欠片の軌跡④〜南国の王太子

ねぎ(塩ダレ)

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第八章①「疑惑と逃亡編」

世界の眼球

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そこからの行動は早かった。
俺は部屋を出て階段を下りると、カウンターで新聞を読んでいるマダムに声をかけた。

「マダム、今、お時間大丈夫ですか?」

マダムは眼鏡をずらして、隙間から俺の顔をちらりと見る。
そして小さく息を吐くと、新聞をたたんでその上に眼鏡を置いた。

「……奥でいいかい?」

「ありがとうございます。」

俺はまだ何も言っていないのだが、いつも通り察しのいいマダムは奥の部屋に案内してくれた。
ソファーに座ると、マダムは何も言わずに水差しからレモン水を汲んで俺に差し出した。

「長い話になりそうだからね。」

「ありがとうございます。」

本当に何でもお見通しで笑ってしまう。
俺は半分ほどそれを飲むと、サイドテーブルにコップを置いた。

「……この部屋に音消しを施しても良いですか?」

「構わないよ。」

俺は許可をとってから部屋に音消しの魔術をかけた。
準備は整ったが、こうしてみると何から話していいのかわからない。

「凄く勝手な事なのですが……。」

俺は少し言い淀んで考えた。
どこから話せばいいのだろう?
マダムはそんな俺を面倒そうにため息をついた。

「前置きはいいよ。生まれから話しな。」

「すみません。」

本当に……と思って笑ってしまった。
マダムは俺が何を話そうとしているのか、全部わかっているようだった。

そう俺は、まずマダムに全て話してみようと思ったのだ。
俺に起こった全てを。

マダムは多くを知っている。
それは魔術本部でも見つからない事も多い。
マダムの知っている冒険者という視線から見た時、俺はどう映るのだろうと思ったのだ。

冒険者の世界と関わって、俺はそこにしかない知識を知った。
そこからたくさんの事がわかった。

物事には多面的な顔がある。
だからそこから見た世界が知りたかった。

旅をするならあった方が便利だろうぐらいの考えでこの世界に足を踏み入れたが、そこにたくさんの事が眠っていた。
本当、偶然でもこの世界の知識を知る事ができたのは幸運な事だった。

俺は言われた通り、生まれから話した。

東の国の出稼ぎ傭兵の一団に拾われ、東の国の教会が引き取って育ててくれた事。
血の魔術を物心ついた時には使えたが、義父が血の魔術は大きくなるまで人前で使ってはいけないと教えた話。

魔力があったので民間魔術の勉強をしていたが、力が強いので正式な魔術学校に行った方がいいと言われ、学校に行くために貴族に養子縁組をしてもらった事。
形だけの養子縁組だったはずが、学校で首席になった事で貴族の跡継ぎ問題に巻き込まれ、それから逃れるために移民として中央王国に入り地位を平民に戻した事。

王国で外壁警備の仕事につき、収入が安定した事で、生まれつきなかった性欲について研究を始めた事。
第三王子が外壁警備の視察に来て攻撃を受けた際、魔術兵として戦った事、そしてそれがきっかけで王子に騎士の称号をもらい、王子の第三別宮警護部隊に配属された事。

そこで仲間と出会った事、血の魔術を使い始めた事で魔術本部にも籍を置くようになった事。

修行の一環で西の国に演舞を探しに行き、カイナの民のシルクと出会った事、シルクが呪いでコアを奪われていたが取り戻した事。
恋人になったウィルが実は竜の谷の民で、探しに行った際、竜の血の呪いとやりあった事、その竜の魂を精霊にしてウィルにつけた事。

自分が度々、森の主と精霊に呼ばれる事、大地の精霊王が死にかけており、その跡継ぎであるはずの王の種が盗まれている事、その王の種と自分には何らかの関わりがありそうな事。

「で、後は先日話した通り、南の国の皇太子にライオネル殿下が求婚されて~の話に繋がって、今になります。」

「…………。サーク……あんたの情報量は、はっきり言って10人分ぐらいあるよ……。何だって1人でそんなにたくさんあるんだい……満腹過ぎてゲップが出るよ……。」

マダムはそう言って、本当にゲップをした。
あまりにタイミングが良くて、俺は思わず笑ってしまった。

立ち上がって水差しのレモン水を汲んで、マダムに渡す。
マダムがそれを数口飲むのを待って俺は尋ねた。

「……マダムには、俺がどう見えますか?」

マダムは俺が血の魔術を使うと聞いた時から、ボーンさんにそれを使う人間の事を聞かされるとわかっていた。

だから俺が人間と人間の間に生まれた者でない可能性が高いことを知っている。
だからこれまで俺に起こった全てを話した。

情報は正確でかつ多い方がいい。
森の主と呼ばれた事も王の種の事も話した。
マダムの目、冒険者の世界から見た時、その話を、そして俺をどうとらえるのだろう?

