太陽の猫と戦いの神

中安子

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離宮

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「え?お姉さま、出かけるの?」
 アンリが簡単に荷物をまとめているのを見て、アマネはびっくりして声を大きくした。
 こんなに急なことは初めてだった。いつもなら、あらかじめアマネにも一緒に行くかと声を掛けてくれる。
「ごめんね、今日は私一人で行くわ。街にどうしても欲しいものがあって」
「一緒に行っちゃだめなの?」
 アマネは小さい子供が拗ねるように、頬を膨らませた。
「ちょっと行ってすぐに帰ってくるから」
 姉はなだめるような口調で、それでも断固折れる姿勢を見せなかった。
「お姉さまのいじわる」
 アマネはぷいと背を向けて、部屋を出て行った。よくあることではあったが、アンリにも罪悪感はあった。だが、妹を危険に巻き込むわけにはいかなかった。これでいいのだ、と自分で納得するしかなかった。
「あら、お兄様こんにちは」
 扉の辺りでアマネの声が聞こえてきた。お兄様、と言ったことから相手は誰だか予想がついた。急に体が強ばる。気づかれないよう平静を装わなければならなかった。アンリは覚悟を決めて、扉の方へ向かった。
「やあ、アンリ」
 爽やかな表情でキヌンが現れた。日の照っている明るい中で見ても、キヌンには黒くもやがかっているようだった。いつも通りの態度だったので、アンリは胸をなでおろした。
「どうされたのですか」
「遠征が早まったんだ。明日には発つと思う。顔を見ておきたくて」
 内心どきりとした。昨夜の話がより現実味を帯びて思い出された。決行されるのだ、とアンリは心の中で痛感した。
「そうでしたか。何かあったのですか?」
「いや、メリアメ王が遠征に前向きなようで。早くした方が、敵の勢力も揃いにくいだろうから」
「長い遠征になるのですね。お気をつけて行ってきてください」
 キヌンはそっとアンリを抱きしめた。彼女は身を委ねるだけだった。アマネはまだ部屋の前で佇んでおり、二人の様子をそっと見守っていた。感情を閉じ込めたアンリと、アマネの目が合ってしまった。すぐに逸らしたが、心配そうな妹の顔が頭から離れなかった。
「出かけるの?」
 部屋の中の荷物が目に入ったようで、キヌンは調子を変えて訊ねた。
「ええ、少し街の方へ買い物に」
「そうか、気をつけて行くんだよ。今、街も物騒になってきてる」
 アンリは夫と向き合って、深く頷いた。
「ちょうどよかった。君が心配だから、僕の信頼の置ける護衛をつけようと思ってたんだ」
 昨日の行動を全て知っているのかと思うくらいだった。厳しく見張られてしまえば、父を救いに行くことはかなり困難になるだろう。
「ユウだ」
 足音が近づいてきていると思ったら、その正体はユウだった。彼は畏まってお辞儀をする。姉妹二人はぽかんとしてしまった。
「アマネの護衛はどうなるのですか」
「遠征が落ち着くまでは、アンリとアマネちゃん二人の護衛をしてもらう。できるだけ、一緒に行動してくれ」
「そうなの?」
 一番喜んだのは、言うまでもないアマネだった。
「できれば今日も、ユウを連れていってほしい。他の護衛には任せていられないからな」
 アンリは知っている顔にほっとしていた。ただの偶然だ。アンリを動かせないためのものではないはずだった。
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
 
 アンリは仕方なく、ユウとアマネと共に街へ向かった。アマネにきっぱり断ったあとだったため、少し決まりが悪かった。本当は一人で出かけ、そのまま王宮へは戻らないつもりだった。そのまま夜レイと合流し、西の地の神を訪ねる。あまり馴染みのない護衛ならばある程度わがままを言えるのだが、逆にアマネとユウには、冷たく言うことができなかった。どう言い訳するべきか、悩んでいた。アンリが何か考え込んでいるのを、妹は陽気な笑顔で覗き込んだ。
「どうしたの、お姉さま。お出かけしたかったんじゃないの?」
 突き抜けて嬉しそうな妹は、アンリの心を少し和ませた。
「すみませんアンリ様。ご同行しなければならないのを、お許し下さい」
 ユウは急にアンリの護衛も受け持ったことを、申し訳なく思っているようだった。そういえば、彼が顔を見せるのは久しぶりだった。あの日、ユウに頼み事をした時以来だった。良い報告ができていないのと合わせて、負い目を感じているのだろう。アンリは気持ちを切り替えて、明るい様子を見せた。
「気心知れたユウの方がいいに決まってるわ。二人の面倒を見るのは大変だと思うけど、できるだけ迷惑かけないようにするから、無理しないようにね」
「ありがとうございます」
「私とお姉さまの邪魔はしないようにね」
 妹の高飛車な言葉も、もう少しで聞けなくなると思うと愛らしかった。アンリは二人と顔を見合わせて微笑んだ。もうこれっきり会えない可能性もあるのだ。いくら戦いの神と共に行くとしても、無傷で帰れるとは考えていなかった。自分の身を自分で守れるほどの力もない。最期の言葉を残したかったが、怪しまれてはいけないと思い飲み込んだ。長年慕ってくれてずっと側に居てくれた妹だった。胸が熱くなるのを抑えられなかった。アンリは大きく深呼吸をする。彼女に危険な思いをさせるわけにはいかなかった。それこそ、後悔してもしきれなくなるだろう。
「探してるお店があるの。場所が定かでないから、少し街中を歩かなければならないわ。疲れるだろうから、ユウと何処かでお茶でも飲んでいたら?」
「どんなお店?お姉さまを一人きりにはさせないわ。危ないもの」
 聞き分けのいい妹ではないとわかっていた。そう答えるのも予想はついていた。アンリには考えがあった。街を歩いていく中で隙を見て、姿を眩ますしかなかった。できるだけ人ごみを選び、アマネたちとはぐれればいいのだ。
「宝石屋さんよ。キヌン様に差し上げようと思って」
 冷めた顔で言った。名前すら呼びたくはなかったが、贈り物の相手など、彼くらいしかいなかった。
「まあ、そうなのね。きっと喜ばれるわ」
 街の表通りは、人が賑わっていた。皆、美しい着物をまとった姫を目にするなり、ぎょっとして道をあけた。それでも、真っ直ぐに歩くことは出来ず、人の間を縫って進んでいった。
 アンリは何処かで引き離さなければならなかった。できるだけ早足で前を歩いてはいたのだが、ユウはさすがに護衛のエリートで、距離の少し離れた姫二人を見失うことはなかった。
 日が徐々に傾き始めて、さすがにアンリも焦り始めていた。アマネは疲れている顔をしていたが、「休みたい」とは言わなかった。彼女とユウを気遣ってあげなければいけなかった。アンリは小さな路地を見つけて、瞬時に駆け足で曲がった。ちょうど通行人が右へ左へ押し合っていたので、うまく紛れることができた。ただ、足は止めずに走り続けた。ユウとアマネが絶対に追いつけない距離までは、立ち止まるわけにはいかなかった。「ごめんね、アマネ」荒い呼吸と共に、小さく呟いた。
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