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計画
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神官のレイはアンリを促して、廊下を進んでいった。
どこへ行くのかと思ったら、どうやら王宮の建物内のようだった。彼は護衛のいない通路を、右へ左へ進んでいった。その静かだが軽快な足取りに、アンリは密かに下を巻いた。聞きたいことは山ほどあったが、背中が声を立てるなと語っていた。女性のような細身の後ろ姿だったが、頼もしさがひしと感じられた。迷いのないまっすぐな背中だった。
レイがゆっくりと速度を落として、ついに足をとめた。暗くてすぐにはわからなかったが、場所の存在自体は知っていた。軍の作戦会議室だった。ただ、そこもひっそりと静まり返っており、アンリは首を傾げてレイの顔を窺った。レイは臆せず中へ入ると、壁に沿って歩き始めた。一枚の大きな絵がかかっている場所で立ち止まり、それと向き合うと、手をかけてゆっくりと外した。かなりの重量なはずなのだが、静かな所作でそっと床へ下ろす。壁が現れるだろうと思っていた場所は空洞になっていた。アンリはレイの横まで来て、口をぽかんとあけた。その奥は暗かったが、下へ続く階段が見えた。「こんな場所があるなんて…」アンリはため息と共に驚きの声を漏らした。レイは目で頷くと、姫の手を取り階段へ導いた。先は見えずほぼ闇に近かった。どこまでも下り、心が折れそうにさえなった。ただ、遠くに微かに灯りが見えると、二人はほっとして顔を見合わせた。近づいていくほど眩しい光が溢れると同時に、数人の話し声が空間に響いて届いた。レイは腰を低くして先へ進み、アンリも倣ってそれに続いた。階段が終わると、その先には扉があり、部屋らしきものがあった。中は見えなかったが、こちらも見つかりにくいため、かえって好都合だった。聞こえてくる声は六人ほどだったが、アンリにもそれと分かる声の主がいた。キヌンだった。彼らは酒を飲んでいるようで、雑談のような会話が行き交っていた。ただ、レイが動じず待ち続けるため、アンリも待機するしかなかった。こんな秘密の部屋があることは聞かされていなかったが、基本的に姫の耳に入ることはないだろう。よほどの密令の場所なのかもしれなかった。軍の上層部にいるキヌンが、ここにいるのは不自然ではなかった。
「ほんとキヌンについて正解だったな」
何気なく誰かが言った言葉が、アンリの耳にとまった。思わずレイと顔を合わせる。
男たちの会話は続いた。
「だが、本当にうまくいくんだろうな」
「大丈夫さ。この計画は狂わない。王は俺のことを信じきっているからな」
「いつ決行される」
「できるだけ早い方がいい。いつか足がつく可能性もあるしな」
「今の遠征の地が整い次第、北へ軍を進めるよう促す。その時だ」
「誰が王の首をとる」
「責任を持って、俺がやるよ」
アンリは思わずぞっとして両腕を掴んだ。そう言った声の主こそ、キヌン本人だったのだ。彼が主犯。彼が企んだ計画なのだ。
「さすが頼りになるぜ」
「次世代の王に乾杯だな」
「我ら神官の希望」
そう言って彼らはグラスを合わせた。またげらげらと笑い声が響き、雑談に戻った。
震える姫を気遣いながら、レイはそっと肩を押し階段へ引き返した。ずっと上りが続くのだが、アンリは全てを振り払うように急ぎ足で進んでいった。じわりと涙が滲んだが、ここで泣き崩れるわけにはいかなかった。彼らに見つかってしまうわけにはいかない。なんとしても、父を守らなければならない。
作戦室はどこか別世界のようで、アンリは夢から覚めたように落ち着きを取り戻した。レイはまたそっと絵を壁にかけ直すと、「ここでは話せませんから、場所をかえましょう」と耳元でそっと呟いた。アンリは精一杯頷くと、レイの後に続いた。彼は召使いが使うような裏の勝手口から外へ出た。どこかで羽織ものを手に入れたらしく、それをアンリにそっと渡した。綺麗な星空と、熱を失ってさらさらと風に運ばれる砂たち。裸足で砂を踏むことなど、かなり久しぶりの出来事だった。思っていたよりも大地は人間に優しく語りかけてくれていたのだ。アンリはいつの間にか泣いていた。ここ最近の不安に押しつぶされ、そしてついに究極の悪夢となったのだ。何をどうすればいいのか、自分には到底重すぎてどうしようもできない。レイは何も言わずゆっくり前を歩き続けた。
