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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三七五話 撤退、後退、そして——
しおりを挟む「皆の者! 引くぞ! 陣形を維持しつつここから離れるのだ!」
教会騎士団のリーダーらしき女騎士が剣を上げ、王城方面を指し示す。
魔人達の意識は完全に騎士達から俺とシュミットへ移行している。
今であれば素早く撤退が可能だろう。
乱戦の最中ではあるが、正規軍も革命軍も引く事を選択しているらしく、戦線が少しずつ後退し始めている。
迷宮管理塔の跡地近くにあるのは累々と散らばる死体ばかりで、既に生存者は見受けられない。
教会騎士団を守りつつ、離れた所に生存者を見つければ相手をしている魔人に魔法を放って牽制する。
フレイムバスターカノンが届く所であればある程度ダメージも与えられる。
届かない距離であれば貫通力の高いランス系の魔法を放つ。
ブーステッドマナアクセラレーションで強化出来るのは身体能力だけなので、通常の魔法では魔人を仕留めるには威力が足らない。
フレイムボルテックスランスでは生存者も消し飛ばしかねないので迂闊には撃てない。
魔人の肉体はノーザンクロスが謳うように硬いらしく、生存者の剣や槍、斧や魔法を受けても大して効いていないように見える。
冒険者の青年が繰り出した槍が魔人の胸に刺さるが、貫く事は出来ていない。
胸に槍が刺さったまま嫌らしい笑みを浮かべる魔人と、それを見て戦意を失う冒険者の青年。
仲間が青年の腕を引き、急いでその場を離れようとするが魔人から放たれた魔法が二人を吹き飛ばした。
魔法は二人が致命傷を受けない程度の威力であり、魔人は完全に遊んでいる状態だった。
そこに俺が飛ばした魔法が当たり、体勢を崩して尻もちを付いた。
忌々しげに俺を睨みつけた魔人は二人を無視し、俺へと向かってくる。
「猪突猛進、飛んで火に入るなんとやら」
魔人は魔法使いなのか、こちらに向かってくる最中に様々な魔法を飛ばして来るが、それらを全て拳で殴り、脚で蹴り飛ばす。
呆気に取られたような顔をした魔人はさらに魔法を放つが、横から伸びたシュミットの棍で頭部を潰されてしまった。
「雑魚しかいねぇな」
「それは貴方が強すぎるだけです」
「そうだな! 俺ぁ強えからよ! だからこそ俺はお前と戦いたいね!」
倒せば倒すほどに増えていく魔人の軍勢だが、さして実力もない者達がどれ程集まった所で大した脅威では無く、ただの烏合の衆だ。
これならばハインケルやカラマーゾフの方がまだ強いと思える。
キメラルクリーガー隊なら一対一でも勝てるのでは無いだろうか。
リッチモンドなら……言わずもがな、瞬殺だろうな。
キメラルクリーガー隊とリッチモンドも恐らくはどこかで戦っているのだろうが、一望出来る位置には見受けられない。
市街地の中でも戦闘は発生しているようで、建物が崩れる音や、魔法の炸裂音が聞こえる。
優位性を保っているのは俺とシュミット、後はチラホラ見られる実力の高い者達だけだ。
魔人相手に立ち回っているのは黒竜騎士団、赤龍騎士団、冒険者の生き残りだ。
生存者達は必然的に集まり始め、徒党を組んで撤退を図っている。
これならもう少しで、と思った矢先、微動だにしなかった巨獣アザトースが咆哮を上げた。
『AGYAAAAA!』
耳を塞ぎたくなる不協和音のような咆哮が空気を震わせ、幅数メートルはあるだろうアザトースの足が踏み出された。
一歩踏み出しただけでズズン、と地面が音と共に揺れ、それが二度、三度、四度と鳴る。
「チッ! やべえな!」
「やべえんですか?」
「あぁ、相当やべえ、アレはやべえよ」
「あの、やべえ以外の説明は出来ないのでしょうか?」
「マジでアレはやべえんだ。それ以外に言葉がねぇ! 急いで逃げるぞ! アレは個人がどうこう出来る存在じゃねぇからな!」
巨大なドラゴンのような足は、様々なモンスターの皮膚を切り貼りしたような異様な色合いをしており、足先から伸びる爪はトゥハンデットソードの二倍はある長さだ。
胴体は金属のような鱗でびっしりと覆われており、胴体に巻き付くようにして巨大な砲塔が伸びている。
胴体から伸びる首は長く、ムカデのような足が無数に生えてワシャワシャと獲物を求めるように蠢いている。
「センスが尖り過ぎて何も言えません」
「キッショイよなぁ。話には聞いていたがこれ程までデカくてキショいとは思わなかったぜ」
アザトースの足元を見れば下半身を踏み潰されながらも逃げようとしている魔人がおり、周囲の魔人も散り散りに逃げている。
教会騎士団の女騎士達は怯えきっていたが、足を止めること無く後退を続けている。
一方で自らに被害が無いと分かった魔人達は、ここぞとばかりに生存者達へ攻撃を仕掛け、乱戦の中の混戦はカオス一色に染まっていた。
『GOOOOOOO!』
「……何を……?」
数歩歩いたアザトースは一度止まり、長い首を地面と水平に伸ばして再び咆哮を上げた。
アザトースの視線の先にはボロボロの王城がある。
キュイイィ、という甲高い音が鳴り始め、大きく開いたアザトースの口の先と胴体に巻き付いた砲塔全てが青白い光を発し始めた。
「まさか……止めろ、ダメだ、王城には皆が、シャルルが!」
嫌な予感が全身を駆け巡り、最悪の想定が脳裏に浮かぶ。
顎の中の光は輝きを増し、玉となり、玉はどんどん大きさを増していく。
そして——。
「やめろおおおおおおお!」
俺の絶叫を掻き消すような轟音を立て、青白い極太の光線がアザトースから王城へと発射されたのだった。
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