捨てられ雑用テイマーですが、森羅万象を統べてもいいですか? 覚醒したので最強ペットと今度こそ楽しく過ごしたい!

登龍乃月

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3巻

3-2

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「四日かぁ。今まで四六時中一緒だったからな、リリスにはいい気分転換になるかな?」

 リリスはいつも明るくて、ムードメーカー的な役割もしてくれていたし、この機会に実家でゆっくり休めるといいな。
 けど、幻獣界ってどうやって行くんだ? 他の大陸に存在するのだろうか?
 この世界には人跡未踏じんせきみとうの場所が多くある。
 俺が住むこの大陸にも、人が住めない、立ち入れない区域というのが多数存在している。
 そして別大陸へ渡るのも危険度がかなり高く、相当な準備が必要であり、海上では簡単に命を落としてしまう。
 それはひとえに海中や空中に住まうモンスターの存在が大きい。
 空を飛ぶモンスターの種類は鳥型とりがたから虫型むしがた魚型さかながた不定型ふていがた、大きなものはドラゴンまで幅広く、海中も同じく多種多様なモンスターが生息している。
 なので、漁業を生業なりわいとする漁師は、漁と海上戦闘の両方をこなせる人材でなければ務まらない。
 ここ最近では他国の港町に、サハギンという魚と人間を混ぜたようなモンスターの群れが襲来した、という報告もある。
 波で不安定な船上で行う戦闘は、重心の置き方から立ち回りまで地上との戦いとは全く違う。
 漁に同行する専門の冒険者もいるが、基本的には漁師が冒険者の資格を取り、漁と水棲すいせいモンスターから得た素材の売却を収入源としている。
 そのため、漁師には武闘派が多い。
 話が逸れたが、幻獣界が別の大陸にあるのだとしても不思議じゃない。
 どこにあるのか、どうやって行くのか、程度の事は聞いておけば良かったな。