やっと足を止めたのは、川の手前だった。東と西を分かつ偉大な川。しばらく歩いたため、アンリも少し冷静になっていた。近くに腰掛けられそうな岩を見つけて、レイはそこへ姫を案内した。
「どうしてここへ?」
久しぶりに口にする言葉としては、少しとぼけて聞こえた。あれだけ色々なことがあったのだが、今は疑問に思ったことをすぐ口にできる嬉しさがあった。レイは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません。王宮の近くでは、万が一のことがありますから」
確かにここは川のせせらぎが心地よく、話し声も自然には敵わない。遠くまで見渡すことができ、誰かが近づいてくればすぐに気付くことができるだろう。アンリは十分納得できて、話を続けた。
「なぜあなたは、私を連れて行ってくれたの?」
思い返せば、すぐに胸が痛む。ただ、はっきりとさせたかった。不思議なことがありすぎる。
「僕は神殿に仕える見習いですから、王宮の事情など、何も知りませんでした」
レイはさして感情も込めず、淡々と述べた。
「ただ、この間、お告げを聞いたのです。メリアメ王の生命が危ないこと。身近な者から裏切り者が出ること。そして、それを阻止しなければならないこと。そのためには、アンリ様、あなたの力も必要になります」
「……?」
すんなりと収まる話ではなかった。今まで神を拝んではきたものの、その存在が本当にあるとは信じてこなかった。お告げなど、実際に有り得る話なのだろうか。
「阻止できる方法があるの?」
一番肝心なのはそこだった。彼の言っていることは嘘だとは思いにくかった。少なくとも、他の誰もが気付かないであろうキヌンの裏切りを知っている。
「あります。険しい道にはなりますが。アンリ姫にも辛い思いをさせてしまうかもしれません」
「父を救えるのなら、何だってします。これからどうすれば?」
「メリアメ王が北へ遠征したとき、四方の兵が寝返り、皆が王の首をとりに行きます。それだけの兵から王を守るためには、同等の数を集めなければなりません。残念ながらそれは不可能に近い。けれど、たった一つ、希望があるのです」
恐ろしい話だった。アンリは羽織の上から、肌をさすった。レイは姫の様子を気遣って一度口をつぐむ。「大丈夫、続けて」か細い声だったが、アンリはすぐさま言った。
「この地に、戦いの神がいます。彼の使命こそ、メリアメ王を救うこと。僕たちは神を仲間にし、すぐに北へと向かいます」
「戦いの神?」
「アンリ姫も、一度お会いしていますよ。あなたが神殿の前で襲撃されたとき、美しく舞っていた者です」
アンリははっとした。やはり彼は只者ではなかったのだ。あれは人間の動きとはかけ離れていた。
「神様だったの?」
アンリはそっと訊ねた。戦い方は人間離れしていたものの、その後に佇んでいた彼は、神々しさの欠片もなかった。その違和感がずっと片隅にあった。
「いえ、彼は多分、我々と同じ人間でしょう。だから、きっとお願いすれば、応えてくれるはずです」
そう言ってレイは西の地を眺めた。つられてアンリも顔を向ける。死者の眠る土地。灯りは全くなく、かすかな星の光で、岩肌の輪郭がぼんやりと見えるだけだった。
「彼は西の地にいます。明日、僕は彼を訪ねようと思います。アンリ様、あなたはどうされますか?王宮を抜け出すことは危険なので、おすすめはできませんが」
「行くわ。もう待つことはできない」
凛々しい表情だった。不安や迷いは全て内に秘め、しっかりと前を見据えていた。
アンリが宴の会場に戻ると、護衛にすぐ発見された。
王宮に入る前にレイとは別れており、アンリはしっかりしなければならなかった。
「アンリ姫、こんな夜中にどうされたのですか。とっくに就寝の時間は過ぎていますよ」
