太陽の猫と戦いの神

中安子

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 ハルカが立って歩けるようになると、神殿は一層賑やかになった。
 予想通り、彼は一瞬にして神官達と仲良くなった。もう彼に命の危険はないと分かった五人も同様に、胸の不安が取れてすっきりと過ごす事ができた。もうすぐ二ヵ月が経とうとしていた。
「みんな、迷惑かけてすまなかった」
 久しぶりに六人が揃って顔を合わせた。ハルカは珍しく丁重に頭を下げたのだった。アンリは慌てて首を振った。
「元気になってくれて何よりです。もとはと言えば、私が受けたはずの傷ですから」
 六人の頭の中に、あの時の恐怖が蘇った。何をしても忘れる事は出来なかった。ここが平和すぎてどこか遠いもののように感じても、夢の話だとは思えなかった。そんな中、ハルカは明るく笑った。
「アンリちゃんが傷つくくらいなら、俺が何百回だって切られるよ」
「そんなに看病できませんからね」
 レイが釣られて言う。
「もう少し、ここでゆっくりできるでしょう?」
 アマネは頼むようにレイに言った。ハルカも万全ではなく、六人で明るく過ごせる時間が貴重に思えたのだった。一歩外へ出れば、また緊迫した日々を送らなければならない。
「そうですね。まだ少しだけ時間があります。出来るだけ、ハルカの全快を待ってここを出ましょう」
 六人は納得して頷いた。それを合図にそれぞれが仕事に戻っていったが、ハルカとシュウトはその場を離れなかった。対面するのは、実に久しぶりだった。
 回復していたのはシュウトも知っていたが、レイの邪魔になるのも気が引けて一度も部屋を訪れなかった。お互いに、寂しかったなんて口に出さなくても、顔を見れば分かった。どれだけ今この時を待ち望んでいたか。
「心配かけたな」
 ハルカは以前と何も変わらない調子だった。違うとすれば、まだ体に包帯をしっかりと巻いている点だけだ。たまに傷んで顔を厳しくさせる事もあったが、大抵は明るく振舞っていた。
「守れなくてごめん」
 シュウトは苦しげに俯いた。彼が回復してくれたとしても、傷跡は一生残る。恐ろしい記憶と痛みは忘れる事はできないだろう。
「何言ってんだ。俺ももう大人だ。自分の言動の責任は、ちゃんと自分で取るさ」
 彼に後悔の念は一切感じられず、むしろ清々しいくらいだった。
「アンリちゃんが無事だった。それだけで十分だ」
 シュウトにも彼が本心で述べている事が分かったため、これ以上は何も言わず頷くだけにとどめた。一息つくと、改まって一言付け加えた。
「もう無茶はしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」
 ハルカは嬉しそうににんまりと笑った。
 歩けるようになったとは言え、体はすっかり衰えていた。ずっと寝たきりだったため、体全身強ばり、筋肉も落ちていた。しばらくハルカは体を慣らさなければならなかった。レイは負担にならない仕事を選んで、ハルカにお願いしていた。旅立たなければならない日にちも目の前に迫っていた。のんびりしている場合ではなかった。一日でも早く力が戻るように、役に立てるように、ハルカ自身懸命に取り組んでいた。まだ今日の仕事を残していたため、ハルカは一言シュウトに断るとその場を後にした。
 シュウトは彼の背中を最後まで見送ったが、気になる事があったためすぐに足を動かした。向かったのは、ハルカが寝ていた部屋。予想通り、そこにはレイが居た。医療道具を片付けているところだった。訪問者に気が付いて、レイは手を止めた。シュウトは近くに人がいないか確認してから中に入った。
 レイは彼が何を言いたいのか、既に知っているような顔だった。ただ、追究はせずに静かに彼の言葉を待った。
「前にハルカに言っていた。よくない未来が見えると。あれはこの事だったのか」
 レイは不安そうな彼の瞳を見た。励ましの言葉をどれだけ取り繕っても無意味だった。レイは思うままを伝えるしかなかった。
「旅が終わるまでは、危険は隣り合わせでしょう。王を救える未来も、皆滅びる未来も、どちらも見えてしまう。ハルカの回復は手伝えても、僕に未来を選ぶ力は残念ながらありません。今はただ、真っ直ぐに進むしかないでしょう」
 彼が一番不安であると、この時初めて気がついたのだった。未来を予見していながらも、避けて通れない事もあるのだ。逃げた結果が、その未来を招いてしまう事も。これ以上問い詰めてはいけなかった。シュウトは話の矛先を少し変えた。
「皆はここに残って、俺一人で行く事はできないのか。それなら、誰も傷つかずに済む」
 レイは彼の言葉を最もだという表情で聞いた。ただ、しばらく考え込んでいた。
「根拠は全くありません。ですが、もし本当にシュウト様お一人で目的が果たせるのなら、僕は最初から姫様方に声はかけませんでした」
 シュウトも黙ってしまった。彼の言うとおり、こんな無謀な旅をするのにはそれなりの理由があるはずだった。
「この人選は、神の思し召しによるものです。一人一人、きっと意味があります」
 レイは窓から差し込む陽光を見た。まるでそれが神の手であるかのように、まばゆげな横顔だった。シュウトも釣られてそちらを眺める。二人が想像している姿は、同じもののような気がした。
「神はなんて言ったんだ?」
「お言葉はほとんどありませんが、神が僕に与えた使命は、メリアメ王を守る事でした。神は未来を垣間見せてくれます。僕達六人が旅をしている場面を。理由は分からなくても、神に仕える者である以上、使命は絶対です」
「神は頻繁に物を言うのか」
「いえ、滅多とありません。特に旅に出てからは、静かに瞑想する時間もありませんので」
 シュウトの頭の中に浮かぶのは、あの白猫だけだった。彼女の言葉をずっと信じ続けているレイを尊敬せざるを得なかった。一体彼女は普段何をしているのだろうか。肝心な事は教えずに、我々を悩ませて遊んでいるのだろうか。久しく声を聞いていないと思い出すと、何故か懐かしさにかられた。この地上のどの音色よりも優しい声音。青い光。
「僕もお会いしてみたいものです」
 レイにはシュウトの頭の中が見えているようだった。
 思わずどきりとして我に返る。彼は朗らかに微笑んでいた。
「もうすぐですよ、きっと」
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