欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

海の底に響く音

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海を見た。

海の中は思ったより騒がしい。
音…とは違う音。
俺が日常聞いている陸上で聞く音とは異なるそれは、やはりざわざわと騒がしい。
海の中は無音だと勝手に思っていたから、何だか驚いた。

色とりどりの魚。
海藻、珊瑚。

海の中は思った以上に鮮やかだ。
東の国の周りの湖の魚はこんなに派手じゃない。
こんなにも目立つ色をしていて、大丈夫なのだろうか?
それともむしろ、派手にアピールしている方が安全なのだろうか?

確かに地味な色の魚は群れを成して、大きな魚に追われている。
それにしても、海の生き物は変なのが多いな?
何だってあんなに孔雀のようにヒレを広げてるんだ?
なんだってこんなおかしな見た目をしているんだ?

突然、岩が飛んで来た。
びっくりしたら、水が黒くなっていて、どうやら墨を吐かれたらしい。
ああ、蛸が擬態してたのか。
その蛸はもう何かに擬態してしまったのか見当たらない。

何か街の中を歩いてるみたいだなと、そんな事を思った。
そして街があれば閑散とした場所もある訳で。

段々と街の喧騒を離れ、魚などの生き物も少なくなる。
しばらくはそんな海の中を漂う。

たまに亀や大型の魚や海獣と擦れ違う。
皆、お互い見てみぬふりをしている様に関心がない。
海の礼儀作法なのかもしれない。

海はどんどん色濃くなっていく。
奥に行けば行くほど音が変わる。
無音に近いのに、やはり音がする。

うねるような低い響き。
それは海流の音なのかもしれない。

遠くで何か大型の海洋生物が鳴いている。
高い音、低い音。
こんなに深い所に来ても、海はやっぱり無音じゃなかった。

暗く深く、進めば進むほど重い水の圧力はギシギシと体を締め付けてくる。
それを硬い体の鱗が守っている。

……硬い体の鱗??

はたとそれに気づいた。
そうか、俺は海竜の記憶を見ているんだ。

それに気づいた瞬間、俺とそれは別れた。
深海の底で俺達は向き合った。

目の前に海竜がいた。

蛇のように体が長く、でもヒレがあって、当たり前だけれど竜の顔をしていた。
ヴィオール達飛竜よりも細長い顔をしている。


……アリガトウ、キレイナウミ、オモイダセタ。


頭の中に歌うような音が聞こえた。
リリとムクの歌のような、リアナとラニの歌のような、そんな音。

……コレデ、カエレル……ウミニカエレル……。

俺が結界の中で聞いていたあの鳴き声は、もしかしたら海の中ではこういう音として聞こえたのかもしれない。
もっとも、あの時の鳴き声が言葉として聞こえても、あまりいい歌には聞こえなかっただろうけれども。

「そうか、帰れるのか……良かった。」

俺は安心した。
呪いになったものを壊したら、どこに行くのか気になっていた。
俺の都合のいい夢なのかもしれないが、それでも安心した。

……ソレヲ、ノコシテ、スマナイ……。

それ、と言われた時、俺の足元から……背後から、黒くどす黒いねっとりとした闇がまとわりついてくるのを感じた。

ああ、そうか。
これは全部は壊せなかったのか。
でも海竜が開放されたのならそれでいい。

「いいさ。これは人の業だ。お前が持っているべきものじゃない。これは人である俺がもらうよ。何も気にしなくていい。」

俺がそう言うと、海竜は不思議そうに首を傾げた。

……モリノヌシハ、ヒト?

綺麗な大きなガラスの様な目が俺を見ている。
俺は少しビクッとしてしまった。

「……森の主……。」

一番はじめにリリとムクに言われた言葉。
その時は何かわからなかった。
だが、人ではないと言われるようになってそう呼ばれると、自分が何者かわからなくなる。

……モリノヌシハ、ヒト。オボエタ。

けれど海竜はあっさりそう言った。
その言葉が俺を人として繋ぎ止めてくれた。

「うん……俺は……人間だよ。そうやって生きてきたんだ。だから人間だよ。」

……ウミニ……カエル、ハハナルウミニ……。

「うん。」

……モリノヌシ、アリガトウ……。

「いいんだよ。お前は何も悪くないんだから。」

……アリガトウ……。

ゆっくりと俺と海竜は離れていく。
海竜は深く海に沈んで行き、俺は次第に粘着質の闇に飲み込まれていった。










「があああぁあ"あ"ぁぁぁ……っ!!」

俺はまた、自分でも出した事のない声を上げた。
いや、出した事はある。
ヴィオールを呪いごと取り込んだ時にもこうやって叫んだ。

痛い。

痛いなんてもんじゃない。
内臓が切り裂かれながら焼かれている。
皮膚が濃硫酸で溶かされている。

俺はまだ生きているのにっ!!