「ま、いいや。リリスが帰ってくるまでに、良い感じの依頼があればこなしてしまおう」

 そうと決めたらなんとやら、料金を支払いカフェを出た俺は、そのままギルドへと向かった。

 ギルドへ向かう道すがら、活気付いている露店の並ぶ通りを歩くと、あちこちに新しい建物が目につく。
 ミッドナイトに手引きされたストームドラゴンの襲来で、一度この王都は半壊した。そこに加えて、鬼獣教とヤシャの襲来で数多くの犠牲を出したが、今ではほとんど元通りだ。
 最近はストームドラゴンのエスクード、ヴィエルジュ、ラシャスが家族でこの王都に居を構え、守護してくれているおかげで、あちこちから数多くの移民が訪れていた。
 その影響もあって、王都を守る外壁は修繕しゅうぜんの際に拡張され、王都の面積も二倍近く広くなった。
 人が増えれば依頼も増えるし、他国から流れてくる冒険者も増える。
 冒険者ギルドも増えた依頼や冒険者を分散させるために、王都の東西南北に支部を設立したほどだ。
 元々あったギルドは王都ギルド本部として機能しており、俺達聖王龍鬼をはじめ、ヤシャに共に立ち向かった″剣姫けんき〟スィフトなどのS級冒険者は全員、本部でやり取りを行う決まりになった。
 S級冒険者であり、対ヤシャ戦で共に戦った″魔翼まよく〟パネェは、戦いの後引退し、王都東部のギルド支部長の座についた。
 国の守護獣しゅごじゅうとなったエスクードとヴィエルジュは、王城にほど近い貴族街の中でも、一等地に居を構え、日々人の営みを眺めて楽しんでいるようだ。
 王城の正門の両隣にストームドラゴンを模した巨大な石像が雄々しく鎮座しているのが、この露店通りからでも見える。
 エスクードは森羅万象の王として覚醒した俺が、この国を治めるべきだと言ってはいたけれど、あいにく今はまだそんな度量はないし、その気もない。
 なんせ俺は、この王都周辺と、出身村の近くしか知らない世間知らずなのだから。
 ほどなくしてギルド本部の建物が見えた。
 パーティメンバーのモニカとミミルはどうしたのかというと、モニカは王都にある聖教会せいきょうかい支部が運営している孤児院へ非常勤ひじょうきんシスターとして出向いており、今日はいない。
 ミミルはヤシャを喰ってその力を取り込んだ事で、幼女から元の姿へと無事に戻り、体を慣らすのと力試しがしたいと言って、日がな一日迷宮めいきゅうへ入り浸っているので今はいない。
 あの″鬼岩窟きがんくつ〟を一人かつ史上最速で攻略し、その功績を認められたために、新たなS級冒険者となってギルドの面々を驚かせたのが記憶に新しい。
 彼女からすれば、高位の冒険者がパーティを組んでなお苦戦する迷宮も、ちょっとした遊び場でしかないのだろう。
 サーヴァントのテロメアとロクスは復興作業と対ヤシャ戦で皆に認知され、街中を一体でふらついていても問題ないどころか、あっという間に住民に囲まれてしまうほど人気者になった。
 でも、俺のサーヴァントの中で一番人気なのはスライムのロクスだ。最近は少しずつ人語を話せるようになってきており、その声は俺以外の人にも伝わるようになった。見た目のゆるふわ感とたどたどしい喋りがマスコット的な感覚で皆に受け入れられているのだろう、と俺は勝手に考えている。
 また、サーヴァントの中でも随一の巨体を誇る我らがテロメアなのだが、彼はいかんせんデカすぎて街中を自由に闊歩かっぽするのが難しい。
 なんせ二階建ての一般家屋と同じくらいの大きさだ。その巨体にははち切れんばかりの筋肉が詰め込まれているので重さも相当である。
 復興支援では大いに活躍したテロメアも、状況が落ち着いた今では街中に出る事は少なくなってしまった。
 ではずっと厩舎きゅうしゃ――俺のサーヴァントのみが入れる亜空間――の中にいるのかと聞かれればそうではなく、現在テロメアは東西南北に新設された城門で門番をしているのだ。
 十日おきに現場は変わり、今日は南門を守っている。
 そして、俺の相棒であるメルトは、今は王都最大の商会で配送のお手伝いをしており、街中で大きな荷馬車を引いて走り回っている。
 もっともそれも商会の代表に頼み込まれ、ある程度まとまったお給金をメルトに支払うといった形で契約したのだった。
 各自それぞれが自由に活動をしているが、夜は必ず集合し一緒にご飯を食べる、という決まりがある。

「こんにちはシムスさん」
「あらアダムさん! こんにちは!」

 ギルド本部の扉をくぐり中に入ると、そのまま受付嬢のシムスへ声をかけた。

「アダムさん、ちょうどいいところに来てくれました!」
「え?」

 何か手頃な依頼はないか聞こうとしたところで、シムスは一枚の依頼書を受付カウンターに置いた。

「これは?」
「先ほどアダムさんに指名依頼が入ったんですよ。ついさっきだったので本当にタイミングばっちりです!」
「俺に指名依頼が?」

 指名依頼とは、その名の通り依頼者が特定の冒険者を指名するというもの。
 特に珍しい事ではないのだけれど、俺には一度もそういった依頼は回ってこなかったので少し驚いた。
 ちなみにモニカはさすが聖女というべきか、指名依頼がばんばん入っているのはまた別の話である。
 べっ別に悔しくなんてないんだからねっ!

「――というわけなんですが、大丈夫ですか?」

 シムスが簡潔に依頼の内容を説明してくれた。

「え? えぇ、はい。大丈夫です。今はリリスが不在なので、リリス以外のメンバーで受けたいと思うのですが可能です、よね?」
「はい。メンバーの指定は特にないので問題ないです! それじゃここにサインを」
「分かりました」

 依頼内容は、王都の郊外の廃墟はいきょになっている屋敷に棲みついた多数のモンスターを全て殲滅せんめつして欲しいというものだ。なんでも、その屋敷を取り壊して工場を建てたいが、モンスターが邪魔で着工出来ないらしい。
 モンスターの中にはゴーストらしき存在も確認されているようだが、こっちにはゴーストに相性のいい法術を使えるモニカがいるから問題ない。
 仮にモニカを無効化出来るような敵がいたら、それこそ大問題になっているだろう。
 そんな事を考えながら依頼書にサインし、シムスさんへ返却する。

「それじゃあ、明日行ってきます」
「はい。お願いしますね。あぁ、あとこれ、先方から受け取った資料です。参考にと」
「資料? 分かりました」
「ところでアダムさん、リリスさんが一緒じゃないのは珍しいですね?」
「えぇ、あいつはその、実家に帰りました」
「ご実家に!? そ、それって……!」

