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4巻

4-1

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 自由冒険組合ランチア支部の統括支部長、オルカの執務室から出た俺――フィガロは、九等級のタグをもらうべく、階下のホールへと向かった。
 ギルドのホールは相変わらず冒険者達で騒がしく、絶えることなく冒険者が出入りしている。
 ペットのクーガを連れて一階に降りると、視線がこちらに集中した。
 ホールにいた多くの冒険者は、クーガを見るなり言葉をなくし、静寂が生まれる。
 しかしそれも一瞬のことで、彼らは仲間内でヒソヒソ話し始めたり、元の会話に戻ったりと、すぐに喧騒けんそうが戻ってきた。

「何を言われているのやら」
『マスターに対して、感じの悪い奴らですね』
「別に構わないよ。でも多分、悪口じゃなくって、クーガにびっくりしてるんだと思うぞ」

 そう、皆の視線の向く先は、俺ではなくクーガだ。
 外ならまだしも、屋内では、クーガは異様に大きく見える。
 人の頭くらい簡単にねじ切りそうな巨大な獣型モンスターが、よろいのような装具をつけて、二階からひょっこり現れたのだから、そりゃ驚くだろう。
 けどギャーギャー騒ぎ立てないところは、やはり冒険者だなと思った。

「おいお前」

 受付へ向かおうとしたら、背後から肩をつかまれ呼び止められた。
 振り向くと、あまり質がいいとは言えないプレートメイルに身を包んだ青年がいて、なぜか俺をにらんでいる。

「はい? なんでしょうか?」
「お前、新参だな。ちょっと顔貸せよ」

 青年はホールの奥にある歓談席へと、あごをしゃくった。

「お断りします」

 当然の反応だろう。名乗りもせず、突然上から目線でイキがられても困る。
 俺は今、九等級のタグが欲しいのだ。よく分からない人について行く理由はない。

「はぁ⁉ テメェ、調子乗ってんじゃねぇぞこら!」
「いきなり怒鳴るとか大丈夫ですか? 情緒不安定すぎますよ、栄養がりてないんじゃないですか?」
「てんめぇ……! いいから来い!」

 青年は頬を引きつらせ、俺の腕を掴み、グイグイと奥の歓談席の方へ引っ張っていく。

「あちょっと! もう! 強引な男は嫌われますよ?」

 抵抗すれば簡単に振りほどけたが、乱闘騒ぎになりそうなので自重じちょうした。
 あおるつもりはなかったのだが、結果的にそうなってしまったのは俺の不徳である。
 周囲の冒険者は、俺と青年を横目で見ているが、誰一人仲裁しようとする者はいなかった。
 むしろ避けるような態度と、冷ややかな視線があるだけだ。
 俺はただ、黙って言う事を聞くつもりはないぞ、と示したかっただけなのだ。そんな目で見ないで欲しい。
 歓談席に着くと、三人の男と二人の女がソファに座っており、周りには十人ほどの男女が集まっていた。

「ようニィちゃん。俺が誰だか知ってっか?」

 ソファの真ん中でふんぞり返っている男が、くわえた葉巻を手でつまみながら言った。

「いえ、私は冒険者となったばかりの身。申し訳ありませんが、あなたの事は存じ上げません」
「そうかそうか! やっぱ新参か! ニィちゃん名前は?」
「フィガロと申します」
「ほう」

 男は葉巻の煙をプカプカとくゆらせ、俺の事をめ回すように見た。
 着用している鎧は見事な意匠がり込まれ、よくみがき上げられていて傷一つ無い。
 ソファの背後には大きなバルディッシュが立てかけられている。
 有効レンジは中距離。これが男の武器なのだろう。
 バルディッシュの他に予備武器があるのなら、近距離と中距離を切り替えながら戦うスイッチ方式を取り入れている可能性もある。

「はい。よろしければ私は所用がありますので、失礼させていただきたいのですが」
「そうか。俺の名を聞こうともしないとはな」
「名乗らない方にわざわざお伺いする必要もないかと、愚考した次第なのですが」

