14 / 21
第一章
猫
しおりを挟む
日もそろそろ落ち始める頃だろうか。
進軍を指揮するテメーユは、先に仲間との合流地点に行くのがいいか、此処らで野営でもするのがいいかと頭を悩ませていた。
淡々と命令に従って行進する兵達。警戒を常に厳にさせているせいか、兵にも疲労が見て取れる。
当初の予定ではそこそこのペースで行軍を続ければ合流地点に問題なく着くはずだったのだが、流石に森林地帯という事もあり、半ば遭難にも近い迷走に時間を費やしてしまったりもして、どうにも時間が足りるかがわからなくなってきていた。何より、兵の疲労も深刻だ。疲れた兵は警戒力も行動力も激減する。
なら間に合わないと開き直って野営するか、というと難しい。合流できなければ単純に頭数が足りず、襲撃に対応する術がないからだ。とても広い森林地帯に対してチームは二十。加えて、幾チームかは既に合流もしている事だろうから実質動いている団体というくくりではもう少し少ない。となると、遭遇は確率的には低いと思われるが……無視できるほど低いか、と言われるとそうでもない。第一、早くに合流しなければこちらは助かってもあちらが全滅させられている可能性だってある。
「むっつかしいにゃー……どうするかにゃぁん」
頭から生えた猫のような耳をピクピクと動かし、よく研がれた鋭い爪で頰を掻くテメーユ。テメーユは亜人の獣人種、その中でももっとも数の多い猫人族だ。人間との違いは、外見的なもので言うのならその猫のような耳と腰の下あたりから生えた尻尾。猫のように細い眼に伸びやすい爪などだ。能力で言うと夜目が利きやすさと、五感の鋭さ。あとは機動力の高さだろうか。しなやかな足は小動物のようなすばしっこい行動を可能にし、斥候などによくみられる種族でもあった。成長も早く、七歳で成人に至るというのも特徴の一つで、成長度合いを度外視した単純な年齢で言うのであれば、この試験の最年少は十歳のテメーユだ。もっとも、その外見は人間で言うと二十代のそれであり、豊満な胸は一応年上のルーなどには全く見られない要素であったが。
因みに。にゃ、という語尾は猫人族だからではなく、テメーユ本人の趣味である。
「んー……やっぱり行くとこまで行って休むのがあと腐れないかにゃ? 寝る前になって『まだ歩かないといけないんだにゃぁ~』なんて思いたくにゃくにゃい? 気持ち的にー」
「そうですな……副官として申し上げるのであれば、やはりこのまま行軍するのがよいかと。この試験では、やはりどれだけ早期に相方と合流できるかが勝敗の分かれ目と言ってもいいですから。歴代の合格者の遺されたデータから考えましても」
「データなんて只の数字、あてになるもんじゃにゃいとおもうんだけど?」
「おっしゃる通りかと存じますが、岐路に立たされた時の道しるべとしてはこれ以上のものはないかと存じます」
ふむぅ、とテメーユは唸る。隣に立つ年老いた副官、ダクレスは話すこともなく適当に選んだのだけれど、この堅物さが奔放なテメーユと合っている。テメーユは自分の運の良さを改めて認めた。
「急行軍には兵の体力がついていきませんからペースは上げられませんが、先ほどのように迷ったりしなければ辛うじて光があるうちに合流地点に到着できるかと。まだ相手方が到着しているかはわかりかねますが」
「んー、まあそこにかんしては大丈夫だとおもうかにゃ。シトラチャンは天然だけど、ウチほど奔放じゃにゃいから。シトラチャン自身斥候の経験もあるし、迷ったりはしてないはずだし」
「では、やはり合流を急いだほうがよさそうですな。一か所に長時間とどまらせておくような真似は容認できかねますし」
「そうだにゃ……うん?」
瞬間、テメーユの五感……聴覚に何かが引っかかった。
草や葉をかき分けて進む音。テメーユの隊のものではない。数も多いうえに、それはこちら側に高い速度を保ったまま近づいてきて──!!
