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第九章 穏やかな日々
四二二話 どうすんの
しおりを挟む屋敷に帰った頃には皆寝静まっており、出迎えてくれたのは屋敷とラプター、クーガだけだった。
飛び出したコブラを追って屋敷を出た後の来客は無かったそうだ。
「はぁ……」
『どうしたのですか?』
庭に生えている木の根元に丸くなったクーガと、クーガの柔らかな腹部に頭を乗せて寝転がる俺。
ラプターは木のてっぺんに止まり、ホーホーと歌っている。
「やるせないってこういう気持ちなんだろうな」
誰に向けたわけでもない呟きに、クーガは鼻を擦り寄せる事で応えてくれた。
俺の胴体ほどもある大きな頭に手を乗せ、柔らかな被毛を堪能しながらも吐き出す溜息は止まらない。
ドンスコイの言い分と覚悟は分かったけれど、それをどう、クロムに説明したら良いのか。
まずはドンスコイとコブラの生い立ちや、育って来た環境から話すべきだろう。
それからどうする?
コブラの意思はまだ決まっていないようなのだが、近日中には答えを出したいとは言っている。
人生の進退を決めるのは他ならぬ自分自身だ。
それは痛い程分かっているし、俺なんかが及びもしない思いが彼女の胸中にあるのも分かっている。
コブラは約三百人の構成員を束ねるトロイのナンバースリーだ。
俺がボスの座をドンスコイに返してはいるけれど、実情トロイの順列は俺>ドンスコイ>コブラとなっている。
トロイの方針に関して口出しする事はあるけれども、実質組織を動かしているのはドンスコイとコブラであり、運営やマンパワーのコントロールなどはコブラが行っている。
仮にコブラがクロムの娘として伯爵家に入るとする。
そうなるとやはり令嬢としての作法を学ぶ事になるだろうし、貴族間の付き合いに駆り出される事もあるだろう。
いや、だろう、ではなく確実にそうなる。
姉様や兄様も忙しい合間を縫って、公爵家の嫡子や令嬢として数多の会合やパーティーに出席していたのだから。
コブラがトロイを抜ける。
クロムの娘になるというのはそういう事だ。
「誰がトロイを……」
纏めるんだ、と言い掛けたけれど、纏め役はドンスコイだ。
ドンスコイをコントロール出来るのは実の妹だけ、というわけじゃないだろう。
トロイを運営出来る采配を持った人物を宛てがうしかない。
でも誰を?
あまり考えた事は無かったけど、トロイは俺、シルバームーン辺境伯直轄の私兵と言っても過言では無いだろう。
言うなればドンスコイは私兵団の団長で、コブラは副団長といつ形になる。
そんな役職に誰を宛がえというんだ?
おまけにドンスコイは暗部になると言い出す始末だ。
暗部になるという事は、暗部という組織を作り出す事と俺は思っている。
そうなると私兵団長と暗部の長を兼ねるという事になる。
「やっぱ女性がいいんだろうな。ドンスコイのような男の手網を握り、組織を円滑に回せる女性……はぁ……」
何をどう考えても、頭の中を同じ思考がグルグル回り続ける。
とどのつまり、誰がやるのだ、という事なのだけど、ドンスコイとコブラに丸投げするのもちょっと違う気がする。
『メスがどうかしたのですか?』
「んー? まぁな……コブラの代わりにドンスコイと上手くやってける女性いないかなーって思っててさ」
『ふむ……であれば、マスターがロンシャンより連れてきたあの元女騎士なんかはいかがですか?』
「え? プルの事か?」
『はい。あのメスであれば上に立つ事を弁えていそうですし、何より腕がたつのでしょう?』
「元騎士ってだけで……今も全盛期の実力があるとは限らないんじゃないか?」
『であればコブラ嬢かマスター、ドンスコイと手合わせをさせてみてはいかがですか?』
クーガの提案は今の所最も具体的で、尚且つ信憑性の高いものだ。
しかし聞けばプルが騎士であったのは十年も昔の事、やせ細った体躯はこれからどうとでも肥らせる事は出来る。
一年や二年ならまだしだ。
だが十年というブランクはいかに優れた技量でも、簡単に錆びつかせてしまうものだ。
「というよりよく……思い付いたな」
『私は常にマスターのお傍におりますゆえ、それぐらいのアドバイスが出来なくては』
「サンキュ」
確かに誰よりも俺を見てくれていたのは常に影に潜み、共に戦ってきたクーガだ。
そんな相棒が推すのであれば……話を進めてみてもいいかもしれない。
駄目だったら駄目で次の手を考えればいい。
後釜が決まればコブラも足を踏み出せるかもしれないのだから。
『私は常にマスターと共に』
「よろしく頼むよ、相棒」
私兵団トロイのナンバーツー候補が決まった所で、次はクロムにどう話すかだ。
誇張表現や嘘偽りなく話をしたとしても、ドンスコイとコブラが歩んで来た道は壮絶だ。
クロムは俺がトロイという組織を持っていて、そこに所属する二人がたまたま子供だった、という事になっている。
ランチアの裏社会でそこそこ名の通った組織のツートップが、生き別れた自分の子供だと知ったら。
彼は受け入れてくれるのだろうか。
国の中枢を担う大貴族の生き別れた子供が裏社会で育ち、ネックレスの導きによって再会する。
一体なんの創作小説だと、笑ってしまいそうになるような非現実的な現実が俺の目の前に立ちはだかっていた。
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