欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

カタストロフィー

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ウィルの空間認識能力はそれなりに有名だったらしく、議長達はそこについての質問などはしてこなかった。

えぇ~、俺、それも知らなかったんだけど~。
何かもうウィルには秘密は無いと思ってたから、かなりショックなんだけど~。

俺が恨めしそうに顔を向けると、ウィル本人はきょとんとしていた。
うん多分、ウィル的には話すほどの事だとは思ってないか、知ってるものだと思ってたんだよね?うん。

悪気があって秘密にされてた訳じゃないから良いんだけど……。
婚約者としてはちょっと寂しい。

でもこれでわかった。
ガスパーが何故、ウィルを証言者に呼んだのか。

ヴィオールの存在を示したかったんじゃない。
ウィルがかつて貴族たちの間で馬上の貴公子として名を馳せ、その能力も彼らの中で知られていたからだ。
だから数の裏付けになると踏んだのだ。

「そんな事は誰にもわからないだろう!!見たと言っているのはその元騎馬隊の指導員だけだ!!」

「確かにそれだけでは裏付けとしては弱いですね。ならば逆にお聞きしますが、南軍より提出されたこの書類の矛盾点について、納得の行く説明を頂けますでしょうか?」

「それは……っ!」

「私はそこの矛盾点を考え、南軍の書類が嘘のない正式なものだとしたならば、援軍があったと言うアズマ・サークの証言を含めて考えれば説明がつくと言っています。」

南軍の書類に不備があったとは立場上言えない親南派のメトーランド子爵は言葉を詰まらす。
ガスパーは続けた。

「そしてその裏付けとして、クラフト指導員の証言、そしてその証言の裏付けとしての各所における時間の合わせをずっと行ってきました。証言者達の話から今まで、時間の流れは確認し続けた事により、皆様も私の話に時間的な矛盾点がない事はおわかりだと思います!!」

ガスパーはきっぱり言い切った。
そうだ、ガスパーが事細かに証言者に時間を聞き続けた理由はここにある。
その日の何時頃、どこでどんな状況だったのか?それを明確に印象付ける為のものだったのだ。

「我々は!南軍が殿下の帰路に待ち伏せを企てたなど認めていないっ!!何度も言っているが!!アズマ・サークが南の国王宮で非礼を働き!その沈静化の為に南軍が出て被害を受けたのだっ!!その責任を問うているっ!!」

「ならばその!南の国王宮での被害を証明するものをご提出願いますっ!!確かに王宮内でアズマ・サークが非礼を働いたと言う証拠をっ!!」

「それは南の国より賠償請求があったと言っているだろう!!」

「その請求書はどちらに?!」

「戦争を回避する為に書類賠償請求なくすぐに支払ったのだ!!」

「ならばそれは!誰が支払ったのですか?!たとえ南の国側との書類がなくとも!金銭を工面した際の帳簿はあるはずです!!それとも何でしょう?!帳簿に残らない程度の金額だったのですか?!アズマ・サークを戦犯とする程の被害があったと聞いていますが!それは誰かの資産を工面しなくても済む程度の金額だったのでしょうか?!だとしたら!それは本当に被害があったと言える程の事でしょうか?!戦犯として身柄の拘束を受けねばならない程の被害があったのでしょうか?!」

「実際!!南軍からは被害が書面で報告されているだろうっ!!」

「それが我々の主張するライオネル殿下の帰路にて、南軍が待ち伏せをした際の被害報告でないという証拠、または証明や証言、裏付けはお有りなのでしょうか?!」

「それは……っ!!」

「貴方方の主張する罪は!!主張されているだけで何の証拠の提出も!裏付けも!証言もないっ!!対して我々の帰路にて南軍に待ち伏せを受けたと言う主張には!多くの証言と証拠や裏付けがあります!!それでもまだ!この件はアズマ・サークが南の国王宮内で非礼を働いた事で南軍と衝突したと主張されるのですか?!」

第二王子派の原告は、苦々しい顔で押し黙るしかなかった。
古狸共は無いものをあると主張しても、今までならそれで難なく通ってきたのだろう。
だがそれは目覚めた若き蛇の前では通用しない。

「……ひ、百歩譲って!仮に待ち伏せがあったとしても!その指導員が守護の竜でアズマ警護隊員達と南軍の所に行ったのが交戦してすぐでなかったと何故言える?!そして数など!口裏を合わせれば済む話だ!!」

「お言葉ですが!クラフト指導員の行動は馬によるものが多く、その為、王宮馬の管理システム上、記録がしっかり残っています!!貴方方は国が管理する王宮馬の記録に改ざんがあると主張されるのですか?!もしそうなら!改ざんされた証拠の提出を求めます!!」

ガスパーは口撃の手を緩めない。
これでもかと畳み掛けている。

俺は目を閉じた。
自分の放った血の魔術の虫達がどこにいるかを把握する。
マダムがちらりと傍聴席に目をやって小さく頷いた。

「また彼の守護である竜の精霊については全く周囲には知られておらず、国境警備隊員の皆さんが話を合わせる為にその様な信じがたい事を話すとは思えません!どうせ嘘を吐くなら、もっと信憑性のあるものでなければ口裏を合わせるのは難しいでしょう!!」

午後の審議からやたらと増えた、フードを被った立ち見の者たちが、音もなく位置を変え始める。
グレイさんがそれとなく上を見た。
最上階のテラス席は、ジョシュア国王が後ろに下がり、代わりにボーンさんとフレデリカさんが前に出ている。
ライオネル殿下の席では、それまで後ろに控えていたはずのイヴァンと今日のロイヤルシールド担当のタチニアさんが殿下の両サイドを固めていた。
俺はウィルを見る。
ヴィオールが出ているから、何かあってもきちんと守ってくれるだろう。

