欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

静かな夜に

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そうだなぁ……。
俺は夜食の片付けをしながら考えていた。

イグナスを連れて行くという事は、俺にとってどんな意味があるだろうか?
考えながら、汚れ物を浄化してカバンに突っ込んでいく。

レオンハルドさんは夜食の後、少し状況を見てくると言って出て行った。
イグナスとシルクは何か話している。
何となくお互いの生い立ちみたいな事を話しているようだ。
俺みたいにその痛みを知らない人間より、知っている者同士の方が話しやすいのだろう。
しばらくすると、浮かない顔でシルクが俺の所に来た。

「どうした?」

「主、涙ってどうやって出すの??」

「は??」

「イギー、泣けないんだって。もうずっと涙が出ないんだって……。」

「……そうか。」

俺はそれ以上、何も言わなかった。
涙の出る仕組みなら説明できるが、それを感情で出す方法は知らない。
ちらりと振り返って見たイグナスは、やはりまた希薄な感じに戻っていた。

「お前が辛かった記憶を楽しかった記憶と一緒くたに蓋をせざる負えなかったのと同じだ。イグナスは自分そのものに蓋をしなければ、生きてこれなかったんだよ。」

「どうしたらいいの?」

「……シルク。お前は俺と砂漠で出会ったばかりの頃、もし誰かに「可哀想にね」って言われたらどう思った?」

「別に俺は可哀想なんかじゃないよっ!」

シルクはムッとして俺を睨んだ。
俺はその頭をポンポンと叩く。

「わかってるならイグナスを可哀想だと思うな。あいつは懸命に生きているだけだ。」

俺にそう言われ、シルクははっとしたようだった。
同情と言うのは難しい。
相手の為に心を痛めているのは嘘じゃないが、行き過ぎた同情はマウントに似ていて相手を傷つける。
それを求めている相手ならいいが、そうでない相手には失礼に当たる。

「あいつの辛さは俺よりお前の方がわかってやれる。だからって、自分の辛さを映す鏡ではないんだ。お前はお前、あいつはあいつで、それと向き合って生きていくんだ。でも、お前が楽しい思い出を受け入れられる様になったみたいに、いつかイグナスも、幸せだった部分の自分を受け入れられる日が来るかもしれない。それまで変わらずに待ってやればいい。友達なんだろ??」

シルクは俺の言葉をゆっくり噛んで飲み込んだ。
それから少しむくれた顔をする。

「……どうなんだろ??俺、イギーに友達って言われてない。主は言われてるのにっ!」

「まぁ、惚れてフラれた相手だからな?友達とも言いにくいのかもな。」

「そういう所も似てるよね~。」

「は??誰に??」

「あれ??言ってなかったっけ??俺がイギーを邪険にできないのって、何か似てるからなんだよ、イヴァンに。だから何かあんま酷い事出来ないって言うか……。」

イヴァンに似てる??
俺は頭をひねり、イヴァンとイグナスを比べた。

あ~なるほど。
確かに物凄く丁寧に喋るし、押しては来るけど押しが強くないというか……。
状況によってすんなり立ち位置を調整するところとか、似てるって言えば似てるか。

俺の中だとイヴァン=筋トレ大好き男だから、何か繋がらなかった。
惚れさせてフッたってのもシルク的には似てるんだろうな。

「……て言うかお前!散々、イヴァンには酷い事してるだろうが?!今だに使いっパシリにしてるし、フッといて目の前で平気でギルといちゃつくし!気を使うならイグナスじゃなくて、イヴァン本人に気を使えよ?!可哀想だろうが!!」

俺はため息まじりにそう言った。
めちゃくちゃ気にせずイヴァンの前でいちゃついてるから、全然気にしてないのかと思ってた。

何か意外だ、シルクにも申し訳ない気持ちがあったなんて……。

そしてなんて不憫な男なんだ、イヴァン。
本人は無遠慮に足蹴にされているのに、似た奴に気を使われるなんて……。

「……まぁいいや。ひとまずお前とイグナスは寝てくれ。必要ならお前は途中で起こすから。」

「わかった。」

俺は物をしまっていたバックから、アウトドアマットレスと毛布を取り出した。
簡易ソファーベッドにイグナスが寝て、その下にマットレスでシルクが横になる。

「眠れなそうなら軽く魔術かけるけど、どうする?」

「お願いするよ。少し頭が興奮状態にあるみたいなんでね。」

「了解。シルクは?」

「俺は大丈夫。」

そう言われて、俺はイグナスに魔術をかけようとした。
それをじっとイグナスは見ている。

「……何かかけにくいんで、目を閉じてもらえます??」

「残念。魔術なんて見慣れてないから、使っている所を見たかったんだけどね。」









シルクとイグナスが寝てしまってから、俺はカジノのショーステージ裏に残してきた羽虫を呼び寄せた。

あの時は大体の状況がわかってしまったので、何となくそのままにしていた。
簡単に作った羽虫だ。
このまま放っておいても俺との繋がりがなくなれば消えてしまうが、あの後ステージがどうなったか気になって呼び戻した。
半数ほどは自然に壊れてしまったらしく、作った全部が戻ってきた訳ではなかった。

