欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

幸せがもたらすもの

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シルクが目を覚ましたのは、嵐が通り過ぎて、空が晴れてからだった。

軽く荒れ放題だった天気と同調でもしていたのか、暗く重い雨が降っている間は眠り続け、晴れたらひょっこり目を覚した。
その顔もどこかスッキリして見えた。

気持ちが沈んだ時は、しっかり食べる事と、しっかり寝る事が大事になってくる。
俺の方は食べる事で持ち直し、シルクは寝る事で持ち直した様だった。

それでもどこかもやもやが残っていたようで、シルクはある程度食べてお腹が落ち着くと、堰を切ったように話しだした。
それはシルクの抱えている事の本体ではなかったけれど、そうする事で気持ちのバランスを調整しているのはわかった。

何となく話に付き合って、他愛もない関係のない話を続けていると、最後の膿出しのように、いきなり泣き始め、俺はいつかの井戸前の時の様にオロオロするばかりだった。

意外とシルクの心情の変化とかバランスは、俺にはわかりにくくて慌てることが多い。
何か、そんな全く自分とは違うタイプのシルクとこうして一緒にいるのはとても不思議だった。

そして泣き止むタイミングも理由も俺にはわからないまま、シルクは今、目の前でピザを噛っている。

「お待たせしました~。ご注文のサラダですよ~。シルキーさん。」

俺はちょうど届いて受け取った、追加注文したルームサービスのサラダをシルクの前に置いた。
魔術で温め直させられたピザを咥えながら、シルクはギロリと俺を睨む。

「今日はシルキーって呼ばないでよっ!せっかく開放されてるんだからっ!!」

ムスッとむくれて、ピザの耳を口に放り込んだ。
そしてサラダを抱え込んで食べ始める。

ボーイさん、取皿くれたけど意味なかったな。
俺はそんな事を思いながら、グラスを手に取った。

「ならいらないんですか?シルキーさんご注文のヤギのミルクですよ?ヤギの。」

そう言って、小さなボトルを見せてやる。
シルクは一瞬ぽかんと口を開いたまま固まったが、嬉しそうに笑った。

「どうしたの?!どこに売ってたの?!」

「売ってたっていうか、お前があんまりにもヤギのミルク、ヤギのミルクって言うから、調理場に相談に行ったら、販売はしてないけど調理用に取り寄せてるのがあるからって分けてくれたんだよ。」

さすがはそれなりのホテルだけあって、色々調理用にあって助かった。
フレッシュチーズを作るのにたまに取り寄せているらしく、ちょうど今日が搬入日だったので、特別にミルクの状態で分けてもらえた。

「ミルクはそんなに取り寄せてないけど、ヤギのチーズならいつでもあるって。」

「チーズよりミルクが好きなんだよね。」

シルクはそう言って、グラスにミルクを注いで飲んでいた。
何かニコニコしちゃって、調理場には無理を言ってしまったけど、手に入って良かったと思った。

「主も飲む?」

「いや、俺はあんま慣れてないからいい。」

ヤギね……。
ミルクは飲めなくはないが、チーズの方はちょっと苦手だな。
俺にはあまり馴染みのないそれを、シルクは嬉しそうに飲んでいる。

「……村ではさ。」

ポツリ、とシルクが言った。
俺は席に座って、黙ってそれを聞いた。

「その辺の遊牧民からミルクをもらうのが普通でさ。お金で買うと言うよりも、物々交換みたいな感じが多かったな~。近くで見かけたら、ちょっとこの麦とミルク替えて~って持ってくの。子供の仕事だったな。それが日常で当たり前だと思ってたんだよね~。で、それってヤギのミルクだったんだよ。だから俺、ミルクって言ったらヤギだと思ってたのに、世間では普通はお店でお金払って買うし、牛のミルクだって事に凄く驚いた。」

「うん。」

「何だろね?こんな話。変なの~。俺、ホームシックかな?砂漠の国なんて嫌いだったのに。」

「うん。」

「でも、故郷なのかな?やっぱりあの国が。悔しいけどさ。」

「うん。」

俺はシルクの気持ちが少しわかった。
思い出したくない、もう帰らないつもりだったその場所が、急に思い出される感覚。

「シルクは幸せか?今?」

俺がそう聞くと、目を丸くして驚いていた。
俺の唐突な質問に、少しう~んと考える。
そして答えた。

「幸せだよ。主に会えて一緒にいられて。ギルとも会えて。ウィルもライルも、皆、大好きだし、武術指導の仕事も好き。あ、冒険者のクエストも好きだよ!」

シルクは笑った。
屈託のないいい笑顔だった。

「そっか……。だからかな?」

「だから??」

「うん。俺もさ、お前とあった頃は故郷を捨ててただろ?」

「うん。」

「でも気持ちのどこかでいつも思い出してた。なのに嫌だった事があったから蓋をしてたんだ。……けど。自覚はなかったけど段々と自分が幸せになってさ、嫌だった事とかよりも今の幸せの方が上回った時、急にそれが乗り越えられたんだよ。まぁそれでもその瞬間はちょっと踏ん切りはいったけど。いざ帰ってみたら何か俺が拘ってた事って何だったんだろうって思えた。何かちっちゃい事に拘ってたなって。」