マダムはしばらく何も言わなかった。
ただまっすぐ、俺を見つめていた。

「……その答えは、あんたはすでに持っているはずだよ、サーク。」

「それはそうなんですけどね。」

マダムの返答に苦笑する。
そう言う事じゃなかったんだけどなぁ。

困ったな、上手くはぐらかされてしまった。
何か有力な情報が得られるかと思ったのに。

「あんたが聞きたいのは、それじゃないだろうが。」

マダムは呆れたようにため息をつくと、サイドテーブルに置いてあった、紙煙草のケースを開けた。
紙煙草を一本取り出すと火をつける。
ふわりと紫煙が辺りに漂った。

マダムの言葉に俺は小首を傾げる。
何かマダムが見ているのは、俺の見て欲しいものよりももっと遠くのように思えたからだ。

「どういう事です?」

「どうってそのままだよ、サーク。」

「聞きたい事が違う??」

「そ。あんたは自分が何者かなんて、すでにどうでもいいと思ってるだろ?」

「まぁ、そうですね。」

確かに自分が何者かはすでにどうでもいい事だった。
だがそうではなくて、マダムの知識から俺の半生を見た時、どんな情報があるか知りたかったのだ。

マダムは煙を燻らせ、上を見上げている。
アンニュイにその揺れる煙を眺めながら言った。

「あんたが聞きたいのは、所々にある、ミッシングリンクについてだ。」

「??」

俺はマダムにそう言われ、何だかよくわからなくなった。

ミッシングリンクってあれだよな??
進化の過程でどうしても途中が見つからないってやつ。

つまり、俺の軌跡で繋がりが謎な部分と言うことだろうか??
全く気付かなかったが、無意識に俺はそんな疑問を持っていたのだろうか??
自覚がなかったので全くわからない。

疑問に思いながらも、なんとなく俺が察した事を見てとったのだろう。
マダムは煙草の火を消すと、おもむろにサイドテーブルの下から箱を取り出した。

その動作に俺はぎょっとしてしまう。

「え!?俺、もう何か買うお金はないですよ!?」

「なんだい、その言いぐさは。別に何か売ろうとしてる訳じゃないよ。失礼な子だね。」

マダムは不機嫌そうに眉を寄せた。
いやいや、だって前科がありすぎますから、マダムは。

とりあえず何か売り付けようという訳ではないらしいが油断は禁物だ。
警戒している俺を無視して、マダムは無造作に箱を開ける。

中からはずいぶんと立派な水晶球が出てきた。
その水晶から、かなり高い波動のようなものを感じとる。

「え……??」

「特別に見てやるよ。サーク。答えになるかはわからないけどね。」

マダムはそう言って水晶球に手をかざした。
その瞬間、リンッと部屋の空気が変わる。

俺は突然変わった場の雰囲気に圧倒されてしまい、何も言葉が出ない。
何が始まったのかわからなかった。

「ああ、音消しの魔術は解くんじゃないよ?これはもうやらないと周囲には言ってあることだからね。」

「……………。」

マダムに念を押される。
どうやらこれがマダムの隠された顔のようだ。

どことなく部屋の陰影が濃くなった気がする。
光源量は変わっていない筈なのに、どこか暗さが満ちてきた部屋の中、マダムとマダムの水晶球だけが、やたらと鮮明に浮かび上がってくる。

肌がビリビリと痛んだ。


「マダムって……。」

「何、昔とった杵柄さ。大したことじゃない。」


さも何でもないことのようにマダムは言った。
だが、これが大したことじゃない訳がない。

俺は目の前にいるその人に恐怖心を覚えた。
何の手立ても封じられた状態で、あのドラゴンゾンビの前に立たされたような気分だった。

そう、俺は今、自分が物凄くちっぽけな無力な存在になって、物凄く大きなものの前にいる錯覚に囚われていた。
じわりと手に汗が滲み出るのを感じる。

この人は、千里眼を持っている。

この状況に置かれ、直感した。
腹の底から感じた恐怖心の答えがそれだった。

世界の全てを見通す眼。
この眼の前に隠せることは何一つないだろう。

成す統べなくこの場に置かれながら、俺は呼吸もままならないまま、ただマダムを見ている事しか出来なかった。
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