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第八章 ロンシャン撤退戦ー後編ー

三八九話 鬼人の咆哮

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「新生トロイ頭領ドンスコイ! 行きやすぜぇ! オラオラオラァ! 死にてぇ奴からかかって来やがれってんだああぁぁ……」

 強化魔法のフルポテンシャルを掛けたドンスコイは、疾風の如く戦場に飛び出して行き、怒号がフェードアウトしていった。
 丁度目の前に現れた魔人をすれ違いざまに叩き斬り、十字に切断された魔人の肉体が地面に転がった。
 ドンスコイの持つウォーアックスは両刃で、盾ほどの大きさがあった。
 逆の手に握る巨大な剣は剣と言ってもいいのかどうか、というほどに荒い作りであり、トゥーハンデッドソード並の長さで剣身は分厚く、幅は六十センチはあるだろう。
 あんな物をフルポテンシャルを掛けていない状態で、片手で軽々と振り回していたドンスコイの筋力はどうなっているのだろうか。
 ひょっとしたら強化魔法なんていらなかったのかもしれない。

「なぁコブラ、ひょっとしてドンスコイってめっちゃ強い?」

「あはは! ひょっとしなくてもお兄ちゃんは強いですよ?」

「まじか」

 ドンスコイの突撃に呆気に取られながらコブラに質問すると、笑いながらコブラは答えてくれた。

「お兄ちゃんはですね、フィガロ様に負ける前は鬼人として裏社会で名を轟かせていたんですよ? そりゃあもう向かう所敵無しでした。アジダハーカの下部組織ではありましたけど、それはお兄ちゃんが自分から傘下になると言ったからなんです。お兄ちゃんの実力を見たハインケル様は自分の傍に置きたかったらしいんですけど、お兄ちゃんは自分の組織を引っ張る事を選んだんです」

「ホントに良い奴だな」

「はい、自慢のお兄ちゃんです。最もフィガロ様には敵いませんでしたけれど」

「あはは……」

 にっこりと微笑むコブラと、戦場から聞こえるドンスコイの猛々しい咆哮がいつも以上に頼もしく感じる。
 ドンスコイはやがて、俺の見える範囲から外れるように走って行った。
 
「随分と豪快な部下を持ってんだなぁ」

「シュミットさん」

 グリーブが擦れるカチャカチャという音と共にシュミットが背後から現れた。
 シュミットは撤退した他の戦闘員の誘導を行っており、彼がここにいるという事は特に問題も無く撤退が完了したという事だ。

「お疲れ様です」

「おう、ま、疲れちゃいねーがな。しっかしよぉ話には聞いてたが……ドライゼン王陛下の障壁はとんでもねぇな」

「はい。ランチア守護王国が誇る最強最硬の障壁ですからね!」

「なぁんでお前さんが偉そうなんだよ」

「へへへ、つい」

「こんなべっぴんさんもいるたぁなぁ……隅に置けないねぇ、辺境伯殿は」

 引き寄せられるように肩に手を回され、小さな声でそう言ったシュミットの目線がコブラに向く。
 
「はい。私の配下の紅一点ですからね。とても優秀で気の利く素晴らしい女性ですよ」

「ゆ、優秀っ……! 素晴らしいだなんて……! そんなそんな! これ以上私を褒めないで下さいいいい」

 両手で顔を覆い、いやんいやんと体をくねらせるコブラだが、こちらとしては別に大して褒めていないし、特別な事を言ったつもりも無い。
 そんなコブラの様子をシュミットと共に眺めるが、シュミットはクックッと喉を鳴らして笑っている。
 
「変わった女だな! おもしれえ! 俺の女に」

「全力でお断りさせていただきます」

「おい! まだ全部言ってねぇぞ!」

「そこまで聞けば断るに充分ですし、初対面の方に言い寄られてOKを出すようなふしだらな女ではありません。それに……貴方はタイプじゃありませんから」

「んだよ……おい、フィガロ、あの女顔に似合わずキッツイ性格してんのな……」

 コブラは恥じらいながら体をくねらせていたとは思えないほど冷たい表情に切り替わり、シュミットを一蹴した。
 シュミットはバツの悪そうな顔をして俺に耳打ちをするが、俺に同意を求められても困る。
 ほら見ろ、俺にまで冷徹な視線が注がれてるじゃないか。

「フィガロ様に変な事を吹き込んだら貴方、消すわよ」

「い、言ってねぇよ! なぁ!」

「そ、そうですね! 別に私は何も!」

 コブラにそんな気は無いのだろうけど、何故か俺まで責められている気になってしまう。

「そうですか」

 実力的にはシュミットの方が上なのだろうけど、こういう時の女性特有の強さというのは、実力うんぬんを無視させる気迫がある。
 シュミットはツルツルの頭を撫で回し、唇を尖らせながらそっぽを向き、コブラも腕を組んでツーンとしている。
 微妙に険悪なムードになり、ドライゼン王もアーマライト王も苦笑いをしており、ヘカテーに至っては虫けらを見るような目をしている。
 ひょっとしてシュミットってば、チャラい系のお方だったりするのかしら。

「はっ! そうです! ドライゼン陛下、フィガロ様、お二人に伝えておかなければならない大事があります!」

 ツーンとしていたコブラだったが、急に大事な事を思い出したようにこちらに向き直り、跪いた。

「申してみよ」

「は!」

 コブラは頭を上げ、俺とドライゼン王を交互に見た後、ゆっくりと口を開き、とんでもない爆弾を投下した。

「ランチア守護王国軍、約一万がここロンシャン連邦国に向けて進軍を開始したようです」
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