欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

女神たちの決断

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「主~大丈夫~??」

シルクが心配そうに水と薬を差し出してくれた。

次の日。
俺は遅くまで王様のグチグチに付き合ったせいで、二日酔いになった。

王様の恋愛話とか訳のわからん話も聞いたが、ライオネル殿下の事も聞けたので無駄ではなかった。
とは言えいかんせん二日酔いになるほど飲まない人間なので、これをどうしていいのかわからずベッドの中で唸り続ける。

しかし今日も会議がある。
回復をかけて行こうとしたら皆に止められた。
まぁ、それで途中で吐いたりしても大惨事だよな。
まだ目覚めて間もなく疲れもあるのだから休んだ方がいいと言われ、ウィルが代わりに会議に出てくれるという事でガスパーと軽く打ち合わせをして出掛けて行った。

何か皆に迷惑かけてて駄目駄目だ。
俺はとりあえず午前中は休む事になり、シルクが宮廷医務室で薬を貰ってきてくれた。
それを飲んで横になる。

「少し寝る?」

「わかんない……これ、どうなるの??」

「う~ん?俺も二日酔いにならないからわかんない。」

シルクも経験がないらしく困っている。
風邪などとも違うし、どう看病したらいいかわからないようだ。
俺も基本的には飲まないのでわからない。
だが薬が効いてきたのか、気持ち悪さも目眩のような頭痛も治まってきて、知らないうちに眠ってしまった。

はたと目が覚めると、頭に冷したタオルが乗せられている。
いや、とてもありがたいが風邪で熱がある訳じゃないからあんまりいらないかな……?
俺はタオルをずらして目の上に置いた。
何となく気持ちいい。

「あれ?目の方が良かった??」

シルクの不思議そうな声が聞こえて、俺はタオルをどけて顔を見た。

「いや、ちょっと目も冷やしたくなったからやってみただけ。どれくらい寝てた?」

「1時間ちょっとくらい。気分はどう??」

「だいぶ楽になった。ありがとう。」

「何か飲む?食べたい物とかある?」

「ん~とりあえず暖かいお茶が欲しいかも。」

「わかった。」

シルクは立ち上がると上手に紅茶を入れ始めた。
その姿を見て少し笑ってしまう。

「はいどうぞ……って、なんで笑うの?!」

「いやだって。上手に入れてるなぁって思って。」

森の街で初めて紅茶を入れようとした時、シルクは茶葉をグツグツ煮たのだ。
どうやらそうやって村ではお茶を入れていたらしい。
使っている茶葉や標高が高くて沸点が違うとかからくる習慣の違いだった。
こっちでもミルクティーとかはそうやって入れたりもするけど、基本紅茶はそういうものじゃないからえらく渋くて黒々したお茶ができ、リリとムクも目をまん丸くしていたのが印象的だった。

「ちょっと!主!いつの事を思い出してるんだよっ!!」

シルクも俺が何と比べているかすぐにわかったらしく、顔を赤くして怒った。
まぁそうだよな、あの後、俺だけじゃなくて森の街の皆から礼儀作法を習う時にお茶の入れ方を教わっていた。

「いやいや、あのシルクが執事さんみたいに上手にお茶を入れるから、ちょっと感動した。」

「いい執事さんになれそう??」

「うん。なれそう。」

俺の答えにシルクが笑った。

何か懐かしい。
この国に溶け込むためにジタバタしたあの頃が。
そんな頃があったんだ、俺達には。
今じゃすっかりシルクもこの国に馴染んでしまった。

「……主。」

「ん?」

ふんわりと笑っていたシルクが、急に思い詰めた様な表情をした。
俺はカップをサイドテーブルに移して、そんなシルクを真っ直ぐ見つめる。
シルクは意を決したように口を開いた。