 ここで男の雰囲気が変わった。
 殺気のようなものがかすかに漏れて、取り巻き冒険者の顔が恐怖に彩られた気がした。
 俺にはそよ風にしか感じられないレベルなのだが、周囲の反応を見るに、彼らにとっては大事らしい。
 男は足を組み、顎を突き上げて、俺を見下すようにめつけた。
 ひょっとしてアレか?
 俺を威嚇いかくしているのだろうか?
 何か怒らせるような事をしただろうか?
 身に覚えが無いが、これが威嚇だとすればとんだお遊びだ。
 裏組織アジダハーカの頭領とうりょう、ハインケルの殺気の方が数倍は強い。
 見た感じ強そうでも無いし、ここはスルーして、さっさとタグをもらいに行こう。

「御用がないのであれば、これで失礼させていただきます。あ、そうそう、葉巻の灰が落ちそうだったので、灰皿に移動させておきましたからね」
「は?」

 男の咥えていた葉巻は、実際にテーブル上の灰皿に置かれている。
 なんの事はない。ただ一瞬だけ、マナアクセラレーションの力を速さに特化し、男の葉巻をかすめとっただけの話だ。
 男は慌てたように自分の口周りを撫で、葉巻と俺を交互に見ている。
 これぐらいのスピードに付いて来られないのだから、男の実力はたかが知れている。
 まぁ油断していただけなのかもしれないけど。

「テメェちょっと待てや!」

 きびすを返し、受付へ向かおうとした矢先、再び呼び止められた。

「何ですか? 私は忙しいのですが」

 激昂げきこうした男の怒声に、取り巻き達は顔を青ざめさせ、哀れみの視線を俺に向けていた。
 よく見れば、取り巻きのタグは皆、四等級から下ばかりだ。
 なるほど、この男はきっと一等級か二等級あたりの実力者なのだろう。
 実力者が下位の冒険者を率いる、派閥のようなものに違いない。
 そして、ようやく男の目的が分かった。
 新参者の俺を、自分の派閥に取り込みたいのだろう。
 巨大な獣型モンスターであるクーガを従えた俺を取り込めば派閥の力も増す、といった所か。
 当のクーガは少し離れた所で待っており、目から炎でも出すのではないかと思う程、苛烈かれつな目付きをしている。
 青年に引っ張られた際、ジェスチャーで待機を命じていたのだが、クーガの耳はとても良い。
 あの表情を見る限り、会話は筒抜けになっていた。

「テメェ、少し調子に乗ってんなぁ⁉ どうやったかは知らねぇが、舐めた真似してくれるじゃねぇか!」
「申し訳ありませんが、話の意図が見えません。この問答は必要なのですか?」
「俺の名を聞いて驚け、そして謝罪しろ! 俺はスカーレットファングの親衛隊、ハンニバル隊長、白金等級プラチナムのトムだ!」
「……スカーレットファング、の親衛隊? ハンニバル?」

 さっそくスカーレットファングのお出ましかと思ったら、親衛隊か。
 冒険者のくせに親衛隊とはこれいかに。
 等級は白金らしいが、実力はそうでもなさそうだ。

「そうだ! 恐れ多くも白金等級プラチナムの俺様が、テメェをスカウトしてやろうってんだ。感謝しやがれ!」
「お断りします」
「なん……だとぅ……‼」

 確かに俺の首に下がっているタグは十等級だが、ここまで上から目線で言われる筋合いは無い。
 トムのひたいには青筋が浮き上がり、怒っているのは間違いない。
 けれど俺にとってそんな事は関係無いし、派閥にくみするつもりも無い。

「スカウトだか、スカートだか、スカーレットだか知りませんけどね、徒党を組み、下の人間を囲んでおどすような真似をするあなた達と、ご一緒するつもりは欠片かけらもありません。ご容赦ようしゃください」

 正論をぶつけた所でトムは理解しないだろうし、トラブルに発展するのは目に見えているが、俺だって黙って去るつもりは無い。
 こちらの意見を述べた上で、意見の相違があればきちんと話し合うのが道理だ。
 トムのように道理が通用しない人間もいるが、ここは組合のホール内だ。
 ホール内の人間は俺とトムのやり取りを全て見ている。
 俺が毅然きぜんとした態度で臨めば、仮にトラブったとしても正当性が認められるはずだ。
 ……そう信じたい。

「待てや!」

 再び踵を返し立ち去ろうとしたが、それはトムが許さなかった。
 勢いよく立ち上がったトムは、ズカズカと音を立てて俺の元へ近付き、掴み掛かってきた。
 その途端、ガシャアアン! と盛大な音がホール内に響いた。
 目の前にはひっくり返ったテーブルと、床に転がるトムの姿があった。