護衛は畏まりながらも、注意している口調だった。こんな時間に出歩いている姫を、不審に思っていることだろう。アンリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。宴の時に、ペンダントを失くしてしまったみたいなの。妹にもらった大事なものだから、どうしてもじっとしていられなくて」
姫は僅かに瞳を濡らした。護衛はぎょっとして慌てて慰める。
「すみません、言いすぎました。私が探しますから」
レイの案だった。怪しまれないで王宮に戻るための作戦だった。実はすでにレイは会場に、ペンダントを落としていったそうだ。アンリも本心を隠すことなど、当に慣れてしまっていた。何かを守るための嘘なら、怖くはなかった。
「アメジストの装飾がついた、三日月のペンダントなの」
二人は別方向に分かれ、床を見てまわった。アンリも実際はどこにあるのかわからないので、本当に探さなくてはならなかった。護衛が火を灯しはしたが、それでも見づらく、会場の広さにげんなりとした。王宮に戻ってきたことで少し安心し、どっと疲れが湧いていたのだ。アンリにとっては人生で一番衝撃的な一日だった。
「アンリ姫!ありました!」
護衛が興奮した様子で声を上げた。二人は急ぎ足でお互いに近づいていく。炎を受けて、小さいながらにきらりと光を放っていた。アンリも滅多に見ないほど、美しい品だった。別れ際レイが「アンリ様に差し上げます。守りの術をかけてありますから」と言った言葉が蘇った。不思議な少年だった。謎めいた微笑みは、心の奥を簡単に見透かしている余裕が感じられた。
「これだわ、ありがとう」
アンリは護衛から受け取ると、すぐに首につけた。体がじんわりと熱を持ったようで、力が出た気がした。目には見えないもの。本当に存在するのか、思い込みがそう思わせるのか。少なくともアンリは、レイの力を信じてみたかった。
護衛に送られ部屋へと戻った。できるだけ静かに、ベッドに戻る。アマネはぐっすりと眠り込んでいるようだった。アンリは大きく深呼吸をする。あの小さな女の子がくれた紙切れは、足跡がつかないようにとレイが持って帰っていた。ここへ帰ってくると、まるで全てが夢の出来事だったような、不思議な感覚に襲われた。
ただ、絶対に忘れてはいけない。
アンリはそう思いつつ、落ちるように眠りについた。
どこへ行くのかと思ったら、どうやら王宮の建物内のようだった。彼は護衛のいない通路を、右へ左へ進んでいった。その静かだが軽快な足取りに、アンリは密かに下を巻いた。聞きたいことは山ほどあったが、背中が声を立てるなと語っていた。女性のような細身の後ろ姿だったが、頼もしさがひしと感じられた。迷いのないまっすぐな背中だった。
レイがゆっくりと速度を落として、ついに足をとめた。暗くてすぐにはわからなかったが、場所の存在自体は知っていた。軍の作戦会議室だった。ただ、そこもひっそりと静まり返っており、アンリは首を傾げてレイの顔を窺った。レイは臆せず中へ入ると、壁に沿って歩き始めた。一枚の大きな絵がかかっている場所で立ち止まり、それと向き合うと、手をかけてゆっくりと外した。かなりの重量なはずなのだが、静かな所作でそっと床へ下ろす。壁が現れるだろうと思っていた場所は空洞になっていた。アンリはレイの横まで来て、口をぽかんとあけた。その奥は暗かったが、下へ続く階段が見えた。「こんな場所があるなんて…」アンリはため息と共に驚きの声を漏らした。レイは目で頷くと、姫の手を取り階段へ導いた。先は見えずほぼ闇に近かった。どこまでも下り、心が折れそうにさえなった。ただ、遠くに微かに灯りが見えると、二人はほっとして顔を見合わせた。近づいていくほど眩しい光が溢れると同時に、数人の話し声が空間に響いて届いた。レイは腰を低くして先へ進み、アンリも倣ってそれに続いた。階段が終わると、その先には扉があり、部屋らしきものがあった。中は見えなかったが、こちらも見つかりにくいため、かえって好都合だった。聞こえてくる声は六人ほどだったが、アンリにもそれと分かる声の主がいた。キヌンだった。彼らは酒を飲んでいるようで、雑談のような会話が行き交っていた。ただ、レイが動じず待ち続けるため、アンリも待機するしかなかった。こんな秘密の部屋があることは聞かされていなかったが、基本的に姫の耳に入ることはないだろう。よほどの密令の場所なのかもしれなかった。軍の上層部にいるキヌンが、ここにいるのは不自然ではなかった。