「俺、しばらく主と離れようと思ってる。」

「え……?」

「もちろん、主が許可してくれたらだけど……。」

顔を見ればわかる。
シルクは何かを決心したんだ。

俺は何も言わず、悩むように少し震えているシルクの手を握って頷いた。
そこから、ぽつぽつと言葉を探しながらシルクが話すのを黙って聞いていた。








そうか、と思った。
俺は横になってぼんやり天井を見上げた。
それをウィルが心配そうにのぞき込んでくる。

「まだ、体調が優れないのか?」

「違うよ、体調はもう大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだよ。」

ウィルがそっと俺の髪を撫でてくれた。
その手が優しくて俺は目を閉じる。

「心配事か?」

「ん~ん。シルクがさ、修行に行くって言ったんだ。だからちょっと寂しくなってさ。」

そう、シルクの話は修行としてしばらくレオンハルドさんについて行くというものだった。

シルクはレオンハルドさんに再会した事によって、自分の甘さや弱さを確認した。
その中でも、俺と離れる事に異常な恐怖心を持っている事を克服したいと言った。

俺はシルクの俺に対する執着は、主となったからそういうものなのだと思いこんでいたが、どうやらそれだけでは無いらしい。
シルク自身もわかっていなかったが、シルクの俺に対する執着は、一種のトラウマから来ているのだそうだ。

シルクは村を失った。
全てを失っていたシルクに、俺が全てを与えた。
だから俺が全てになってしまったのだ。

他によりどころがないのだ。
故郷も、家族も、同族も、仲間も、何もない。

だから無意識に俺を失う事を恐れた。
側を離れる事が怖くて仕方がなかったのだ。

それがレオンハルドさんという同族であり師匠である人と再会し、またギルという俺以外に大切な相手ができた事で、その執着から少し離れる事ができたのだと言う。
そしてその二人から、俺に対する執着がおそらく村を失った事からくるトラウマだと指摘され、何となく納得できたのたそうだ。

確かにカイナの民にとって、主はかけがえの無い絶対的な存在なのだ。
だが主の不都合になるほどの執着は、むしろ禁じられるべきものだ。
だがシルクはその抑えが効かない。

それはまだ10代半ばという年齢で目の前で全てを失ったシルクのトラウマが、また失う事を恐れるあまり引き起こしていた執着なのだ。
それが理解できたから、今度はそれを克服したいとシルクは言った。

「何かな~、シルクがベタベタ甘えてくるのに俺も甘えてたのかも。いなくなるって言われるとちょっと寂しい。」

そう言った俺にウィルは静かに微笑んだ。
優しく撫でてくれる手が愛しくて、その手を掴んで口づける。

「ウィル……?」

ふかふかの大きなベッドに横になる俺を、ウィルが見下ろしている。
その顔がどこか哀しげでせつなげで、俺はその青い双眸を黙って見上げていた。

ああ、と思った。

「サーク……こんな時に言うのも何なんだけど……。」

「……うん。ウィルも決めたんだね。」

俺は笑ってそう言った。
手を伸ばして、その顔を撫でる。

途端、ウィルの顔から笑みが消えて、俺に抱きついてきた。
グッと強く抱きしめられ、俺はその背中をトントンと叩いてあげる。

「ごめん……。」

「なんで謝るんだよ。その為に俺はボーンさんを探してきたんだよ?」

「うん、ありがとう……。」

ウィルはしばらく俺に抱きついたまま、何も言わなかった。
俺が気を失った後の事は、ボーンさんとアレックに聞いていた。

ウィルが俺の呪いを浄化した。
夜の宝石の力で。

まるで絵本の再現を見ている様だったとアレックは言った。
ウィルの流した涙が俺の呪いを浄めた。

フレデリカさんも交えて少し話し、あれはウィルの夜の宝石の力だったと結論づけた。
ウィルの魔力は普通は外に出ない。
魔法を使うように祈ったりしても、魔術の様に公式を使っても、それが外に出る事は無い。
だがその血には確かに魔力が流れている。

俺はそれが涙だから可能なのだと考えた。
涙は血液中の水分から作られる。
だから原理はわからないが、夜の宝石が浄化の力を使う時、血の中の魔力を涙として放出するのではないかと思うのだ。

普通の涙と浄化の涙がどう違うのかはわからない。
だがそこが夜の宝石が回復能力者、魔法の起源と言われる部分なのではないかとボーンさんは言った。
つまり、強い願いによって生み出された涙に力が宿るのだ。

