欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

水面下で蠢くもの

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「………何か聞こえる??」

何も問題なく過ごせている。
そんな風に思えている時こそ、水面下で何かが蠢いているものだ。

シルキーの登場に歓声が上がり、踊りが始まっても止まなかったそれが、シルキーの動きに引き込まれていく事で、やがて音一つしない時間が訪れる。

実際、無音になった訳ではない。
確かに誰も何も音を立てたくなったが、本当に無音に聞こえるのは、シルキーに集中しすぎて何の音も入ってこなくなっているからだ。

だから、その音に気づいたのは俺だけだった。


カラン…カラン……と金属の擦れ合うような微かな音。


ぞわりと寒気が走った。
悪意を感じたのだ。

それも凄まじい憎悪のようなものを。


「……上かっ!!」


俺はキッとステージ上を睨んだ。
ステージを照らす無数の照明が不自然に揺れている。

(シルクっ!!上だっ!!)

俺は強く念じた。
シルクにつけた小鳥がそれを囁いた。

シルクは踊りの動作として上を見上げ、全てを悟った。

舞台を大きく移動し、薄いカーテンの一つを引きちぎった。
道具を使わないシルキーが少しばかり荒れた動作で大きな布を手にした事に、観客も裏方も驚く。

しかしシルキーは気に求めずに踊り続ける。
布をはためかせ、はじめからそうするつもりだったかのようにそれを使い踊り続けた。

俺は上を睨んだ。
駄目だこれから向かったって間に合わない。
魔術を使おうにも、ここは人が多すぎる。
正体を隠したまま大きな魔術を使うのは自殺行為だ。

どうする?!

迷ったのが運のツキだった。
ガシャンっと言う大きな音がした。

流石にその音は皆の耳にも届く。
裏方の全員が一斉に上を向き、状況を把握した。

「照明が……っ!!」

これではひっそりと事態を収集する事は出来ない。
さっきよりもずっと魔術を使いにくくなった。

こんな事なら気づいた瞬間に何か手を打つべきだった。
何人かはあまりの事にその場に立ち尽くし、何人かは急いで動き出した。

だがもう間に合わない。
照明を吊るすポールが数本、ガシャリと音を立てて外れた。

クッソっ!!

吊るされた照明がステージに落ちようとしている。
もう迷ってる場合じゃない。
俺は覚悟を決めた。

しかし……。

何故か照明を吊るす棒は落ちなかった。
数本のポール全てがカクンと大きく揺れた後、何かに引っ掛かったのか不安定ながらも動きを止めた。

少しだけ安堵した。
だが、大惨事は免れたとしても安心するのはまだ早い。
照明の一つが衝撃で棒から外れ、落下する。
俺は迷わず手を翳した。

だがその瞬間、シルクが強く俺を見た。

その目が言った。
手を出すな、と…。

シルクの覚悟と強い意志に、俺は魔術でそれを止めるのをやめた。

……わかったよ。

確かに照明一つ落ちる程度で、正体を怪しまれる危険を侵すのは賢い選択ではない。
だが、やれるだけの事は俺もやらせてもらう。
俺は翳す手を照明からシルクに変える。

ガシャンっ!!

と音を立てて落下した照明の前に、素早くシルキーは回り込んでいた。
そして大きく持っていた布を広げる。
それは落ちた照明を客席から隠し、そして飛び散る破片から観客を守った。

