欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

師弟の情

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いかんいかん。
レオンハルドさんの悩殺ウインクに流されるところだった。
いやでも、もう一回してくれたら騙されても良いかもしれない……。

「主~っ!!正気にかえって~っ!!」

「ハッ!!」

うっかりメロメロになりかけて、シルクに正気に戻らされる。
いやはや、油断も隙もない。
本当に俺泣かせな燻し銀なんだから!!

「う~ん。惜しかったですな。」

「レオンハルドさん……俺の淡い恋心を突いてどうにかしようとするのはやめてください……。心臓に悪いです……。」

「それは申し訳ございません。照れるサーク様が可愛らしかったものですから、つい。」

「……………っ!!」

「師父っ!主はダメっ!!主は俺のっ!!俺の主なのっ!!渡さないからねっ!!」

シルクがギュッと俺の頭を抱き込んで、レオンハルドさんを睨む。
レオンハルドさんはふふふと笑うばかりだ。

ああ、もう……。
このちょい悪ダンディ……本当に心臓に悪い……。

「しかし、参りましたな、サーク様にしかお願いできぬのですが……。」

「だ・か・ら~っ!!師父!主の良心に付け込まないでっ!!本当~止めて!!主、良い人過ぎるんだからっ!!」

俺が何か言う前にピシャリとシルクが言い返す。
う~ん、良いか悪いかは置いといて、俺だとレオンハルドさんの色香に負けて言いくるめられるのは間違いないのでここはシルクに任せよう。
久しぶりすぎるロマンスグレーの大人の威力に当てられ判断力を鈍らされた俺は、自分の師匠をシャーシャー威嚇しているシルクの腕の中でおとなしくする。

睨み合う師弟。
レオンハルドさんはふぅとため息をついた。

「では、正式に取引をしましょう。」

冗談めかしく言いくるめるのは諦めて、レオンハルドさんはそう言った。

正式に取引??

いったいどういう事だろう。
そう思い顔を見合わせる俺とシルクの前で、レオンハルドさんは姿勢を整え、スッと頭を下げた。

「それでは、サーク様、イグナスをよろしくお願い致します。」

畏まってそう言われ、俺達の頭には疑問符が並ぶ。
そんな俺達など気に求めず、顔を上げたレオンハルドさんは、にっこり微笑んだ。

う~ん、ダンディ~。
じゃなかった。

「………え?取引というのは??」

「こちらからの品は、既にお渡ししたかと思うのですが?」

にっこりそう言われ、俺とシルクの思考は止まった。

……ん?
んんんんっ?!


ま・さ・かっ!!


「……うわぁぁぁ!!アレか~っ!!」

「ほら見ろ!!だから言ったじゃんか~!!迂闊に受け取るなって~っ!!バカ主~っ!!」

あれとはだ。

バラと一緒にもらった決定的な証拠だ。
レオンハルドさんがあの傍観者なのなら、あれはレオンハルドさんがくれたと言う事なのだ。
だから俺達は、レオンハルドさんの出す条件を飲まざる負えないのだ。

「うわあぁぁ~っ!!そこか!そこに繋がるのかっ!!うわああぁぁっ!!だからといって!あれは返せないっ!!うわああぁぁ~っ!!」

「ふふふ、申し訳ございません。サーク様。そんなつもりではなかったのですが、形だけでも取引に致しませんとお預かり頂けないようでしたので……。ご容赦ください。」

「鬼っ!悪魔っ!卑怯だぞっ!!師父っ!!」

シルクがそう文句を言うと、それまで穏やかに笑っていた顔が険しくなり、俺の知らない静かだが重みのある声を上げた。

「何とでも言え愚弟子がっ!お前が一人でサーク様にご満足頂ける証拠を押さえなかったのが悪いのだぞっ!!よいか!お前の不徳の致すところをこうやって誰かに突かれるのだぞ?!それが如何に己の主を危険に晒すと思っておるっ!!今回は私がいたから尻拭いをしてやったがっ!!密偵として敵地に乗り込んでおきながら!何と間抜けなっ!自分の無様さをしっかり覚えておけっ!!」

