欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

目覚めた蛇の苦悩

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その後、俺達はガスパーが考えている後半戦の流れの説明を受けた。
俺から援軍があったと聞いて即座にここまでの流れを考えるとか、本当にこいつの頭はどうなってるんだ?

ガスパーは努力家でその才能もある凄い奴だとは思っていたけれど、ここに来て奥底に眠っていた本当の力を呼び覚ましメキメキと力をつけているのが肌でわかった。

こいつは政治の天才だ。
ガスパーの中に眠っていた蛇が目を覚ました。

古くからの名だたる貴族である事を鼻にかけ、威を借りる狐よろしくえばりくさり、代々宰相を務める家柄に甘えてダラダラと適当に仕事をしていたガスパーが、本来の姿を取り戻した。
何故彼が悪い仲間とつるんで腐っていたかは知らないが、本当のガスパーはここまで凄い人間だったのだ。

俺は一人の男が本来の姿を取り戻してメキメキと音を立てて成長していくのを目の当たりにして、感動と共に畏怖を感じた。
言葉が出なかった。

「……なるほどね。面白いじゃないか?アタシは乗ったよ。まぁ、ヤバくなったらババアに任せな。何が起きても、お前さんは最後まで政治だけを続けるんだ。いいね?」

「あ、はい。よろしくお願いします。」

ガスパーの話を聞いたマダムはニヤッと笑ってそう言った。
勢いに乗って話してしまったが、マダムに声をかけられた事によってちょっと現実に帰ってしまったらしい。
途端、少し自身がなさげなと言うか、勢いで喋ってしまったが本当にこれで良いのだろうかという迷いが見て取れた。

「ふ~ん……?流石は蛇の血を引く者だね。一族の子息の中、最近の君の良い噂は聞いた事がなかったから侮っていたよ。それともラティーマー家は君の存在をわざと隠していたのかな?僕が知る中で、若い世代は君が最も優れているよ。ガスパー。」

「いや、俺は別に……。」

「……なるほど?一族が隠していたんじゃなくて、君自身が隠れていたのか。でも今回君が弁論に立てば、それは知られてしまうよ?それはわかっているね?」

「……はい。」

「そうか、ならいい。」

グレイさんの言葉に、迷うような、それでもやるんだという顔でガスパーは少し俯いていた。
ぐっと握られたその手が微かに震えている。

何かを恐れているんだ。

俺はそう思った。
それが何かはわからないが、ガスパーが自分の剣を思い切り振り下ろせない理由がそこにあるような気がした。

「すみません。前半戦は問題ないと思いますし、後半戦もだいたい流れも決まったので、後は開廷まで休憩しませんか?後半の流れ昼に確認すると言う事で。」

俺は気づくと、明るく笑ってそう言っていた。
言いながら自然とガスパーを庇うよう、グレイさんとの間に身を入れていた。
グレイさんの目が軽く見開き、そしてゆったりと笑う。

「サーク……。」

そんな俺にガスパーは困惑しているようだ。
おいおい、さっきまでの自信満々なお前はどこに行ったんだよ??
俺はそう思いながらガスパーを振り返り、ぽんぽんと肩を叩いた。

「お前もたくさん喋って疲れただろ?これから裁判でも喋んなきゃいけないんだし、何か飲んで少し休めよ。」

「ああ……。」

「何飲む?暖かいお茶?冷たいの?」

「ええと……。」

「暖かいのにするか。マダム達も飲みますよね?紅茶で良いですか??……あっ!!ウソっ?!緑茶があるっ!!凄い久しぶり!全員、緑茶でも良いですよね??異論はみとめません~。」

俺は備え付けてあったティーセットを見て、サクサク準備をしていく。

いやぁ凄いな、流石は王宮裁判所。
緑茶があるなんて!