「だ、大丈夫ですかトムさん!」

 先程、俺を強引に連れてきた青年が慌ててトムに掛け寄った。
 トムはと言えば、何が起きたのか分からない、というような顔で床を見つめている。

「テメェ、何しやがった……!」
「私は何もしてませんよ? あなたが勝手に転んだんじゃないですか。言い掛かりはやめてください」
「んな訳あるか! 俺は確かに、テメェの胸倉を掴んだはずだ!」
「身に覚えがありませんが……そろそろ本当に失礼させていただきます。それでは」

 床に転がったまま苦渋の顔をしているトムを放置し、大人しく待っていたクーガの元へ。
 これで前を塞がれたらどうしようとか思っていたが、さすがにここまでやって引き留めるバカはいなかった。

『さすがマスター』
「ん?」

 クーガが尻尾しっぽを控えめに振りながら、称賛の言葉をかけてくれた。

『手首をひねってからの足払い。滑らかで無駄の無い所作はまるで渓谷けいこくを走る流水のようで、このクーガ、れいたしました』
「ん、ありがとう」

 残念ながらトム以下、あそこに居た連中は、俺が何をしたのか全く分かっていなかったが、クーガには見えていた。
 クーガの言う通り、俺は掴みかかってきたトムの手首を掴み、足払いをして床に転がしたのだ。
 マナアクセラレーションで速度特化にしていた分、トムは受身も取れずあっさり床に転がった。
 大して広くない歓談席、テーブルとソファの間隔は約五十センチほどだ。
 そんな狭い場所にもかかわらず、勢いに任せて掴みかかったのだ。重心が乗った軸足をちょっと払ってやれば、トムの自重と鎧の重みで転倒する。
 ネタを明かせば簡単な事だ。

「あれが白金ね……にわかには信じられないよ」
『白金だろうがミスリルだろうがマスターにかなう奴などおりませんよ』
「なんか本当に聞こえるから怖いな……」
「テメェ覚えてやがれ! 名前も覚えたからな!」

 背後からトムの怒声が聞こえてきたが、聞こえないふりをして受付へと向かった。
 ちなみに、王女シャルルが使役しえきするシキガミであるシャルル狐は、クーガの頭上で微動だにしていなかった。
 きっとシャルル本人が忙しく、シキガミの維持だけしているのだろう。それはそれで随分器用な事をするとは思うけれど。


       ◇ ◇ ◇


「騒々しいですね、また彼ですか」

 クーガを入口付近で待機させ、受付へ行くと、受付嬢が侮蔑ぶべつ嫌悪けんおに彩られた顔でそう言った。
 俺がドライゼン王からの手紙を渡した女性だ。

「また、という事は以前にも?」
「はい。彼は強そうな新人を囲って軍門に下れと迫るそうです。そして大体は衝突してトラブルになるんですよ。やんわり断ってもしつこく迫るので、いつも喧嘩けんかに……」
「なるほど……お疲れ様です」
「ありがとうございます。なまじ強さがある分、大体の冒険者はトムにコテンパンにやられてしまうんですけど……やはりフィガロ様ですね! 毅然と立ち向かい、大事になる前に素早く収める、やはり王家の方は違います」
「ちょっ、声が大きいですって」
「あ、申し訳ございません……」

 受付嬢は疲れたように息をき出し、にらみつけるように奥の歓談席へ視線を投げて続けた。

「でも本当に彼、トムの実力は白金等級プラチナムに裏打ちされた強さです。さっきも言いましたけど、喧嘩ともなれば新人冒険者は一瞬で叩きのめされて終わり。それで仕方無く、軍門に下る冒険者が後を絶ちません。彼のせいで組合の風紀が乱れているんです」
「そうなんですか……めんどくさい人ですね」
「それで、フィガロ様はどのように収めたのですか?」

 受付嬢の顔から負の感情が消え、目をキラキラと輝かせて俺を見る。
 事の顛末てんまつを話すと、周りに聞こえないように小さく拍手をしてくれた。

「フィガロ様ならヒヒイロカネも夢じゃないです! 応援していますので頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます」
「はい、これが九等級のタグです。でもきっと来週には八等級になるんですね!」

