「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第三章「砂漠の国編」

強さの定義

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鼻からずるりと何かが中に入った。

気持ち悪い。
反射的に外に出そうと体が反応する。


「口閉じてろ!絶対逃がすな!!」


しかし、サークの言葉がそれを認めない。
体の中で出口を探して蠢くそれに、必死で耐える。

サークはナイフを取り出すと、まず、シルクの着ていたタンクトップを切って、胸を露出させた。

驚いたシルクが身を引くと、追い詰めるように机に座らせた。

そして、ナイフで自分の掌を突き刺した。

鮮血の滴る手が、シルクの胸に触れる。

リン…ッ、という微かな音を立てて、シルクの胸元が淡く光った。


「………俺はお前がどういう魔術かは知らない。呪いなんてもっとよくわからない。だが、おとなしく俺の言うことを聞け……っ!!」


サークがそう、低く命じる。
それに反応してシルクの中の「何か」は抵抗するよう暴れだす。
吐きそうで噎せ反りそうになるのをシルクは必死に堪えた。

サークがさらに魔力を強めた。


「おい……俺は今日、機嫌が悪いんだ。大人しく言うことを聞けっ!!」


ギンッと見えない縛りがキツく皮膚より深い場所を締め上げる。
シルクは心臓を素手で捕まれたような感覚を感じ、ギクリと身を強張らせた。

体に入った欠片に向けられたサークの殺意は、シルク自身にも響く。
身体中に冷や汗が浮かび、歯を噛み締めてその苦痛に耐えた。


「……そんな……そんな横暴な方法で、それをどうにかできると思っているのか……っ!?」

「あ?」


唐突なサークの乱暴な手法に、身動きできないログルが驚愕したように呟く。
それにサークは過剰に反応した。
怒りを隠そうともせず、顔の表情筋だけが柔らかく笑いかける。


「うるせぇな?出来るか出来ないかじゃねぇんだよ?……やるんだよ。」


何でそんなに笑顔なんだよ?
怖すぎるだろ!?

シルクは正直、自分の苦痛より、サークの怒りの方が恐ろしかった。

顔の作るにこやかさとは真逆の言葉。
その頑として揺るがない怒りにシルクもログルも何も言えなくなる。


「……俺は今日、大事な局面で居眠りをするという馬鹿をやらかした……このままじゃ腹の虫が治まらない……。」


シルクはサークを見つめた。
その顔を見て、全て理解した。

サークがここまで怒り狂っているのは、シルクに対してでも、欠片に対してでもない。
ましてやログルに対してですらない。


自分自身に腹を立てているのだ。


シルクを守ると決めていたのに、ほんの僅かな気の緩みからそれができなかった自分が許せないのだ。

それがわかった時、胸の中に苦しみとは違う何かが芽生えた。
シルクは心を決めた。

今は耐えよう。
この人も身を焼かれるように苦しんでいるのだから……。


サークは呪いを解除する方法を取らなかった。
今この場で、力付くで全部を捩じ伏せようとしていた。

だが破片も呪いも言うことを聞かない。
それをねじ伏せる為に、更に魔力を強める。

「…………ッ!……ぅ……っ!!」

シルクが苦痛に顔を歪め耐えている。

当然だ。
体に入った欠片に圧をかければ、それを受け入れている器であるシルクにも圧をかける事になる。

「…………シルク……。」

微かに生じた迷い。

腹を立てて思わずやってしまったが、これは正しい事だったのだろうか?
単にシルクを苦しめ、余計、どうにもならない状況にしてしまうのではないのか?

その時、シルクが細く目を開いた。
視線が合う。

その目が言った。

自分はサークを信じていると。
何があろうと、サークについていくと。

二人の間に確かな絆が存在していた。


「わかった……。悪いなシルク、遠慮はしない……っ!!」


サークは魔力を強めた。

自分を信じてくれる相手の為に、ここで迷ってしくじる訳にはいかないのだ。
それが、サークとシルクの間にある、絶対的な絆だった。

シルクの体が苦痛に跳ねる。
だが、歯を食いしばり、シルクは声一つあげない。

サークはもう、言葉通り遠慮をしなかった。


「てめえら……いい加減にしろよ?!このままシルクごと握りつぶしてやろうか!?どうなんだっ!?おいっ!?」


シルクの中、欠片が苦痛に咽び泣いている。
それでもサークは魔力を強め、シルクはそれに耐えた。


「出来ないと思うなよっ!!シルクは俺に命預けたんだっ!!だったら遠慮はしないっ!!」


さらに強まる魔力に、欠片は今にも散り散りに砕けそうになる。
言葉にならない悲鳴がシルクの中に響き渡り突き抜ける。


「いい加減に俺にひれ伏せっ!!シルクの欠片も!いつまでそんな呪いの意のままになってやがるっ!!てめえの本体に戻ったってのに!呪いの言いなりで無抵抗とはいい様だなっ!!本体から離れて弱っちくなったのは!シルクじゃない!むしろてめえの方だっ!!」


耐え難い苦痛の中、サークの言葉にシルクの目からは涙が溢れた。

たくさんの嫌な事。
耐え難い事。
思い出したくもない事。

でも……。


「シルクは強いっ!!てめえを失って絶望の中に落とされたって!!こいつはもがき続けたっ!!地べた這いずって!のたうち回って!それでも戦ったんだ!!自分が自分であるために!!聞こえてんのかっ!!シルクは強い!呪いに囚われ瓶の中で諦めていたお前よりずっと強い!!」


