異世界陰陽師 〜最強陰陽師が異世界を救うまで〜

一☆一

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天使との邂逅

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 身体が浮遊感にとらわれる。
 視界が鈍色に染まり、聴覚も機能しなくなって久しく、上下左右ももはやわからない。そも、そんな概念がこの空間にあるのだろうか?
 ぐるぐると、まるでボールの中に入れられて投げられたかのような乱気流が触覚を撫ぜる感覚だけが体を支配していた。
 言いようのない不快感に、いつ終わるのかと尊が顔を顰めたころ、視界を覆う色彩の濁流が徐々に形を帯び始める。
 青色は空と海に。緑色は森に。灰色の岩山。そして、様々な色で象られる町々ひとのいとなみ。地平線の彼方まで、一望できる視界のすべてが日に照らされてきらきらと輝いている。

 ──一望できる?
 尊はそこで、思わず高ぶり始めていた感情を抑えた。
 そして考える。
 どうして視界がこんなにも開けているのか?
 どうして浮遊感がまだ・・・・・・消えないのか・・・・・・
 どうして今現在、視界が急転直下の勢いで下に落ちていっているのか──!!

 そこまで思考が及んだところで、尊の行動は早かった。
 身体を大の字に広げて空気抵抗を極力増やし、降下速度を抑える。
 左手の人差し指と中指を立て正眼に構え、澱みない口調で呪文を唱える。

「舞え。南を向く赤針せきしん。空を仰ぐきびす。天秤は此処に反逆の理を述べる──一章七節。【其土不踏そのつちふまず】!」

 叫ぶと同時、構えていた指をブン、と目の前で斜めに振るう。
 それを合図として、尊を捕らえていた重力という名の鎖が砕かれ、急激にその速度を減衰させた。

「……ひどい扱いだな。もう少し丁寧に扱ってくれてもいいだろうに」

 誰に向けて言うでもなく愚痴をこぼす。
 すると、何かが尊の耳朶を打った。

「────ぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」

 咆哮と形容するに差し支えない叫び声。
 尊が声の方へと視線を上げて空を見上げると、そこにいた何かとバッチリと目が合ってしまった。
 涙目の碧眼。鮮やかな緑髪。
 女性だ。
 そして、先ほど女神が来ていた服とよく似た白い服。

「助けてくださーーーい!!! 受け止めてーーー!!!」

 その叫びが尊の耳をとどろかせたとき、既に女の体は尊に激突するすんでのところまで迫っていた。
 尊は小さく舌を打って、女の体を受け止める。
 ずん、と弱くない衝撃が体を抜ける。
 尊の口から小さく苦悶の声が漏れた。

「……貴方が、天使ですか」

 鈍痛をこらえながら、必要な確認を取る尊。
 その問いに、女はビシッと綺麗な敬礼をして元気よく返答した。

「あ……はい! 女神ユメハ様から至上の命を受けてここに参上いたしました! 天使、リズベット・マイヤークラーテと申します! 今後ともよろしくお願いいたします!」

 まさしく天使のような可憐さで、にっこりと微笑むリズベット。
 対照的に、尊が小さく眉根を寄せる。
 選ばれた陰陽師と、新米天使。
 その長い旅路は、はっきり言って最悪の邂逅から始まったのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


「ふぅ、助けていただいて、ありがとうございます……えーっと、改めまして! 初めまして、私はリズベットです。貴方の旅の頼れるサポート役として、この度に同伴させて頂きますのでよろしくお願いします!」

 其処は深い森の中だった。
 尊が苦心しつつなんとか慎重に自分とリズベットを安全に地上へと下ろし、お互いに一息ついたタイミングでリズベットは再び溌剌はつらつと挨拶をした。
 押されるような有り余るエネルギーに若干げんなりとしつつ、尊は取り繕った笑顔で応対する。

「……うん、よろしく。敬語じゃなくても大丈夫だよね。君も別に、敬語じゃなくて平気だよ」
「あ、いえっ、私はそういう訳には! 見習いといえ天使として、崩した話し方なんて出来ません!」

 ──苦手だなぁ、こういうタイプ。
 尊は表にこそ出さないが、内心かなり参っていた。
 尊は基本的に低血圧な性格で、無意味なハイテンションとか、振りまかれる活力とか、そういう雰囲気に当てられるのが非常に苦手だった。
 見たところこの天使は100%そういう性格だし、何となく子供っぽい。
 補足しておくと断じて、リズベットが悪い訳ではない。不快感を煽るような仕草がある訳ではなく、寧ろ茶目っ気があって大半の人は交換を抱くだろう。応対から考えても、性格が悪いとは到底思えない。ただ、苦手というだけだ。尊にはいつも、自分にない熱量が嫌味のように感じられていた。
 神というならそれくらいの配慮はしてほしかったな、と尊は内心悪態をつく。ただでさえ過酷な旅なのだ。ナビゲーターとの交流でいちいち心を乱してはいられない。

「それで、先ず僕はどうしたらいいのかな。まだ右も左もわからないんだけど」
「あ、はい! おっ任せ下さい! 此方で当面の方針はある程度固めさせて頂いていますから!」

 どん、と胸を叩くリズベット。
 その周到さには尊も素直に有り難さと好感を覚えた。無駄が嫌い──というのも勿論あるのだが、というよりは、できる準備は予め事の前に済ませておくべし、が彼の心情だった。

「ええと、降下中に街が見えたのを覚えていますか? 先ずはそちらに向かいます。というのも、単純に旅の諸々の準備という側面で必要というのもあるのですが、《転生者》の一人が今、其処に滞在しているという情報がありまして。これはチャンスだな、と!」
「チャンス?」
「はい! 実は《転生者》達は魔王を倒した後、いくつかの派閥を組んでいまして、基本的に行動を共にしているんです。ですが今、事情はわかりませんが一人で街にいる。これをチャンスと言わずどうしましょうか!」

 その説明には、尊も納得せざるを得ない。
 敵は強力な集団。ならば各個撃破を狙うというのは戦略的に見て極めて合理的だからだ。

「……派閥の一人を倒してしまえばその派閥には目を付けられること必至だろうけど……頭数を減らせるっていうメリットにそのデメリットが勝るとは思えないしな。いいよ、わかった。街に向かおう」
「了解しました! では私の後について来てください、ご案内致します!」

 そう言って、リズベットは道もない昏い森の中を躊躇なくずんずんと進んでいく。
 尊はリズベットの有能さに思わず舌を巻いた。至れり尽くせり、というか。彼女がいれば本当に闘う以外に仕事は無いんじゃないかという期待すら湧いてくる。
 確かにそりは合わないかもしれないが、彼女の有能さの前では霞むようだった。
 ──案外、上手くやっていけるのかな……
 彼自身、そう言った人種と仲良くなったし経験はなかったので困惑気味だったが、確かにそう信じかけた矢先。
 ピタリ、とリズベットの足が止まる。

「……? どうかした?」

 きょとんとした様子で尊が聞くと、リズベットは冷や汗をダラダラと流しながらバツが悪そうに、言った。

「…………すみません。迷ったみたいです……」

 尊の瞳に宿っていた感情が死ぬ。
 始まったばかりの旅は、やはり前途に多難が待ち受けているらしかった。
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