怒号が響き渡った。
目の前には、煌びやかなピンクダイヤモンドのティアラを頭に乗せたリリィが、不思議そうに首を傾げている。
「まあ、アレン様。それ、私が昨日注文した『真実の愛の記念セット』ですよ?」
「記念セットだと!? ただのティアラとネックレスに、なぜ一千万もかかるんだ!」
「だってぇ、ロドリゲスさんが『リリィ様にぴったりの、世界に一つだけの限定品です』って言うんですもの。アレン様のお妃になるなら、これくらい持っていないと恥ずかしいって」
リリィは潤んだ瞳でアレンを見つめ、そっとその腕に触れた。
「アレン様……リリィに、恥ずかしい思いをさせるおつもりですか……?」
「うっ……。そ、それはもちろん、そんなつもりはないが。しかし、今は予算が……」
「ニーア様なら、もっと高いものをたくさん買っていたって聞きましたよ? リリィは、ニーア様より愛されていないのでしょうか……」
「そ、そんなことはない! 分かった、支払おう。ロドリゲスには後で分割払いの交渉を……」
そこへ、冷や汗を拭いながら王室専属の宝飾鑑定士が入ってきた。
「……殿下、申し上げにくいのですが。そちらのティアラ、使われているのは最高級のダイヤではなく、ただの着色された魔石でございます。市場価格なら、せいぜい三万ゴルドといったところでしょうな」
「……何だと?」
アレンの顔から血の気が引いていく。
「な、何を言っているの!? ロドリゲスさんは『リリィ様が純粋だから、特別に貴重な石をご用意しました』って言ったのよ!」
「お言葉ですがリリィ様。商人は『純粋』な客を『カモ』と呼びます。……以前のニーア様であれば、石の屈折率を瞬時に見抜き、原価の五パーセント増し以上の価格ならその場で商人を国外追放に追い込んでおりましたが」
鑑定士の言葉に、リリィは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「もう! ニーア様ニーア様って、みんなあんな性格の悪い女の話ばかり! リリィは、もっと可愛いものが欲しかっただけなのに!」
「……リリィ、君。まさか他にも何か注文しているのか?」
アレンが震える声で尋ねると、リリィは視線を逸らして指を弄んだ。
「ええと……特注のドレス百着と、リリィ専用のピンク色のお城の設計図と、あと、お友達を呼ぶための豪華客船を三隻ほど……」
「客船を……三隻……!?」
「だって、みんなでパーティーした方が楽しいじゃないですか! ニーア様が貯めていたお金、いっぱいあるんでしょう?」
「……それはもう、彼女が慰謝料として全部持って行ったんだ!」
アレンは膝から崩れ落ちた。
聖女のように見えていたリリィは、悪意があるわけではない。ただ、致命的なまでに「数字」と「現実」の概念が欠如していたのだ。
「……殿下。さらに残念なお知らせがございます」
財務卿が、もはや無表情で報告書を持ってきた。
「リリィ様が『可愛いから』という理由で王宮の噴水に放流した熱帯魚ですが。あれ、実は隣国の国魚でして、非常に獰猛な肉食魚です。現在、王宮の庭園の池にいた貴重な観賞魚を、一匹残らず食い尽くしております」
「……損害額は?」
「希少価値を含め、およそ八千万ゴルドでございます」
リリィは「あら、お魚さんたち、お腹が空いていたのね!」と呑気に笑っている。
アレンは、初めて悟った。
ニーアがリリィに対して厳しく当たっていたのは、嫉妬や嫌がらせではない。
この「歩く国家予算破壊兵器」から、必死に国を守ろうとしていたのだと。
「……ニーア。君は……君は一体、どんな地獄と戦っていたんだ……」
アレンの呟きは、リリィが注文した特注オルゴールの能天気なメロディにかき消されていった。
王宮の崩壊は、もはや時間の問題であった。
王宮の私室に、アレン王子の怒号が響き渡った。