その瞬間、シルクはビクッとして縮こまり、それでも負けまいと己の師父を見上げた。

「……でも!俺はカジノにいたんだ!王宮の書類なんか持って来れないっ!!」

「この痴れ者がっ!!何を言い訳しておるっ!!これはお前が撒いた種だっ!!サーク様が王宮に近付けぬのはお前が一番わかっていただろうっ!!そして何を一番、サーク様が必要としていたかもっ!!だったら寝ずにでも!己の判断で王宮に入り証拠を取ってくるのが筋だろうっ!!何を甘えた事を抜かしているっ!!お前はそれでもカイナの民かっ!!それで己の誓いを立てた主を守れると思っておるのかっ!!」

レオンハルドさんの厳しい言葉に、シルクは黙ってしまった。
俯いて俺の横に座り込む。

お前は良くやってるよ、シルク。

そう言おうかと思ったがやめた。
そんな言葉は、今のシルクには何の意味もないのだ。
だから当たり障りのない安い言葉を紡ぐより、ただそのままシルクの横にいるだけでいいと思った。
軽くトントンと背中を叩いてやる。
そんな中、じっと重くシルクを見つめるレオンハルドさんを俺は見ていた。

……ああ、そうなんだ。

俺は急にわかった。
無謀な事を振ってきたのは、単に俺を困らせようとしての事じゃない。

レオンハルドさんのシルクを見つめる目はとても厳しく、そして愛情深い。
彼は俺を困らせる事で、シルクにその重さを教えようとしているのだ。

カジノでの情報収集を命じたのは俺だし、俺としてはシルクは十分頑張ってくれていると思う。
けれど彼らの中で、カイナの民としては不十分な部分があるのだろう。

俺にはカイナの民である重さはわからない。
それでも、シルクがカイナの民として自分を誇れる人間でいられるよう、レオンハルドさんは厳しく導いているのだ。

俺の知らなかったレオンハルドさんの顔。
カイナの民であり、演舞の師匠としての顔。

シルクはきっと、鬼の様に自分に接する師父が項垂れる自分をどんな目で見守っているか知らない。

俺は小さく笑ってしまった。
それに気づいたレオンハルドさんが、こっそり「しぃ~っ」と口元に指を当てる。

多分、俺がどうしてレオンハルドさんがこんなに厳しくシルクに接し、こんな事をしたのかを理解した事に気づいたのだろう。

やっぱりレオンハルドさんはレオンハルドさんだ。
優しくて厳しくておちゃめで格好いい。

……ま、ちょっと??
俺の知らない怖いところもあるみたいだけど……。

そういえば俺がレオンハルドさんを好きだって知った時、サムにも必死に止められたな~。
あの人は危ない人なのって。
それを思い出す。

何かあの頃の俺は自分の事で手一杯で、恋に恋をしていて、ちゃんとレオンハルドさんを見えていなかったんだな。
周りの事も、自分の事も、レオンハルドさんの事も、ちゃんと見えていなかった。

今だってちゃんと見えているのかわからない。
でも、ちゃんと見えているのかわからないと言う事を、自覚しているかしていないかはきっと大きいだろう。

しばらくすると、シルクは少し考えたいと言って、高い所にある明り取りの窓から出て行った。

マジか……。

そんな天井に設置された小さな明り取りの窓から外に出ていくと思わずあっけに取られる。
なのにレオンハルドさんは特に気にしていないようだった。

いや、これ、普通なの??
カイナの民の中では??
誰かに俺のこの驚きと動揺を共有して欲しい……。

そして部屋の中には俺とレオンハルドさんだけが残された。

いやエズラ氏もいるけど意識ないし。
ちょっとそわそわしてしまう。

どうしよう??
変に手のひらから汗が出る。
流石にどぎまぎして間が持たないから、夜食でも作ろうかな??
そう思っていたら、レオンハルドさんが口を開いた。

「……何か寂しいですなぁ。」

「え??」

「私の顔を見れば、いつでもわちゃわちゃされていたサーク様が、こんなにも立派になられて……。嬉しさ半分、寂しさ半分でございます。」

その言葉に俺はちょっと困る。

俺も実は驚いている。
内心は相変わらずわちゃわちゃしているけれど、この人を前に自分がこんなにも冷静でいられる。

それは俺が成長したからなのだろうか?
それとも終わった恋を受け入れられたからなのだろうか?