緑茶は東の国のお茶だ。
東の国では日用品だが国土が狭いし国内消費されるものだから、国外出荷量は少なく国外だと何故か高級品にされていて簡単には飲めないのだ。

るんるんと緑茶を準備して三人に出した。
緑茶なのに湯呑みじゃなくてティーカップってのが何か納得いかなかったが、この際仕方がない。

「へぇ、玉露かい。サークも入れるのが上手いじゃないか?この国じゃ緑茶の事を何も知らずに台無しにする奴が多いんだよ、高級な茶葉だってのに……。」

「マダムは通ですね?俺は東の国の教会育ちですよ?たまに偉い人がくるんで、それなりに作法は叩き込まれてますから。」

「うん。僕より上手だね?ちょっと悔しいよ。」

「でも俺はグレイさんみたいに上手に紅茶は入れられませんから。適当に入れてウィルに凄い怒られたし。」

「ああ、恋人の彼ね?」

そんな他愛もない会話を俺達がしている中、ガスパーは少し固い表情で黙ってた。
マダムがそれをちらりと見て言った。

「グレイ、あっちの件でちょっと話しておきたい。今、多分ボーンが状況を見てるだろうけどさ。」

「ああ、いいよ?少し奥で話そうか?」

2人はそう言うと、部屋の隅に移動した。
例の件って何なんだろう??
気にはなったが、俺の方は俺の件を片さないとな。

「ガスパー?」

「何だよ?」

「お前、ちゃんと寝てるのか??」

俺の問いに、ガスパーは明後日の方を見て答えた。

「寝てるけど?」

「また白々しい嘘を吐くな?俺、言ったよな?ちゃんと休みは取らないと全身マッサージの刑に合わせるぞって??」

「それは仕事の話だろ?!」

「同じだってのっ!まぁ流石にここで全身マッサージの刑を行うのはまずいから、首・肩マッサージの刑で許してやるけどさ。」

俺はそう言って置いてあったおしぼりを2つ手に持ち、有無を言わさず、いつかのようにガスパーの目と首に当ててやった。

「おいっ!!」

「抵抗するなら、全身マッサージの刑に合わせるぞ??」

「……………。」

ガスパーは焦って抵抗したが、全身マッサージと言うと渋々おとなしくなった。
何かマッサージが罰になるって、どんなご褒美だよと思う。

目のあたりを冷やし首のあたりを温めてやると、次第に体が緩んでくる。
ガスパーの体は相変わらずガチガチで、気の流れがめちゃくちゃ悪かった。

「お前、ちゃんと体も動かせよ。」

「うるせぇな、脳筋。」

「はいはい。どうせ俺は脳筋ですよ。」

そんな事を言いながら、俺はガスパーの気の流れを調整していく。

ガスパーの中に、何かとても頑強な強ばりがある。
いくら気を流したって、それが邪魔をするから一時凌ぎにしかならない。

それはきっと、ずっと古くからあるガスパーの心の強ばりだ。
ちょっとやそっとでどうにかできるものじゃない。
だからって無理にそれを壊せば、破片が全身に巡ってあちこちをつまらせてしまう。

だから俺は何もしない。
一時凌ぎにしかならなくても、今のコンディションを整えてやるだけだ。

「……子供の頃、さ。」

だいぶ体が緩んできた頃、ボソッとガスパーが言った。
俺は気にしない風に適当に答えた。

「うん?」

「遠縁の親戚のおじさんに怒鳴られたんだよ、何度も何度も。」

「ふ~ん?」

「俺はそれが何で怒鳴られてるのか、はじめはわからなかった。だって間違ったことなんか何一つもしてなかったし、言ってなかった。いつだって父さんや周りが褒めてくれたのと同じようにしてたのに、そいつは他の人がいない所で、何度も何度も俺を怒鳴りつけたよ。」

