「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第三章「砂漠の国編」

逆鱗

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シルクは頭を動かし、鉄格子の向こうを見つめた。

必ず来てくれるとわかっていた。
その姿を早く見たかった。

が……。

ドーンと見ていたのとは逆の壁から、物凄い音がした。
衝撃が走り、瓦礫と埃が宙を舞う。


「…………?!」


シルク自身、展開が予想外過ぎて、頭がついてこない。
他の者など尚更だろう。

次第に落ち着いていく土煙の向こうから、誰かがやって来た。


「何者だ!!」

「……ええと~?通りすがりの、元魔術兵です。」

「オーナーっ!!」


立ち上る煙の向こうから聞こえた声。
シルクは嬉しくて泣きそうだった。

歓喜のあまりそう叫び、そして固まった。

こんな状況のはずなのに、目が点になってしまった。


「……ごめん、遅くなった。」

「あ、あんた……なんて格好してるんだよっ!?」

「それ、お前が言う?」


壁を破壊して登場したサークは、半裸で机にくくりつけられているシルクを見てそう言った。
苦笑いしてみせたが、怒りを隠しきれず苛立たしげに近づいてくる。
そして無言のまま、魔術で風の刃を生み出しシルクを縛る鎖を切り裂いた。

「……大丈夫か?」

労るように抱き起こされ、シルクは顔を真っ赤にした。
もうどこに目を向けていいのかわかりゃしない。
素肌で触れ合ってしまったその身体に鼻血が出そうになる。

ちょっとまって?!
魔術師の癖に、思ったより凄いんですけど?!
元、魔術兵だから?!
というか、その致命傷みたいな傷は何!?

目のやり場に困るが、物凄く見たくもある。
手で顔を覆いそうになりながら、口元でとどめ、ガン見する。
こういうものは見れる時に見ておかなければ損だ。

「……何で脱いでる訳??」

「これが一番、俺的には戦うのに都合がいい。」

「何かもう……悪夢すら吹き飛んだんだけど……。」


シルクは現状も忘れ、頭をクラクラさせた。
何故ならサークは、どういう理由かは知らないが、上半身裸で腕に血が塗ってそこにいるのだ。

……何?この男臭い状況??
オーナーって優柔不断な優男じゃなかったの?!

もう妙な興奮が収まらず、シルクは混乱していた。
だいたいこの姿を見て、彼を魔術師だと思う人間がいるだろうか?

血で魔術を使うとは聞いていたが、こんなのありなのか?!
心の準備も何もあったものじゃない。

憧れた男の肌をこんな形で知る事になり、シルクは臨界点を越え、頭を抱えた。


「誰か!!誰かおらんか!!」


そんな中、それまでシルクを襲っていた男は大混乱に陥っている。
男はそう叫ぶが、兵士達が駆けつけても鍵を開けるのに戸惑っている。
そんな様子を、サークがフンッと鼻で笑った。


「……これでは、どっちが檻に入れられてるかわからない状況ですね?ログル士官?」


にんまりと不敵な笑みを浮かべ、サークは男に言った。

その言葉でシルクは思い出した。
村の殲滅を指揮し、自分にトラウマを植え付けた男の名を……。

ギリッと奥歯を噛む。

もうあの頃の自分ではない。
もう、一人ではない。

冷たい諦めの中に閉じ込められていたシルクの怒りが、沸々と表に湧き上がってきていた。

そんな中、ログルはキッとサークを睨む。

「貴様……何者だ!!こんなことをしてただで済むとでも?」

それにサークはフンッと蔑んだ目を向ける。
そして全く敬意を払っていない口調で告げた。

「ああ、はいはい。挨拶が遅れましたね?うちのシルクが、ちょっと居眠りした隙にずいぶんとお世話になったようですので、これは雇い主としてお礼をせねばと思い、駆けつけたまでですが?何か?」