「ほんとキヌンについて正解だったな」
何気なく誰かが言った言葉が、アンリの耳にとまった。思わずレイと顔を合わせる。
男たちの会話は続いた。
「だが、本当にうまくいくんだろうな」
「大丈夫さ。この計画は狂わない。王は俺のことを信じきっているからな」
「いつ決行される」
「できるだけ早い方がいい。いつか足がつく可能性もあるしな」
「今の遠征の地が整い次第、北へ軍を進めるよう促す。その時だ」
「誰が王の首をとる」
「責任を持って、俺がやるよ」
アンリは思わずぞっとして両腕を掴んだ。そう言った声の主こそ、キヌン本人だったのだ。彼が主犯。彼が企んだ計画なのだ。
「さすが頼りになるぜ」
「次世代の王に乾杯だな」
「我ら神官の希望」
そう言って彼らはグラスを合わせた。またげらげらと笑い声が響き、雑談に戻った。
震える姫を気遣いながら、レイはそっと肩を押し階段へ引き返した。ずっと上りが続くのだが、アンリは全てを振り払うように急ぎ足で進んでいった。じわりと涙が滲んだが、ここで泣き崩れるわけにはいかなかった。彼らに見つかってしまうわけにはいかない。なんとしても、父を守らなければならない。
作戦室はどこか別世界のようで、アンリは夢から覚めたように落ち着きを取り戻した。レイはまたそっと絵を壁にかけ直すと、「ここでは話せませんから、場所をかえましょう」と耳元でそっと呟いた。アンリは精一杯頷くと、レイの後に続いた。彼は召使いが使うような裏の勝手口から外へ出た。どこかで羽織ものを手に入れたらしく、それをアンリにそっと渡した。綺麗な星空と、熱を失ってさらさらと風に運ばれる砂たち。裸足で砂を踏むことなど、かなり久しぶりの出来事だった。思っていたよりも大地は人間に優しく語りかけてくれていたのだ。アンリはいつの間にか泣いていた。ここ最近の不安に押しつぶされ、そしてついに究極の悪夢となったのだ。何をどうすればいいのか、自分には到底重すぎてどうしようもできない。レイは何も言わずゆっくり前を歩き続けた。
やっと足を止めたのは、川の手前だった。東と西を分かつ偉大な川。しばらく歩いたため、アンリも少し冷静になっていた。近くに腰掛けられそうな岩を見つけて、レイはそこへ姫を案内した。
「どうしてここへ?」
久しぶりに口にする言葉としては、少しとぼけて聞こえた。あれだけ色々なことがあったのだが、今は疑問に思ったことをすぐ口にできる嬉しさがあった。レイは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません。王宮の近くでは、万が一のことがありますから」
確かにここは川のせせらぎが心地よく、話し声も自然には敵わない。遠くまで見渡すことができ、誰かが近づいてくればすぐに気付くことができるだろう。アンリは十分納得できて、話を続けた。
「なぜあなたは、私を連れて行ってくれたの?」
思い返せば、すぐに胸が痛む。ただ、はっきりとさせたかった。不思議なことがありすぎる。
「僕は神殿に仕える見習いですから、王宮の事情など、何も知りませんでした」
レイはさして感情も込めず、淡々と述べた。
「ただ、この間、お告げを聞いたのです。メリアメ王の生命が危ないこと。身近な者から裏切り者が出ること。そして、それを阻止しなければならないこと。そのためには、アンリ様、あなたの力も必要になります」
「……?」
すんなりと収まる話ではなかった。今まで神を拝んではきたものの、その存在が本当にあるとは信じてこなかった。お告げなど、実際に有り得る話なのだろうか。
「阻止できる方法があるの?」
一番肝心なのはそこだった。彼の言っていることは嘘だとは思いにくかった。少なくとも、他の誰もが気付かないであろうキヌンの裏切りを知っている。
「あります。険しい道にはなりますが。アンリ姫にも辛い思いをさせてしまうかもしれません」
「父を救えるのなら、何だってします。これからどうすれば?」