「ヒギンズには悪い事をしたな~。」

俺は苦笑する。
軍が来た後、劇場を避難所として立てこもったらしく、警備や客の対応をしているスタッフ以外はステージに集結していた。
ヒギンズはゲスト席やVIP席を回って頭を下げているのが小さく見える。

「お、ゴードンだ。無事だったか。」

ゲスト席に彼の姿が見える。
シルクの言っていた通り仲間と一緒で、いかにも「今、喧嘩してきました」と言った風貌で少し笑ってしまった。

そこにヒギンズが来て、何か話している。
そして捕まえていたらしい兵士を一人、ゴードンはヒギンズに渡していた。

あ~あ、あの兵士可哀想にな~。
これからきっと怖いお兄さんたちに取り囲まれるんだろう。

パーマーが来たのはほぼ避難が終わってからだ。
まだ避難していると言う事は、何でこんな事になっているかわからない状況だから、敵兵は貴重な情報源だからな。

そのうち事態が落ち着いてきて、客もスタッフの指示に従って外に出ていく。
警備のイカツイお兄さんたちが入り口で床に張り付いているパーマー達を見つけたんだろう。

そしてこれが国軍の正式な突入でない事もわかったのだろう。
パーマーがどうなったかは知らないが、これで国や軍からもつまみ出されるし、顔出しでこれだけの事をしたんだ、経済界を牛耳る富豪の皆様も黙ってはいないだろう。
まともな死に方ができればいいが……。
その後、軍関係者の様な人間がちらりと舞台の方も見に来ていた。

人のいなくなった観客席とステージを、案内スタッフや劇場スタッフ、裏方さん達で慌ただしく掃除している。
壊れた箇所などを修復したりと忙しそうだ。
この様子では、明日からは通常通り営業するつもりらしい。

何が起こったって庶民の日々の生活は、たくましく続いていくんだ。

羽虫の目の情報はそこで終わっていた。
少しホッとした。

迷惑をかけたけれど、営業停止等にはならなかったようだ。
いたのが俺だったと言う証拠はないし、カジノ側は知らずに雇っていたのだ。
シルクに至っては、VIPルームにまで入っていたのだ。
これを面と向かって責めては、経済界と政界にヒビが入る。
裏で何らかの取引はあるかもしれないが、今回は表立ってのお咎めはないのだろう。

「確かにあそこにイグナスを残して置いたら、富豪達にとってもイグナスにとっても危険だったな……。」

もしもイグナスが残っていたら、富豪達はどうしただろう?
彼を匿っただろうか?それとも身の危険を感じで処分しただろうか?
わからない事は考えても仕方がない。

俺達が集めた金の流れの情報。
レオンハルドさんからもらった、関わっている人間の名が記された証拠。その会合記録。

これで覆される事はないと思うが、どんな手を使ってくるかはわからない。
だから奥の手と言うか何と言うか、イグナスがこちらについているというのは少し大きいかもしれない。

おそらく彼は富豪達の一番近くにいたのだ。
だから金の流れについての証言ができると思う。
どこの馬の骨ともしれないと言われたら、身元は証してもらうしかないだろう。

何しろ、王の隠し子である証明を彼自身が持っている。
隠し子であろうと南の国の王子である証明が立ってしまえば、誰一人、迂闊な反論はできない。

「でも、富豪達に匿われていた部分は伏せないとな……。イグナスもそれは望まないだろうし、南の国民の生活にも影響が出かねない……。」

コマは揃った。

殆ど自力じゃないのが心苦しいが、俺を罠にかけ、それを救おうとした皆を窮地に立たせた落とし前はきっちりつけてもらおう。
そしてこれ以上、南の国の、グレゴリウスの好きにはさせない。

帰ろう。

皆のいる王国に。
ウィルの待っている場所に。

そして必ず俺は自分の居場所を取り戻す。
そう静かに、だが強く誓った。
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