「ふざけるなっ!!」

小馬鹿にしたように淡々と告げるサークに、ログルが苛立たしげに怒鳴り散らす。
その瞬間、サークがキレた。

「ふざけてるのはどっちだっ!!一度ならず二度もシルクに無理強いしやがって!!このままこの砦を崩壊させたって俺は構わないぞっ!!」


サークはそう怒鳴ると片手を上げた。
すると腕に引いた血のラインから一匹の炎蛇が生み出される。

「ヒッ?!な?!何だその妖術は?!」

「妖術じゃない。魔術だ。」

突然現れた巨大な炎蛇。
見た事のないその魔術にログルも檻の外の兵士たちも動揺を隠せない。
異様な雰囲気の中、炎蛇はその体を狭い檻の中で体を踊らせ、鉄格子もろとも集まっていた兵を吹き飛ばした。
それが終わると聞き分けのいい犬のように、炎蛇はサークの元に戻りぐるりと周囲に巻き付いた。


「な……何なんだ……その力は……。」

「そんなことはどうでもいい。……シルク!」

「……え?」


ほぼ圧勝状態で、サークはシルクを振り返った。
これではする事もないだろうと思ってみていたシルクは、突然、名前を呼ばれてきょとんとしてしまう。


「……俺がしてやれるのはここまでだ。ここから先は、お前の舞台だ。」


何か懐かしい台詞だ、と思った。

ああ、そういう事か……。
シルクはサークが何を言いたいのか理解した。
そして薄く笑った。
やっぱり、自分のオーナーはオーナーだと思う。

サークは何も言わず、片手を上げる。
シルクはその手をパチンと弾いた。


「……そうだね。ちょっと踊ってくる。」


シルクは落ちていた鉄格子の残骸を拾った。
そして酷く冷たい眼差しをログルに向けた。


「返せよ、俺の欠片……。」

「く…っ!!」


サークの炎蛇を見たばかりのログルは、シルクになら勝てると思ったのだろう。
立ち上がって体制を整えると、刀を抜いて構えた。

それをサークはおかしそうに見つめる。

あ~あ。
むしろ、俺とやり合った方がまだ勝機があるのになぁ~。

無茶な事をするな、とサークは思った。
ログルは忘れているようだが、シルクは演舞の踊り手。
しかもその全てをマスターした継承者だ。
一対一でシルクに喧嘩を売るなんて、どうかしている。

そうは思ったが、演舞の棒術を見れると思うと少し楽しかった。

ログルが仕掛けた瞬間、刀は一瞬で弾き飛ばされた。
何が起きたのか誰にも見えなかった。
その中でシルクは目を細め、くるりと舞った。

美しかった。
静寂の中舞うシルクは、とても美しかった。

けれどその舞は敵に対しては容赦がない。
両腕に、両足に、くるくると弧を描く鉄棒が容赦なく叩き込まれ、最後にスイングするように腹に一撃入れ、ログルを吹き飛ばした。

うわ~、あれは四肢の骨、全部折ったな。

サークは苦笑した。
演舞の持つ、美しい動きとは真逆の残忍さ。
それは何度見ても無常で恐ろしく、そして美しい。

シルクは静かに、立っていられなくなったボロ布のようなログルに近づく。
辛うじて意識のあるログルの襟栗を掴み持ち上げると、胸ポケットから小瓶を取り出した。

「……それを取り返して、どうする?」

クククッとそれをログルが笑う。
シルクは嫌なものを見るようにログルを見下ろした。

「……何を言ってるんだよ?」

「取り返して、どうやって取り込む?」


その言葉にシルクは少し顔をしかめ、瓶の蓋を取った。

中に何かある。

けれど瓶からは、逆さにしようと何をしようとそれは出てこなかった。

「……クククッ……ははははっ!無理ですよ?それがどう言ったものかもわからないのでしょう!?」

降ってみたり色々試すシルクを、ログルは嘲笑った。
瓶を手に、シルクは悔しげにログルを睨んだ。


「……シルク、貸してみ?」


そこまで何も言わずに見守っていたサーク。
けれどログルの態度が勘に触ったのか、今にもログルを殴り殺しそうなシルクに声をかける。

「……オーナー。」

「ほら、寄越せ。」

シルクは少し迷ったが、ログルを嬲り殺す事を諦め一瞥した後、サークに小瓶を渡した。
渡されたサークはそれを観察する。

何だ??これ……??

