欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

人食い熊と平民

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俺はイヴァンと再審裁判について話し合った。
シルクはもう皆に会っているらしく、報告も本当は本人が来るつもりだったらしい。

「でも、シルクさんが来るとなると忍び込むしかなかったんで、裁判前にあんまり火種は作りたくないじゃないですか?」

「え?何で?あいつギルド証明で入国したんだろ??忍び込む必要ないだろ??ここにはむしろ入りやすいはずだけど??」

「あ~……。それがですね~~。」

俺がそう聞くと、イヴァンは酷く複雑そうな顔で笑った。
何だ?何しでかしたんだ??あいつ??

「……どうしても早く会いたい人がいたので、夜中に壁を乗り越えて、手続きしないで入っちゃったらしいんですよね~。」

「あ……あ~~。なるほど……。」

主としては怒るべきポイントかもしれないが、あいつ、泣いてたしな~。
ギリギリ間に合ったっぽいけど、自然発生的な発情期も目前だったしさ~~。

「そのまま隊長宅に匿われてるんですけど……。何か、ねぇ……。それを引き離すのも野暮じゃないですか……?どうせ僕は仕事で王宮に来てるんだし……。だから僕が昼休みにでも行ってきますって事で落ち着いたんですよ~~。」

「……それは……すまん……。この残り物、持って帰って良いぞ?後でゆっくり食えや……。」

「ありがとうございます……。」

シルク……。
だからお前はイグナスに気を使っている場合じゃない。
こいつ本人に、ほんのちょっとでいいから気を使ってやれよ……頼むから……。

俺は何か泣けてきて、イヴァンの頭をよしよしと撫でてやった。
神様、コイツはいい奴です。
こんな目にあっても相手に気を使ってやれるような男です。
早くコイツにも春を届けてやって下さい……。

その後、裁判についてもう少し話して別れた。
残っていて持って帰れそうな物は包んで持たせてやる。
残りのライチも持たせてやった。

こんなことしかできないが、たんと食ってくれ……。









「おっと、すいません。まだ向こうにいましょうか??」

俺が元の客間に戻ると、グレイさんとマダムが何か真剣に話し合っていた。
そう言えばマダムは何か他にも目的があったんだよな。
俺は席を外そうかとドアを閉めかけた。

「いいよ、サーク。ちょうど粗方、こっちも終わったところだからね。」

そう言われて、イヴァンに持たせなかった分をまとめたワゴンをも押して部屋に入る。
グレイさんがそれを見て笑った。

「そのままにして置いてくれて大丈夫だったのに。ありがとう、サーク。」

「すみません……何でもやってもらう生活には慣れていないもので……。」

グレイさんがワゴンを引き継いで、整理をはじめた。
かえって余計な事をしただろうかと心配になる。
俺にはとても執事さん付きの生活はできそうにない。

「じきにボーンもここに来るよ。」

「え?そうなんですか??」

「ああ、あいつにも今回の裁判には立ち会ってもらうからね。」

マダムはグレイさんが入れ直してくれたお茶を飲み始める。
俺も進められたが、お腹はミチミチだったので断った。

「いよいよ明日ですね。」

「はい……。」

気遣うようにグレイさんが声をかけてくれる。
イヴァンが来たのは俺と話し合う為ともう一つ、裁判の日の連絡に来たのだ。

俺の再審裁判初日は明日。

元々、マダムがギル達と連絡を取った時点で再審請求をかけ始めていてくれたらしい。
そして俺が船で帰ってきてすぐにも連絡を入れてくれていて、その時点では明後日、再審裁判の予定だった。
だが、俺が帰ってきたのを知った第二王子派が掛け合って裁判を早めたらしい。
本当、自分達の為なら行動が早く押しが強い。

恐らく2日も早めれば少しは準備に影響を与えられると思っての事だろうが、無駄な事だ。
俺達はずっとこれまでそれに向けて準備してしたんだ。
むしろ早めてくれてありがとうと言いたい。

そんな浅はかな事をしている所を見ると、何もわかっていないのだろう。
俺の無罪どころか、自分達の首がかかってると言う事が。
南の国に抱き込まれちゃうくらいだから、本当におめでたい頭をしてるよな。

俺もさっさと終わらせて、ウィルに会いたい。
置き手紙の返事を聞かせて欲しい。
イヴァンから、いちごはちゃんと育ってるよと伝言をもらっていた。
花言葉の意味は伝わっているのかな……。

「サーク。」

「あ、すみません……。」

「大丈夫、上手く行くさ。」

「……ありがとうとございます。」

俺が黙り込んだので、裁判の心配をしていると思われたようだ。
実はその先の、裁判後の事を考えていたんだけど、そこは黙っておこう。

「落ち着かないなら、少し部屋で寝てきな。」

「それなら2階の好きな部屋を使って良いよ。1階のメインルームはレッティが使うから。男性陣は2階に頼むよ。」

「わかりました。ならちょっと休ませてもらいますね。」

何だかパタパタ落ち着かなかった事もあり、俺はそのまま言葉に甘える事にした。
一人になってやりたい事もあるし。

俺は2階に上がり、王宮が一番良く見える部屋を選んだ。
窓を開け、指先を軽く切って血の魔術を使い、小鳥を飛ばした。
王宮の宮廷魔術師の部屋に、臨時で総括に来ている師匠がいるはずだ。
俺が帰ってきた事は耳に入っているだろうし、ギルやマダムとも連絡を取り合ってくれている。
だから合う必要まではないかもしれないが、魔術本部としてはマダムやイヴァンから伝え聞いている以外に何かないか確認しておきたかった。

