医鬼【病を喰らう鬼と陰陽師の怪異医術譚】

白瘴

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第一章 清浄編

第10話 無菌病【完璧な幸せの違和感】

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 太陽がイライラするほど白い都を照らしている。

 俺と蘇芳は、部屋に大量の書物がある所へ来ていた。
 扉には安倍吉平と書かれていた。
 師匠と呼ばれている男の部屋だ。

「蘇芳もう、帰ろうぜ?」

 俺は、もう半日以上掃除をする蘇芳を見ている。
 何度か声をかけたが帰らない。

 ーー腹が減ったし、めんどくせぇな。
 もう一度帰ろうぜと声をかけたが

「埃は病の元です」

「……またその返事か」  

「あぁ、本に囲まれてる慈眼、美し過ぎる」  

「いや、だから帰りたいんだよ!俺は!」  

 蘇芳は埃を払う手を止めず、俺の頭にふわっと舞った紙くずを払った。
 その紙くずが地面に落ちる前に、消えた気がした。

「は?」

 目の錯覚かと思ったが、地面にはない。
 蘇芳は、掃除に夢中で消えたことに気が付いてない。
 きょろきょろと師匠の部屋を見まわす。

 ーー数日間いないにしては綺麗な部屋だ。
 いろんな物語の巻物が置いてある。

【今昔物語集《こんじゃくものがたりしゅう》】
【宇治拾遺物語《うじしゅういものがたり》】
 ――そして

【大江山物語《おおえやまものがたり》】
 巻物を雑に開いて中身を読む。
 鬼、狐、河童、人魚、こぶとりじいさん。

 ――あいつ、こんなのも読むのか……。

 師匠の部屋と聞いて警戒をしていたが、なんだか、馬鹿らしくなる。
 何時間も掃除に付き合わされて、いい加減飽きていた。

「もう、いいんじゃねぇか、掃除する所なんてないぜ」

「掃除してるのは私です!
 あなたは座ってるだけでいてください!」

 慈眼は溜息をつき、書物の山の前に座ろうとした。

 バサバサ――。

 巻物が雪崩のように落ち、蘇芳が怒ったような目で俺をにらむ。

「もう! 何をしているんですか! まったく!!」

 ぷりぷり怒りながら巻物を拾おうとする蘇芳。

「……いや、俺はただ座っていただけだぞ?」

「座ってただけで巻物を倒すなんて、まったく迷惑な人ですね!」

 俺は机に向かいながら、小さく舌打ちする。
 それにしても、部屋は数日間不在だった割に……埃一つない。

「俺がやったから巻物くらいは片付けてやるよ」

 俺はそう言って、早く帰るために崩した巻物を元へ戻そうとする。

 ――巻物の中に、『一冊の本』

「なんで……」

 蘇芳が俺が、立ち止まったのを見て気になったのか近くへ来た。

「なんですか、これ?」

 蘇芳が、不思議そうに本を眺める。
 片付けの手を止めて本を開き、読み進めていく。
 中身が気になったが、本を読むのは好きじゃない。
 蘇芳の好きにさせることにした。

「慈眼、消毒ってなんですか?」

「は?」

「ここに書いてあること、日々私たちがしていることに似ています。」

 俺も、本を覗き込む。

【菌――病の元。消毒をすると良いが、穢れ払いとも教える】

「……お前ら、師匠に全部教えてもらってないのか?」

「え、いや教えてもらっていますよ!
 病がうつらないよう酒で清め、病衣は窯ゆで、炎は妖化したものを浄化するためです」

「そうか」

 俺は慌てて、蘇芳から本を奪い取り、パラパラと中身を確認する。
 胸がざわつく。
 横から、蘇芳が本のページをめくって読む。

「高温の火は青色、これは清浄な力が働いていると教える」

 慈眼が慌てて著書の欄を確認するが、著書の欄は滲んでいた。

「……?」

 俺が知っている知識そのままだった。
 昔の光景が頭をよぎる。
 ――刀が、鈍い光でその首を断ち切る。
 ざらりとしたものを、口に入れた時のような不快感。
 頭からその光景を追い出した。

 その本に書かれていたのは、俺が知っている知識そのものだった。
 陰陽師なんかじゃない。
 もっと別の――。

「蘇芳、その本ぱくっちまえ、バレやしないさ」

 片付けようとする蘇芳に、無理やり本を持って帰らせた。


 夕日が馬鹿みたいに、道をオレンジに染め上げる。
 蘇芳が、転んだ子供へ駆け寄り手当てをしていた。
 懐から酒を出して傷口にかけて札に何かを塗り、呪文を唱えて貼り付ける。
 ――先ほどの本の内容を思い出す。