「メリアメ王が北へ遠征したとき、四方の兵が寝返り、皆が王の首をとりに行きます。それだけの兵から王を守るためには、同等の数を集めなければなりません。残念ながらそれは不可能に近い。けれど、たった一つ、希望があるのです」
恐ろしい話だった。アンリは羽織の上から、肌をさすった。レイは姫の様子を気遣って一度口をつぐむ。「大丈夫、続けて」か細い声だったが、アンリはすぐさま言った。
「この地に、戦いの神がいます。彼の使命こそ、メリアメ王を救うこと。僕たちは神を仲間にし、すぐに北へと向かいます」
「戦いの神?」
「アンリ姫も、一度お会いしていますよ。あなたが神殿の前で襲撃されたとき、美しく舞っていた者です」
アンリははっとした。やはり彼は只者ではなかったのだ。あれは人間の動きとはかけ離れていた。
「神様だったの?」
アンリはそっと訊ねた。戦い方は人間離れしていたものの、その後に佇んでいた彼は、神々しさの欠片もなかった。その違和感がずっと片隅にあった。
「いえ、彼は多分、我々と同じ人間でしょう。だから、きっとお願いすれば、応えてくれるはずです」
そう言ってレイは西の地を眺めた。つられてアンリも顔を向ける。死者の眠る土地。灯りは全くなく、かすかな星の光で、岩肌の輪郭がぼんやりと見えるだけだった。
「彼は西の地にいます。明日、僕は彼を訪ねようと思います。アンリ様、あなたはどうされますか?王宮を抜け出すことは危険なので、おすすめはできませんが」
「行くわ。もう待つことはできない」
凛々しい表情だった。不安や迷いは全て内に秘め、しっかりと前を見据えていた。
アンリが宴の会場に戻ると、護衛にすぐ発見された。
王宮に入る前にレイとは別れており、アンリはしっかりしなければならなかった。
「アンリ姫、こんな夜中にどうされたのですか。とっくに就寝の時間は過ぎていますよ」
護衛は畏まりながらも、注意している口調だった。こんな時間に出歩いている姫を、不審に思っていることだろう。アンリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。宴の時に、ペンダントを失くしてしまったみたいなの。妹にもらった大事なものだから、どうしてもじっとしていられなくて」
姫は僅かに瞳を濡らした。護衛はぎょっとして慌てて慰める。
「すみません、言いすぎました。私が探しますから」
レイの案だった。怪しまれないで王宮に戻るための作戦だった。実はすでにレイは会場に、ペンダントを落としていったそうだ。アンリも本心を隠すことなど、当に慣れてしまっていた。何かを守るための嘘なら、怖くはなかった。
「アメジストの装飾がついた、三日月のペンダントなの」
二人は別方向に分かれ、床を見てまわった。アンリも実際はどこにあるのかわからないので、本当に探さなくてはならなかった。護衛が火を灯しはしたが、それでも見づらく、会場の広さにげんなりとした。王宮に戻ってきたことで少し安心し、どっと疲れが湧いていたのだ。アンリにとっては人生で一番衝撃的な一日だった。
「アンリ姫!ありました!」
護衛が興奮した様子で声を上げた。二人は急ぎ足でお互いに近づいていく。炎を受けて、小さいながらにきらりと光を放っていた。アンリも滅多に見ないほど、美しい品だった。別れ際レイが「アンリ様に差し上げます。守りの術をかけてありますから」と言った言葉が蘇った。不思議な少年だった。謎めいた微笑みは、心の奥を簡単に見透かしている余裕が感じられた。
「これだわ、ありがとう」
アンリは護衛から受け取ると、すぐに首につけた。体がじんわりと熱を持ったようで、力が出た気がした。目には見えないもの。本当に存在するのか、思い込みがそう思わせるのか。少なくともアンリは、レイの力を信じてみたかった。
護衛に送られ部屋へと戻った。できるだけ静かに、ベッドに戻る。アマネはぐっすりと眠り込んでいるようだった。アンリは大きく深呼吸をする。あの小さな女の子がくれた紙切れは、足跡がつかないようにとレイが持って帰っていた。ここへ帰ってくると、まるで全てが夢の出来事だったような、不思議な感覚に襲われた。
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