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第九章 穏やかな日々
四一九話 激情のコブラ
しおりを挟む「お話は分かりました。近日中に連絡させていただきますね」
「はい。よろしくお願い申し上げます。では私はこれで」
金銭の取り決めを行い軽く雑談をした後、細かい話の擦り合わせは俺が書類に目を通してからという事になった。
クロムが席を立とうとする頃には、話し合いを始めてから既に二時間が経過していた。
「あ……クロムさん」
「何でしょう?」
席を立った頃合に言い出すのもなんだが、雑談中にはついぞ言い出せなかった事があった。
「コブラとドンスコイの事は……」
「……まだ……踏ん切りが付きませんで。ハハ、お恥ずかしい話ですな。コブラさんとドンスコイ君が亡き恋人の忘れ形見、自らの子供だというのに。どんな顔で迎えればいいのか、私を父と認めてくれるのか、正直今でも怖いのです……このまま正体を明かさず、あの子らの将来を陰ながら支える、そんな関係でもいいのではないかと、最近は思います」
「でも……それは」
「申し訳、ございません」
クロムは目を閉じながらそう言って手提げカバンを持ち、入口へ体を向けた。
しかしながら運命の悪戯か、クロムはそのまま玄関に向かう事が出来ずに息を飲んだ。
「どういう……事……なんです、か」
ダイニングから玄関に向かう通路の入口に、表情を失って呆然と立ち尽くすコブラの姿があった。
「コブラ……これはその……」
「っ!」
「コブラ! 待て!」
呆然としながら数歩後退ったコブラは、口元をぎゅっと結んで弾かれるように外へ飛び出して行ってしまった。
「ハハハ……聞かれて、しまいましたね……」
「呑気に笑ってる場合じゃないですよ!」
「申し訳ございません……では私はこれで失礼いたします」
「クロムさん!!」
クロムはそう言って足早に屋敷を出て、街中に紛れてしまった。
彼がただ笑っていたわけじゃない事など、浮かべる苦悶の表情から簡単に推測出来た。
「屋敷! コブラは!」
『はい。コブラ様は屋敷の敷地を飛び出し、西側へ走っていかれました』
「コブラが来てるなら来てると何故言わなかった!」
『申し訳ございません』
「あ、いや。八つ当たりだな……悪かった。少し出てくる、留守は任せた」
『かしこまりました、行ってらっしゃいませ、ご主人様』
開け放たれた玄関を抜けて庭に出た俺は、フライを発動させて一気に空へ飛び上がった。
コブラが走っていったという西側を見てみるが、人混みが多くて見当たらない。
「くそ!」
フライを切って屋敷の屋根に降り立ち、跳躍力だけで向かいの屋敷の屋根に移動した。
地面に降りると身長が低いせいでコブラ探し所ではなくなってしまうので、屋根伝いに走りながらキョロキョロと視線を動かしていく。
一度西門まで駆け抜けてみたけれど、コブラの姿は見当たらない。
今度は区画をズラし、早歩きをしながら舐めまわすように視線を這わせていく。
「いた!」
一時間ほど探し回った結果、コブラは西門にほど近い公園のベンチに座り、空を見上げながら呆然としていた。
「コブラ、ここにいたのか」
「フィガロ……さま……」
「泣いてるのか」
「何故でしょうか……涙が止まらないのです……」
コブラの頬には涙の跡が残っており、話しながらもまたつぅ、と涙が流れ落ちた。
精一杯笑おうとしているのが健気で、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「あの」
「フィガロ様は……」
「ごめん、なんだ?」
「すみません……フィガロ様は知っていらしたのですか?」
「うん……ごめん」
「何故謝るのですか……あの方が……伯爵様が私の、お兄ちゃんの実父だと言うのは本当なのでしょうか」
「それは……その……」
「ではなぜコソコソとお話をしていらしたのですか……? やはり私達は……汚れた、薄汚いゴミのような存在だから……」
「違う、違うんだ」
「ではなぜ! どうしてもっと早く、ちゃんとお話をいただけなかったのですか!」
「コブラ……」
静かに話していたコブラの感情が堰を切ったように溢れ出し、荒い口調で俺を睨み付けた。
コブラからここまでの激情を向けられたのは初めてであり、どうしたらいいのかが分からなくなってしまう。
色々と伝えたい事はあるのに、それらが全て喉の奥でつっかえてしまって出て来てくれない。
「どうして黙ってるんですか!? 何か言って下さいよ! 同じ国内に、血の繋がった父がいるなんて……なぜ迎えに来てくれなかったのですか! 迎えに来てくれていたら……お兄ちゃんだって……私だって……あんな生き方をしないで済んだんですよ!!」
「ごめん……」
「どうして謝るんですか! 謝らないで理由を話して下さいよ! お願い……ですから……うぅ……ううう!」
突然知ってしまった真実に号泣し、思いの丈をぶちまけるコブラを見ながら、俺はどうしてあの時クロムに聞いてしまったのかをひどく後悔していた。
あの時あんな話をしなければ、こんな事にはなっていないのだ。
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