「南の国におけるライオネル第三王子殿下を含む警護部隊の当日の行動は午前中に確認した通りです!!そして待ち伏せに合いアズマ・サークが足止めに残ったのは昼前!!クラフト指導員の行動についても!証言と王宮馬の記録ににより証明されている!彼が戦闘の始まった正午にその場にいる事は不可能なのです!!南軍からの書類の矛盾!並びにクラフト指導員の特異的な空間認識能力から考え!援軍があった事は確実だと私は考えますっ!!」

メートランド子爵のグズグズの抵抗は、あっさりとガスパーによって跳ね除けられた。
これだけしっかりした説明と証言や裏付けをされて、誰が原告側の主張を正当だと思えるだろうか?

フレッチャー公爵はもう何も言わない。
むっつりとして、その場に座ってガスパーを睨みつけている。
ミード伯爵は顔面蒼白で俯いて爪を噛んでいた。
フレッチャー公爵がちらりとどこかを見、そしてゆっくりとまばたきをした。

ああ、避けられないのだろうと俺は思った。

「アズマ・サークの人となりについては!午前中にお聞きになった通りです!!何の理由も無く!友好国に非礼を働き!南の国の王宮や南軍に損害を与えるような人物ではありませんっ!!そしてこれまで証明してきた全ての証言と裏付けから!我々はアズマ・サークの無罪を主張しますっ!!」

ガスパーは高らかに、はっきりとそう主張した。
場の流れは完全にガスパーにある。
有力な証言も証拠もない今、この主張が覆される事は難しいだろう。

そう、何もないのだ。
俺の無罪を否定できる主張が。

その状況が明確になるに連れ、俺達には緊張が走り始めていた。

ガスパーの顔も、審議が優位であるにも関わらず、始まった時よりもずっと青く固まっている。
1人審議の場に立つその手が微かに震えている。

勝利確実を見て武者震いをしているんじゃない。

怖いのだ。
ガスパーは怖くて震えているのだ。

彼は昼食の後、俺達に言った。
彼らを追い詰める準備は出来た、と。
マダムもグレイさんも黙ってそれに頷いた。

ガスパーが言うには、法廷審議なんてものは、真実を解き明かす場所ではない。
政治の一種だと。
原告、罪人共に主張して、腹を探り合い、折り合いをつけるところなのだと。

だから本来なら、一方的に相手を責め立てる事はないのだ。
手札はたくさん用意するが、折り合いを見てこの辺でこんな感じでと裏で取引をして、それなりになあなあに済ますのが定石だと。

でないとお互い、その後、遺恨が残りやりにくくなるからだ。
ガスパーの言う政治とは、できるだけ敵を作らない事だ。
好きか嫌いか敵か味方かではなく、なあなあに敵でない状態を保つ事が大事なのだそうだ。
だから審議の場で、たとえ手札が残っていても、その全てを用いて白黒つけようなどとする事は稀なのだ。
特に古参貴族を相手にする場合は、絶対にしてはならない手だという。

だがガスパーはあえてそれをした。

フレッチャー公爵達はそれが何も知らない新参者だからだと思っただろうが、ガスパーはそれがどれだけ政治からかけ離れていて危険かを理解した上であえてやったのだ。

腐った根を全て白日の元に晒す為に。

簡単な話だ。
藪をあえてつつき回して蛇を出す。
腐った膿を出し切る為に。

ガスパーは奥歯を噛み締め、震える手をぐっと握りながら、それでもそこに立っていた。

一番危険な位置に彼は立っているのだ。
そして最後の言葉を口にする。

「……ずっと疑問だったのですが、フレッチャー公爵をはじめとする原告である親南派の貴族の皆様は、いったいどちらの味方なのでしょうか?」

「何……?!」

「貴方方は起こってもいない南国王宮での非礼による王宮と南軍の損害を主張し、アズマ・サークを戦争を誘発しようとした戦犯としました。そして本人の出廷も弁論も何もないままそれを可決し、アズマ・サークの身柄を拘束しようとしました。南国皇太子が彼の身柄を欲している最中に、その様な判決を強行しました。」

法廷内がざわついている。
フレッチャー公爵は見下すようにガスパーを見つめていた。

「そして、国の王子であるライオネル第三王子殿下が襲撃にあったにも関わらず、それをアズマ・サークの問題行動とすり替えなかった事にしようとしました。我が国の王子が他国から襲撃されたというのに!それをなかった事としたのはどういう事なのでしょうか?!」

ずっとすり替えられ続けてきた問題が、今、傍聴席に座る一般国民や報道関係者の前で指摘される。
その事に気づいた人々がざわめき立つ。

緊迫した空気が色濃くなった。
俺はガスパーに巻いてもらった絆創膏を剥がすと、その傷口を広げて血を出した。
机の上に模様を書き始める。

もう、止める事はできないのだ。

俺達はやるしかない。
ガスパーは血の気の下がった顔で、それでも気丈に法廷内に訴えかけた。


「もう一度問いますっ!!貴方方は誰の味方なのですか?!貴方方が仕えているのはこの国の王族ですか?!それとも南の国の王族ですか?!この中央王国を!王族を!!危険に晒した他国を庇い!国に尽くす貴重な人材を罪人として!!いずれは引き渡すおつもりだった貴方方は!!何に仕えているというのか!!今ここではっきりさせておくべきかと思いますっ!!」


机に書いた模様からするりと蛇が這い出した。
それは音もなくガスパーに近づいて姿を消した。
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