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第七章 ロンシャン撤退戦ー前編ー

二九九話 激闘の果てに

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「ぬうううん!! ブレイクスラッシュ!」

 ブラックの振るった剣がショゴスの核らしき球体にぶつかり、硬質な音が響いた。
 核は防御壁に覆われていると言っていたが、ブラックによる渾身の斬撃により見事に二つに割れた。
 同時にショゴスを形作っていた臓器の塊が液状化を始め、吹き荒ぶ暴風により霧散していく。

「やった……のか……?」

 ブラックは大きく肩で息をしており、ロンシャン兵達はその場に崩れ落ちて安堵の表情を浮かべている。
 ロンシャン兵達は戦闘が終わった事実を飲み込むと、乾いた笑いが徐々に伝播していき、やがて。

「「「おおおおお!!!」」」

 大広間には勝鬨の声が上がり、兵士達は剣先を天井に向けて精一杯伸ばしていた。
 二つに割れたショゴスの核には幾つもの亀裂が入り、風化していくかのように徐々に砂状になっていった。

「【ストーンウォール】」

 ショゴスが完全に霧散したのを確認し、俺も大広間へと戻り自分で開けた大穴を魔法で塞いだ。
 珍しく体が重く感じる。
 フライを解き、床に降り立った瞬間眩暈に襲われ、カクンと膝が砕けた俺はそのまま床に座り込んでしまった。

「あ、あれ?」

 立ち上がろうにも体に力が入らない。
 初めての現象に戸惑っていると、大広間の扉の向こうから顔を涙でぐちゃぐちゃにした大人シャルルが駆け寄ってきた。

『フィガロ! 大丈夫!?』

「うん、大丈夫だよ。ちょっと魔力を使いすぎただけだ、少ししたら治るさ」

 体にのしかかる重みと倦怠感の原因は、考えるまでもなく魔法の使いすぎだろう。
 俺の体は通常の人間よりも魔素を吸収する量が多いが、どうやら魔素の供給量よりも使った魔力の方が多かったらしい。
 だが今も魔素を取り込み続けているようで、倦怠感や体の重みは少しずつ消えてきていた。
 あと数分もすれば魔力は満タンになるだろうし、今は俺よりもロンシャン兵達だ。

『【ラウンドヒール】!』

 目を赤く腫らしたシャルルが、力無く倒れ込むロンシャン兵達に治癒魔法をかけていく。

『ごめんなさい、本当にごめんなさい……!』

「謝ることなんてありません。そうだろうお前達」

 身に付けた鎧はボロボロになり、満身創痍のアストラが言った。
 それに対し、ロンシャン兵達も「泣かないでくれ」「あんたが居たから勝てたんだ」と口々に言った。
 皆の言葉を聞いたシャルルは溢れる涙を拭い、ありがとうございます、と言ってまた涙を零した。
 ブラックは戦闘を終えて不動の体勢で待機しているホワイトやピンク、ブラウンの元で何やら武具の手入れをしているようだった。

「見事としか言い様がありませんな。流石はランチアの隠し球といったところですかな」

「陛下! ですがもう少しやりようがあったのではと愚考する次第で」

 アーマライト王がそんな言葉と共に、満面の笑みで護衛を引き連れて大広間の中へと入ってきた。
 
「そんな事はありませんぞ? 全滅しなかっただけ儲けものです。今は一時の勝利を祝いましょうぞ」

「は、かしこまりました」

「しかし解せぬ。一体誰がどのようにしてあのショゴスとか言うモンスターを生み出したのだ……」

 外は未だ暴風雨であり、絶えず鳴り響く雷鳴と厚くかかった暗雲、眼下に広がる廃墟と化した市街地は終末の世界すら臭わせる光景だった。
 被害の無かった窓の枠を掴み、窓ガラス越しにそんな光景を見ながらアーマライト王が言った。
 誰も何も分からず大広間に沈黙が広がりかけた時、アーマライト王へアストラが声を掛けた。

「陛下、僭越ながらお聞きしたい事がございます。魔導士長様の事です」

「あやつがどうかしたのか?」

 窓の外の光景から視線を外し、背後に跪くアストラへ向き直ったアーマライト王が怪訝な顔をした。

「は、あのショゴスというモンスターは帝国の技術により生み出される恐るべき生体兵器と聞きました。そして魔導士長様も帝国の出身とお聞きした事がございます、ショゴスと魔導士長様との関係性をハッキリさせるべきかと進言致します」

「ふむ……」

「陛下であれば魔導士長様の詳細をご存知かと思い、多分に失礼な事とは存じておりますが、どうかお聞かせ願えませんでしょうか」

「個人の過去や生い立ちを勝手に語るのは王としても褒められる事では無いが……この非常時だ、よかろう」

 短い逡巡の後、アーマライト王は重そうに口を開き溜息を吐いた。

「は! ありがとうございます!」

 跪いたまま深く礼をしたアストラは顔を上げ、真剣な面持ちでアーマライト王を見上げる。
 周囲で畏まっていたロンシャン兵達もその話には興味があるようで、みなの目はアーマライト王とアストラの二人に向けられていた。
 俺はと言うと、少し休んだおかげで魔力プールも満タンになり、体の重さや倦怠感は消えていた。
 シャルルは目を腫らしながらも既に泣いてはおらず、大広間の中央へ向けて両膝を付き、胸の前で手を組み、目を閉じて一心に祈りを捧げている。
 今回のショゴスとの戦闘で命を落とし、亡骸すら残っていないロンシャン兵達の魂を弔うべく、ああして祈っているのだろう。
 祈りを捧げるその姿は大人の姿となっていても、とても気高く美しく見える。
 多数の瓦礫や血痕が残る荒れ果てた大広間が、逆にシャルルの静謐さや荘厳さを際立たせており、それはまるで聖女を描いた一つの宗教的な絵画のようにも見えた。
 俺がシャルルに惚けていると、アーマライト王は一つ咳払いをして、アストラやロンシャン兵達に語り始めた。
 
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