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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三五八話 崩落
しおりを挟む「うわっ!」
「なになになに!?」
「う、動けない!」
「こっ殺さないでくれぇ!」
俺がホールドロックを発動させるなりこの叫び声である。
確かに周囲の建物が崩れる轟音と、爆発音や振動音で騒々しいのはあるけどここまで話を聞いていなかったとは。
「安心して下さい! アーククレイドルは無事です! それよりもこの後もっと大きい揺れが来ると思われますので、魔法で皆さんを固定させて頂きました!」
一人一人に魔法を掛けている時間は無さそうなので、ざっくりと分断して固定させてもらった。
皆が伏せていてくれたからこそ迅速に出来たし、協力に感謝だな。
ラインメタルがせっかく伝えてくれたのに、聞いていた人間がほとんどいなかったという悲しい事態だが、今は細かい事を気にしている場合じゃない。
伏せている人々とラインメタルの下半身と上半身は床から伸びた石の檻によってがっちりと固定されている。
あとは頭だ。
激しく揺れるアーククレイドルの床は密度の高い石で出来ている。
揺れた拍子に頭と床がゴッツンコしたらとっても痛い。
兄様のゲンコツくらい痛い。
「【エアーボール】!」
一気に数百個の空気の球体を作り出し、手当り次第に人々の頭部へ向けて放っていく。
エアーボールは、攻撃能力が皆無な練習用の魔法なので安全無害。
シルフィードブレスで纏めてしまおうかとも思ったのだけど、そうするとシルフィードブレス内で人同士の接触が起きる可能性もあったので止めた。
拘束されている当人からすれば恐怖でしか無いのだろうけど、こればっかりは我慢して頂きたい。
『フィガロ! もう持たない! 崩れるわ! 衝撃に備えて!』
「しまっ」
一際大きな崩落音が聞こえ、俺の体が宙に浮いた。
囚われている人達に集中し過ぎて俺自身を固定するのを忘れていた。
アーククレイドルは斜めに傾き、俺の体は空中を滑るように落ちて行き、一気に壁が近付いて来た。
「ふぬっ!」
咄嗟に両腕を突き出し、顔面から直撃するのを避ける。
じんわりとした衝撃が掌から肘、肩へと移動してくるが、衝撃に悶えている暇もなくまたしてもアーククレイドルは傾いた。
「フライ!」
固定出来ないなら空中に浮かべてしまえばいいと考え、アーククレイドルの中空に留まる。
アーククレイドルは四十五度ほど傾いており、傾斜はゆっくりと増加している。
ここは六階だし、崩れ落ちたとしてもそんなに回転する事は無いだろう。
『フィガロ大丈夫?』
「大丈夫だ。問題無い」
シャルルは天井と化した床にピタリとくっ付いており、まるで蜘蛛のようにも見える。
ホールドロックで固定された人々の視線が、俺にやたら集中しているのが分かる。
「う、浮いてる……」
「まさか……賢者様なのか……?」
そんな声が耳に届くが、俺は賢者なんていう大それた人間じゃあない。
賢者という肩書きは確かに素晴らしいけど、一つ二つ人助けをした程度で賢者と呼ばれるのは違う。
本物の偉大な賢者様に失礼だ。
だから俺はこう言う。
「違いますよ。私はただの文殊使いです」
「文殊……」
「文殊だって……?」
「文殊使い……様!」
少しキメ顔をして言ってみたのだけど、文殊使いという単語が漣のように広がっていき、やがてアーククレイドル内にいる全ての人に伝わったようだ。
現状は床と天井が逆転しているので、天井に張り付けられたようになっている人々に見下ろされているような感じだ。
ミシミシ、という音が鳴り、再びアーククレイドルが落下して向きが変わる。
窓の外は瓦礫しか見えず、アーククレイドルが瓦礫の中に埋もれてしまった事が分かる。
砲撃の音はなおも続き、体感時間で十分くらいは鳴り止まず、やがて静けさが訪れるとシャルルが口を開いた。
『このままだと出れないから……動かしてみるわね』
「動かす……?」
俺はシャルルの言った意味が分からず、オウム返しに同じ言葉を繰り返した。
『そうよ。生き埋めだなんて嫌じゃない?』
心なしか声に疲労の色が聞き取れるが、シャルルはそれを見せないように体の発光を強めた。
『お願い……! お願い!』
絞り出すようなシャルルの声に応じたのか、アーククレイドル全体が静かに震えた気がした。
そしてガラガラ、という崩落音が鳴り始めると窓から見える瓦礫がみるみる退かされていき、ついには外の景色が見えるようになった。
アーククレイドルが動いた様子は無く、周囲の瓦礫がどいてくれたような感じだった。
恐らくは自然系魔法で瓦礫や周囲の自然物に干渉して、邪魔な瓦礫をどかしたのだろう。
俺がやっても良かったのだけど、俺がやるとどうしても派手な事になってしまうしな……。
『っはぁ……! も……これで……限界……!』
シャルルは呻きながら体を床に横倒しにして、四肢を投げ出した。
窓の外からは大量の炎に巻かれた管理塔が見え、あちこちに大きな穴が空いている。
建物の五割は完全に破壊されており、これはどう見ても革命軍にとって大ダメージだろう。
「シャルル、大丈夫か?」
『ふひー……疲れたわ……さすがにもう現状維持で精一杯ね』
「お疲れ様。一応俺も障壁を張っておくよ」
『もう砲撃は無いと思うけど……念の為ね、お願いするわ』
「任せろ」
横たわりながら突き出されたシャルルの拳に、同じように拳を作って軽く小突きあい、健闘を讃えあったのだった。
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