欠陥品の文殊使いは最強の希少職でした。

登龍乃月

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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三八七話 ジ・アビス

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「フィガロよ」

「何でしょうかドライゼン王」

「お主は行かんのか?」

 俺の視線はクーガとラプターに向いており、それを察したドライゼン王が話しかけて来た。

「……信じておりますので」

「フ……男の顔になったな」

「それほどでも……」

 クーガは俺の大事な相棒だ。
 心配にもなる。
 だけどアイツは魔獣ヘルハウンドだ。
 アエーシェマも欲しがった強力な地獄の猟犬、負けるはずがない。
 それに俺には別命が下りているので下手に動く事は出来ない。

「っしゃ! そろそろ行くか!」

「はい。よろしくお願いします」

 クライシスがロッドの先端で床を叩いて袖を捲る。
 その後ろにはダンケルクが控えており、決死の表情を浮かべている。

「おら、乗れ坊主」

「し、失礼します!」

 かがみ込んだクライシスは背中をダンケルクに向け、ダンケルクは遠慮がちにクライシスの背中に乗る。

「じゃ、ちょっくら行ってくるぜ」

「ご武運を」

「よろ、よろしくお願いします!」

 ダンケルクを背負ったクライシスはふわりと宙に浮き、人差し指と中指を立て、目の上で空を切った。
 途端に弾かれるように加速し、一直線に迷宮管理塔の跡地へと向かって行った。
 クライシスとダンケルクに下された指令はノーザンクロスのラボの破壊だ。
 ラボまでの行き方はダンケルクしか分からないので、道案内として同行する事になった。
 当初アザトースが陣取っている跡地へ侵入するのは不可能かと思われたが、クーガとラプターでアザトースの注意を引き、その隙にクライシスが超高速で迷宮内部へ侵入する作戦がシャルルより提案された。
 俺が行っても良かったのだが、万が一復活したノーザンクロスがラボにいた場合の危険を考えると、クライシスが適任だという結果になった。

「ぐ……まずいな……」

「大丈夫ですか?」

 動きたくても動けない歯がゆさを感じていると、ドライゼン王が苦しそうな声を上げた。
 見れば顔には冷や汗が伝い、表情も険しい。

「このままでは魔力が尽きる……! 魔力薬が無くなった」

「そんな!」

 絶対防壁はドライゼン王の魔力が続く限り張り続ける事が可能だ。
 しかしドライゼン王にも限界というものはある。
 魔力薬のストックもそれなりにあったのだが、王城にある物資にも限界があり、魔力薬を持っていない他の人員にも回さざるをえなかった。
 
「敵の攻撃が苛烈でな……魔力がゴリゴリ持っていかれる……! このままでは保って一時間程度、もう一度アザトースの砲撃を受けたら終わりだ……!」

「あと……一時間……!」

 ドライゼン王からタイムリミットを宣告され、背筋に薄ら寒いものが走る。
 戦っている人達はドライゼン王の絶対防壁によりダメージを受ける事は無いが、地面に倒れている魔人は数十人ほどであり、殲滅にはまだまだ時間がかかりそうだった。
 アザトースはクーガとラプターに阻まれ、睨み合いをしているので砲撃の心配は無さそうだけど……。

「まずい……」

 このままでは戦況が瓦解する事になる。
 ドライゼン王の絶対防壁が解かれれば王城は丸裸になる。
 
「これを使うしか……」

 そう呟いた俺の手はポケットの中に収められており、ポケットの中には赤ん坊の握り拳ほどの大きさの水晶が入っている。
 これは作戦が始まる前、クライシスから渡された物であり、「ドライゼンがやばくなったらこれを使え」と言われていた。
 効果は使ってみてのお楽しみらしいが、クライシスが変な物を渡すわけがないので心配はしていない。
 ただ一度きりしか使えないので、使うタイミングをよく考えろとも言われていた。
 あと一時間しか猶予が無いのであれば、今しかないだろう。

「頼む……!」

 ポケットから水晶を取り出し、魔力を集中させ、掌の水晶へ注ぎ込んでいく。
 水晶はかなりの魔力を吸い込み続け、やがて……ガラスの割れるような音を立てて粉々に砕け散った。

「え……?」

 慌ててドライゼン王を見るが、魔力が回復した様子も無く、周囲に何か変化があった訳でもない。
 
「なんで……!」

 魔力の込め方が悪かったのか? と一気に全身から血の気が引いていく。
 視界がグラグラと揺れ始め、動悸が激しくなりかけた時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

「旦那ァ!」

「フィガロ様!」

「は?」

 ドタバタ、タタタ、と対象的な足音が二つ聞こえ、それぞれが俺の前にピシッとした姿勢で立った。

「旦那! ご無事で!」

「フィガロ様! 遅ればせながら馳せ参じました!」

「え? は? ええ!?」

 目の前に立ったのは完全武装のドンスコイと、戦闘服のようなボディスーツを身にまとったコブラだった。
 状況が全く理解出来ず目を白黒とさせていると、ここに居るはずの無い二人の口から事の顛末が語られた。
 クライシスは屋敷を出る際、俺に渡した水晶と同じ物をコブラに渡していたらしい。
 渡された水晶はドンスコイとコブラの二人分あったそうだ。
 「肌身離さず持ってろ」とだけ厳命されていたのだが、クライシスが険しい顔をして出ていった為、良くないことが起きていると察したコブラはドンスコイと二人で戦闘準備を整えて、ずっと待機していたらしい。
 
「転移……って事か……はは……ぶっ飛んでるよ……ホント」

 遠く離れたランチアから一瞬でロンシャンに送る、そんな魔法も魔導技巧も聞いたことが無い。
 これが大魔導師の真骨頂といった所だろう。
 人間を魔人に改造し、ホムンクルスを作り出すノーザンクロスと言い、人をあっさりと転移させるクライシスと言い、千年前の英雄というのはどこまで規格外なのだろうか。
 予想外の援軍に顔を綻ばせながら、俺はそんな事を考えていた。
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