目の前には、煌びやかなピンクダイヤモンドのティアラを頭に乗せたリリィが、不思議そうに首を傾げている。
「まあ、アレン様。それ、私が昨日注文した『真実の愛の記念セット』ですよ?」
「記念セットだと!? ただのティアラとネックレスに、なぜ一千万もかかるんだ!」
「だってぇ、ロドリゲスさんが『リリィ様にぴったりの、世界に一つだけの限定品です』って言うんですもの。アレン様のお妃になるなら、これくらい持っていないと恥ずかしいって」
リリィは潤んだ瞳でアレンを見つめ、そっとその腕に触れた。
「アレン様……リリィに、恥ずかしい思いをさせるおつもりですか……?」
「うっ……。そ、それはもちろん、そんなつもりはないが。しかし、今は予算が……」
「ニーア様なら、もっと高いものをたくさん買っていたって聞きましたよ? リリィは、ニーア様より愛されていないのでしょうか……」
「そ、そんなことはない! 分かった、支払おう。ロドリゲスには後で分割払いの交渉を……」
そこへ、冷や汗を拭いながら王室専属の宝飾鑑定士が入ってきた。
「……殿下、申し上げにくいのですが。そちらのティアラ、使われているのは最高級のダイヤではなく、ただの着色された魔石でございます。市場価格なら、せいぜい三万ゴルドといったところでしょうな」
「……何だと?」
アレンの顔から血の気が引いていく。
「な、何を言っているの!? ロドリゲスさんは『リリィ様が純粋だから、特別に貴重な石をご用意しました』って言ったのよ!」
「お言葉ですがリリィ様。商人は『純粋』な客を『カモ』と呼びます。……以前のニーア様であれば、石の屈折率を瞬時に見抜き、原価の五パーセント増し以上の価格ならその場で商人を国外追放に追い込んでおりましたが」
鑑定士の言葉に、リリィは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「もう! ニーア様ニーア様って、みんなあんな性格の悪い女の話ばかり! リリィは、もっと可愛いものが欲しかっただけなのに!」
「……リリィ、君。まさか他にも何か注文しているのか?」
アレンが震える声で尋ねると、リリィは視線を逸らして指を弄んだ。
「ええと……特注のドレス百着と、リリィ専用のピンク色のお城の設計図と、あと、お友達を呼ぶための豪華客船を三隻ほど……」
「客船を……三隻……!?」
「だって、みんなでパーティーした方が楽しいじゃないですか! ニーア様が貯めていたお金、いっぱいあるんでしょう?」
「……それはもう、彼女が慰謝料として全部持って行ったんだ!」
アレンは膝から崩れ落ちた。
聖女のように見えていたリリィは、悪意があるわけではない。ただ、致命的なまでに「数字」と「現実」の概念が欠如していたのだ。
「……殿下。さらに残念なお知らせがございます」
財務卿が、もはや無表情で報告書を持ってきた。
「リリィ様が『可愛いから』という理由で王宮の噴水に放流した熱帯魚ですが。あれ、実は隣国の国魚でして、非常に獰猛な肉食魚です。現在、王宮の庭園の池にいた貴重な観賞魚を、一匹残らず食い尽くしております」
「……損害額は?」
「希少価値を含め、およそ八千万ゴルドでございます」
リリィは「あら、お魚さんたち、お腹が空いていたのね!」と呑気に笑っている。
アレンは、初めて悟った。
ニーアがリリィに対して厳しく当たっていたのは、嫉妬や嫌がらせではない。
この「歩く国家予算破壊兵器」から、必死に国を守ろうとしていたのだと。
「……ニーア。君は……君は一体、どんな地獄と戦っていたんだ……」
アレンの呟きは、リリィが注文した特注オルゴールの能天気なメロディにかき消されていった。
王宮の崩壊は、もはや時間の問題であった。
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