 受付嬢に尻尾が付いていたら、クーガのようにパタパタとしきりに振っているのだろうな、と思わせるぐらいにはしゃいでいる。
 見ているこっちが恥ずかしくなるほどだった。

「いえ、うまく行けば来週には六等級だそうです。なんでも迷宮にもぐらされるらしくて」
「えええ⁉ すごいですよ! 三等級即進制度はここ数年間達成者がいない、過酷かこくなものなんです。普通は五等級くらいからその話が挙がるのですが、まさか九等級から挑戦する人がいるなんて、信じられません!」

 ちょっと待った。
 初耳だぞそれ。

「五等級から、ですか?」
「はい! いくら上層といえど迷宮は迷宮です。そこに棲息せいそくするモンスターも、フィールドで遭遇する種とは、姿も形も強さもまるで違います。なので普通は、ある程度実戦経験を積んだ五等級から挑む事になっているのです。昔は十等級から挑めたのですが、死亡者が多発したために制限が設けられた、と聞いております」
「へぇーそうなんですねぇー」
「はい! そうなんです! 本当にフィガロ様は凄いです! 私フィガロ様のファンになってしまいそうです!」
『は?』

 俺が顔を半分引きつらせ、受付嬢が満面の笑みを浮かべた時、背後から唐突にシャルルの声が聞こえた。
 声に軽い怒気が含まれている事に気付き、意図せずして背筋があわ立った。
 シャルルが怒るのはかなり珍しい。
 彼女が怒る理由に心当たりはないんだけどな。

「えっ? 今何かおっしゃいましたか?」
「いやあ声が裏返ってしまいました! あは、あはは! それじゃ私は失礼しますね! 貴重なお話ありがとうございました!」
「はい! 頑張ってください!」

 受付嬢に礼をして、逃げるようにその場から立ち去った。

「戻ったんだねシャルル」
『そうね』
「怒ってるのか?」
『べっつにぃ? ファンが出来て良かったわね』

 受付から戻った俺は、クーガを連れてホールの隅の方へ移動していた。
 腕の中にはシャルル狐がすっぽり収まっているのだが、どうにもシャルルの反応がツンツンしている。

「あ、もしかして嫉妬しっとってやつ?」
『そのつもりよ、悪いかしら?』
「いや悪くはない、悪くはないんだけど……」

 からかうつもりで言ったのに、シャルルは全肯定。
 逆にこっちが恥ずかしくなってしまった。

「そんな事より! 九等級になったし早速依頼を受けようじゃないか! 明日の準備もあるし、お金はあった方がいい!」
『話を無理矢理らしたわね……まぁいいわ。フィガロの言い分も正しいし』
『マスター、嫉妬とはなんでしょうか?』
「うん、その話は今度な?」

 首を傾げるクーガを他所よそに、俺はシャルル狐を抱えたまま、掲示板の前に移動した。
 ざっと目を通した所、かなり高待遇の依頼を見つけた。


 ●クエスト内容●
 ボーイング山の中腹に自生する薬草を一通り採集してきて欲しい。
 目的の薬草はコリオリ草、ムーンティア草、デトキシ草の三種。
 報酬は各種五百グラムで銀貨一枚とする。
 制限は各種十キロまで、乱獲にならない限りで採集してきて欲しい。
 報酬は組合から受け取れるようにしてあるので、現物を組合に納入すれば依頼完了となる。
 尚、道中の消費アイテムについては依頼受領者の負担とする。


「これにしよう」
『フィガロ本気なの?』
「うん、かなり好条件だと思うんだけど……ダメかな?」
『駄目じゃないけど……ボーイング山の中腹っていったら、かなりかかるわよ? 市街地からボーイング山の麓まで馬車で約二時間、標高六千メートルのボーイング山は道中も荒れていて、気候の変動も激しい場所なの。環境が過酷すぎて、モンスターすらにしない所よ』
「なんだよ、そんな事か。大丈夫だよ、俺には【フライ】があるだろ?」
『あっ、なーるほど……それなら大丈夫そうね』

 ボーイング山は、ランチア守護王国領の東側に連なる大山脈の中の一つだ。
 知識的にはその程度であり、シャルルが教えてくれるまで、ボーイング山の環境がそんなに悪いとは全く知らなかった。
【フライ】でちょちょっと行ってくればいいと思っていたので、そこまでの知識も必要ないかな、と少し舐めていたのは事実なのだが。

