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第一章

合流と溝

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 遅々とした行軍を乗り越えて集合地点につくとタルトは既に到着していて、僕の隊が見えると増えた人数とルーがいることに驚いた様子を見せた。

「えっ、何があったらこんな状況になるんですか!?」
「いや、まぁ……色々あって……」
「…………よろしく」

 むすっと仏頂面でタルトの方に手を差し出すルー。そう言えば俺がタルトと初めて会ったときも思ったが、この世界握手って文化あるんだな。文化の発達の仕方が謎だ。タイムスリップとかじゃなくて別世界なんだからそういうこともあるんだろうけど。
 今更だが、この文化レベルならまずないだろうと思い道具を作ったら、こっちではたまたま早期に発見されているということもあるかもしれない。望遠鏡などは、気づき一つで簡単に作れるものなのだから。そのあたりはちゃんと調べた上で作らないといけないな……下手をすれば金の無駄になりかねない。

「え、ええっと……よ、宜しくおねがいします?」

 あ、タルトがすごく困惑している。説明しなくては。

「ああーっと……さっき遭遇したんで交戦して、色々あって協力者になってもらったルーだ。数は多いほうがいいだろうと思ってさ」
「それは、信頼が置ける・・・・・・なら・・いいですけど」

 その言葉で気付く。タルトは、警戒している。でも当たり前か。この試験は本来なら全員が敵。
 タルトはどうしてもこの試験に受かりたいらしい。俺を信頼してくれたのは数ヶ月一緒に過ごしたことと、俺がもともとは戦争の方面に進むつもりが無かったことが大きいのだろう。
 この試験、上位十名に入ればいいのだから脱落者は多いほど自分に有利になるのは当然だ。
 だから、タルトは警戒する。この相手は、自分を背中から撃ってくるつもりはないのか、と。
 その考えが理解できたが故に俺は少し、自分の行動が軽率だったかと思う。
 だが後悔はしていない。女の子を撃ちたくないのは本音で、こんなに小さい子に自ら挫折を突きつけてやる覚悟も、俺には無かった。卑怯だとは思うけれど。
 ルーがリタイアしようとしたときに顔に浮かべた悲痛な表情。
 それを見たから、俺はルーを誘おうと決めたのだ。こんな小さな子が浮かべるには、その顔はあまりにもつらすぎて、見ていられないほどだったから。
 でも、後悔はしていないからこそ、この件の始末は自分の手でつけなくてはならない。

「大丈夫だ。信頼できる」
「……なにか、根拠はありますか?」
いや・・無い・・。でも……こんなこと、理が無いなんてわかってるんだけどさ。タルトが俺のことを信じてくれるのなら、俺が信じる・・・・・ルーのことも……信じてやって、くれないか?」

 メチャクチャな理屈。もしこれでルーが裏切っても、俺はタルトになんの申し開きも出来ない。
 でも、と思う。俺はルーを一度信頼できると思った。あの時の敬礼は、嘘じゃない。
 感情なんて、指揮官が一番流されては行けないものだと解っているけれど……自分の気持に嘘はつけない。
 タルトはとても悩んだ様子で、俺の顔を見つめていた。
 やがて、諦めたように肩を落とす。

「……わかりました。私も信じます。ルーさんを、よりもルーさんを信じた貴方を」

 そう言って、手を伸ばしていたルーの手を握る。
 俺はほっと胸をなでおろした。
 大丈夫だ。うまくいく。
 俺がきっと、そうさせる。みんなを合格させてみせる。
 そのために俺は此処に立っているんだから──


 ◇◆◇◆◇◆


 そんなわけで。三小隊は合流し、そこで小休止を始めた。
 先程ルーと交戦した場所みたく広場になっているわけではないが、背に腹は変えられないと言うべきか、いざというときに兵がまとめにくいが根本的に見つかりにくいというメリットもあるしということで、しょうがなくそこで腰を落ち着けていた。
 秘密兵器望遠鏡さんにも引き続きキリキリ働いてもらいつつ(タルトにも秘密にしていたので見せたらめっちゃ驚かれた)、周囲に斥候も出して警戒は万全。
 天幕テントもいくつか張り、そのうちの一つで副管を伴った三人の指揮官が顔を突き合わせていた。

「えーっと、では今後どうするかってことなんだが……」

 俺が頭をかきながら話題を提示すると、頭のいい二人は即座に答えを返してくる。

「私としては、三つも小隊が集まりもはや中隊規模ということもあり、多少積極的に行ってもいいとは思いますが」
「…………タルトに同意。少なくとも、他と比べても規模で目劣りすることは無いはず」

 ふむ、二人共同意見か。ルーまで積極的なのは少し驚いたが、言葉から察するにルーが消極的なのは協力者が得られなかったからなのだろう。

「望遠鏡を持たせた斥候の観測によると、近くに小隊が一つあるそうだが……やっぱり仲間にするのでもないなら無用なリスクは避けるべきとかじゃないのか?」
「うーん、それはカエデさんの言うとおりです。でも、やっぱり通るだけだとだめというか……」
「? どういうことだ?」
「いえ、ですからね。二次試験でバッタバッタと何小隊も下した指揮官候補生と、逃げ隠れし続けて合格した候補生ならどっちが出世の機会を貰えそうですか?」
「あー、なる程な……でも合格できなきゃ元も子もねえだろう。無用に消耗して最終的には負けるだけかもしれないが」
「それは……そうですけど。私は……例え賭けでも、大きな魚を捕りに行きたいんです!」

 そこまで言われれば、俺も返す言葉はなかった。
 何より、俺はもともとタルトのためにこの試験を受けたのだから。

「ったく、大将は女に弱ぇなぁ!」

 後ろでおとなしくしてたはずのルディアンヌが唐突に俺の方に腕を回す。

「う、うるせぇな……!! いいだろ、俺は男なんだから女に優しけりゃそれは美徳だよ!」
「ああ、わかってる。だが大将の懸念はちと間違ってると俺は思うんだよ。つまりな? こっちは兵を減らさずに敵を負かせばいいだけの話じゃねえか」

 ……俺今すごい無茶振りされなかった?
 視線を感じギギギ、と油の差していない機械のような動きでルーの方を向くと、何やら期待の込められた眼差しが向けられている。

「一回やっといて出来ねえとは言わせねえわな。さあやるぞ大将! アンタの力をもう一度示すときだぜ!?」

 ルディアンヌが顔をこれでもかと近づけて詰め寄ってくる。

「…………わかったよ! やりゃあいいんだろやりゃあ!!」

 ルディアンヌが意地の悪そうな笑みを浮かべ、俺はガクリと肩を落とした。
 俺、上官……だよな?
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