欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

狂い始める時軸

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イグナスはその後、大慌ての法廷人と王宮仕えの方達にあれよあれよと言う間に連れ去られ、その間、法廷はざわざわしていた。

ウィルも残念ながらその時に退場した。
今は傍聴席の方に立っている。

そして俺はと言えば、神妙な面持ちで椅子に座り俯いている。
前に鬼の形相のガスパーが仁王立ちしているからだ。

「……ええと~。ごめんなさい??」

「ぶっ殺す……。」

「ヤダな~ガスパー。法廷でそんな物騒な~。」

「目を泳がすな。ちゃんと俺の目を見ろ。」

恐る恐る見るが、まともに見れる顔じゃない。
怖いよ~!大蛇が大口開けて、怒り心頭で俺を見下ろしてる~っ!!
シャーって!!
半泣きの俺を面白そうにグレイさんが見ている。

「いやぁ、中々の隠し玉じゃないか、サーク?ティーナンの名を持つ男を連れてくるなんて?しかもバフルって確か南の国の国王が息子の識別の為につけたミドルネームだよね?他は使う事が禁じられてたんじゃなかったっけ??」

わかっているなら、皆まで言わないでくださいよ、グレイさん……。

ガスパーがシャーッと牙を光らせた。
うわ~ん!リスは蛇に丸呑みにされるよ~!!
いや、俺はリスじゃないけど……。

とても楽しそうなグレイさんとは違い、マダムは呆れた様に言った。

「あんたねぇ……。おいそれと明かせない人間を連れてきた自覚はあったんだろ?なのに何でここに出すのさ??騒ぎになるのはわかってただろうに……。」

「だって……イグナスが立ち上がっちゃったから……。」

「ほっときゃいいだろ??」

「イグナスは結構、変な奴なんですよ!放っといたらあの場で喋りだしかねないじゃないですか?!」

言い訳をする俺を、ガスパーが冷酷な目で見下ろす。

「へぇ……。ずいぶん仲が良いんだな?南の国の王族関係者と??」

「だからそれには色々訳が~っ!!」

もうどうしたらいい訳?!
黙ってたのは悪かったけどさ!俺だってイグナスを出す気はなかったんだよ!!

「後で憶えてろよ?サーク?」

バタバタと法廷に動きがあり、ガスパーは俺を問い詰めるのをひとまず諦めてくれた。

一安心と言いたいが、むしろ逆だ。
後でギルも含めての血祭りに挙げられる事が決定したと言うのが正しい。

「シルクは何も言ってなかったのかよ~!畜生っ!!」

「何となくそいつの事かなって話なら、主に言えとも言うなとも言われてないからわかんないって言ってたな。後、師父に黙ってろと言われたとか何とか……?つーか!シルクのせいにすんじゃねぇ!!」

ガスパーはパシリと持っていた書類で俺を叩いた。
酷い……イジメだ……。泣いてやる……。

そうこうしているうちに、物凄く周りに気を使われながらイグナスが戻ってきて証言台に立った。
大慌てで法廷人さん達が各所に何かを渡している。
ガスパーもそれを受け取り、フンッと鼻を鳴らして俺に投げてきた。
それにはイグナスが確かに南の国の住人であり、詳細は直ぐには明かせないがその名に偽りは無いと判断したと言う王国印のある書類だった。
ただし、事が決まるまでは彼の事は公にしないようにと書かれている。

「……そんな大物を隠し持ってんなら、さっさと言えよ……。色々使いどころがあったのに……。」

「ごめん……ただ、別件で預かった人だから、出来れば巻き込みたくなかったんだ……。」

「向こうは巻き込まれる気満々みたいだけどな……。全くよ~?お前は何でそんなとんでもない奴をいつもたらし込んで来るんだよ!!」

「イグナスに関しては俺がたらし込んだんじゃねえっての。シルクに惚れてたんだよ。」

「あっそ。」

何だよそれ?信じてないだろ??
証言台に立ったイグナスは何故かウキウキした顔をしていて、ニコニコ俺に笑って手を振った。
お前も何なんだよ、その楽しそうな感じは??
南の国から開放されて、はっちゃけ過ぎじゃねぇ?!