シルクの頬を苦痛とは別の涙が伝う。

全てはきっと、サークのこの言葉を聞く為にあったのだと思えた。
誰にも言えずに抱えてきた傷が、ゆっくりと癒えていく。
その傷が一生消える事はなくとも、もう痛くはないのだと思えた。

サークが魔力を強める。
シルク自身も体が引き裂かれるような苦痛を受けだが、構わなかった。


「最終警告だっ!!このままシルクごと俺に殺されるかっ!!俺にひれ伏すかっ!!……黙って俺に従えっ!!ぶち殺すぞっ!!」


その時、パキンッという音をたて、シルクの中で何かが弾けた。
あの日、ログルに奪われた欠片がシルクの中に弾け飛び、全身に広がった。


「……あ……っ!?」


だが破壊されたのではない。
シルクは自分の中に、なくしていた何かが戻って来るのを感じた。
欠片は砕けちったのではない。
シルクの欠片がシルクの中に戻ったのだ。

シルクはサークを見た。
サークもそれを感じ取ったのだろう。
魔力を止めた。


「!!!?」


しかし、ほっとしたのもつかの間。
シルクは激しい吐き気に襲われ、嘔吐した。

いや、口からだけではなく、目から鼻から耳から、顔にあるありとあらゆる穴から、何かどす黒いドロリとしてものが溢れ出てきた。

ヘドロのようなそれは、シルクから這い出ると、焼け焦げるようにして消えて行った。

シルクは自分の胸の辺りを触り、サークを見た。
サークはただ笑っていた。


「なんか、あんまり綺麗にはまってないけど、うまくいったみたいだな?」

「オーナー……。」

「後で森の町のみんなに治してもらうから、今はそれで勘弁してな、シルク?」

シルクにはよくわからないが、乱暴な方法を取ったせいか、失っていた欠片はシルクの中に戻ったが、あまり綺麗にはまっている訳ではないようだ。

だが、そんな事はシルクにはどうでも良かった。
失われていた自分の一部が。
もう取り戻す事はできないと思っていた自分自身の欠片が、自分の中に戻ってきたのだ。

「十分だよ……。」

シルクはサークにニカッと笑ってみせる。
でも涙が溢れて止まらなかった。
そんなシルクに満足気に微笑み、サークはその頭を撫でた。

「良かったな。」

「うん。ありがと、オーナー。」

「それはいいんだけどさ~、悪いけど、俺、これから数日から一週間ぐらい、意識戻らないと思うけど、後、頼むな……。」


ニッコリと微笑んでいるサーク。
だがそういうと、突然、ぷつんと糸が切れたように、ゆっくり後ろに倒れた。


「オーナーっ!!」


シルクは焦ってサークに駆け寄った。
何が起きたのかわからない。
抱き起こしたサークは既に意識がなく、血の気のない顔をしていた。

なんで?!
どうして?!
しっかりしてよ!オーナー!!

焦りと不安でシルクは動揺した。

ええと?!何て言われた?!
一週間ぐらい意識が戻らない?!
後頼むって?!


「そんな……馬鹿な……あれを…力付くで壊すなど……。」


そんなシルクの耳に、今一番聞きたくない声が聞こえた。
急に体中の血が熱を失い、スンと冷静になる。
シルクはゆっくり顔を上げた。

自分でもわかる。
今、自分がどんな顔をしているか。

にこやかな憤怒を浮かべたサークも恐ろしかっただろうが、冷たく冷えきった怒りを浮かべるシルクもまた、酷く恐ろしいものに見えただろう。

ログルはひっと短い悲鳴を上げて身を捩った。
シルクは立ち上がり、サークの落したナイフを拾い上げる。


「……オーナーが気絶してて良かったよ……。俺のオーナーはさ、凄く優しい人なんだ……。だから俺が演舞の踊り手で、そういう事が可能な事を十分わかっているのにさ……。この人、俺に誰かを殺めさせるとか、あんまりさせたくないみたいでさ……。」


動く事の出来ないログルにゆっくり近づき、しゃがんだ。
そして白を通り越して土気色になったその顔を、ニッコリと覗き込む。


「本当、優しいよね?オーナーって?……だから特別に、大嫌いなあんたにも優しくしてあげる……。」


シルクは微笑んで、ログルの首元にナイフを当てた。

ログルが何か言う前に、迷いなく、その喉を切り裂く。
血飛沫が、ばしゃりとシルクを赤く染めた。


「ふふっ……。優しいよね~。ひとおもいに殺してあげるなんて……。」


本当なら、どれだけ苦痛を与えても与えたりない相手だ。
だが、サークに免じてひとおもいに殺してあげた。

遠くで兵士達が集まっている。
あまり余裕はない。

シルクは立ち上がった。
そしてサークを背中に担いだ。

本当は抱き上げたかったが、意識のないサークを連れて行くのだ。
機動性を考えれば仕方がない。

何だか色気がないなぁとため息をつく。
そしてそれが、シルクとサークの関係そのものの様で少し虚しい。


「……目が覚めたら、俺の告白、ちゃんと聞いてよ?オーナー……。」


とはいえ、今はサークに任された仕事をこなす事が先決だ。
シルクはサークの開けた穴から、外の闇の中に消えていった。
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