破片は突然、布に刺さる。
そしてそれを掲げるシルクにも、だ。

「シルキーっ!!」

エズラ氏が叫んで舞台に出ようとした。
俺はそれを力尽くで止める。

「ハーマンっ?!」

「まだステージは終わってないっ!!あいつの邪魔をするなっ!!」

俺はそう叫んで、舞台の大幕を閉める装置に飛びつき、急いでそれを外した。
普通より早い速度で大幕が閉まっていく。

シルキーは持っていた布を後に投げた。
それは落ちた照明を隠し、大幕がシルキーとそれの間に落ちた。

裏方の皆は、あり得ない事態に固まっていた。
しかし幕が降りた事で誰かが「急げ!」と叫ぶ。
それをきっかけに慌ただしく動き出した。

シルキーは、閉じた大幕の前で何事もなかったように踊り続けていた。

突然の事に、観客達も何事か察してざわめきだしている。
しかし、シルキーは閉じた大幕の前で、何事もなかったように踊っているのだ。

あれは演出だったのか?いやそんな訳はない……疑問に思いながらも、シルキーが踊るのを見る。

やがて……。

始まりの静寂と同じように、シルキーの動きに引き込まれ、場は潮が引くように静かになっていった。

大幕の裏では、裏方が緊張した面持ちで動き回っている。
こんな事故を起こしたとなっては、ただでは済まない。

だが、シルキーが何とか場を収めてくれているのだ。
その努力を無駄にする訳には行かなかった。

客席に観客がいる以上、スケジュールを狂わす訳には行かない。
シルキーがプロとして振る舞った様に、彼らもまたプロなのだ。

俺は大幕の装置の下に腰を抜かして座り込んでいた。

もう、声も出ない。
まあ出たとしてもこんな所で声を上げたら、せっかくシルクが場を繋げたのが無駄になってしまうのだけれども。

俺の側にいたエズラ氏を含む数人は、信じられないといった動揺した顔で俺を見ていた。
長いような短い沈黙が流れる。

「ハーマン……。」

その場にへたり込んだ俺を見つめて、エズラ氏が掠れた声を洩らした。
皆がどうしていいのかわからないと言った困惑した顔で俺を見ている。
まぁ仕方ないよな、これじゃ。

「……ハーマン……君……。君がどうして血塗れなんだい……?」

やっとの思いでといった感じでエズラ氏が言った。
そう、へたり込んでいる俺は何故かあちこちに傷を負い血塗れだった。

俺は深々とため息をついた。
袖から覗けばシルキーは踊り続け、場をきちんと保たせている。
それを確認して、にっこり笑う。

「……身代わりですよ。シルキーさんがジプシーなのは知っているでしょう?彼を連れて行く事と引き換えに、元々シルキーさんの身に怪我などがあったら身代わりになれるよう、そういった術がかけらてるんですよ。俺には。」

本当は違う。
俺は照明が落ちた瞬間、シルクにつけていた小鳥でシルクを庇った。

小鳥は武器として作ったものじゃない。
本来とは違う使い方をした事もあり、突き刺さる破片によって壊れた小鳥の反動が返ったのだ。

だがシルキーがジプシーと言う設定のお陰で、身代わりというキーワードがとても真実臭く響いた。
誰もそこを疑ったりしないだろう。


「ユウくんっ!!」


ステージが終わったのだろう。
シルキーが舞台袖に来て、慌てたように俺を抱きしめた。

「何もしないでって言ったじゃないっ!!」

「いや、付き人として当然の事をしたまでですよ。怪我はないですか?シルキーさん。」

「馬鹿っ!馬鹿なの!?ユウくんっ!!」

「ええと~落ち着いて下さい。シルキーさん。怪我で血は出てますが、たいした事ないんで。むしろシルキーさんがあんな無茶するから、心臓が縮み上がって腰が抜けてしまいましたよ……。」

「馬鹿ぁ~!!ユウくんの馬鹿ぁ~!!」

「うわっ!シルキーさん!ちょっと!落ち着いて下さいっ!逆に痛いですっ!放してくださいっ!!」

血がつくのも構わずシルクがぎゅうぎゅう抱きしめてくるので、傷口が刺激されて本当に痛かった。
小さいながらもぎゃあぎゃあ悲鳴を上げると、まわりの皆も少し笑ってくれた。

「……とりあえず手当をしなきゃ。ここはこの処理でざわつくから、控室に戻って?ね?」

側にいたお姉さんがそうシルキーに声をかけた。
シルキーは半泣きになりながらも頷き、立ち上がる。
俺もシルキーの手を借りながら立ち上がった。

「あなたも。ここにいたら邪魔だわ。」

お姉さんは呆然とするエズラ氏にもそう言った。
エズラ氏は俺とシルキーの顔を見た。
そして何も言わず頷くと、黙ってそこから出て行った。

品のいいお坊ちゃんには、これは刺激が強すぎただろう。
血の気なく固まっていたエズラ氏の表情に、少し申し訳なく思う。

だが起きてしまった事は仕方がない。
俺はシルキーと並んで控室に向かった。
何人かが驚きながらも労いの言葉をかけてくれた。

(……今更遅いかもしれないけど、念の為…。)

俺は歩きながら、血が出ている事をいい事にこっそり血の魔術を使った。
俺の血は小さな羽虫になった。
幾匹もの羽虫たちは姿を消すと一斉に飛び立っていく。

ここでも大きな転換期だな、と思う。

あまりこれと言った情報は得られていないが、手を引くにはいい機会なのかもしれない。
そんな事を思いながら、控室に入った俺は魔術で傷を治した。
いきなり治っていたら変に思われそうなので、カバンから空の小瓶を取り出して側に置いておく。

シルクは椅子に座って顔を覆っている。

流石にステージであんな事が起こると思わず、ショックだったのだろうか??
少し様子が変だなと思いながら、俺はシルクの肩に手を置いた。
その肩がピクリと跳ねる。

「大丈夫か??シルク??」

「……音消しは??」

「した。」

俺の返答に、少しホッと息を吐く。
だが俯いたまま顔を上げない。
いったいどうしたんだろう??

「主は大丈夫なの??」

「大丈夫だ。もう治したし。」

「うん……。」

「……大丈夫か??」

「………………ヤバイかも…。」

「え??」

予想外の返答だった。
様子がおかしいのはわかるのだが、いったいなんだ??

え?あの程度でどうしたんだ??こいつ??
俺が怪我をしたから動揺したのか??

それとも多少なりとも魔術を用いた事で、俺の正体がバレるかもしれないから不安なのか??
よくわからない。

もっとヤバイ状況をいくつも越えてきたはずなのに、シルクは俯いたまま顔を上げないのだ。

「ヤバイってどうした??何か思い当たる事でも??どこか怪我したのか??」

「うううん。でもヤバイかも。」

「何がだよ?音消ししてるからはっきり言えよ??」

俺は訳がわからなくてシルクに聞いた。
シルクはのっそりと顔を上げで俺を見上げた。


「……主…。抑制剤、持ってる?」


その言葉に俺は凍りついた。

ヤバイ。

それは確かに大変ヤバイ状況だ。
洒落にならん。
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