「では、ええと……エズラさんでよろしいでしょうか?突然の事で大変申し訳ありませんが、証言をお願いできますでしょうか?」

明かすなとあったので、言いにくそうにガスパーはイグナスをエズラさんと呼んで証言を頼んだ。
イグナスはとても晴れやかに笑って、礼儀正しくその場で会釈した。

「畏まりました。私は、イグナチウス・B・T・エズラと申します。南国籍を持っております。身元につきましては詳しくはお話できませんが、只今、中央王国の方々に証言に問題がない身元である事を確認して頂きましたので、それでご容赦頂けますと幸いでございます。」

そう言って綺麗な所作で一礼する。
その動作で、彼がそれなりの身分の者である事を誰も疑わなかった。
何故なら彼は言動で相手にそう思わせられるように訓練されているのだ。
イグナスは続けた。

「突然、他国籍の私が証言を申し出まして誠に申し訳ございません。しかし我が友、アズマ・サークの証言があたかも絵空事の様にされてしまい、僭越ながら黙っている事ができませんでした。」

物腰が柔らかで、声を張る訳でもないのによく通る声がゆったりと場に響く。
雅趣あふれるその振る舞いに、誰もがこれはそれ相応の身分の人間がお忍びでここにいるのだと思わされた。

おそらくイグナスは、こう言った場に立たされた時、自分が皇太子の腹違いの兄弟だと信じさせられる所作も徹底して教えこまれていたのだろう。
皆は彼をそういった目で見ているが、俺はそこにイグナスがいないのがわかるのでとても変な感じがしていた。
さっきまでへらへら笑って俺に手を降っていたイグナスの方が何倍も中身があるのに、誰もその事に気づかない。

「私は南の国の経済状況、つまりは金銭の流れを間近で見ていましたが、アズマ・サークの言っている事は事実です。以前は中央王国よりも西の国との取引が盛んだったのですが、ここ半年ほどで突然中央王国の方々との取引が増大しました。それは友好訪問後にめざましく増えまして、私はてっきり、民間の噂とは違い、公表は控えられていますがこちらの第三王子殿下との婚約が内々で決まったのかと思っておりましたので、本日、この裁判を傍聴させて頂いて、大変驚いている次第です。」

イグナスの話し方、その内容は、南の国の経済状況を見ていた人間の話としてとても信頼できるものに聞こえた。

いや事実なんだけど、俺にはやっぱりイグナス本人の気配が希薄な状態で話している言葉は何となく嘘くさく感じてしまう。

とは言え、俺の持っている感想なんてどうでも良いのだ。
大事なのは、この法廷の場にそれがどのように受け取られるかだ。

「恐れながら、ええ……エズラ氏、それは本当なのですか?」

正体を伏せろと支持された為、議長もイグナスをどう扱っていいのか悩みながら発言している。
証言者に対して議長が恐れながらとか言ったら駄目なんだけど、それどころじゃないよなぁ。

「はい、議長。事実でございます。中央王国の貴族の皆様が南国株式を大口で買われている事も、別荘地として土地や建造物をお持ちなのも事実でございます。もし宜しければ私が覚えている限りで株や不動産の所有者をお教えできますが、いかが致しますか?」

議長は困って補佐達と相談している。
そして咳払いをして答えた。

「それはまた後日、必要になりましたら改めてお願いさせて頂きたく思います。今日の所はその証言を頂けました事で十分かと思います。そうだな?ラティーマー?!」

議長はイグナスの扱いに困り果てて、ガスパーに話を振ってきた。
ガスパーも突然振られぎょっとしたが、議長達がさっさとこの男を引っ込めてくれと懇願している事がわかったのか、小さくため息をついて頷いた。

