欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

遠い眼差し

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俺はカジノについてから、ずっと気になっている事があった。

何かが見ている気配がある。

それはかなり注意していないと気にもならないものだ。
意識した今でさえ、それは気が立っているからそう感じるだけなんじゃないかとすら思える。

いや、本当に俺が神経質になっているだけなのかもしれない。
気づいて注意を払っても確証が持てない。

だからと言って、カジノ内で広範囲の魔力探査をするのは危険だと思う。
あちこちに結界や魔術系の罠や仕掛けの気配がある。
こちらが魔力で探れば、向こうも何者かが魔力で探っているのに気づくだろう。
初日でそこまでの危険を侵す気はない。

だがある程度は探らなければならない。
戦闘において地の利は重要だ。
相手の懐に入っている以上、不利な状態からのスタートなのだから。

俺は誰もいなくなった控室で手のひらを切った。
ここが監視されていないのは、入ってすぐ調べたのでわかっている。
ただ不定期に見回りの人物が中を探って行くだけだ。
さっきも、俺がドアを閉めた瞬間、デビッドは中を探ってきた。
これと言って何もなかったのですぐに終わったが、少しでも何か感じたらずっと探られるだろう。

ちなみに気になっているものは、そう言った監視とは違う。
本当にあるのかないのかわからないほどのものだし、何と言うんだろう?
監視しているというより、これは何だろうと遠くから眺めているような感じなのだ。

俺は血から10匹程の鼠を作った。
いつもより小さく、力も弱いやつだ。
鼠達はフッと姿をなくし、そのまま数匹残して外に向かわせた。
残ったものは連れて歩いて、探りたい場所に送るつもりだ。

ふと、気になっているものの事を思い出す。
今回は1匹1匹の力を弱めたので、一度に複数の事を探らせるのは難しい。

なので1匹、その何かを探せと命じて放った。
杞憂なら良いが、そうでないなら確かめたい。
今の所、危険性は感じないが、正体がわからないのが怖い。

今は遠巻きに眺めているだけでも、それがグレゴリウスの目の1つでないとは言い切れないのだ。

それから俺は他の控室に挨拶に行った。
基本はドア越しや少し開けてあしらわれるだけだったが、どんな人間が出入りしているのか知るだけでも価値がある。

それが終わると、今度はステージ側の従業員に挨拶に行った。
こちらも作業の邪魔だと言わんばかりに無視されたりしたが、マメに挨拶回りをするマネージャーだと言う印象が残せれば良い。
そうすれば多少うろついていても、またあの邪魔なのがふらふらしているぐらいにしか思われないからだ。

俺はとにかくペコペコしながら、あちこちに挨拶をした。
軽くでも答えてくれた相手には、アメなどの気持ち程度のお菓子を渡した。

大きなステージだ。
新人が舞台に上がるのを快く思わない相手もいる。
しかもシルクは今日、ゲストラウンジの華に選ばれた。
新人の顔見せの意味もあるが、それだって気に入らない人物にとったら生意気な事でしかないのだ。
だから、おかしな小細工だってされて当たり前。
初日は支配人の顔だてもあるので、そこまで大きな事はやってこないだろうが、今後の事を考えて地道に足場は固めなければならない。

ガスパーも言っていた。
政治はどれだけ味方がいるかじゃない。
どれだけ敵を作らないかだと。

味方につく程の事ではなくても、敵に回るのはちょっとなと思って貰えればそれで良いのだ。
それだけで故意の事故は防げる。

時より、そっちに近づくな!と怒鳴られた。
そんな時は平謝りして鼠を置いていく。
帰るまでには、控室とステージまわりの環境は把握できるだろう。

ふと、時計を見上げる。

あれから1時間以上たった。
シルクはどうしているだろう?
あいつの事だからだ何も心配いらないが、あの口調で話しているのかと思ったらちょっとおかしかった。








シルクはデビッドにゲストラウンジに連れて来られた。
そこにはまだ誰もおらず、豪華な室内は閑散としていた。
ふかふかなソファーが並び、小さな無人のバーカウンターがポツリとあるだけ。
きらびやかな装飾だけに何とも物悲しい。

デビッドはトンッとシルクの背中を押し部屋に入れると、せいぜい頑張るんだな、と言って部屋を出て行った。
あまり面倒見のいいタイプではなさそうだ。

さて、どうやってゲストを迎え入れよう?
最初の出迎え方1つで、今後の扱いも変わってくる。

何だか懐かしいな、と寒々と思った。
色や華を売っていれば、こういう事は珍しくない。

むしろ華を1輪しか置かないのも珍しい。
大抵は何人かいて、新参者は隅で様子を伺うものだ。

だが、1輪しか置かないのも趣はいい。
無駄に華同士のいざこざした醜さがなくて済む。

おそらく今日は初日の顔見せということで一人なのだ。
上手くやらなければ、場に慣れた華たちが追加されるだろう。

別にそれでも良いが、ことさら一人の時間内にどれだけの印象を与えられるかは大事になってくる。
重要な人物にだけ、緩やかな好印象を与えられればいい。
皆に皆、おべっかを並べてシナを作るのはかえって心象が悪いものだ。

自分を安く見せれば、後々、安く扱われる。
己の主に言われるまでもなく、それは十分わかっていた。

だから見極めなければならない。

だがシルクは自分の目に自信があった。
自分が主に選んだ人も、恋人も、一見、風変わりでとっつきにくさもあるが確かな人間だ。
そして自分の目が選んだ人間に選ばれる自信もあった。

だから大丈夫。
堂々としていればいい。

窓により、外を眺めた。
ゲストラウンジがあるのは高い場所なのだろう。
海が遠くまで見える。

海って変なの。
と、シルクは思った。

砂漠のような砂浜の向こうに、延々と水がある。
しかもあの水は塩っぱいらしい。

塩っぱい水って何??

そう言えば行った事はないが砂漠の奥には塩湖という場所があって、そこから塩を切り出してキャラバンが運んでいた。
海とはそれと同じなのだろうか?
よくわからない。

随分遠くまで来たな、と思う。
ずっとあの乾いた砂漠で生きていくと思っていたのに、そこを離れて沢山のものを見た。

あんな所に居たくないとずっと思っていたのに、離れると思い出す事が多い。
懐かしんでいるのかどうかはわからない。
それでも自分の当たり前の基準は確かにあそこにあって、新しく出会うものがそれと違う事に驚くのだ。

ふと、ざわざわとした話し声が聞こえた。
顔をそちらに向けるとガチャリとドアが開き、数人の身なりのいい男たちが入ってきた。

男達は窓辺に佇んでいるシルク、いやシルキーにすぐに気づく。

何人かは蔑んだ笑いを浮かべ、ひそひそと短い言葉を交した。
シルキーは黙ってそれを見ていた。

派手目な踊り子らしい装いをしていたが、それでも見る人が見れば、そこに飾られた華の真の美しさに気づいただろう。

「何を見ているんだい?そんな眼差しで?」

後ろの方にいた控えめな男が、そう声をかけてきた。
他の男達は鼻で笑いながら部屋に入り、ドカリと好きな場所に腰を下ろしている。
そしてニヤニヤと好奇の目でシルキーを観察していた。

シルキーは少しだけ首を傾げて、もう一度海を見た。


随分、遠くまで来た。


でも、そこにいる人間はそんなに変わらない。
くだらないヤツか、そうでないか、その2つしかないのだ。
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