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第九章 穏やかな日々

四〇九話 オークションとは

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 ドンスコイとコブラが店内にカチコンで行った数分後、カウンターを殴り付ける派手な音が聞こえ、入口から顔を出したコブラが手招きをしてきた。
 俺は招かれるまま再び店内に入ると、カウンターの越しに胸倉を掴まれた男が怯えるように俺を見てきた。

「てめぇ、ウチのボスにえらく舐めた口きいてくれたらしいなぁオイ」

「ひぃ! ま、まさかあのガキ……お子様がデストロイの新しいボスだとは思いませんで!」

「お子様……ね。貴方、ここの責任者? そうじゃないなら責任者を出しなさい。出さないなら……潰すわよ」

「わかっ分かりました! 直ちに!」

 彼と二人の間にどんなやり取りがあったかは分からないけど、男は腰を抜かしそうになりながらも、店の奥へと駆け込んで行った。
 
「おうおう、どうしたアンちゃん。ヤケに威勢がいいじゃねぇか」

 騒ぎを聞きつけたのか、先程までカードゲームに興じていた四人の男達がいつの間にか店内に入って来ていた。

「お? アンタは……まさかと思っていたがドンスコイさんか?」

「んだぁ? おっ! てめぇはブラットクロウのカンディアか! 久しぶりだなぁ!」

 四人の男達の中で小太りの男がドンスコイを見て嬉しそうな声を上げ、ドンスコイもまた嬉しそうな声を出した。

「なぁコブラ、知り合いか?」

「はい。デストロイの隣のシマを仕切っていたブラットクロウという組織のボスです。なぜここにいるのかは知りませんけれど」

「ほぉん……」

 ガッチリと握手を交わすドンスコイとカンディアを横目に、非常に冷ややかな目をしているコブラ。
 他の三人の男達も、二人が知り合いだと分かると警戒を緩めて適当な椅子に腰を下ろした。
 下級歓楽街の時といい、ここでといい、どうして今日は裏社会の方々とよく出会わせてしまうのだろうか。
 厄日か?
 
「そうか、デストロイが足を洗ったって噂は本当だったんだな」

「おうよ! ウチのボスはつえーぜ? 俺が束になっても勝てやしねぇ!」

「こんなヒョロっこい御仁がねぇ……どうも、カンディアという。よろしく頼むぜ、旦那」

「え? あ、はい、よろしくお願い致します。フィガロと申します」

 少し膨らんだお腹を揺すりつつ、握手を求めてきたカンディアに応じて手を伸ばし、軽い挨拶を交わした。
 カンディアの印象は悪くなく、柔和な顔をしているがこの人も裏社会を生きる組織のトップだ。
 あまり油断は出来ないな。

「旦那もオークションに?」

「はい。ハイン……ある人から情報をいただきまして赴いて参りました」

「そうかそうか! ここでのオークションは非常に面白いモノが流れる事がある。それを楽しみにしてくるヤツらも多い。旦那にそういった興味は無さそうだが……まぁ楽しむといい。行くぞお前ら」

 終始柔和な顔を崩さないカンディアを見て、恐らくは偽りの表情だと直感しながら俺は頷いた。
 会話を終え、カンディアは残りの三人を連れて再びテラスへと戻って行った。
 しばらく待つと、先程の男が一人の大柄で筋骨隆々な男を連れて戻ってきた。

「ウチの店番がデストロイの御方に非礼をしでかしたと聞きました。申し訳ございません。私は店主のサルバドルと申します。詳しいお話は奥でさせて頂きたいのですが……構いませんか?」
 
 大柄な男が丁寧に頭を下げ、つられて先程の男も頭を下げた。
 
「構いませんが、店の外に連れがいまして。中に入れても?」

「ええ勿論です」

 サルバドルの許可を取り、表で待っていた構成員とガリバルディ達を招き入れた。
 話をするのは俺とコブラという事になり、ドンスコイには子供達のガードを頼んでおいた。
 店の奥にある個室へと案内された俺とコブラが席に着くと、サルバドルが再び頭を下げた後、本題を切り出してきた。

「この度は申し訳ございませんでした。ご要件はオークションへの参加と伺っておりますが……」

「はい。と言っても様子見も兼ねて出品するのはワイン一本だけなのですが……」
 
「なるほど。ウチは一品からでも参加は可能です、しかし出品する際に手数料が必要になりまして」

「えっ!? そうなんですか! 因みにお幾らになるのでしょう……?」

「銀貨五十枚となります」

「銀貨五十枚……あったかな……」

 手数料という予想だにしない事態に、若干冷や汗をかきながらお金の入った皮袋を開いて確認してみたが、金貨三枚と銀貨八十枚は確認出来たのでほっと胸をなで下ろした。

「当オークションは出品される物を拒みません。それがいかなるものであろうとね。しかし特定の品物を出品する際には別途登録料や手数料が掛かってきます」

「特定の品物とは?」

「そうですね、いわゆる薬関係、盗品、非合法の品、そして……奴隷などです」

「え……? 奴隷、って。ランチアは奴隷制度が無いハズでは?」

「はい。表向きはありませんね」

 盗品や非合法の品物という単語にも引っかかりを覚えたが、一番引っかかったのは奴隷という単語だ。
 サルバドルは悪びれた様子も無く言い切り、その面持ちは真剣だ。
 俺はこの時、非常にマズイ場所へ来てしまったのでは無いかと、薄らながら感じ始めていた。

「デストロイのボスであるフィガロ様であればお分かり頂けると思いますが」

「失礼ですがデストロイはトロイへと改名し、裏社会から足を洗っております。フィガロ様も裏社会の人間ではありません。ですのでもう少しわかり易い説明をして頂けると本望でございます」

 怪訝な表情をするサルバドルに対し、コブラが丁寧に言い返すと彼は驚いた顔をして再び口を開いた。

「なんと……武闘派で名を知らしめたデストロイを丸々シャバに出すとは中々に大胆な御仁だ。見た所教養もお有りの様子ですが……むぅ……難しい立ち位置ですね……」

「若輩物ではありますが、裏社会にはある程度理解があるつもりです。話を聞いてしまった以上私も同罪、他言する事はありません。ある程度予測は付きますが教えて頂いてもよろしいでしょうか」

「この場所を聞いたという事は裏社会へ馴染みのある証拠です。であるからしてここまでお話したのですが……いいでしょう。この場所で行われるオークションは通常のものではございません。言ってしまえば……【闇オークション】です」

 
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