欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

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ガスパーがぐっと握った手を微かに震わせながらそう言い放つと、法廷内はしんと静まり返った。
今や、陪審員席だけでなく、傍聴席にも異様な緊迫がジリジリと押し寄せてきている。

この審議はライオネル第三王子殿下の警護部隊にいる魔術師の罪を議論していたのではなかったのか?
かの魔術師を罪人にした貴族達は、本当にこの国の、自分達の味方なのだろうか?

言葉にする事はできなくとも、誰もの心にその真意を問う気持ちと、言いえぬ恐怖が這い上がってきていた。

ここにいたらまずいと、本能で感じているのだ。
けれど誰も動く事ができない。
重く張り詰めた空気の中、硬い空気を浅く肺に出し入れする。

息苦しい。
そんな雰囲気だった。


「………ははは、ははははははっ!!」


突然、不穏な笑い声が静寂を切り裂いた。
何故この状態で笑えるのかと誰もが思った。

笑い声の主はフレッチャー公爵だった。

馬鹿馬鹿しいとばかりに笑い、ゆっくりと立ち上がってガスパーを見据えた。

「何を言い出すのかと思えば世迷い事を……。古くから国王と国を支えてきた我々に、誰の味方かと問うか?何の理も知らぬ若きラティーマーよ。」

ギロリと睨むその顔は、魔物のそれとよく似ていた。
さすがのガスパーもこれにはうっと言葉を詰まらせ、奥歯を噛み締めて少し身を反らした。

だが、一歩たりとも後ろに下がりはしない。

青ざめた顔で、それでも歯を食いしばってそこに留まり続ける。
力んだせいで、握っている書類がクシャリと音を立てた。

「……理ですか?何を仰りたいのかわかりかねます。」

「物事には、通すべき古くからの習わしがある。それに従わぬとは恥知らずだと申している。」

「古くからの習わし……。それが政治だと言うのなら、そういう部分もあったかもしれません。しかし、私はあえてそれを冒しました。物事には古くからの習わしよりも、必ず通さねばならない筋がある。それが揺らいでしまったら、どんな習わしも悪弊でしかなくなる!」

「言葉を慎め!若造がっ!!私を誰だと思っておるっ!!」

「理を知らぬのはあなたの方です!フレッチャー公爵っ!!我々が何も知らぬとお思いですかっ?!」

「そこまで言うのであれば!揺るがぬ根拠があるのであろうな?!もしも無ければ!王族の血を引く我に理由なく楯突いたその罪は必ず償わせるぞっ!!ラティーマーっ!!」

そう叫ぶフレッチャー公爵の目は血走り、異形の形相をしていた。
法廷内は異様な空気に包まれ、誰一人音を立てるのを躊躇った。

「……揺るがぬ根拠ですか?それは証拠と言う事でよろしいでしょうか?フレッチャー公。」

ガスパーはそれでも引かなかった。
むしろ場の異様さに酔ってしまったかのように、口角を笑うように歪ませた。
醜い怪異のような公爵を静かで冷たい蛇の目で見据える。
そして歯を見せて笑った。

「……何を……?」

笑うように見せられた蛇の牙。

フレッチャー公爵はその牙の前に、無意識に身を引いた。
自分の歳の半分もない青二才に彼は恐れ戦いた。

何か言おうにも声が出ない。
体が冷え切っているのに汗がだらだらと流れ落ちるのを彼は感じた。


「……お望みのものをお見せしましょう。」


その言葉を合図に、傍聴席に座っていたフードの男が一人、立ち上がった。

カツカツと重苦しい空気をものともせず、颯爽と歩いてくる。
傍聴席と審議場の境の柵の前に立ち、バサリとそのフードを外した。

「……………っ!!」

その瞬間、フレッチャー公爵の顔色が変わった。
ガスパーを相手にしていた時は、まだ良かった顔色が見る間に青ざめる。


「このような場から失礼致します。ジョシュア国王陛下。レオンハルド・ドイル、陛下の密命よりただいま戻りました。」


そこにいたのはレオンハルドさんだった。
低くともよく響くその声でそう告げると、膝をついて礼に服す。
それを受けて国王が立ち上がった。

「よく戻った。して、手に入れたか?」

「こちらに。」

レオンハルドさんは懐から書類を取り出した。
その中には、一度、俺達にくれた例の書類も含まれている。
他の書類はそこまで決定打にならないものや、補足のものらしい。

レオンハルドさんがそれを掲げると、フレデリカさんが魔術でそれを王の元まで引き上げた。
フレッチャー公はそれが何かはわからなかっただろうが、古くから王族に仕える古参貴族で血族である公爵だ。
レオンハルドさんがライオネル殿下の執事長ではなく、本来はどういう人物かわかっているのだろう。
だから公爵には掲げられた書類のおおよその検討はついたと思われた。
ガチガチと歯を鳴らしている。

「………なるほどな。よもやここまでの人物たちが……夢であったならと思う。」

フレデリカさんから渡された書類に、ジョシュア国王はゆっくりと目を通す。
そしてそう言った。
国王は無表情にフレデリカさんに書類を返す。
フレデリカさんはその1枚を全体に見えるように、大きく映像として審議場に映し出した。


「これは、南の国の政府との密約に同意した、中央王国貴族議員たちの署名です。」


おお…と落胆を含んだ驚きが法廷内にざわめいた。

それもそのはず。
そこには多くの貴族の署名があり、それは親南派の貴族達に他ならなかった。
密約があえて何かは示されなかったが、審議を傍聴していた無関係な貴族や国民、報道関係者はその事実に強い衝撃を受けただろう。


