欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

文字の大きさ
9 / 99
第八章②「敵地潜入」

昼下がりの休日

しおりを挟む
昨夜は中々寝付けなかった。
久しぶりに、本当に久しぶりに、あの頃の夢が頭を掠めたからだ。
前ほど鮮明に浮かんではこないのは、やはり一つの区切りがあったからだろうか?
それでも、その感覚は覚えている。
自分の奥底に、それはこびりついている。

不安で……。
体を起こしたら、隣のベッドに主がいた。

ああ、主だ。
俺にはもう主がいるんだ。

だから何も怖くない。
怖い事が起きても、主は必ず側にいてくれる。
だから大丈夫。

それでもまだ少し不安だったから、俺はこっそり主のベッドに潜り込んだ。
すぐにバレて、頭を叩かれたけど、追い出されなかった。

主は、いつかの砂漠の夜のように、黙って手を握ってくれた。
そうしたらすぐに瞼が重くなって、それまでが嘘のように眠りに落ちた。








何だか物凄く長く寝た気がする。
シルクはそう思って体を起こした。

「………えっ?!嘘っ?!」

起き上がると、太陽はすでに傾き始めている。
もうカジノに入っていなければおかしい時間のはずだ。

「お~起きたか~。」

声の方に顔を向けると、己の主がピザを食べていた。
物凄くいい匂いだ。
キュルクルと小さく腹が鳴った。
記憶がおかしくなければ、ほぼ丸一日寝ていて何も食べてないはずだ。
これはどういう事だろう??
よくわからないまま、ベッドを抜け出して椅子に座ると、そのままテーブルに置いてあったピザを口に入れた。

「温かいお茶と冷たいお茶、どっち飲むんだ??」

「ん~、温かいの。」

のほほんとサークは言う。
そしてのんびりとお茶を入れてくれた。
シルクは黙ってそれを受け取った。

何だろう?
どうしたんだろう?
何でカジノに行かないんだろう??

そう思ったが、寝過ぎと空腹で頭が回らず、とりあえず食べる事にする。
届いたばかりなのかピザは熱々で、チーズがビヨンと伸びた。

「今日は休みになったから、気にしなくていいぞ~。」

心情を察してか、サークは言った。
そうなんだ、とシルクは思った。
サーク自身もお休みモードなのか、随分まったりしている。
色々聞きたい事はあったが、ひとまず休みならいいかとピザを堪能した。

食べながら、ピザ以外の匂いが部屋に漂っている事に気づく。
振り向くと、部屋の一角に、花束やら大きな箱やらが積まれていた。

「……何あれ??」

ピザを咥えたまま、シルクはその小さな山を指差した。
何となく予想はついたが確認する。

「ご想像通りのもんだよ。シルキーへの貢物。朝に休むって連絡したら、昼頃あれらが届いた。お大事にってカードもあったぞ?」

「モテるね、俺。」

「だな。」

口をモゴモゴ動かしながら、シルクはそれを他人事のように見ていた。
サークが普通に話していたのでシルクも普通に話しているが、何だかとても久しぶりな気がする。
ここの所、どこに行っても、どこにいても、気を使って自分とシルキーを使い分けていた。
何も考えずに素でいられるというのは、とても楽だった。
何だか忘れていた。
そんな当たり前の事が幸せな事を。
砂漠の国では、常に気を張って何かでいようとしていた。
そうしないと騙されたりするから、その場にあった自分を作り、上辺だけでも騙す方を演じなければならなかった。
それがなくなったのは、いつからだろう??
何も気にせず、自分でいられるようになったのは、どこからだろう?
その答えはとても簡単だった。
その事を思い出し、思わず声が出た。

「あ~~っ。何か、ここの所、ずっと西の国の事、思い出してる~。」

サークは食べようとしていたピザを口に咥えたまま、その言葉にピクリと一瞬、視線だけシルクに向けた。
だが何事もなかったように、またピザを食べ続ける。
シルクも食べようとしたが、何かが喉に詰まって食べれなかった。
だから、シルクは話を続けた。
サークが聞いていようと聞いていまいと、どっちでも良かった。
ただ、何でもいいから喋り続けて、喉につかえている何かを吐き出してしまいたかった。

「ここって砂漠みたいなのに!砂漠と全然違うんだよっ!だから何かこんがらがるっ!似てるから思い出すのか、全然違うから思い出すのかわかんないんだけどさっ!……砂浜って砂漠みたいじゃん?なのに海だよ??めちゃめちゃ水があるの!しかも潮風っていうの??何か知らない匂いするし!あの水は塩っぱいって言うし。塩っぱいってどういう事??塩湖なの??」