『なら私はここで抜けるわね』
「分かった。今日はありがとう」
『はーい。それじゃあね。クーガもまたね。いい子にしてるのよ』
『うむ。シャルルもな』

 会話を終えるとシャルル狐は光の粒子になり、元の木像へと戻っていった。
 木像をポーチにしまい、依頼書を剥がして再び受付へ。
 受付嬢は俺達が話している間に交代してしまったらしく、先程とは違う受付嬢に書類と共に依頼書を渡した。

「はい。確かに。このかごを持っていってね、これは組合からの貸与品なので扱いは丁寧にね。では気を付けて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」

 受付嬢から採集用の籠を受け取り、背負う。
 腕に着けた時刻盤に目をやると、ちょうど十四時を回った所だった。
 組合の外に出てクーガの装具を取り外し、それを俺の影の中に投げ入れる。
 最近分かった事だけど、クーガが触れた物なら影の中に入れられるそうで、この能力は【シャドウハイド】というらしい。
 新しく仲間になったリッチモンドに、そう教えてもらったそうだ。
 装具を投げ込んだ後、クーガを影に入れた俺は路地裏に入り【フライ】を発動。
 音もなく上空に到達すると、ボーイング山のある東に向けて一気に加速した。
 ボーイング山は周囲の山々と違い、山頂部分が二つに分かれているのでとても分かりやすい。
 特に急ぐ必要も無いので、のんびりと広い大空を満喫しながら飛行すると、山頂部に薄雲をかぶったボーイング山が見えて来た。
 着地地点に目星をつけ、直滑降で降りて行ったのだった。


 採集というのは簡単に見えて、実際の所はかなりの肉体労働だと思う。
 薬草などは根っこごと引っこ抜いてしまうと、次の草が生えてこない。
 かと言ってくきをバッサリ切り落とすのも良くない。
 なので、茎と葉の途中から手折たおるように葉をみ取っていかなければならないのだ。
 地に膝をつき、葉の部分のみを丁寧に一枚一枚手折っていく。
 言葉では簡単そうに聞こえるが、実際そんな事は無い。

「これは……ムーンティア草だな、よし、一気にやるぞ!」

 カサカサ。
 プチン。
 カサカサ、カサカサ、
 プチンプチン。
 ムーンティア草が何の薬剤に使われるのか、その効能は何なのか、などは分からないが、摘み取るたびにミントのような爽やかな香りがふわりと漂う。
 カサップチン。
 カサップチプチプチ。
 何とも地味な作業だが、摘み取るうちにコツを掴み、徐々にスピードが上がってきた。
 やっていると妙に楽しい気分になってくるから不思議だ。
 摘み取る速度と正確性を上げるために、マナアクセラレーションを指先の速度と動体視力に特化させ、神経を集中させる。

「目標を中心に捉えて摘み、引き抜く、基本はこの繰り返しだ。いける、きっといける」

 葉を摘む工程を強くイメージした結果――少しずつ少しずつ速度を上げる事に成功し、一秒間に数枚のペースで葉を摘み取る、というテクニックへ昇華する事が出来た。
 籠の中には仕切りとはかりも入れられており、仕切りを組めば、他の種類と混ざること無く、一つの籠に全種類の薬草を入れる事が可能になっている。

「やっと五百グラムか……もう少し摘んでおこう」

 秤の上に乗せた籠を背中に戻し、群生しているムーンティア草の茂みへ再び突入していく。
 各種薬草は依頼書にイラストで記載されている。
 そのおかげで間違える事もなく、順調にムーンティア草を摘み取っていく。
 追加の五百グラムを摘み取り終えた俺は、手近な岩に腰を落ち着けた。

「残り二種類か。うん、この調子なら往復しないでも一キロずつは持って帰れそうだ」

 薬草摘みは初めてだったが、この短時間で一キロを摘み取るとは案外センスがあるんじゃないか、と多少なりとも思ってしまう。
 時刻盤に目をやればもうすぐ十五時半、組合の雑貨販売所の閉店は十九時だ。
 明日の集合は昼だと言われているので、朝早めに家を出て組合の雑貨販売所に寄って足りない物の買い足しなどにてたい。
 なのでさっさと採集を終わらせて換金し、必要な雑貨を買わねばならない。


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