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第九章 穏やかな日々
四二一話 お兄ちゃん聞いて
しおりを挟む「……は? おい、コブラ、お前……今なんて言った……?」
コブラはなんの脈絡もなく、父親が見つかった、とドンスコイに結論を投げ付けた。
ドンスコイは驚いたような困ったような、どう反応していいか分からない表情をしていた。
「言った通りよ。私とお兄ちゃんの父親が見つかったの」
「おい……バカな冗談は……」
「冗談なんかじゃないの。本当なの」
「だがよ……今更見つかったって……俺ぁ……」
コブラの真剣な表情から、嘘では無いと判断したドンスコイだったが、いつもの彼ではなく、視線を地面に落として喋っていた。
コブラが俺から聞いた内容を、そのままドンスコイに伝えると沈黙が場を満たし、どちらも口を開く様子は無かった。
数分間の静寂の後、ドンスコイがゆっくりと喋り始めた。
「俺ぁ……無理だぜ」
「お兄ちゃん」
「親父の……へへ、親父って言うの、何か照れるな……親父の言い分や、かぁちゃんの事も分かった。だが親父は……ランチア守護王国の大御所、伯爵サマだぞ。いくら足を洗ったとは言え、俺たちゃ裏社会で、汚ねぇ仕事をこなして生きてきたんだ……それが消えるわけじゃねぇ。消そうとしたって消せねぇ。死んでった奴らの想いは消させねぇ。確かに伯爵サマが俺達の親父だって分かったのは嬉しい。だが手放しで喜べるほど……俺ぁ綺麗じゃねぇんだ」
「お兄ちゃん……でも……」
「コブラ、お前は好きにしろ……お前には選ぶ権利がある。幸せになる権利がある。お前の業も、過去も俺が全部纏めて背負い込んでやる。幸せになれ。トロイは……俺に任せろ」
「お兄ちゃんは……それでいいの」
「いいも何も無い、これしかねぇんだ。俺はもう数え切れねぇほど人を殺してきた。今更伯爵の息子なんて出来やしねぇ、裏の奴らには顔も割れちまってるしな。その点コブラ、お前は裏方が多くて顔もあまり知られてねぇ。お前は顔も良い、スタイルも良い、たくさん勉強すりゃあ立派な伯爵令嬢になれる」
「殺しだったら私もしたじゃない! カッコつけて逃げないでよ!」
「カッコつけてんじゃねぇ! 本当にそう思ってんだ! それに……」
喧嘩にも近い言い合いに発展しそうになった時、チラリとドンスコイが俺を見た。
「俺ぁ旦那の部下になるって決めたんだ。旦那の闇になるってな」
「何の話だ……?」
唐突に出てきた俺の話に理解が追い付かない。
俺の闇ってどういう意味なんだ。
「旦那は優しすぎるんでさ。これから、きっと色々とあると思いやす。汚ぇ事は全部俺に任せて欲しいんでさ。旦那ほど強くはありやせんが……精一杯、やりますんで」
「待て待て、話が見えない。ちゃんと話してくれよ」
「暗部、と言えば分かりやすか?」
「暗部って……スパイとか暗殺とか、表沙汰に出来ない汚れ仕事を請け負う秘密部隊みたいなものだろ?」
「そうです。スパイなんつー繊細な仕事は無理でやすが……旦那に降り掛かる火の粉を払う程度の仕事なら出来やす」
「そういう事か……」
「へぇ。俺にゃあもう陽のあたる場所は……眩しすぎるんでさ。だけど、戻れる奴らには戻って欲しい。まぁ……ただの我儘なんですがね……どうでやんしょ」
「即断はしかねるな……ドンスコイは本当にそれでいいのか?」
「もう決めた事です」
「お兄ちゃん……」
ドンスコイは足を広げ、中腰になって深く頭を下げた。
鍛え上げられた肉体は逞しく、頼りがいのある背中が目の前に広がっている。
「顔を上げてくれ。ドンスコイは勘違いしてるぞ」
「はぁ……? なんでやんしょ」
顔を上げ、不思議そうに俺を見るドンスコイに正しい認識を分からせるべく俺は続きを話す。
「これから暗部として動く事になったとしても、そこは裏社会じゃない。俺の部下という立派な表の世界だ。どうどうと昼に出掛けて、太陽の下で働くんだ。人を殺したから何だよ。俺だってロンシャンで人を殺した。戦争になれば誰しもが人殺しになるんだ」
「戦争とは違うんでさ。裏社会ってのはお互いの利権を奪い合って殺し合い、気に入らねぇ奴がいたら殺し、見せしめに殺し、ただただ欲望っつー薄汚い目的の為にあっさり殺してみせる。そんなごみ溜めみてぇな世界なんです」
「じゃあひとつ聞くけどさ、享楽で人を殺した事があるか?」
「そりゃ……ねぇですが……」
「生きる為だったんだろ? 戦争と変わらないじゃないか」
「違うんです! 確かに生きる為でしたが……人殺し以外も汚ぇ仕事ばっかりやって来たんでさ! 旦那が俺を説得しようとしてくれてるのは充分分かりやす。ですがこれはもう決めた事なんですよ。お願いします! 分かって下せぇ!」
深々と頭を下げるドンスコイに、俺は何も言えなくなってしまった。
ドンスコイの覚悟が痛い程伝わってきたし、何よりもその瞳に浮かんだ一粒の涙を見てしまったから。
「お兄ちゃんは頑固だから……こうなったらテコでも考えを変えることは無いわね」
「すまねぇコブラ、すんません旦那」
「いいよ。お前が決めた生き方にもう口出しはしない。けど、気が変わったらいつでも言ってくれ」
「へい。分かりやした。ありがとうごぜぇやす」
「ドンスコイの言い分は分かったけれど、それをクロムに伝える義務が俺にはある。構わないな?」
「へい。構いやせん。不出来な男ですんませんと……お伝え下さい」
「分かった」
こうして三人の話し合いは終わり、ドンスコイは行く所があるから、と部下を連れて出て行った。
コブラと俺は構成員達と少し話してから、自分の屋敷へと戻る事にしたのだった。
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