目を開けると光が刺さる。
閉じるとガラスが入り込んでいるようで閉じていられない。
口の中がビリビリ痛み、動かすとそこから皮膚が避けていくような感覚。
だが苦しくて叫ばずにはいられない。

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁっ!!」

頭の中に大きな虫が何匹もいて、脳を食い荒らしている。
骨が動く度に砕けるようだが、痛すぎてじっともしていられない。
俺は床の上でのたうち回った。

「サークっ!!」

「主っ!!」

「サークちゃんっ!!」

皆が口々に俺を呼んだ。
何人かが近寄ろうとしたが、俺から呪いの瘴気の様なものが漏れ出していて誰も近寄る事ができない。

壊しきれなかった呪いが俺の中にある。
海竜が開放され、俺に取り付いた呪い。
それは竜の血の呪いに近いものだ。

ボーンさんが浄化してくれたし俺もだいぶ壊したけれど、おそらくこの王宮いやこの街くらいは呪えるだろう。

「……く、来るな……っ!!誰も来るな……っ!!」

俺は息も絶え絶えにそう告げた。
だからこの呪いは外に出す訳にはいかない。
このまま俺の中に閉じ込めて置かなければならない。

あ~、本当。
ウィルと結婚式上げとけば良かった。

でも、あげなくて良かったのかも。
だって結婚式を上げてしまったら、ウィルを未亡人にしてしまう事になるから……。


「……このまま!!俺ごと壊せ……っ!!」


最後の力を振り絞って叫んだ。
辛かったし、苦しかったけど、それを伝えなければならなかった。

口々に俺の名を呼んでいた声が止まった。
俺の言葉に場はしんと静まり返った。

そうするしかない。
このまま俺の中に閉じ込めて、俺ごと壊すしかない。
でなければ呪いが、王宮を、街を滅ぼしてしまう。
そんな事をさせる訳にはいかなかった。

この街が好きだ。

なんだかんだ逃げてきただけの街だったけど、ここが俺を受け入れてくれたから今がある。
ここを離れて逃亡したけれど、帰りたいとずっと思っていた。

この街にはウィルがいる。

この街にはギルとシルクがバカみたいにイチャつく光景がある。

ライルさんとサムが笑っていて、ガスパーが脳筋脳筋って怒ってきて、我関せずとイヴァンが爽やかに微笑んで、隊の皆が馬鹿やってて、ライオネル殿下がのほほんとお茶を飲んでいて、班長が面倒臭そうにしてて、リグが子犬みたいに誰かを口説いてて、外壁警備の皆が飲んだくれてて……。

この街が好きだ。
皆がいるここが好きだ。
俺をそのまま受け入れてくれたここが好きだ。

東の国が故郷ならここが俺のホームだ。

だから守りたい。
身勝手かもしれないけれど、今、この街の為に俺にできる事はそれなんだ。

「そんな事!!できる訳ないでしょう?!」

師匠が悲痛な叫び声を上げる。
でも多分、師匠が一番今の状況をわかっているはずだ。

俺は顔だけ向けて師匠の目を見た。
師匠が涙ながらに、グッと奥歯を噛むのが見えた。

ああ、わかってくれている。
そう思えた。

ゼイゼイと息をするのがやっとで、もう、叫ぶ力もない。
痛みと苦しみで、もう、正気でいられる時間は少ない。

気を失ったら完全に呪いに飲まれる。
飲まれたら、どうなるかわからない。

だから俺の意識があるうちに、俺が呪いを自分の中に閉じ込めていられるうちに、俺ごと壊すしかないのだ。

皆、消耗しきっている。
俺を浄化しきれる魔法師も、結界を張れる魔術師も残っていないだろう。

だが、残りの魔力をもって全員で攻撃すれば、俺一人殺す事は可能なはずだ。
そしてそれが一番いい選択である事も、誰もがわかっているはずなのだ。

それでも選択できないのだ。
それはわかっている。

でも、もう時間がない。

早く……頼むから、早くしてくれっ!!

俺はもう、意識が飛びかけていた。
ここで判断を誤ったら、呪いが広がってしまう!
お願いだから、俺を早く殺してくれ…っ!

そんな中、2つの影が動いた。


「サークっ!!」

「主っ!!」


ウィルとシルクが叫んだ。
ごめんな、もう、返事もできないよ……。

二人が周囲が止めるのを振り切ろうとしている。
馬鹿だな、二人とも。
来るなって言ってんのに……。

でもま、瘴気で近寄ることは無理だろう。
俺はもう、呪いを自分の中に閉じ込める事にだけ集中して目を閉じた。
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