太陽の猫と戦いの神

中安子

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陣営地

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 今まで歩いていたのが馬鹿らしく思えるくらい、流れる様な速さで景色は飛んでいった。
 四足歩行の揺れは慣れないものだったが、必死にしがみついていれば嫌な考えも浮かばずにすんだ。
「あとどれくらいで着きますか?」
 アンリは後ろのレイに聞こえるように、振り返りながら声を大きくして訊ねた。
 駆ける足音は想像していたより迫力があるものだった。
 既に街は後方の彼方にあって、今は乾いた大地が続いていた。緩やかな起伏が続き、時には林が、時には小さな集落が見られた。街には何人かの追手もいたが、速さではこちらの勝ちだった。彼らはしばらく精一杯後ろを走っていたが、ついには体力が切れて足を止めた。内心冷やりとしながらも、馬の有り難みをひしと感じた二人だった。ただ、姿を見られたため、これから先が心配だった。どこかの物陰から急に敵が現れるのではないかと、アンリも穏やかではいられなかった。少しの不安も込めて口を開いたのだった。
 レイは考え込むように、周りの景色と星の位置を確認してから応えた。
「この速さでしたら、あと五日ほど進めば着くでしょう」
 今日は神殿を出てから十日目だった。馬も姫も休まなければならないため、水場を見かけたら一度止まる事にしていた。
「まだ先ですね」
 アンリは煮え切らない表情で呟いた。ハルカの事が心配なのはもちろんだったが、まずはレイの体調が気がかりだった。アンリを休ませはしても、彼はほんの一時しか睡眠をとっていなかったのだ。
 レイはどう聞いたとしても「ご心配なく」と畏まって言うだろう。特にこれからは、敵の陣地を横切って行かなければならなかった。追手の数も増し、緊迫した状況が続くはずだった。レイは彼女の心情を悟ったようだった。
「アンリ姫、大丈夫ですよ。これでも男ですから。ハルカに会うまでは気も休まりませんしね」
 レイはにっこりと笑ってみせた。僅かに疲れは見えるものの、アンリを安心させる明るさがあった。
「これからメリアメ王軍の前を越えて行きます。基本的には見つかれば歓迎されないと思っていた方がいいでしょう。全力で走りはしますが、遠距離からの砲撃、矢にはお気を付けください」
「わかりました」
 彼の指示に大人しく従う事だけが、今アンリに出来る最大限の事だった。このまま無事に着くようにと願うばかりだった。

 セティのまじないが効いているのか、馬は恐ろしいくらい逞しく走り続けた。疲れを知らないあの世の生き物のようだった。いつか途端に命を終えてしまうのではないかと不安にさえ感じる。
 レイ達は見覚えのある格好の兵士達にしつこく追いかけられ続けたが、最後には馬の体力が勝った。大きな川を越えると、ついに彼らは諦めた。馬は器用にも泳いだのだった。アンリ達はただ不思議に思いながらも、セティに感謝するばかりだった。この馬がいなければ、確実にアンリ達は早くに捕まっていただろう。少し走れば、目の前にはかなり大きな陣営地が広がっていた。
 柵がぐるりと囲まれ、兵士がそこかしこに溢れている。
 中央には大きな建物があった。征服して手に入れたもののように思えた。
 レイはこれからの計画を姉姫に伝えた。
「アンリ様、いよいよ目的地です。見張りの兵士達に話が通じるとは思えません。馬を降りずに、王のもとまで突き進みましょう」
「分かりました」
 アンリも緊張した面持ちで短く応えた。キヌンの手がどこまで伸びているか分からなかった。王の信頼の置ける部下がどれだけ残っているのか。考えれば考えるほど、父の事が心配だった。
「万が一僕に何かあっても、アンリ姫はメリアメ王とハルカを優先してください」
 レイ達に気がついた兵士達が不審がって集まってきているのが、遠くからでも分かった。馬は速度を落とす事なく、彼らの姿はみるみるうちに大きくなった。レイは片手で手綱を取りながらも、念のため剣を抜いた。そして、兵士が制止しようとする間を、風のようになぎ倒して進んだ。
 一番大きな館に居るだろうと、迷う事なくそちらへ向かった。兵士達は集まってきていたが、乗っている人物を見て戸惑いもあるようだった。旅人の格好をしてはいても、アンリの容姿は美しく、彼女が王の娘であると一目見れば判断できた。そしてか弱そうな神官。彼らが何か企みを持ってやって来ているとは思えなかった。
 二人は館にたどり着くと、跳ぶように馬を降りて中へ入った。
「お父様!」
 アンリの声が広い館中に響いた。護衛や召使い達はぎょっとした顔を浮かべる。
 メリアメ王らしい姿は見られなかった。中はがらんとしていて、人気があまりない。誰か知っている顔はいないかと、アンリは辺りを見渡した。奥から現れたのは、父の昔からの部下であるセヌスだった。アンリも何度か話した事のある人物だ。父に歳も近く、かなり上の位のはずだった。彼は驚いた顔で、アンリを上から下まで眺めた。
「姫、こんな所までどうされたのですか」
「父はどこに?」
 アンリは乱れた呼吸のまま間髪いれずに訊ねた。セヌスは何故そんな事を聞くのかと不思議な表情を浮かべたが、畏まって応えた。
「二日前の朝に、隊を率いて戦場へと赴きました」
 彼の言葉は耳には入ったが、すぐに処理できなかった。アンリとレイはただ呆然と彼を眺めた。
 間に合わなかった、と姉姫は俯いて肩を落とした。ただ、まだセヌスが居てくれた事で希望はあった。彼は父の最も信頼の置ける部下だった。彼の様子からも、キヌン側に寝返っているとは考えにくかった。
「私の仲間が、誤って捕まってしまったの。どこにいるかしら?」
「お身内ですか?ここ数日で敵の兵やスパイなど、捕まった者は少なくありません。この陣地の端に囚人用の檻がありますが。もしかしたら他の部隊の陣地かもしれませんし、ここに居るかどうか…」
「案内してください」
 アンリは彼が言い終えるより前に息せき切って言った。セヌスは圧倒されて動揺していたが、姫には逆らえまいと頷いた。「分かりました、こちらへ」そう彼が言いかけた時だった。奥から駆け足でやって来る人物がいた。
「アンリ!」
 アンリとレイはその声にぎくりとして体を強ばらせた。
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