「そうなんだ??」

「でさ、俺はそれがなんでだかわかったんだよ。多分、それがわかるから怒鳴られてたんだと。」

「うん。」

「……あいつはさ、俺の頭の回転が速いことを怒鳴りつけてたんだ。気に入らなくてさ。つまり嫉妬だ。大の大人が、10歳にならない子供をそんな理由で本気で怒鳴ってるんだぜ??しかも俺はそれを理解しちまったんだよ……。わからない理不尽で受け止めてれば、まだ子供として可愛げがあっただろうよ。」

「……そんなことない。お前のそれは十分理不尽だと思う。」

「しかもさ、俺はそれをどうしたら回避できるかもすぐに理解できたんだ。頭の回らないフリをしていれば、こんな怖い思いをしなくていいんだって。俺のやった初めての政治だな。あれは。」

ガスパーはそう言ってクククッと喉で笑った。
俺はガスパーの中の気を整えながら、それを聞いていた。
頑強な強ばりがグズグズと震えている。

「だから俺はやめたんだよ。周りの子供たちと同じように振舞った。そうしたら怒鳴られる事はなくなったよ。それ以降、ずっと続いていた怖いどなり声を聞かなくなった。ホッとしたよ。……だが今度は父さん達が褒めてくれなくなった。とても残念そうな、哀れんだ目で俺を見るようになったんだよ……。」

「……そうか。」

ガスパーの話は、とても小さい子どもの経験していい内容ではなかった。
まだ幼い子供の才能に嫉妬して怒鳴る大人も、悩んだ末に才能を隠した子供に対し、包んでやるでもなく落胆した親も。

「……それを見てさ、なんか理解したんだ。政治の世界をさ。それで俺は全てに興味がなくなったんだ。だってそうだろ??世界はあまりにもくだらなかったんだ。国の政を司るなんて言ったって、偉そうに優れた手法を打ち出す事より、結局は好むか好まないか、都合が良いか悪いか、自分の利益になるか害になるのか、それが世界の全てだったんだぜ?笑うよな。」

ガスパーは天才だ。
だから故、まだ年端も行かない年齢でそれを理解してしまったのだ。

希望も正義もあったものじゃない。

大人の世界。
今後自分が生きていかなければならない世界を、ガスパーはその才能故に幼い頃に理解したのだ。

「しかもさ、家柄的にそこから逃げる事もできないんだぜ??違う世界で生きていく事もできない。なんかどうでも良くなったんだよ。適当にやってても俺の人生は変わらない。だったらもう、何も考えない方がいいじゃねぇか。」

俺は、根は真面目で純朴なガスパーが何故やさぐれていたのかを理解した。
出会った頃の、ガラの悪い連中とつるんでがさつで乱暴に考えなく生きていたのが何故か、やっとわかった。

「お前って、凄いな。強いな。」

俺はそう言った。

ガスパーは、今、そこから抜け出して、子供の時に押し殺してしまった本来の自分に戻ろうともがいているんだ。

何がそうさせたのかはわからない。
それでも、そこから這い上がろうとしている苦痛と決意を、俺は凄いと思った。

「……俺は強くもねぇし、凄くもない。これまでに適当に生きてきたせいで、苛立たしさに任せて好き勝手したせいで、傷つけてきた人間がいる事には変わりない。そしてそれは取り返しのつかない事である事も理解している。ただ、その横に立ちたいと思った相手の横に立てない今の自分が嫌だっただけだ。だから、立てるにはどうしたら良いか考えただけだ。こんな俺でも、きちんと横に立ってそいつの顔を見るにはどうしたら良いか考えて、それに必要なものを取り戻そうとしているだけだ。ただ、それだけなんだ……。」

俺は何も言わなかった。

ガスパーの背負っているもの、消えない傷、それでも這い上がろうとしている男に、軽々しくかけられる言葉を俺は持っていなかったからだ。

ガスパーの中にあった、頑強な強ばりが少しずつだか解けている。
だから俺は、それに合わせて、無理がないように気の流れを整えてやるだけだった。
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