「はい。我々の調査を証明する発言を頂けましたので、こちらからは何もありません。原告側の皆様は宜しいでしょうか??」

転んでもただでは起きない。
ガスパーはある種のトドメとばかりに第二王子派に話を振った。

ミード伯爵とメートランド子爵においては、もう可哀想な感じになっていてそっとしておいてやろうと言う気持ちにしかならない。
フレッチャー公爵においても、流石にイグナスの登場には色々な意味で対応しきれないのだろう。
黙ってコクリと頷いた。

そんな訳でイグナスは退場となった訳だが、本人は傍聴席に戻ろうとするのだが、身の上がわかった以上は王国もイグナスをそのままにはできない。

「え?私は向こうに帰りたいのですが?」

「申し訳ございません。手続き等もありまして……ひとまずこちらに来て頂かなければならなくて……申し訳ございません……。」

少しだけもめながらイグナスは奥に連れらて行った。
ごめんよ、イグナス。
俺にもそこの部分はどうにもしてやれない。
すぐ戻れなかったら、全部終わってから俺かシルクかレオンハルドさんが迎えに行くから……。

とは言え、このまま事が進むと危険に巻き込まれる恐れがあったので、俺は急いて紙で指先を切ると出た血で蝶を作るとイグナスにくっつけた。
これで最悪連れ去られたり軟禁されたりしてもどこにいるかはわかるし、危険が近づけば安全な方へ導いてくれる。
守りとしては弱いが、イグナスの正体がわかった以上、王国も死ぬ気で守るだろうしな。


「……まさか、生死不明の弟君を拐ってくるとは……。たいした度胸だな、アズマ・サーク……。」


イグナスのてんやわんやに気を取られていると、誰かがそんな言葉を呟いた。
振り向けば、完全に人間である事を捨ててしまったようなフレッチャー公爵が、狂気に飲まれた顔付きでそう言った。
ぐふぐふとおかしな含み笑いをして、あまりの異様性に、ガスパーはたじろいで顔を青くする。

「どういう意味ですか?それは……。」

ガスパーが尋ねるが、公爵は聞いていないのかそれに答えなかった。
正気を失った顔が目を飛び出させて語りだした。

「……思い出したわ……。かつて、ラティーマー家に神童が生まれたと騒がれた事があった……。だがすぐに普通の子と何ら変わりない、むしろ問題児だった事がわかり、その噂は消え失せた……。その子供が育っていれば、ちょうどお前程の歳だろう、ガスパー・サジェス・ガスゥダールストヴィンヌイー・ラティーマー……。」

フレッチャー公爵は言った。
何故、フルネーム?!そして訳さず長々した名前をスラリと言えるとは、さすがは古参の王の血族と言えばいいのだろうか?
場違いにもちょっとおかしいのだが、とにかく顔が正気じゃない。

「そうかそうか……お前は頭が良すぎたんだな……だからあえて自分自身を間抜けに見せて守ったのか……。ははは……そのまま隠れていれば良かったものを……。どうして戻ってきた??ん??その男か??その男がお前をもう一度、この世に引き戻したのか?!」

フレッチャー公爵はそう言いながら、ジリジリと原告側からガスパーに詰め寄ってきた。
ゆっくりとした緩慢な動きだが、誰も何故か動く事ができない。

フレッチャー公爵は異様だった。
議長も法廷人も警護担当者もその異様さに飲まれていた。

それは法廷内にどんとん充満していき、これ以上は危険と判断したマダムがその場で立ち上がる。
マダムの行動で我に帰ったのか、フードの者たちがさっと場内に散った。

マダムはそれに片手を耳横に上げる。
まだ動くなのサインだ。

「……ガスパー、下がれ。」

俺は机を飛び越えて前に出ると、固まっているガスパーを背後に庇った。

くつくつと笑い続けるフレッチャー公爵を、この場にいる誰もが身動きする事も敵わず、固唾を呑んで見つめていた。
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