願い、祈りによって魔力を使う回復能力者であり魔法使いの大本なのだろうと。

「俺はサークが呪いの中に入っていった時、とても自分の無力さを感じたんだ。」

「うん。」

「あれが呪いなら、俺にはそれをどうにかできる力があるはずなのに、どうしていいのかわからなかった……。」

「うん。」

「その方法を知っていれば、サークをあんな危険な目に合わせずに済んだのに、俺にはどうしていいのかわからなかった。」

「うん。」

「結局、サークに頼りっぱなしで、結局、サークが呪いを取り込んで自分の中で押さえ込んで、自分ごと壊そうとして……。」

「うん。ごめんね。」

「俺には呪いを癒やす力があるはずなのに、何もできなくて。サークがあんなに苦しんでいたのに、何もできなくて……。」

「でも、癒やしてくれたじゃないか。ウィルが。ウィルが俺を助けてくれたんだよ?」

「そうなのかもしれない……でも……それがどうしてなのか、わからないんだ。」

「うん。」

「ボーンさんが言うには、涙で浄化したらしいんだけど、それがどうやって出したのか俺にはわからない。わからなかったら、また同じ事が起きたとしても、俺は何の役にも立たないだろ?そんなのは嫌なんだ……。」

「うん……。」

俺はゆっくりと話すウィルを、ただ抱きしめていた。
体を起こし、ウィルが楽な体制にして、そっと抱きしめていた。

「ボーンさんのところに行ったからと言って、なにができるようになるのかはわからない。でも、このまま何もしないでいたくはないんだ。」

少し震えているウィルの体を俺は抱きしめて、気持ちが落ち着くのを待った。
そして少し体を離し、その淋しげな青い瞳を見つめた。

「ウィル。俺はね、あの時ウィルが浄化の力を使えても、使わせなかったよ。」

「え……?」

「ウィルがもしあれをすんなり浄化できたのなら、それはウィルの血に力がある証明になる。だからやらせなかったと思う。」

それを聞いて、ウィルは何を俺が言おうとしているか理解してくれた。

今、ウィルが夜の宝石である事を、その血に力がある事を不特定多数に知られるのは危険だ。
どこでどうそれが広まるともしれない。

「あいつは危険だ。身を守る方法で一番いいのは、あいつに気づかれない事だよ。」

「……でも、彼が必要としている血とは違うかもしれない。」

「血に力がある事だけじゃない。ウィルが夜の宝石である事もあいつには利用価値がある。だって、呪いを浄化できてしまうのだから……。」

あいつは力のある血を集めている。
その過程で呪いが生まれる事は、あいつもわかっているだろう。

呪いは厄介だ。
利用もできるが、下手をすれば大惨事になる諸刃の剣だ。

強力な血を集めようとすればするほど、強力な呪いが生まれる。
そこに竜の血の呪いも浄化できる者が現れたら、あいつは必ず手に入れようとするだろう。
俺は抱きしめているウィルに寄りかかってため息をついた。

「あいつはしつこいよ?本当、嫌になる。」

は~っと息を吐くと、ウィルは少し笑って、俺を撫でてくれた。

「そっか。」

「うん、そう。」

そして少しだけ顔を見合わせて笑い会う。

「ウィル、これだけは覚えていてね。俺はウィルに魔法使いになって欲しい訳じゃないんだ。でも、こうやってウィルが自分の力に悩む時が来ると思ってボーンさんを探した。だから、魔法が使えなくて構わないんだ。だってそうだろ?ウィルが魔法を使えるようになっちゃったら、俺、ウィルに何もしてあげる事がなくなっちゃうじゃん。」

少しおどけてそう言うと、ウィルがおかしそうに笑った。
淋しげな顔はもうそこにはなかった。

「別に魔術が使えるからサークが必要なんじゃないぞ?何もできなくてもサークは俺に必要だよ。」

「俺も。ウィルが何もできなくても、俺にはウィルが必要なんだ……。」

真っ直ぐにその青い瞳を見つめて俺は言った。
ウィルがまた、ぎゅっと強く俺に抱きつく。
俺はそれを抱きしめ返した。

「……ウィルが、自分で自分の力に納得できるようになればいい。俺はそう思ってるよ。」

「ありがとう……サーク……。」

昼下がり、俺はただ、そうやって大切な人を抱きしめていた。
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