「……塩湖とは違う。海は海だ。湖じゃない。」

突然ペラペラと喋りだしたシルクに、サークは合いの手を入れるように答えた。
聞いていないかと思っていたので、シルクは少しキョトンとした。

「……違いは??」

「湖はどんなにでかくても、何日かかろうとも一周できる。海は無理だ。大陸を囲んでるものだからな。」

何だかうんちくめいた話になってきたが、どうでも良かった。
意味なんてなくていいのだ。
シルクはただ、何か喋っていたかった。

「………え??じゃあ、この大陸、全部海に囲まれた大きな島なの?!海の上に大陸が乗っかってるの??」

「乗っかってるって言い方は変だけど、確かに巨大な島みたいなもんだな。うん。」

「嘘っ?!」

「嘘って…そんな事で嘘ついてどうすんだよ??ここの港から、西の国にも行けるんだぞ?船で。」

「……は?!嘘でしょ?!」

「だから!何で嘘なんだよ??そんな嘘ついてどうすんだよ??西の国にも南よりのところに港があるんだぞ?知らなかったのか??」

「知らないよ。なら他の国にも行けるの?!」

「う~ん。確か東の国にも行くルートはあるにはあるな?実は東の国を囲む湖って、何個かの湖を経て海と繋がってんだよ。だから海伝いに行こうと思えば行ける。ただ、そんな無茶をするより、陸ルートの方が安全だし早いしコストもかからないから、実験的に繋がってるって証明で航海しただけで、航路として使われてはないな。」

「北の国にも行けるの?!」

「行けるだろうと言われてるけど、確かめた人はいないな。何度か挑戦はされてるけど、北に行けば行くほど嵐と流氷とか氷山が酷くなって、とても進めないらしい。」

「ええぇ~?!つまんない~。」

「つまんないって、お前……。」

「ならさ…?海はどこまで続いているの??」

「それもわからない。果てを探しに海に出た人で戻った人はいない。だから海がどれだけ広いか、他に陸があるのか、誰も知らない。わかってない。昔、複数の魔術師が集まって大掛かりな魔力探査した事があるんだが、ずっとずっと海だったと言われてる。ちなみにこの時、理論上は海伝いに北の国にも行けるはずだってところは見えたらしい。」

「へぇ~。」

どうでもいい話だった。
でも、何故かとても楽しかった。
シルクは少しだけ笑った。

「……ついでに言うと、海の水はどんどん塩っぱくなってると言われている。」

「……はっ?!何で?!」

「さっき、お前、塩湖の話をしてただろう?塩湖だけじゃないけど、大地の中には塩分が少しだけ含まれてる。それが雨に溶けて、川に流れて海に流れ着く。」

「え??だから逆にどんどん薄まるんじゃないの??雨が降って川の水が入って??」

「シルク、雨はどこから来ると思う??」

「空から。」

「空って?空の何から??」

「雲だろ??」

「雲はどこから来た?」

「………知らないっ!もうっ!もったいぶらないで教えてよっ!!」

「ごめんごめん。シルクはお湯を沸かすと湯気が出るのはわかるよな?それにお前は砂漠の民だ。水はほっとくと蒸発するだろ?特に陽のあたる場所に置いておいたら。」

「うん。」

「曇ってさ、簡単に言うと湯気なんだよ。蒸発した水は空に登って雲になるんだ。」

「う~ん?それで??」

「雨を降らせるような雲を作るなら、たくさんの水が蒸発しないとならない。陽の光もたくさん当たってさ。さて、それはどこだと思う??」

「………海??」

「そう。海から水が蒸発して、雲になって雨を大陸に降らす。でも雨は塩っぱくないよな??つまり、海からは塩気は残して水分だけが蒸発して雲になる。雲になって雨を降らせて、大地の塩を少しだけ溶かして川に運んで海に出る。でも、また蒸発するのは水だけだ。それがずっと続いたら??」

「……だんだん塩っぱくなる??」

「そ。ただ、大地から溶けだす塩分なんて大した事ないから、川の水も塩っぱくないだろ??塩っぱくなり続けてると言われてるけど、それは気が遠くなるくらい長い時間で考えた場合だよ。でも、理論的には塩っぱくなり続けてると言える。」

「へぇ~。変なの~。」

「あははっ!変だよな?そんな事、知らなくても良い事だけど、でも少しだけ楽しいだろ??」

「少しだけね。」

シルクは「少しだけ」を強調して答えた。
だって本当に、そんな事どうでも良かったのだ。
そんな事、知らなくったって生きていけるのだ。
なのに何故か楽しくて仕方がない。
内容が楽しいんじゃない。
どうでもいい事を話している事が楽しいのだ。


「……元気出たか??」


ふと、サークがそう言って、紙ナプキンでシルクのほっぺたを擦った。
知らないうちに、ソースか何かがついていたのだろう。
優しい顔で微笑まれ、シルクは一瞬、呆けてしまった。

次の瞬間、カッと顔が赤くなった。
ソースがついていた事じゃない。
そんな風に主に心配をかけ、こんなふうに扱われた事が恥ずかしかったのだ。
変なうんちく話も、不器用なこの人の優しさなんだ。
それに気付いてしまい、どうしようもなく恥ずかしかった。


「……主の馬鹿…。」

「えっ?!何で?!酷くない?!」

「主の馬鹿っ!人たらしっ!!」

「ええええええぇっ?!」

「大嫌いだあぁぁっ!!」

「何でだよっ!おいっ?!」


シルクは自分の気持ちに収集がつかなくなって、口悪く叫んだ。
いきなり罵られ、サークは目を白黒させる。

え?!何で?!
何で罵られるの?!俺?!

サークは訳がわからず、半泣きになったシルクにオロオロするばかりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...