 目を思い切り開きるシムスに慌てて訂正を入れる。

「違います違います! そういうんじゃないですから!」

 シムスの反応から、俺とリリスの仲が悪くなったのでは、という感情が読み取れたので、誤解のないように所用で実家に帰っていると説明した。

「なんだ、良かったです。あんなに仲睦なかむつまじかったのに……と心配してしまいました」
「あはは……と、とりあえず俺はもう行きますね! それじゃ!」
「はーい! 依頼よろしくお願いしますね」

 俺は話を強引に終わらせてギルドを出る。
 そこで、以前のパーティメンバーだったリンと鉢合わせた。

「よう」
「……ん」

 声をかけると、リンは相変わらずの無愛想な返事をして、そのままギルドへと入っていった。
 今リンは冒険者をしながら、魔道具まどうぐ研究にも精を出している。
 王都には魔道具研究開発機構まどうぐけんきゅうかいはつきこうという組織がある。そこでは日夜にちや新たな魔道具の開発や、迷宮で発見された魔道具の解析などがなされていた。
 対鬼獣教戦の際に渡された、広範囲での意思疎通が出来る魔道具″リンクル〟を開発したのがリンであり、その功績により彼女は研究開発機構の門を叩いたのだ。
 リンは十五歳という若さで、十を超えるオリジナル魔法を開発した天才魔法少女であり、その才能が今度は魔道具の研究、開発に向けられる事になった。
 彼女は以前、ストームドラゴンなどの強大なモンスターにも対抗出来る魔道具を開発する事が目標だと教えてくれた。
 ちなみに、当のストームドラゴンであるエスクードは、その話を聞いて「やれるものならやってみろ」と自らのうろこや爪の欠片かけらなどの素材を組織に提供したとかしないとか。
 この国は短い間に国を揺るがす大事件が続き、それが終わったと思えば、ストームドラゴンが守護する強大な国へと様変わりした。それが他国からしたら面白くないのか、それともなんらかの意図があるのか分からないが、ここ最近は様々な国から使節団が訪れるのをよく目にする。
 そして、使節団との会談に俺も出席してはくれないか、と度々たびたび国王から要請が来ているのだが、その全てを俺は断っていた。
 自分で言うのは恥ずかしい話だけれど、俺は王国を二度も救った英雄だ。
 おかげでその話を聞いた使節団のお歴々れきれきが、俺に面を通したいと口々に言うらしい。
 一度でも顔を出してしまえば、その後も絶対に顔を出さなければならなくなり、冒険者としての活動に支障が出る。
 なので、国王には直々に話をして、断ってもらっていた。
 代わりと言ってはなんだが、エスクードが気が向けば使節団との会談に出る事になっている。
 これは俺が頼んだ事ではなく、話を聞いたエスクードが自主的に他国の代表と話してみたいと言い出したからである。
 彼はなんだかんだ言ってこの国に馴染んでおり、人の生活を多いに楽しんでいるようだ。
 宿に戻った俺は、広範囲に通信を行える魔道具リンクルを起動してモニカと連絡を取った。

「モニカ、聞こえるか?」
『ひゃっ! き、聞こえるよアダムさん!』

 鬼獣教との戦いの後、リンクルは回収され、調整された物がS級冒険者とそのパーティメンバーへ無償配布された。
 残りは厳正な抽選の上でA級冒険者達へと配られた。
 我が聖王龍鬼では俺、リリス、モニカ、ミミルが装着しているのだが、リンクルが日常に溶け込む事で得られる便利さは想像以上のものだった。
 俺はギルド本部で受けた依頼の件を話し、明日の朝に出発すると伝えた。

『うん、分かった! リリスさんの事は私も前から聞いてたから大丈夫だよ!』
「え? そうなのか……これが女子トークの成果なのか……?」
『女子トーク?』
「いやいや! なんでもない! とりあえずモニカには先に伝えておこうと思ってな。ミミルは今も迷宮攻略中だろうし、アイツには帰ってきてから話すよ」
『はーい、それじゃまた夜にね』
「おう」