「……拘ってた事より、今の幸せの方が大きかったから?」

「そうなんじゃないかなって最近思う。だってあの頃は本当、世界の終わりってくらい、俺にとっては大きい事だったから。それが急に小さく見えてびっくりしたよ。」

「ふ~ん。」

シルクはわかったようなわからない顔をしていた。
俺は笑った。

「シルクもさ、今の幸せが大きくなってきたから、ちょっとだけあの国での出来事を受け入れられる様になってきたのかもな。」

「…………。」

「そりゃ、お前と俺を同じように考える事はできないよ。俺にあった事なんて些細な事だったけど、お前にとっては大切な村であり家族を失わせた国なんだから。でも、お前は今、幸せで、だからあの国のあの村であった幸せな事を思い出して受け入れられる所に来たんじゃないかな?……ただそれと同時に嫌な部分も引きずられて思い出すから、何かチグハグになっちゃうだけで。」

「幸せだから……幸せだった部分の思い出を受け入れようとしてる……?」

「そうなのかなと思っただけだよ、俺は。お前の記憶は辛すぎて、幸せだった部分を含めて全部、一緒くたに蓋をしてしまうしかなかったんだと思う。でも今、お前は幸せで、辛かった中にある幸せだった部分を受け入れられる所にあるんじゃないかな?」

俺はゆっくり話し、お茶を口に含んだ。
お茶はもう冷めていたけれど、喉を流れていった。

「あの国の辛かった部分は受け入れなくっていい。でもお前には、あそこに幸せだった思い出もちゃんと残っているんだ。全部を全部、一緒くたにまとめて否定する必要はないよ、シルク。だってあそこは、お前の故郷でもあるんだから……。」

俺の言葉が、シルクの中でどう響いたのかはわからない。
シルクはそれ以上その話に触れず、何かを考えながらサラダをもりもり食べていた。

そういえば、と思う。
シルクはどちらかと言うと肉食というか肉ばかり食べてるイメージなんだけど、何でサラダなんか要求して食べてるんだ??
トルティーヤも野菜が入っているかいないか拘ってたし??
俺は唐突にどうでもいい事を気にしてしまった。
しかも酒じゃなくて、ミルクを飲みたがったり……まぁ、ヤギのミルクはホームシックからなんだろうけど、どうしたんだろう??

「……あのさ、シルク?」

「何??」

「お前、どこか悪いのか??」

「何で??」

「だって……サラダ食ってるし……酒よこせってんじゃなくて、ミルク飲みたがるし……。」

そう言われて、シルクもキョトンとした。
そして自分が食べているサラダを見つめ、ミルクを飲んで首をひねった。

「……そうだね?何でだろう??」

シルク自身もよくわからないようだ。
でも具合が悪い訳ではないようだった。
まぁなんともないならそれで良いけど。

「主。」

「ん??」

「俺、もう大丈夫だよ。」

「え?何が??」

「明日からカジノに行っても大丈夫だよって事。」

「でも……。」

「あのジジイの事なら心配しないで?あのジジイはあいつじゃない。あいつはあの程度の気色悪さじゃないもん。もっとヘドロみたいに最悪だもん。」

「……酷い言われ様だな、ログル士官。」

「その名前出さないでっ!!気色悪くて鳥肌が立っちゃうっ!!見てよ!これっ!!」

シルクはそう言って、俺に腕を見せてきた。
そこにはそれはそれは見事な鳥肌が立っていた。
俺は思わず笑ってしまった。

「……何か俺、色々混乱してただけだから。だから大丈夫。主に言われて何か落ち着いた。まだそれを言葉で説明するのは難しいんだけど、うん。色々思い出してちょっと俺、過去と現在が混ざって混乱してたんだと思う。でも今がはっきりわかったし、村の事を思い出すのが悪い事じゃなくて良い事だって思えたから。だから大丈夫。砂漠の国は嫌いだけど、俺はやっぱりカイナの民だよ。あの村で生まれ育ったんだ。今はなくても、あそこが俺の故郷なんだ。」

シルクは故郷とはっきり言った。
そう言って笑ったシルクの顔は、とてもスッキリして輝いていた。

俺にはシルクがどうやって気持ちの整理をしたのかはわからない。
でもそれでも、晴れやかに笑うシルクの笑顔が嘘ではない事だけは、俺にもはっきりわかった。
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