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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー
二三七話 タウルス
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タウロスの容態は最悪だった。
何度も吐血したのであろう血痕が燕尾服の胸元に広がっており、相当な量の血を吐いた事が伺える。
顔色はもはや死人同然の血色で、息も絶え絶えといった状態だった。
何の毒かは分からないが、出来る限りの事をするべきだ。
「【キュア】」
毒に侵されている場合、治癒魔法では完全に回復させることは不可能だが確かにその場しのぎにはなる。
中級治癒魔法である【キュア】を強めに発動しなからタウロスの手を握る。
「解毒、魔法、使えなくて、ひぐっ……すこっ少し、でも楽、にさせってっあげ、だぐで……」
俺の横で溢れ出る涙を懸命に堪えながらシャルルが言った。
シャルルの判断は間違ってはいないが、四時間も治癒魔法を発動し続けるって……下手したらシャルル自身の魔力が枯渇して命の危機に陥る所だ。
しかしシャルルは泣きじゃくっているところ以外は至って普通であり、血色も悪くない。
森から王宮に帰って以来、ずっと魔力プールの底上げをしていたという話は伊達では無いようだった。
これが王族の力なのだろうか。
「クライシス、聞こえますか? 急ぎです、毒に侵されて四時間以上経った場合の回復方法はありますか?」
「あん? 四時間以上だって? その言い方だと誰か毒にやられたんか。んー……難しいやなぁ。毒を受けた初期なら解毒魔法で楽勝だけんども、四時間以上だろ? 体の中はボロボロだぞ、ってかよく生きてるな」
「シャルルが治癒魔法を掛け続けていたようです」
「シャルルちゃんが? ひゅー、成長したなぁ。ちと待ってろそっち行くわ。場所は?」
「一番外れの塔です。今魔法を外に飛ばします」
ウィスパーリングによりクライシスと連絡を取り、入ってきた窓へ向けて魔法を放つ。
放った【ファイアブラスト】の爆発により空中で煙があがり、狼煙の役割を果たしてくれる。
爆発が起きた数秒後、俺と同じように窓から飛び込んできたクライシスがシャルルの頭を撫でた。
「久しぶりだなシャルルちゃん。おう、この人か……ふむ……」
「クライシスさぁん……うぇぇえ……」
「かなり危険な状態です。正直な話、私では荷が重すぎます」
「こりゃひでーな……かなり強力な毒薬を盛られたらしい。生きてるのが奇跡だ」
クライシスの手が発光し、タウロスの頭からつま先までをゆっくりと撫で、そして呻くように言った。
「プラスで呪術も組み込まれてやがる。仮に解毒魔法で毒を抜いたとしても呪術のほうで命が取られる」
「そんな!」
「呪術ですって!?」
シャルルの悲痛な声と、俺の声が同調して部屋に響く。
心配そうにこちらを見る兵達と、守護騎士の顔が一気に曇ったのが見えた。
「コレやったやつは……かなり用心深いな。解毒されることを見越しての術だろうぜ」
「呪術は発動しているんですか?」
「いや、毒が抜ける事が術式のトリガーになってる。不用意に解毒してもダメだ。俺は解呪に回る、フィガロはそのまま治癒魔法を継続していろ、補助、強化も同時にな」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「始めるぞ!」
クライシスが目を閉じ、タウロスの額と腹部に手を当てて集中し始めたのを横目に俺はタウロスへ全力で魔法を掛ける。
【キュア】で体内の損壊部位を癒しつつ、【ポテンシャルアップ】で肉体の強化活性をはかり、痛みを和らげるために【ペインディスペル】をかけた。
シャルルは俺の服をしっかりと握り、涙を溜めた瞳をタウロスへ向けていた。
一分か一〇分か、はたまたそれ以上か、予断を許さない状況がしばらく続いた。
「終わったぞ。くっそめんどくさい術式編んでいやがった。解毒もしといた……問題はこの後だ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
シャルルがクライシスへ飛び付き、胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
しかしクライシスの言う通りまだ気は抜けない。
毒に蝕まれた肉体は細胞単位で壊されており、治癒魔法で回復させたとしても元通りになるという訳では無い。
下手をすれば後遺症が残り、言語障害や不随、意識が戻らないこともある。
単純な切り傷から致命傷までであれば、損壊した部位を治すだけで事足りる。
しかし毒の場合は肉体を構成している全ての細胞、いわゆる臓器や筋肉、神経にまで被害を及ぼすために、治ったかどうかの判断が難しいのだ。
毒というのはそれほどまでに危険な薬物であり、悪魔の薬、死者の薬などとも言われている。
現にタウロスの顔色は戻らず、呼気も弱々しい。
これは……ダメなんじゃないか。
「おめーも泣きそうな顔してるなよ。諦めんな、魔法は偉大だ、出来ないことなんて無い。そうだろ?」
「クライシス……ですが……」
タウロスとは数度の面識しか無いが、祝勝パーティーでは何かと世話になっている。
含みを込めたニヒルな笑顔が脳裏に浮かび、胸が苦しくなる。
