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別章 影の英雄と呼ばれた男
5.決意
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雲一つないよく晴れた日の昼下がり、パコォーーン! と気持ちの良い乾いた音がタルポ村の広場に鳴り響いた。
「勝負あり!」
「っふぅ……ありがとうございました」
「はぁっ、はあっ……ついに負けちまったかー! くそー!」
肩で大きく息をするバルザックの額には、滴り落ちるほどの大粒の汗が噴き出ていた。
そしてバルザックの眼下には、大の字になって地面に寝転ぶ元冒険者の姿があった。
この元冒険者のランクはB級で戦士職を担当していた過去を持ち、タルポ村最強の戦士だったのだが、この度バルザックとの打ち合い稽古で残念ながら打ち負かされてしまった。
「本当にお前強くなったなぁ……これでお前がタルポ最強の男だ!」
「皆さんの指導のおかげですよ、本当にありがとうございました」
ちなみに、稽古の先生を担当していた元冒険者は四人いたのだが、そのうちの三人がバルザックに負けてしまっていた。
そして今日、最後の一人に見事勝利し、村最強の剣士という肩書を手にした。これはバルザック齢十五歳の秋の事だった。
「いやぁー今日は宴だなぁ!」
負けた元冒険者は上半身を起こし、実に嬉しそうに笑った。
「負けたのに、ですか?」
「ばっきゃろう! お前さんが村最強になった祝いだ!」
「はぁ……」
元冒険者はガハガハと笑い、バルザックはどうしたものかと困惑を隠せないでいた。
一応成人とされる十五歳は超えているのでバルザックも酒は飲めるのだが、村で行われる宴の席はあまり好きではなかった。
何故なら酒の勢いを借りた村の少女達や、貰い手がいない若い娘達からのアピールがもの凄いからである。
村の男達もその事に初めは良い顔をしていなかったが、バルザックが実力を伸ばしていくにつれ、やいのやいのと囃し立てるようになった。
実のところ、バルザックが困惑している理由はそれだけではなかった。
バルザックはそれをいつ言おうか、いつ切り出そうかと眉根を寄せる。
その夜、村の広場には何故か【バルザック最強祝い】という横断幕が大きく貼られ、大勢の人が集まった。
入れ替わり立ち替わりバルザックに祝いの言葉をかけ、乾杯をして去っていく。
タルポ村の住人達は宴会を娯楽の一つとして考えており、ほんの小さな出来事(家畜の牛が子を産んだなど)だとしても盛大に祝い散らかすのが通例となっている。
賑やかな祝宴の最中、バルザックは人々の笑い声と酒の香りに包まれながらも、心の中で密かに決意を新たにしていた。
自分にはこの村だけでは収まりきらない夢がある――かねてより抱いていた「王都で名を上げる」という大望だ。
夜も更け、村の広場の明かりが少しずつまばらになり始めた頃、バルザックは意を決して村長のもとへ歩み寄った。
村長は年季の入った白髪の老人で、村の誰よりもバルザックの成長を見守ってきた人物だ。
彼は宴の余韻に浸りながらも、バルザックが近づいてくる気配に気づき、静かに盃を置いた。
「村長、少しお話ししてもよろしいでしょうか」
「……ふむ、なにかね?」
バルザックの真剣な眼差しに、村長は頷いた。
バルザックは深呼吸し、自身の胸の内を語り始める。
「俺は……この村だけで終わるつもりはありません。王都へ行って、もっと広い世界を見たい。そして、剣の腕一本で名を上げたいんです」
村長はしばらく黙っていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「お前がそんな日を迎えると、私は昔から思っていたよ。タルポ村で一番のやんちゃ坊主が今や村一番の英雄だ。だが、外の世界は村とは違うぞ。危険も、多い」
「それでも行きたいんです。王都までの道のりも、全部自分の足で歩いて、いろんな景色を見て、いろんな人に会いたい。きっと、それが強くなるために必要なことだと思うんです」
村長はしばらく思案するように目を閉じていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「分かった。お前の旅立ちを、村のみんなで見送ろう」
村長の判断を受け、バルザックの胸に熱いものが込み上げた。
その言葉には、長い年月を共に過ごしてきた信頼と、村長の温かな想いが込められていた。
旅立ちを許してもらえない、とは全く思っていなかったけれど、こうして顔を合わせて話をしてみるとやはり感慨深いものだ、とバルザックは思った。
「ありがとう村長。必ず、立派になって戻ってきます」
その後、村長との話を終えたバルザックは広場の端に腰を下ろし、夜空を見上げた。
無数の星がきらめくその空の下、見知らぬ土地や、まだ見ぬ人々との出会いに思いを馳せる。