「でも、何も変わられていないようで良かったです。」

「え??」

「あなたはあの時のまま何も変わっていない。純粋で、真っ直ぐで、お人好しで、世話好きで、ちょっとズルい事を企んで、でも悪人にはなれなくて、人の為に本気で怒り、結局は苦労する事も厭わない。」

「レオンハルドさん……。」

「あなたはあの時のまま……私には眩しすぎます。」

そう言って笑うレオンハルドさんの目は、とても寂しそうだった。

この人が好きだった。
いや、今でも好きだし憧れの人だ。

初めての恋で訳がわからなくて、どうしていいのかもわからなくて、いつもわちゃわちゃしてしまって……。

それでも、それでもあの時の俺が必死で追いかけた人だ。
結局、俺はその背中に追いつく事ができなくて、そのままお別れになってしまった。

俺はこの人についていく事もできなかった。

あの頃の俺にはそんな実力もなかったし、精神的にも未熟すぎた。
追いつく事も、ついていく事も出来なかった。

だが時が流れ、今、やっと追いついてみてわかった。
きっと、一緒に居られたとしても俺の初恋は実らなかった。

俺はレオンハルドさんに対する憧れが強すぎた。

そのせいで本当のこの人を見ようとも、知ろうともしなかった。
ただ、自分の思い描くその人に夢中になっていただけだ。

その証拠に、自分のイメージと違う部分を見ると見なかった事にしようとしてしまう。

そしてそれはレオンハルドさんも同じだ。
この人は変わらず、俺を天使か何かだと思って見つめている。

レオンハルドさんが俺の思い描く幻想とは違うように、俺もまた、レオンハルドさんが思う天使なんかじゃない。

「……天使じゃないです。俺、天使じゃないです。」

思わず言っていた。
レオンハルドさんが少し驚いたように俺を見る。

「……すみませんでした!俺!あの頃、あなたを好きだと言いながら、ちゃんとレオンハルドさんを見ようとしていませんでした!自分の理想に憧れて!それをあなたに押し付けるだけで、ちゃんとあなたを見ようとしなかった!知ろうとしなかった!……俺、ちゃんと見ます!理想じゃなくて、本当のレオンハルドさんをちゃんと見ます!良いところも悪いところも全部!だから……レオンハルドさんも、俺を見てくれませんか?俺は等身大の俺を、あなたに見て欲しいです!!」

俺はここまで来た。
やっとその背中に追いついたのだ。

だから今は、綺麗な天使の幻想ではなくて、俺自身をこの人に見て欲しい。
俺がそう言うと、レオンハルドさんは面食らった様にしばらく黙り、そして声を上げて笑った。

「ええええぇ~?!何で笑うんですかっ?!」

「いや、はい……。申し訳ありません、サーク様。あなたがあまりにも、以前とお変わりないものですから……つい。」

「ど?どういう意味です?!」

「……だって、はははっ。あなたはいつでも、私の予想を遥かに超えて来られるものですから……。」

そう言えば以前もそう言われた気がする……。

そんなに突拍子もない事を言っただろうか??
俺は困ってしまった。

「ふふふ……でもそうかもしれません。私達はお互い、相手を本当の意味では見ていなかったのかもしれませんね。サーク様。……わかりました。私も真っ直ぐにあなたを見ます。等身大のあなたを……。そして私ももう、あなた様に見栄を張って繕うのはやめます。どうか本来の私を、その目で見てやって下さい。」

レオンハルドさんは、何か吹っ切れた様に清々しく笑った。
初めて見る、とてもいい笑顔だと思った。

思ったのだが……。

「レオンハルドさん……俺から言っといて何なのですが……お手柔らかにお願い致します……。」

「おや?そんなに身構えなくても大丈夫でございますよ?サーク様?このレオンハルド、人様と大きく異なるようなおかしな点はございませんよ?」

何か背筋に妙な寒気を感じて青ざめる俺をよそに、レオンハルドさんは紳士の顔でにっこり笑った。
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