 リンクルを切り、部屋の窓を開けてぼうっと外を眺める。
 俺が森羅万象の王とやらに目覚めてから今日この日まで、ずっと側で支え続けてきてくれたリリス。
 脳内は驚くほどピンク色だが、その強さは聖王龍鬼の中でも群を抜いている。
 彼女が本気になれば、俺どころか聖王龍鬼のメンバーとサーヴァントを含めた全員で挑んでも勝てないだろう。
 高い実力と誰もが振り向く美貌びぼう、底抜けの明るさと元気さはパーティを華やかにしてくれる。
 そんな彼女がいないというのは初めての事だけれど、きっと上手くやれるだろう。

「さて、そろそろお迎えに行きますかね」

 俺は大きな伸びをしてから窓を閉め、テロメアを回収するべく南門へと向かった。


 翌日、俺達は受けた依頼をこなすべく例の屋敷の前に来ていた。

「ここか……なんともまぁ、ぼろっちいな」
「仕方ないよ、何十年も手入れされず放置されてたんでしょ?」
「ああ、この屋敷に住んでいた貴族が極悪人だったみたいでな。色々とやらかして捕まり、処刑されてからずっと放置だそうだ」

 これは昨日受け取った資料に載っていた情報だ。
 この屋敷は王都からそれなりに離れていて、周囲に村も街もない辺鄙へんぴな場所だ。
 今回の依頼がなければ来る事もなかっただろう。
 昔はこの辺り一帯を屋敷の貴族が治めており、いくつかの村が存在していたと資料にはあった。
 最近でも人の少なくなった村が廃村となったり、田舎から王都に人が流れて地方の過疎化かそかが進んだりしているというし、そうした人の流れは今も昔もあまり変わらないのかもしれないな。

「のう主様よ、ここは本当にモンスターの巣窟そうくつなのかえ?」

 俺の横にたたずむミミルが言った。
 キモノ風な服を着た、冷たくも美しいミミルの背には、その容姿にはとても似合わない巨大な二振りの戦闘斧が背負われている。
 ミミルの斧は元の姿に戻った際に新調しており、高難易度迷宮で得た希少な素材をふんだんに使ったものだ。

「そう聞いてるんだけどな、気配が全くしない」
「邪悪な気も感じないよ? まぁ多少廃墟はいきょ特有の陰鬱いんうつな感じはするけど……」

 純白の錫杖しゃくじょうユニコーンズホーンを握りしめながら小首を傾げるモニカ。
 聖女たる彼女がそう言うのだから、あの廃墟には邪悪な存在はいないのだろう。

「なんにしても、依頼は依頼だ。中に入って様子を確かめよう。モンスターがいるなら殲滅して帰ればいい」
「うん、分かったよ!」
「あいあい、なんじゃひょーしぬけじゃの」

 厩舎の中ではメルトらサーヴァントが待機しているが、屋敷内なのでテロメアは出番なしかな。

『無念』

 厩舎の中で座禅ざぜんを組んで瞑想めいそうしているテロメアから、そんな声が聞こえてきた。

「とりあえず、【聖壁せいへき】」

 モニカに法術を唱えてもらい防御を固めると、ツタが巻きついた古びた正面扉を開いて、俺達は中へ踏み入った。
 屋敷の中は日中だというのに薄暗く、ほこりやらカビやら体に悪そうな臭いが充満していた。
 こんな空気の悪い場所にずっといたら体を壊すに違いない。
 まとわりつくひんやりとした空気、立っているだけで心の中の平穏がガリガリと削られていくような感覚、手足の先に重りが付けられ、それが徐々に重くなっていくような気怠けだるさ。
 歩けばきしむ床板はそこかしこが腐り落ちていて、いつ踏み抜いてしまうか分からない。