魔力探査してみて、それがどういう物かを理解する。
だがそれは魔術学校でも習った事のない物。
本などで読んだ事もない代物だった。

中にあるのは、確かにシルクの欠片だ。

だが、それだけではない。
怨念というか憎悪というか、そんなものがシルクの欠片を包み込み、欠片の意思では動けなくさせていた。
それによってシルクの欠片は、雁字搦めになっているのだ。

そうか……。
これは呪いの類いだ……。

ふと、サークは思った。

魔術や魔法、その他にもいくつか似たような力はこの世に存在している。
その中で一つ、思い当たるものがあった。

それが「呪い」だ。

人の持つ憎しみや苦痛、そういった負の感情を凝縮して魔術のように使う方法。
これが呪いなら、呪いの元を知り、その憎しみを中和するか憎しみとなっている存在を破壊しなければならない。


「どうだ!?瓶を取り返しても、どうにも出来まい!!」 


手足を折られて身動きすら出来ないログルが笑う。
サークはその言葉に、ピクッとこめかみを痙攣させた。


……何かムカつくな?おい??


今夜はとことん機嫌の悪いサークの忌憚にそれは触れた。

確かに呪いでは知識の乏しいサークにはどうにもできない。
だが瓶は手に入った。
だからこのまま魔術本部に持ち帰ればいい。
森の町の先人達が調べてくれてある。
何より彼らはサークよりも知識も経験も豊富だ。
必ず何らかの方法を見つけてくれる。
瓶から欠片を安全に取り出し、シルクに戻せる筈だ。

「……………………。」

だが、それでは負けな気がした。

サークは薄ら笑いを浮かべるログルを冷ややかに見下ろす。
そしてもう一度瓶をじっと見つめた後、サークはシルクを呼んだ。

「シルク、ちょっと来い。」

訳の解らぬまま近づいたシルクを、サークは乱暴に引き寄せた。
お互い半裸に近い状態で、そんなふうに力任せに抱き寄せられ、シルクは目を白黒させる。
わかっていてもやはりどぎまぎしてしまうのだ。
けれどサークはそんなシルクなどお構いなしに、そのまま頭の後ろに手をやると、ぐっと顔を寄せる。

「オッ?!オーナーっ!?」

顔が近い!!
シルクは混乱してジタバタする。
慌てて抵抗しようとしたが、妙に強引なサークの前にそれは敵わず、鼻と鼻がくっつきそうな距離で顔を覗き込まれる。

「~~~~ッ!!」

シルクだってわかっている。
サークにはシルクに対してそういう感情が一切ない事はわかっている。

わかっているが、勘違いするには十分だ。
惚れた男にこうされたら、勘違いでも嘘でも何でも良くなる。
違うだろうなとどこかで思いつつ、シルク思わずは目を閉じた。

そして……。


次の瞬間。
サークはシルクの鼻の穴に小瓶の口を突っ込んだ。


流石のシルクもこれにはブチ切れる。
百年の恋も冷めるとはこういう事かと思う。

「は?!何すんだ!オーナーっ!!」

あまりの仕打ちにムカついて、キィーッとなるシルク。
しかしサークはそんなシルクを力で押さえ込んで顔を寄せた。


「……吸え。」


そしてそう一言、凄んだ。
シルクは固まる。


「……は??え??」

「いいから吸え……っ!!」


サークの顔は、鬼気迫るものだった。

にっこりと笑ってはいるが、青筋が立っている。
無言の圧が怖すぎる。

そんな顔をずいっと寄せられ、低い声で言い切られては逆らえず、シルクは「ズッ」と思い切り鼻から息を吸った。

「!!!?」

その瞬間、ズルリと何かが鼻から口へと入った。
反射的に喉がそれを嚥下する。

ヒイィィィ?!
今の何?!

シルクは咄嗟に吐き出そうとしたが、サークが有無を言わさずその口を手で塞いた。
そして怒鳴り散らす。


「口閉じてろ!シルク!絶対逃がすな!!」


サークの気迫に押され、シルクは目を白黒させながら頷くと、吐き出さないよう口を押さえた。
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