「敵にゃ! 総員弓構え! ペイントは付けなくていいにゃ、矢をつがえ次第左手の方角に撃て!」
テメーユの命令が飛び、厳戒態勢を維持していた兵たちは素早く弓を構えて矢を放つ。
矢が高速で左手の茂みに消えていく。悲鳴はない。誰にも当たってはいないのだろう。速度を優先させてそもそもペイントを着けさせていないのだから、当たっても痛い程度でしかない。
だが、それでいい。自分たちは気づいている、と敵に示すことが第一であり、敵に二の足を踏ませるための第一射なのだから。
「これで逃げてくれるといいんだけどにゃ……! 総員警戒! 今度はペイントを着けた矢をつがえたまま待機! 警戒をさらに厳にして左手の陰から何かが見えたらすぐに撃つこと!」
「足を止めるのは危険かと思われますが。それよりも速度を上げて突破するのがよいかと。このままでは敵のいい的です」
ダクレスが当然の疑問を呈し、しかしそれにテメーユは首を横に振る。
「駄目にゃ。敵は真っ直ぐこっちに向かってきていた。その人数は……正確なところはわからにゃいけど大体五十人。一小隊規模じゃにゃい。かといって二小隊というほど多くもにゃい。つまり、敵は何らかの方法でこっちを場所を把握したうえで、隊を二つに分けてるのにゃ。ウチはそれが進行先での待ち伏せに思えてにゃらにゃい。だからここは警戒を全力でして、戦ったら被害が大きくなるから諦めた方がいいと思わせるのにゃ」
ダクレスはゴクリと唾をのんだ。
あの一瞬でそこまで思考を至らせていたとは、と。
鋭い五感と、それを最大に生かす直観。
ダクレスは認識を改める。奔放で、迷子になってしまうなど抜けたところもあると思っていたが……目の前の上司は、確かにこの過酷な試験に挑戦する権利を持ったエリートなのだ、と。
「でも、ただ敵にいいようにされるってのも気にくわにゃいよにゃぁ? さぁて、どう噛みついてやろうかにゃ……!」
テメーユがざらざらとした下で小さく舌なめずりをする。
宝石のような黄色い眼が、らんらんと輝いていた。
進軍を指揮するテメーユは、先に仲間との合流地点に行くのがいいか、此処らで野営でもするのがいいかと頭を悩ませていた。
淡々と命令に従って行進する兵達。警戒を常に厳にさせているせいか、兵にも疲労が見て取れる。
当初の予定ではそこそこのペースで行軍を続ければ合流地点に問題なく着くはずだったのだが、流石に森林地帯という事もあり、半ば遭難にも近い迷走に時間を費やしてしまったりもして、どうにも時間が足りるかがわからなくなってきていた。何より、兵の疲労も深刻だ。疲れた兵は警戒力も行動力も激減する。
なら間に合わないと開き直って野営するか、というと難しい。合流できなければ単純に頭数が足りず、襲撃に対応する術がないからだ。とても広い森林地帯に対してチームは二十。加えて、幾チームかは既に合流もしている事だろうから実質動いている団体というくくりではもう少し少ない。となると、遭遇は確率的には低いと思われるが……無視できるほど低いか、と言われるとそうでもない。第一、早くに合流しなければこちらは助かってもあちらが全滅させられている可能性だってある。
「むっつかしいにゃー……どうするかにゃぁん」
頭から生えた猫のような耳をピクピクと動かし、よく研がれた鋭い爪で頰を掻くテメーユ。テメーユは亜人の獣人種、その中でももっとも数の多い猫人族だ。人間との違いは、外見的なもので言うのならその猫のような耳と腰の下あたりから生えた尻尾。猫のように細い眼に伸びやすい爪などだ。能力で言うと夜目が利きやすさと、五感の鋭さ。あとは機動力の高さだろうか。しなやかな足は小動物のようなすばしっこい行動を可能にし、斥候などによくみられる種族でもあった。成長も早く、七歳で成人に至るというのも特徴の一つで、成長度合いを度外視した単純な年齢で言うのであれば、この試験の最年少は十歳のテメーユだ。もっとも、その外見は人間で言うと二十代のそれであり、豊満な胸は一応年上のルーなどには全く見られない要素であったが。
因みに。にゃ、という語尾は猫人族だからではなく、テメーユ本人の趣味である。