「……最悪な雰囲気だな」

 俺は呟きながら光棒石こうぼうせきを取り出して明かりをつける。
 これで少しは視界も良くなる。

わらわにもこれはちとこたえるのぅ」

 鬼族で強大な力を持つミミルといえども、この屋敷の空気は不穏に感じるみたいだ。

「呪いの力は感じられない、でも異質な力はしっかり感じられる……なんていうか、たとえるなら真夜中の墓地、というか……」

 聖女でじゃに詳しいモニカも、この屋敷に異質な何かを感じている。

「ここは屋敷の中なんだぞ? そんなの――」

 そんなの気のせいだ、と口を開きかけた時、廊下の奥からギシリ、という床が軋む音が鳴った。

「……人、だと思うか?」
「ありえんじゃろ……あるとすれば盗賊の類か」
「モンスター、かな?」

 じっと息を潜めていると、またしてもギシリ、ギシリ、と音が鳴り、規則正しくゆっくりと遠ざかっていった。

「あれは人の足音だろうな、しっかりした歩調だった。まるで何かを警戒してゆっくりと進んでいるような」

 ゾンビなどの二足歩行が出来るアンデッドかとも思ったが、モニカが反応しなかったんだからその線はない。

「どうするのじゃ? 主様よ」
「調査は続行だ。一部屋ずつ回っていこう。念のため二人は俺から離れないように」
「うん、分かった! 私も警戒しとくね」
「主様は頼もしいのう! 言われんでも離れたりせんわい」

 と女子二人、言葉だけは意気込んでいて大変よろしいのだが――

「おい。どうして二人共俺にひっついてるんだ」
「え!? えっと、その、あはは……」
「妾は主様から離れとうないだけじゃて。それ以上もそれ以下もありはせんよ」

 俺の右にはモニカ、左にミミルがいるのだが、なぜか二人共俺の腕をがっちりと抱きしめて離そうとしない。

「とりあえず離れてくれ……これじゃまともに動けない」
「ご、ごめんね?」
「命令とあらば従うしかあるまいて」

 二人は渋々といった様子で俺の腕を離してくれたが、今度は肩が触れるか触れないかの距離まで寄ってきた。
 これ以上とやかく言っても時間がもったいないので、俺はそのまま調査を始めた。
 入口から順繰りに部屋を回ってみるが、モンスターの気配も人の気配も何一つ感じられない。
 ただ、屋敷の中の温度がどんどん下がっているような気がする。

「なんじゃ、この寒さは……まるで心に冷風が吹きつけているかのようじゃ」

 ミミルが自分の腕をさすりながら言った。

「気のせいじゃない、か」

 気付けば吐く息が白くなっており、異常な事態になっているのは明らかだった。

「これはまさか……」
「何か知っているのかモニカ」

 錫杖を握りしめながらモニカは静かに口を開く。

「これ、多分ゴーストの冷気だよ。どうして気付かなかったんだろう……さっき真夜中の墓地って話したじゃない? ゴーストはそれ単体で冷気を常に放出しているんだけど、近くにいるとちょっとひんやり感じるな? くらいなの。でも墓地っていうのはゴーストが集まりやすくて、集まれば集まるほどその冷気も相乗効果でどんどん冷たくなっていって、周囲の空気の温度も下げていってしまうの。それに加えて、人の平常心を削り不安や恐怖を感じやすくさせる……簡単に言えば正気を保てなくさせるから、ゴーストの冷気を浴び続けるのは良くないんだよ」
「て事は、この屋敷にはゴーストが大量にいるって言いたいのか?」
「それが……ゴーストの気配は全くないの……近くにいれば絶対に分かるのに」
「ゴーストのう……妾はついぞ出会った事がないでな。どうも分からんがモニカが言うんじゃ、間違いないのじゃろうて」

 申し訳なさそうに俯くモニカの肩を、ミミルが優しく叩く。
 屋敷の奥へ進めば進むほど寒さが増しており、この冷気は奥から流れてきているのだと分かる。
【聖壁】では冷気の遮断は不可能なので、どうしたものかと考えていると――

「【破邪結界はじゃけっかい】」

 モニカが法術を唱え、そのおかげか体感温度が劇的に上がった。

「対ゴースト用の結界だよ。この中にいれば影響は受けないから安心して」
「さすがは聖女様だな。ゴースト相手に死角なしだ」
「うむうむ、妾は物理メインじゃからのぅ。魔法系はからっきしじゃ、頼りにしとるからの!」
「うん! 任せて! あ、ちなみに、ゴーストの冷気や怪異から影響を受け続けると正気を失っちゃうから気をつけてね」

 気を良くしたのか、モニカは得意げにゴーストへの注意事項を語り出した。
 俺はともかくミミルは興味があるようで、ふんふんと相槌あいづちを打ちながら聞いていた。
 調査を続けていくと、次第に妙な違和感を覚えた。
 今までの道程と資料にあった屋敷の地図を照らし合わせてみる。


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