「細胞には自己治癒力ってのがあるんだ。知ってるだろ?」
鼻をすする俺にクライシスがそんな言葉を投げかけてきた。
何度も吐血したのであろう血痕が燕尾服の胸元に広がっており、相当な量の血を吐いた事が伺える。
顔色はもはや死人同然の血色で、息も絶え絶えといった状態だった。
何の毒かは分からないが、出来る限りの事をするべきだ。
「【キュア】」
毒に侵されている場合、治癒魔法では完全に回復させることは不可能だが確かにその場しのぎにはなる。
中級治癒魔法である【キュア】を強めに発動しなからタウロスの手を握る。
「解毒、魔法、使えなくて、ひぐっ……すこっ少し、でも楽、にさせってっあげ、だぐで……」
俺の横で溢れ出る涙を懸命に堪えながらシャルルが言った。
シャルルの判断は間違ってはいないが、四時間も治癒魔法を発動し続けるって……下手したらシャルル自身の魔力が枯渇して命の危機に陥る所だ。
しかしシャルルは泣きじゃくっているところ以外は至って普通であり、血色も悪くない。
森から王宮に帰って以来、ずっと魔力プールの底上げをしていたという話は伊達では無いようだった。
これが王族の力なのだろうか。
「クライシス、聞こえますか? 急ぎです、毒に侵されて四時間以上経った場合の回復方法はありますか?」
「あん? 四時間以上だって? その言い方だと誰か毒にやられたんか。んー……難しいやなぁ。毒を受けた初期なら解毒魔法で楽勝だけんども、四時間以上だろ? 体の中はボロボロだぞ、ってかよく生きてるな」
「シャルルが治癒魔法を掛け続けていたようです」
「シャルルちゃんが? ひゅー、成長したなぁ。ちと待ってろそっち行くわ。場所は?」
「一番外れの塔です。今魔法を外に飛ばします」
ウィスパーリングによりクライシスと連絡を取り、入ってきた窓へ向けて魔法を放つ。
放った【ファイアブラスト】の爆発により空中で煙があがり、狼煙の役割を果たしてくれる。
爆発が起きた数秒後、俺と同じように窓から飛び込んできたクライシスがシャルルの頭を撫でた。
「久しぶりだなシャルルちゃん。おう、この人か……ふむ……」
「クライシスさぁん……うぇぇえ……」
「かなり危険な状態です。正直な話、私では荷が重すぎます」
「こりゃひでーな……かなり強力な毒薬を盛られたらしい。生きてるのが奇跡だ」
クライシスの手が発光し、タウロスの頭からつま先までをゆっくりと撫で、そして呻くように言った。
「プラスで呪術も組み込まれてやがる。仮に解毒魔法で毒を抜いたとしても呪術のほうで命が取られる」
「そんな!」
「呪術ですって!?」
シャルルの悲痛な声と、俺の声が同調して部屋に響く。
心配そうにこちらを見る兵達と、守護騎士の顔が一気に曇ったのが見えた。
「コレやったやつは……かなり用心深いな。解毒されることを見越しての術だろうぜ」
「呪術は発動しているんですか?」
「いや、毒が抜ける事が術式のトリガーになってる。不用意に解毒してもダメだ。俺は解呪に回る、フィガロはそのまま治癒魔法を継続していろ、補助、強化も同時にな」
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「始めるぞ!」
クライシスが目を閉じ、タウロスの額と腹部に手を当てて集中し始めたのを横目に俺はタウロスへ全力で魔法を掛ける。
【キュア】で体内の損壊部位を癒しつつ、【ポテンシャルアップ】で肉体の強化活性をはかり、痛みを和らげるために【ペインディスペル】をかけた。
シャルルは俺の服をしっかりと握り、涙を溜めた瞳をタウロスへ向けていた。
一分か一〇分か、はたまたそれ以上か、予断を許さない状況がしばらく続いた。
「終わったぞ。くっそめんどくさい術式編んでいやがった。解毒もしといた……問題はこの後だ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
シャルルがクライシスへ飛び付き、胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
しかしクライシスの言う通りまだ気は抜けない。
毒に蝕まれた肉体は細胞単位で壊されており、治癒魔法で回復させたとしても元通りになるという訳では無い。
下手をすれば後遺症が残り、言語障害や不随、意識が戻らないこともある。
単純な切り傷から致命傷までであれば、損壊した部位を治すだけで事足りる。
しかし毒の場合は肉体を構成している全ての細胞、いわゆる臓器や筋肉、神経にまで被害を及ぼすために、治ったかどうかの判断が難しいのだ。
毒というのはそれほどまでに危険な薬物であり、悪魔の薬、死者の薬などとも言われている。
現にタウロスの顔色は戻らず、呼気も弱々しい。
これは……ダメなんじゃないか。
「おめーも泣きそうな顔してるなよ。諦めんな、魔法は偉大だ、出来ないことなんて無い。そうだろ?」
「クライシス……ですが……」
タウロスとは数度の面識しか無いが、祝勝パーティーでは何かと世話になっている。
含みを込めたニヒルな笑顔が脳裏に浮かび、胸が苦しくなる。
「細胞には自己治癒力ってのがあるんだ。知ってるだろ?」
鼻をすする俺にクライシスがそんな言葉を投げかけてきた。
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