『名前をつけたからおかしくなった』

 そんなことを言った奴が昔いたのを思い出した。

「慈眼!」

 俺を、呼ぶ蘇芳の声。

「なんだよ」

 目を開けると、距離が近い。

「物憂げな表情、長い睫、夕日とのコラボレーション、はぁ、いとをかし」

「まじでやめろ」


 数日後、俺は空腹と、暇にあえいでいた。
 水の流れる音、埃一つない畳。
 貴族の笑い声。
 何もかも癪に障るほど平和な光景。

「あー、くそ! 腹が減った。」

 腹が空きすぎて胃がムカムカする。
 あれから、師匠とやらとは会ってないが、毎日、病を祓いにいくか喰っていた。

 ーー百八個喰うのにはまだまだ足りない。

 最後に体中に文字が浮かび上がる病を喰ってから、もう何日も食べてない……。
 腹が減って仕方ない。

 視界の端に黒髪が見える。
 俺の腕の塗装を塗ると息巻いていたが、もうかなり長いこと塗装を塗っている。

 ――いい加減、開放してくれ。

 俺はそろそろ痺れを切らしそうになっていた。
 蘇芳が、俺の顔をうっとり見つめた後、塗装を塗りながら言う。

「最近、病が少なくて助かりますね」

 そういいながら、俺の右手に頬ずりをした。
 俺は、鼻で笑う。
 こっちは腹減って仕方ないのに。

「助かる?」

「だって、病が減れば、皆がきれいでいられるでしょう?」

 蘇芳は塗り終えた腕を持ち上げ光にかざす。
 首元に、『正』という字が浮かんで、すぐ消える。

「ほら、穢れがないってこんなに美しい」

 ――こいつ病、馬鹿じゃなかったか?
 表情を観察すると、頭に靄がかかったような目をしている。

 違和感を感じながら、周りの光景が目に入る。
 埃一つない畳、襖には縁は丁寧に磨かれており、木の表面が滑らかに光っている。
 窓の外には、庭に咲く誇る花々。
 馬小屋の馬は、草を呑気に食っている。
 蹴鞠をする貴族たち、砂埃一つ立たない。
 ――ふと、気が付いた。

「清潔すぎる」

 砂がある庭で蹴鞠をして、埃一つ立たないわけがない。
 陶器の体なのに背筋にうすら寒くなる。
 いつもと様子が違う蘇芳へ呼びかける。

「……お前、病を集めるの好きだったろ?」

 壁にある藁人形達に目を向ける。
 人形がカタカタと震えて音を出す。
【ホラ ウツクシイ】
 どんな姿でも美しく見てほしい。
 そんな願いが形になった欠片だった。
 蛋白石《オパール》で出来たその虹色の病の欠片を、大切に抱えていたことを覚えている。

「あぁ、それですか?食べていいですよ」

 こともなげにいう姿に、思わず蘇芳の方を掴む。

「お前! 何言ってんだ!」

「なにって正しいことをいっているんですよ」

 蘇芳は瞬きもせずに答える。
 思わず、肩を掴む手に力が入る。

「病がなければみんな幸せじゃないですか」

 少し笑い言いながら、壁にたくさんある藁人形を一つ取り、俺へ差し出してくる。
 だが、差し出しながらだんだん表情が変わる。
 蘇芳は、疑問を浮かべたような表情になる。

「これはわたしの大事な……もの?」

 そっと俺の頬を何度か触り、確認をするように、瞬きをして言う。

「貴方が、やっぱり一番美しいですね」

 心底愛おしいという顔をして、蘇芳は言う。
 蘇芳の瞳に映る俺が、見える。

 ――化け物。

 俺は自分をいつも愛おしそうに眺める蘇芳が、馬鹿だと思う。
 俺の頬を撫でる手に自分の陶器の手を重ねた。

「おまえは、病の欠片を俺に食べさせるのか?」

 もう一度、確認をするように問うと

「……だめですよ、これも私の大事なものだから」

 少し照れたようにいって続ける。

「私自身も先ほどまで変でした」

「だいぶおかしかったぞ、病大好き人間が病を差し出すなんてな」

 俺は、ふっと安心して笑いが出た。
 さわさわ、俺の顔を気持ち悪い手付きで触り出す。
 背筋がぞわっとする触り方だ。

「おい」

「はい、なんですか?」

 はぁはぁ、蘇芳の鼻息が荒い。
 げぇっ。
 俺は、手を引き剥がそうとしたが、尋常でない力で手を触り続ける。
 ――力強すぎないか!

「えぇ、私変なんです。
 だからその美しい顔を触り続けないとおかしくなるかも!」

「嘘つくんじゃねぇ!」

 ふんわりと蘇芳が笑う。

「貴方が一番美しいですね」
 その笑顔に胸が苦しくなる。

 俺は、蘇芳の首元の印を見て、おまえは、覚えているか?
 喉元まででかかった言葉を、飲み込んだ。
 まるで針を飲んだような心地だった。


 ◆
 同時刻、ふわふわした髪の男、芹が、陰陽道内を歩いていた。
 気が付けば、季節外れの桜が音もなく満開になっていた。
 花弁は一枚も落ちないのが、気味悪い。

 おれは、逃げたい気持ちを我慢しながら、早足で蘇芳の部屋へ向かう。
 空に、羽が集まっていた。
 羽の塊だ。

 最初はただの羽の塊かと思ったが、よく目を凝らすと大きな目玉があった。
 周りの陰陽師は誰も空を見ない。

 胸が早鐘のように打ち、息を吸うたび喉がつまる。
 手の先が氷水につけたように冷たくなった。

 自分の仕事も放棄して、走り出した。
 先輩たちは、おれが見ているものに気が付かないのか
 黙々と仕事をしている。
 無表情で。

「なんで……」

 ――誰も気が付かないんだ!

 なんとなくあの鬼の近くにいれば大丈夫な気がした。

「なんだこれ、なんだよこれ、わっ!」

 恐怖で足がもつれる、転んだ拍子に、膝に怪我を負う。
 一瞬、『正』という字が浮かび上がる。
 赤の代わりに、白い羽が押し出された。
 自分の体の変化に吐き気がして

「ウッ、ゲェーッ!」

 吐いたはずなのに、その地面には、

「!!!!」

 恐怖で言葉にならない叫びが出て、這いつくばりながら、部屋に向かう。
 すれ違う人の顔を見てみると、みんな幸せそうだ。
 なぜ周りの人は恐怖を感じないのだろうか。
 おれだけおかしいのだろうか
 後ろから影がかかる。

 振り向いた。


 蠢く白い翼が見えた。
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