「んー……やっぱり行くとこまで行って休むのがあと腐れないかにゃ? 寝る前になって『まだ歩かないといけないんだにゃぁ~』なんて思いたくにゃくにゃい? 気持ち的にー」
「そうですな……副官として申し上げるのであれば、やはりこのまま行軍するのがよいかと。この試験では、やはりどれだけ早期に相方と合流できるかが勝敗の分かれ目と言ってもいいですから。歴代の合格者の遺されたデータから考えましても」
「データなんて只の数字、あてになるもんじゃにゃいとおもうんだけど?」
「おっしゃる通りかと存じますが、岐路に立たされた時の道しるべとしてはこれ以上のものはないかと存じます」
ふむぅ、とテメーユは唸る。隣に立つ年老いた副官、ダクレスは話すこともなく適当に選んだのだけれど、この堅物さが奔放なテメーユと合っている。テメーユは自分の運の良さを改めて認めた。
「急行軍には兵の体力がついていきませんからペースは上げられませんが、先ほどのように迷ったりしなければ辛うじて光があるうちに合流地点に到着できるかと。まだ相手方が到着しているかはわかりかねますが」
「んー、まあそこにかんしては大丈夫だとおもうかにゃ。シトラチャンは天然だけど、ウチほど奔放じゃにゃいから。シトラチャン自身斥候の経験もあるし、迷ったりはしてないはずだし」
「では、やはり合流を急いだほうがよさそうですな。一か所に長時間とどまらせておくような真似は容認できかねますし」
「そうだにゃ……うん?」
瞬間、テメーユの五感……聴覚に何かが引っかかった。
草や葉をかき分けて進む音。テメーユの隊のものではない。数も多いうえに、それはこちら側に高い速度を保ったまま近づいてきて──!!
「敵にゃ! 総員弓構え! ペイントは付けなくていいにゃ、矢をつがえ次第左手の方角に撃て!」
テメーユの命令が飛び、厳戒態勢を維持していた兵たちは素早く弓を構えて矢を放つ。
矢が高速で左手の茂みに消えていく。悲鳴はない。誰にも当たってはいないのだろう。速度を優先させてそもそもペイントを着けさせていないのだから、当たっても痛い程度でしかない。
だが、それでいい。自分たちは気づいている、と敵に示すことが第一であり、敵に二の足を踏ませるための第一射なのだから。
「これで逃げてくれるといいんだけどにゃ……! 総員警戒! 今度はペイントを着けた矢をつがえたまま待機! 警戒をさらに厳にして左手の陰から何かが見えたらすぐに撃つこと!」
「足を止めるのは危険かと思われますが。それよりも速度を上げて突破するのがよいかと。このままでは敵のいい的です」
ダクレスが当然の疑問を呈し、しかしそれにテメーユは首を横に振る。
「駄目にゃ。敵は真っ直ぐこっちに向かってきていた。その人数は……正確なところはわからにゃいけど大体五十人。一小隊規模じゃにゃい。かといって二小隊というほど多くもにゃい。つまり、敵は何らかの方法でこっちを場所を把握したうえで、隊を二つに分けてるのにゃ。ウチはそれが進行先での待ち伏せに思えてにゃらにゃい。だからここは警戒を全力でして、戦ったら被害が大きくなるから諦めた方がいいと思わせるのにゃ」
ダクレスはゴクリと唾をのんだ。
あの一瞬でそこまで思考を至らせていたとは、と。
鋭い五感と、それを最大に生かす直観。
ダクレスは認識を改める。奔放で、迷子になってしまうなど抜けたところもあると思っていたが……目の前の上司は、確かにこの過酷な試験に挑戦する権利を持ったエリートなのだ、と。
「でも、ただ敵にいいようにされるってのも気にくわにゃいよにゃぁ? さぁて、どう噛みついてやろうかにゃ……!」
テメーユがざらざらとした下で小さく舌なめずりをする。
宝石のような黄色い眼が、らんらんと輝いていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました
ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」
優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。
――僕には才能がなかった。
打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる