欠片の軌跡④〜南国の王太子

ねぎ(塩ダレ)

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第八章①「疑惑と逃亡編」

知る者と築く者

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それから俺はマダムと魔術学校時代の話からハクマ家の家督争いから逃げて中央王国に入った話、外壁警備時代の話、そして殿下が襲われた時の話をした。

「あんたを取り巻くあの時の状況だけじゃ、黒幕はわからないよ。」

マダムはテーブルにあった林檎にグサリとナイフを突き立てた。
ちょっと驚いた。
どこからナイフが出てきたんだ??
置いてあった気配のないそれに、俺は首を傾げる。

「剥いてやるから、手を浄化しな。」

そう言って手を差し出されたので、魔術で浄化する。
マダムは器用に林檎をうさぎに剥いてくれた。

「……何がおかしいんだい?!」

「いや、マダムがうさぎちゃんを作ってくれるとは思わなくて…。」

「煩いね。ちっちゃかったあんたが可愛かったから、気づいたらうさぎにしちまっただけだよ。気に入らないなら、食うんじゃないよ、全く。」

「いえいえ、ありがたく頂きます。」

そう言って皿からとって口に入れた林檎は、口の中を潤してくれた。
マダムのくれる林檎は、いつも小ぶりで酸味が強い昔風の林檎だった。

「あの時の状況だけではって事は、既にマダムには全容が見えているんですね?」

「さあね?」

マダムはそう言いながら布巾で丁寧にナイフを拭いていた。
何となく様になっていて面白い。

「手練の殺し屋みたいですよ、マダム。」

「そうかい?殺しの仕事はした事はないがね。」

そう言ったマダムはすっと拭き終わったナイフをどこかにやってしまった。
驚いて目を見開くと、ニヤッと笑われる。

「あたしだってかつてはそれなりに名の通った冒険者だった事があるんだよ。これぐらいなんて事はないだろ?」

「なるほど……。」

千里眼持ちの冒険者なら普通は後方支援だが、マダムの性格を考えれば後ろでおとなしくしてたりなんかしなかっただろう。
想像すると怖くなってきたので、考えるのをやめた。

「で、全容がわかってるんですか?」

「蒸し返すね、あんたも。」

マダムは面倒そうに顔を顰めた。
だが俺にとったらそれは大事な情報だ。
恐らく、その件の黒幕は今回の件でも重要な人物になる。
のらりくらりかわそうとしたマダムを無言で見つめる。
短い沈黙が降りた。

「……知ってるよ。短いながらもサーク、あんたの未来を見た。今のあんたには、それだけで十分だろ?」

マダムが諦めたように口を割った。
本当なら詳しく聞きたい所だが、未来の情報を知るというのは恐らく危険な事だ。
それによって何かが大きく変わるかもしれない。

「……あんたは頭がいい。言わなくても理解していて助かるよ。」

黙って考え込んだ俺を見て、マダムは俺がその危険に気づいていると見たのだろう。
少し安心したようにため息をついた。

「あたしの目は千里眼だ。未来視なんかの占いとは違う。そこで起こった事これから起こる事を、ただ見るだけの能力だ。しかもそれは普遍的決定事項。見えたものに対しての対応策もなければ、変更もありえない。もしも知った事を元に近い未来の決定事項を覆したら、全ての未来に狂いが生まれる。それがどんな結果を生むのか、言うのも恐ろしいよ……。」

ボソリとそう呟いたマダムは、とても疲れて見えた。
未来が見える事できっと多くの重荷をその背に背負っているのだろう。
恐らく変えようとした事も、変えてしまった事も少なからずあるのだろう。

俺は何も言わず、ポケットから飴を取り出してマダムに差し出した。
それに気づいたマダムは少し淋しげにニヤッと笑うと、飴を受け取って口に放り込んだ。

「多少擦れても、あんたは優しい子だよ、サーク。」

マダムにとって千里眼を全開で使うと言うのは、精神的にも肉体的にも相当な負担が掛かる事なのだと思った。

見られてしまった時は何て事をしてくれたんだと思ったが、もうしないと周りに宣言してずっと行っていなかったそれを、自分の為にあえてやってくれたのだ。
それはどんな未来が見えても、誰にも告げずに一人、抱え込まなければならない事を意味している。

俺は自分の未来が近いうちに見えなくなって良かったと思った。
そんな重荷をマダムに背負わせなくて良かったと。

「でもマダムの顔を見て、何となく色々わかりましたよ。」

「は??何言ってんだい??」

「だって俺の未来が、今回の一件が、本当にヤバイ結果になるのなら、マダムはもっと変な顔をしたでしょうからね。」

「甘くみなさんな。どんな結果が見えたって、あたしゃ顔色なんか変えやしないよ。」

「そうですかね~??マダムが何だかんだ情に厚い人なのはわかってるつもりですよ?なんてったって、ちっちゃくて可愛かった頃の俺を見て、林檎をうさぎにしてくれちゃうくらいですから。」

にこにこ笑ってそう告げると、マダムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
いつもしてやられているマダムにそんな顔をさせられたので、ちょっと気分がいい。

「マダムって、俺の事、大好きなんですね?」

思わずそんな事を口走ると、マダムがむせて飴を吐き出しそうになった。
苦しかったからなのか顔を赤くして睨んでくる。

「サークっ!!ふざけるんじゃないよっ?!」

「俺の事、全部知られちゃったし、これからマダムの事、お母さんって呼ぼうかな~。」

「~~~っ!!」

マダムが血管切れて倒れるんじゃないかってくらい赤くなって、言葉も出ずに俺を睨みつけて来た。
にこにこ笑う俺の頬を何かがかすめる。
急に空気が氷点下まで下がった気がした。

「……すみません。調子に乗って言い過ぎました……。」

笑ったまま、俺の顔は固まっている。
その頬からは、ツウッと血が滲んで垂れていた。

「次、くだらない事を言いやがったら、額に穴が開くから気をつけな。」

「ごめんなさい。もうしません……。」

マダムの手には、いつの間にか数本のナイフが構えられている。
そして出したのが見えなかったのと同じように、それはどこかにすっとしまわれた。
俺は頬の傷を治しながら、マダムに下手な事は言うまいと心に誓う。

とは言え、マダムのお陰で何となく色々見えてきた。

自分の事だけではなく、今回の一件も。
マダムの顔色から察するに、悪い結果にはならないはずだ。
そしてあの言い方から考えて俺の憶測は間違っていない。
ならば自分らしく、とことん動いて打ちのめしてやるまでだ。

あの時回収した鼠から得た情報も鑑みて、やはり南の国は中央王国の中枢にも入り込んでいる。
それは殿下の襲撃事件にも、俺の今回の事件にも絡んでいる。

短い間だが鼠が観察してきた様子から、大体怪しげな人物はピックアップ出来た。
残してある2匹を回収すれば、もっと詳細がわかるだろう。

だが、裏が取れなければ丸め込まれてしまう。
仲間まで危うい立場にされたんだ。
裁判で勝つのは当たり前。
こうなったら徹底交戦して、全てを明るみに引っ張り出して裁いてやるつもりだ。

その為には裏がいる。
南の国の息がかかっている証拠を押さえなければならない。

「……行くのかい?」

いつの間にか、またタバコに火をつけたマダムが煙をくゆらせながらそう言った。
止めるでもなく、驚くでもなく、ただそう言った。
多分、見えていた事なのだろう。
俺はニヤッと笑って答えた。

「ええ。虎穴に入らずんば虎子を得ずですからね。」

マダムは何も言わず、ふわりと紫煙を吐き出すだけだった。
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