それから俺は出る時に残してきた鼠に呼びかけた。
2匹放っていた鼠は、長く俺との接触が絶たれていたので、存在維持の為に1匹にまとまっていた。
そんな事が出来るのかとちょっと驚く。
どうやら数体作って回収せずに放置した場合、必要性があればまとまる事で魔力を増幅させて長く存在を保たせようとするみたいだった。

不思議な事だが、血の魔術で生み出したものはそれなりに個としてものを考えて行動するようだ。
本当、俺は自分の力を知らなすぎる。
血の魔術で動物を作ることは、もしかしたら精霊を作るのに近いのかもしれない。

やがて小鳥が先に帰ってきた。
足に手紙がついていて、読むとイヴァンやマダム達に聞いていた話の軽い説明と、魔術本部からはフレデリカさんが来ていると書いてあった。

「うわぁ~。だとしたら今、30年前の立役者の4人がこの街に揃ってるって事だよな~?怖え~。」

マダムがいて、フレデリカさんがいて、先にイグナスと街に入ったレオンハルドさんがいて、ボーンさんも来る。

何か凄いな?!
俺はちょっと笑ってしまった。

ちょうどそこに鼠が戻ってきた。
何だか痩せこけちゃって可哀想だ。
俺が手を差し伸べると頑張りました!とばかりに少し誇らしげな顔をしたので、よく頭を撫でてやってそれから吸収した。
溜め込んでいた情報が頭に入ってくる。

「………本当、よくこの状況を隠したよな……あいつら……。」

そこには殺伐とした空気の張り詰めた王宮内があった。
シルクの言った通り、いつクーデターが起きてもおかしくなかった。

それを第一王子派の王太子とライオネル殿下が何とか調整をつけている。
下手に出過ぎても駄目だし、規律を強めすぎても駄目だ。

第一王子の事はあまりよく知らなかったが、鼠から得た情報だけで見ればとても優れた人物だった。
言うなれば、ライオネル殿下がたまに見せる大胆で決断力もある切れ者の部分だけを取り出した様な人。

そんな人だから、周りについてくる人達も中々だった。
何となく癖の強い人が多そうだが、それを皇太子がしっかりまとめ上げている。

ふ~ん?
グレゴリウスはこの人を失脚させたかったのか……。

この南の国の中央王国への内部からの攻撃は、単に政治中枢の裏からの支配だけじゃない。
今後、自分の野望の妨げになりそうな第一王子を失脚させる目的もあったのだと思う。

政敵となるだろう中央王国第一王子を失脚させ力を奪い、中央王国の政治を裏からの操り、そしてかつては自国の守り神であったはずの海神を手中に納める為に、ライオネル殿下を手に入れる。

これが成功していれば、戦争をするまでもなく中央王国は南の国に落ちていた。

中央王国が落ちてしまえば、同盟国の永世中立国の東の国など片手でどうにか出来る。
表面上は仲良くやっている西の国だって、海神を取り戻しまた兵器化できればどうにでもできる。

北の国は国というものがないからな。
三国を支配した後、部族ごとに支配していけば全土全国を制覇できると言う訳だ。

「……本当、ギリッギリの瀬戸際じゃん、今。」

俺はため息をついた。

世界はまだ、とても平和に回っている。
南の国も国民は何も知らずに明るく生きていた。

中央王国の人々だって何も知らない。
皆、仕事に汗を流して笑っていた。

水面下で、世界が一人の男によって支配されようとしているなんて、誰一人考えてはいないだろう。

グレゴリウスは恐ろしい。

これを恐らく、一人で考えたのだ。
はじめは南の王族の野望だったのかもしれない。
だが、兄弟をほぼ全て殺している点から、すでにこれはグレゴリウス一人の野望として歩きだしている。

娘を殺す事を止められなかったのを見るともう、南の国では現国王の力は残っていないだろう。
残された幼い姫を守るので精一杯、むしろ、いつ自分が殺されるかと恐れているかもしれない。

だが、何の因果か俺がいる。

全て順調に回っていたはずのグレゴリウスの計画の前に、ぱっと出の平民が障害となってしまった。
向こうもびっくりだろうが、俺だってびっくりだよ。

半分血の繋がったイグナスでも、その手腕を警戒して潰そうと思った中央王国の皇太子でも、海神を持つライオネル殿下でも、何かいわれのあるような人物ではなく、どこの誰でもない平民の俺がグレゴリウスの障害になったのだ。

俺としては何とか頑張って生きていたら、いきなり血に飢えた巨大な熊と遭遇したような感じだ。
ギャーっ?!何で~っ?!てところだ。

でもこの熊をひとまず住んでる南の国に追い返さないと、俺の住んでる中央王国だけじゃくて、近隣の故郷などもいずれは熊に引き裂かれてしまう。

待ったなしで何故か平民の俺が熊と戦わなきゃならなくなった。

「本当、勘弁してくれよ、もう……。」

俺は深く深くため息をつく。
だが幸いな事に、何でもない平民にはたくさんの仲間が助けに駆けつけてくれた。

だからきっと大丈夫。

きっと熊を撃退できる。
俺はそんな事を思いながら、バタンとベッドに倒れ込んだ。
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