歩いて王都へ向かうことで、道中の景色、風の匂い、人々の暮らし――その一つ一つを自分の目と心で確かめ、己を磨く旅が始まるのだ。
「勝負あり!」
「っふぅ……ありがとうございました」
「はぁっ、はあっ……ついに負けちまったかー! くそー!」
肩で大きく息をするバルザックの額には、滴り落ちるほどの大粒の汗が噴き出ていた。
そしてバルザックの眼下には、大の字になって地面に寝転ぶ元冒険者の姿があった。
この元冒険者のランクはB級で戦士職を担当していた過去を持ち、タルポ村最強の戦士だったのだが、この度バルザックとの打ち合い稽古で残念ながら打ち負かされてしまった。
「本当にお前強くなったなぁ……これでお前がタルポ最強の男だ!」
「皆さんの指導のおかげですよ、本当にありがとうございました」
ちなみに、稽古の先生を担当していた元冒険者は四人いたのだが、そのうちの三人がバルザックに負けてしまっていた。
そして今日、最後の一人に見事勝利し、村最強の剣士という肩書を手にした。これはバルザック齢十五歳の秋の事だった。
「いやぁー今日は宴だなぁ!」
負けた元冒険者は上半身を起こし、実に嬉しそうに笑った。
「負けたのに、ですか?」
「ばっきゃろう! お前さんが村最強になった祝いだ!」
「はぁ……」
元冒険者はガハガハと笑い、バルザックはどうしたものかと困惑を隠せないでいた。
一応成人とされる十五歳は超えているのでバルザックも酒は飲めるのだが、村で行われる宴の席はあまり好きではなかった。
何故なら酒の勢いを借りた村の少女達や、貰い手がいない若い娘達からのアピールがもの凄いからである。
村の男達もその事に初めは良い顔をしていなかったが、バルザックが実力を伸ばしていくにつれ、やいのやいのと囃し立てるようになった。
実のところ、バルザックが困惑している理由はそれだけではなかった。
バルザックはそれをいつ言おうか、いつ切り出そうかと眉根を寄せる。
その夜、村の広場には何故か【バルザック最強祝い】という横断幕が大きく貼られ、大勢の人が集まった。
入れ替わり立ち替わりバルザックに祝いの言葉をかけ、乾杯をして去っていく。
タルポ村の住人達は宴会を娯楽の一つとして考えており、ほんの小さな出来事(家畜の牛が子を産んだなど)だとしても盛大に祝い散らかすのが通例となっている。
賑やかな祝宴の最中、バルザックは人々の笑い声と酒の香りに包まれながらも、心の中で密かに決意を新たにしていた。
自分にはこの村だけでは収まりきらない夢がある――かねてより抱いていた「王都で名を上げる」という大望だ。
夜も更け、村の広場の明かりが少しずつまばらになり始めた頃、バルザックは意を決して村長のもとへ歩み寄った。
村長は年季の入った白髪の老人で、村の誰よりもバルザックの成長を見守ってきた人物だ。
彼は宴の余韻に浸りながらも、バルザックが近づいてくる気配に気づき、静かに盃を置いた。
「村長、少しお話ししてもよろしいでしょうか」
「……ふむ、なにかね?」
バルザックの真剣な眼差しに、村長は頷いた。
バルザックは深呼吸し、自身の胸の内を語り始める。
「俺は……この村だけで終わるつもりはありません。王都へ行って、もっと広い世界を見たい。そして、剣の腕一本で名を上げたいんです」
村長はしばらく黙っていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
「お前がそんな日を迎えると、私は昔から思っていたよ。タルポ村で一番のやんちゃ坊主が今や村一番の英雄だ。だが、外の世界は村とは違うぞ。危険も、多い」
「それでも行きたいんです。王都までの道のりも、全部自分の足で歩いて、いろんな景色を見て、いろんな人に会いたい。きっと、それが強くなるために必要なことだと思うんです」
村長はしばらく思案するように目を閉じていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「分かった。お前の旅立ちを、村のみんなで見送ろう」
村長の判断を受け、バルザックの胸に熱いものが込み上げた。
その言葉には、長い年月を共に過ごしてきた信頼と、村長の温かな想いが込められていた。
旅立ちを許してもらえない、とは全く思っていなかったけれど、こうして顔を合わせて話をしてみるとやはり感慨深いものだ、とバルザックは思った。
「ありがとう村長。必ず、立派になって戻ってきます」
その後、村長との話を終えたバルザックは広場の端に腰を下ろし、夜空を見上げた。
無数の星がきらめくその空の下、見知らぬ土地や、まだ見ぬ人々との出会いに思いを馳せる。
歩いて王都へ向かうことで、道中の景色、風の匂い、人々の暮らし――その一つ一つを自分の目と心で確かめ、己を磨く旅が始まるのだ。
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