「再度問いますっ!!フレッチャー公爵!貴方方は誰に仕え!何に忠義を誓っているのですかっ?!」


目覚めた若きラティーマーの蛇が、鎌首をもたげ、大きく口を開く。

そこに見えた牙に、フレッチャー公爵のみならず、多くの者が恐怖を覚えた。
メートランド子爵やミード伯爵に至っては、すでに絶望の淵に落とされ憮然としている。

しかし、さすがは公爵とでも言えば良いのか、フレッチャー公爵はそれでも爛々と目の光を失わなかった。

「国王。このような物どこで手に入れたかは存じませんが、真っ赤な偽物です。南の国王国の正式な書類である訳が無い。」

さすがは古参の古狸。
政治において、白か黒かの真偽より、それをどれだけ望む色と周囲に思わせるかが勝負になる。
だからどれほど腸が煮えくり返えろうとも、取り乱すような事はない。
静かに淡々とそれを否定した。

「私もそう思いたかったのだがな、エイモス叔父貴。映像ではわかりにくいかもしれぬが、これは本物の南の国が重要な書類にのみ使う透かし入りの用紙だ。そして王国印も本物だ。この用紙と印を何度も見た私が言うのだから間違いはない。」

「ならば王は、こんな出処もわからぬ紙切れ1枚で、長年国王と王国を支え続けた我々をお疑いになると?」

絶対的な証拠だと思われたそれに対し、取り乱す事なく毅然と対応するフレッチャー公爵の態度を見てその場にいる者の思考は揺らぎ始める。
これはひょっとしたら本物ではないのかもしれない。
古くからの貴族であり、王の血族たる公爵が堂々と否定しているのだ。
国の中枢にいる人物たちが、その様な事をするだろうか?
陪審員席と傍聴席はざわざわと揺らいだ。

「たかだか紙切れ1枚と何故言い切れる?そもそもこれは、主がラティーマーの質問に対し確証を求めたから彼は証拠を示したに過ぎん。そしてこの件は改めて審議が必要だろう。違うか?」

「審議については賛成です。我々は反逆罪に問われるような事は何一つしていない。従ってこの濡れ衣はぜひ晴らしたい。ですがこの場でその不確かな書類が公にされた事で、すぐにでも王国の民は我々を裏切り者だと噂するでしょうな。我々にそれに耐えろと?」

「疑わしきが無ければ堂々としていればいい。アズマ・サークとは違い、審議が始まるまでそなた達を牢に入れようとは誰もしないだろうしな。」

ジョシュア国王はため息まじりにそう返す。
そこに含まれた皮肉に、フレッチャー公爵はギリリと奥歯を噛んだ。

「この場はアズマ・サークの罪に対する審議。その場で別に審議すべきものを引っ張りだすのはいかがなものかと思いますな。そもそもこれは罪人側が自ら集めた証拠ではないと思うが?それを引き合いに出すのは礼儀に反する。違うか、ラティーマー?」

フレッチャー公爵は話の矛先をガスパーに変えた。
そこに出された証拠の色を変えるのは難しい。
だが、黒とグレーは違う。
白くはできずとも、どれだけ淡いグレーにするかが政治手腕の見せ所なのだろう。
フレッチャー公爵の目が、ガスパーに向けられる。
冷静に振る舞っているが、目だけは怒りに狂っている。

「そうですね。これは公爵が我々に何の確証も証拠もなく楯突くのかと言われたので、何も知らない訳ではない事をお伝えしたまでです。本件の証拠と言うよりは別件の証拠ですので取り下げます。この件は国王陛下の仰る通り、また改めて審議すべき事でしょう。」

「小癪な……この非礼、忘れはせぬぞ……。」

その言葉を受けて、フレデリカさんは映像を消した。
怒りのせいでもはや物の怪の様なフレッチャー公爵に睨みつけられても、ガスパーは冷静だった。

何故ならこれは発破に過ぎない。
この国に深く深く根付く古株の貴族達を動かすには、最初にどれだけインパクトを与えられるかが重要だ。
だから多少、横暴な手段を選ばざる負えない。

法廷内はざわめいている。
たとえ揺らいだとしても、一度芽生えた疑心を消し去る事はできないのだ。
今はそれで十分だ。

「では、我々が我々の手で掴んでいる根拠を述べさせて頂きます。議長!この場でアズマ・サークから証言を得る事を許可頂けますでしょうか?!」

あまりの事の重大さに自身の職務を忘れていた議長は、突然話を振られて我に返った。
自身がこの場の議長である事を思い出し、咳払いをして言った。

「許可する。」

フレッチャー公爵は驚きと懸念を持って俺を見た。
まさかここで俺が証言に立つとは思わなかったのだろう。

俺はその場で立ち上がる。
下がるタイミングを失っているウィルが、証言台から俺を見て静かに笑った。
ヴィオールがまた俺の方に来ようとするものだから窘められている。
俺はそれを見守り、小さく頷いた。
顔を正面に戻し、向かいのフレッチャー公爵を見据える。

俺には政治も審議も出来はしない。
できるのは馬鹿みたいな真っ向勝負だけだ。

さぁ、戦端を切ろうか?

散々やってくれたんだ。
覚悟しろよ、妖怪ジジイめ。

時は満ちた。

それぞれが、それぞれの考えで動き、そして今、戦う為の準備は整った。
これから何が起きて、どうなろうと知ったことでは無い。

どうなろうと、俺達は最後まで戦うだけだ。
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