欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

駆け引き

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ゲストラウンジから帰ってきたシルキーは、疲れたとばかりに化粧台の椅子に座って突っ伏した。

「お疲れ様です、シルキーさん。」

俺はそう言ってコップに水を汲んで差し出した。
ほのかにアルコールの匂いがする。

「飲んじゃ駄目って言ったじゃないですか~。」

とは言え、あの場合は仕方がなかったんだろうけど。
シルキーはコップを受け取ると、一気に飲み干す。
もう1杯飲むか聞いたら首を振った。

だいぶ疲れているみたいだ。
俺は肩に大きめのタオルをかけると、マッサージするフリをして軽く回復をかけてやった。

「あ~、ユウくんのマッサージ、生き返る~。」

やっとまともな声が出だ。
まぁ、つけてた目で軽く見ていたからわかっているが、お疲れさん。

中途半端な金持ちって、何でああもマウント取りたがるんだろうな??
謎である。

まだ外でシルキーを送ってきたデビッドが中を伺っているので、あまり変な事は出来ない。
シルクも相手の気配がわかるので、何も言わなくてもボロを出したりはしない。

本当、核が戻ってからのシルクは、たまに魔力があるんじゃないかと思ってしまう。
それぐらい武術士として気の感じ方と言うか感性が長けているのだ。
そこまで行くには、相当厳しい鍛錬を積んだんだろうな~と思う。

「シルキーさんの1回目のステージは1時間後です。それまでに少し食べて、支度して下さい。」

「えぇ~!アタシちょっと寝たかったのに~!!」

そんな事を言っていると、部屋の前のデビッドの気配がなくなった。
俺とシルクは視線だけを合わせた。
流石にここで音消しの術は使えないが、少しは気を緩めても大丈夫だ。

「本当に寝ます?15分くらいなら大丈夫ですよ?」

「う~ん、どうしようかしら?」

「とりあえず食べて下さい。売店で買ってきました。」

俺はそう言って、周囲を確認する為に歩き回って買ってきた物を差し出した。
シルクはその中から、何故かトルティーヤを取って食べた。

「……パパイヤが入ってない……生地も何か違う……。」

「トルティーヤですから、それは。」

シルクが何を言わんとしているかわかり、俺は苦笑した。

あのおじさんの料理は何だったんだろう?
創作料理だったのかな?

美味しかったし、記憶を頼りに今度試しに作ってみても良いかもしれない。
きっとそれを食べさせても、シルクはなんか違うって言うんだろうけど。

「思ったより辛い~。」

「おじさんのは肉が甘辛かったですもんね?ドーナツみたいなのもありますよ?」

「いい。ミルクある?」

そう言われてミルクを渡したけれど、牛のミルク、と一口飲んで不満げに呟かれた。
こんな所にやぎのミルクなんか売ってないっての。

何だかよくわからないが、シルクはホームシックっぽい。
つけてた目で見てた限り、ホームシックになるような要素はなかったと思ったけど、どうしたんだろう??
トルティーヤを食べるとシルクは本当に寝たいと言い出したので、狭い控室にアウトドア用のベッドシートとタオルを敷いて寝かせた。

飲んだのは確か軽い酒を1杯だけだったはずだけどな?精神的なものかな??

