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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー
三九〇話 二面一身
しおりを挟む「なんと……! 我らの帰国が遅れれば使者が派遣されるとは思っていたが……軍が動くなど早すぎる!」
「それは……分かりませんが……これはアルピナ様からの確かな情報です。私達がこちらに転移する直前のお話なのですぐには到達しないとは思いますが……」
「くっ……! シャルルよ、ロンシャンから脱出した兵はいるか?」
「ランチアから来た兵士達は幸いにも全員無事だし、ここにいるのも確認済みよ。誰かが脱出して国に報告しに帰ったという線は有り得ないわ」
「なら……何故……だがまぁ……心配は無用だな。我が軍がロンシャンに到達する前にケリを付けてしまえばいいだけの事。そうだろう? フィガロよ」
「はい。問題ございません」
ドライゼン王の顔に焦りの色が一瞬浮かんだが、それも直ぐに収まった。
これがもうすぐ側まで来ている、なんて言ったらすぐさま撤退命令を出さないと被害が更に広がってしまう。
一万の軍勢が進行するとしても、ロンシャンに着くのは最低でも十日以上はかかるだろう。
強行軍を続けてどうにかなる距離じゃあないし、今はまだどうこう騒ぐ段階じゃない。
「さてさて……俺達の相手はまだ出てこねぇようだぜ」
「そうですね……何をやっているのでしょうか、ガバメントは」
周囲の戦闘は激化しており、絶対防壁を張るドライゼン王の顔が険しいものになっている。
伝令からの知らせによると魔人側は不利と悟ったのか、即席のパーティを組み始め、体内に仕込まれた魔導技巧も出し惜しみ無く使い始めているらしい。
冒険者や教会騎士、赤龍や黒龍の騎士達は奮戦しているが、魔力切れやスタミナ切れを起こした者達が次々と城内に撤退してくる。
絶対防壁は敵の攻撃を防ぎこそすれ、魔力や体力を回復してくれるわけじゃない。
支給された魔力薬や体力薬を使い切り、限界まで戦い抜いた者達の表情は皆険しく、額から大量の玉の汗を滴らせていた。
アーマライト王の指示の元、避難していた非戦闘員達によって撤退してきた騎士達に水やタオルが配られていく。
そんな中、突如激しい振動が防壁内に伝わった。
「フィガロよ! 今までとは段違いの攻撃だ! 警戒せよ!」
「は!」
「おいでなすったかぁ? 大将」
ドライゼン王が前方を睨みつけながら叫ぶように言い放ち、シュミットが準備運動をするかのようにストレッチを始めた。
「フィガロ。出れるかい? ちょっと僕には荷が重いヤツが現れた」
「リッチモンド! 分かった! 今行く! シュミットさん!」
「おうよ! 赤龍騎士団副団長、シュミット・ヘッケラーコック、出るぜ!」
新たに現れた脅威は、恐らく魔人に生まれ変わったガバメントだろう。
むしろそうであって欲しい。
これ以上隠し球を出されたら確実に手が回らなくなる。
俺は奥歯を噛み締めながら床を蹴り、剣盾を抜き放つ。
シュミットも棍を後ろ手に構えながら俺に並走する。
正門から城前広場へと出た俺は上空を仰いでリッチモンドを探し——見つけた。
リッチモンドはひらりひらりと宙を舞っており、それを追いかけるように幾つもの光弾がばらまかれている。
光弾をばらまいているのは、小型の飛龍を連想させるような翼を背中に持ち、四本腕を生やした上裸の男だった。
おかしな事に四本の腕の内、二本は枯れ木のような老人の腕であり、光弾はその老人の手から放たれている。
残りの二本の腕は筋骨隆々で、別々の意匠の剣を二本握っていた。
「ガバメントさん……! なんつー姿に!」
「シュミットさん、ガバメントの後頭部を見て下さい……!」
光弾を放つ魔人の顔は忘れもしないガバメントのものであったが、瞳が赤い輝きに染まっている。
頭にはシュミット同様毛髪は一本も生えておらず、驚くべき事に後頭部にももう一つ、目を瞑った老人の顔が張り付いて口を終始モニョモニョと動かしている。
「ありゃあ……枢機卿だ……!」
「殺されていたという枢機卿ですか? でも何故その人の顔があんな所に」
思わず聞いてしまったが、理由は考えなくても分かる。
ノーザンクロスがガバメントを改造する際に——枢機卿の死体を素材の一部に使用したという事。
想像しただけでも怖気の走る所業だった。
口が終始動いているのも、絶えず呪文の詠唱を行っている為だろう。
「枢機卿は光属性魔法を極めた聖人だ。神の加護、祝福の盾とも言われる最上級の防御魔法を使える御仁、そして……」
「治癒魔法も、ですね?」
「あぁそうさ。欠損した肉体でさえ治しちまう集団魔法【リジェネレイション】すら単独で行使出来るほどだ」
治癒魔法というものは、属性的に分類すると光属性の部類に分けられる。
俺の場合は【癒】の文殊で直接的に治癒魔法を行使しているわけだけど、枢機卿もリジェネレイションを使えるとなると実に厄介な事になる。
それはつまりいくらガバメントの肉体を傷付けたとしても、枢機卿が即座に回復してしまうのだろう。
そもそもガバメントに攻撃が当たるのかという話なのだけれど。
人間時、国最強の実力を持っていたガバメントが魔人に作り替えられた事で実力も大幅に上がっていることだろう。
加えて枢機卿の防御魔法がかけられたとしたら……。
「とんでもない化物、ですね」
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