ホームシックな感じも気にかかり、俺はすぐに眠れるよう軽く眠りの魔術をかけてやった。








ゲストラウンジで声をかけてきた男に、シルキーは海を見ていたのだと答えた。

「海の何が珍しいんだ?!そんな事より、俺にいつもの酒を持って来てくれよ。」

感じの悪い男達の中心的と思われる男が、嘲るようにそう言った。

シルキーはその男を見た。
まわりの腰巾着どもと顔を見合わせ、ニヤニヤ笑っている。

バーカウンターにはいつの間にかバーテンダーが立っていて、いそいそと酒を作っては並べていた。
多分、来た人物がいつも飲むものを並べているのだろう。

シルキーに、そいつがいつも飲むものなどわからない。
それをわかっていて、わざとそう言っているのだ。
違う物を持ってくれば、仲間でゲラゲラ笑うのだろう。

「……いつもの事ですよ。放っておいても大丈夫。」

控えめな男は、そっとシルキーに声をかけた。
とは言え、このまま騒がれて早々に別の華が入れられても面倒だ。

「おい!お前!たまにしか顔を見ねぇが、教えたりするなよ?!」

「そうそう!ゴードンに楯突くなんて馬鹿な真似はやめとけよ!」

あいつ、ゴードンって言うんだ。
シルキーは思った。

ゴードンと仲間たちは相変わらず感じ悪く囃し立て、下品に笑っていた。
なんて人だか知らないが、この品のいい若者を巻き込む気はシルキーにはなかった。

シルキーはゆっくりバーカウンターに歩いていき、並んだ酒を見る。
もちろんバーテンダーが教えてくれる訳はないし、シルキー自身もそんな事は期待してなかった。

う~ん、飲むなって言われたからなぁ~。
そう思いつつ、1番軽い酒を手にとって、ゴードンの前に立った。

ニヤニヤとゴードン達が見ている。
控えめな彼は、何も言わずに事の成り行きを見守っていた。

「それで良いのか?踊り子さん??」

「ええ。」

シルキーはにっこりゴードンに微笑むと、そのまま持っていたグラスを一気に飲み干した。

これにはゴードン達だけでなく、控えめな男もバーテンダーも唖然とした。
グイッと飲み干すと、とてもいい笑顔でシルキーはゴードンを見下ろした。

「ありがとう。アタシ、とても喉が乾いてたの。」

「は?!はぁっ?!俺は俺の酒を持って来いつったんだよっ!!」

「あら、そうだったかしら??オレンジジュースでいい??」

「酒つってんだろっ?!」

「あらやだ、ごめんなさい?私まだこの国に来たばかりで、この国が子供にお酒を出すなんて知らなかったのよ。許してくれるかしら??」

シルキーがそう言った瞬間、ゴードンの仲間の数人が吹き出した。
それに悪態をつき、顔を赤くしてゴードンが怒鳴る。

「ふざけるな!俺を誰だと思ってるんだっ?!お前などすぐにステージに立てなくする事なんか俺には簡単なんだぞっ?!」

「さっきも言った通り、アタシ、まだこの国に来たばかりなの。ゴードンさん。だからあなたがどこの誰で、どれだけのお金と権力を持ってるかなんて知らないわ。」

「だったら思い知らせてやる!!それが嫌なら!おとなしく俺の言う通りにしろ!!俺に逆らうなっ!!」

「無理ね。だってアタシ、ジプシーだもの。無理に何かに逆らったりもしないけど、無理に何かに従ったりもしないわ。ただ流れていくだけよ?」

「こいつ……っ!」

ゴードンはイライラしている事を隠そうともしなかった。
流石にまわりの取り巻きも、遊びでない喧嘩には興味がなく味方はしない。

それより、立ち向かうでもなく飄々とゴードンの相手をするシルキーに興味を持ち始めていた。
立ち上がって自分の酒を取ってきたりして、噛み付くゴードンをさらりといなしていく踊り子を見つめていた。

よく見ればとても綺麗な顔をしている。
派手な衣装に目が行きがちだが、体のラインもとても美しい。

はじめにシルキーに声をかけた物静かな男は、窓辺の壁に寄りかかり、静かにそれを見ていた。

「お話は終わりかしら?ゴードンさん?……ああ、お酒だったわね?何を飲むの?いつものって言われても、アタシはじめてここに来たんだから知らないわ。持ってきて欲しいなら、ちゃんと言ってくれないとわからないわ。」

バッサリと言い捨てたシルキーに、ゴードンは言い返そうと口を開いたがやめた。
ため息をついて一息入れると、ギムレットと呟いた。

「やぁね、こんな時間から。ゆっくりおしゃべりも出来ないじゃない。ジンフィズくらいにしたら?」

「……わかった。それでいい。その代わり、少しここに座れ。」

「いいけど座るのは少し待ってくれる?先約がいるから。」

シルキーはそう言ってその場を離れ、バーカウンターに近づいた。
バーテンダーはウインクをすると、サッとジンフィズを差し出す。
シルキーは少し笑ってお礼を言うと、それを受け取った。
そして優雅に歩いていきゴードンに差し出した。

「少しいい子で待っててね?すぐ済むわ。」

いたずらっぽく微笑むと、ゴードンだけでなく、彼を囲む連中も楽しそうに頷いた。

どうやら上手くやったようだ。
正直、ゴードン達にはあまり興味はなかったが、わざわざ敵を作る必要もない。

シルキーはバーカウンターに近づくと、密やかな声で囁いた。

「ウイスキーをロックで頼める?」

先程、ゴードンのギムレットを止めたにしては不思議な注文だったので、バーテンダーは少し首を傾げた。
しかし言われた通り、何も言わずにウイスキーのロックを差し出した。

「ありがとう。それと、ノンアルコールのカクテルを作っておいてもらえるかしら?」

それを受取り、シルキーはふわりと微笑む。
ずっとやり取りを見ていたバーテンダーも、すでにシルキーの手中に落ちていた。
何も言わぬままだが少しだけ頬を緩め頷くと、注文の物を作り始める。

シルキーはウイスキーを手に、窓辺で佇んでいる男に近づいた。

彼は笑った。

「惜しいな。私は普段、ストレートなんだ。」

そう言いつつも、彼はシルキーの差し出したウイスキーを受け取った。
何者かはわからないが、実に品の良い男だ。

もしこの中で誰かと寝るならこの男だななんて事を思いながら、シルキーはくすりと笑う。

「そう。それは良かったわ。」

「どうして?」

「……あなたの好みが1つ知れたもの。」

シルキーの答えに、男は一瞬、真剣な眼差しを向けた。
互いの視線が交差する。

だが、彼はすぐに朗らかに笑った。

「君は素敵な人だね。」

「あなたもね。」

柔らかく笑うシルキーを見つめながら、男はウイスキーに口をつけた。
それはほんの僅かな時間だった。
ゴードンが痺れを切らせたように騒ぎ始め、シルキーは苦笑する。

「ごめんなさい、行かなきゃ。」

「うん。気にしないで。」

「ありがとう。楽しかったわ。」

「ああ、私も楽しかったよ。」

シルキーは男に背を向け、振り向かなかった。

バーテンダーからノンアルコールのカクテルを受け取ると、ゴードンの隣に座る。
そのまま何事もなかったように、ゴードン達の話に耳を傾け、屈託なく笑っていた。

男はそれを見ながら静かにウイスキーを飲み干す。
残った氷が、カラリと音を立てた。

そして彼はグラスを置き、そのまま静かにゲストラウンジを後にした。
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