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第八章③「帰国裁判」
旨いモノにはオチがある
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晩餐会は何気に上座に配置されてビビった。
とは言え、流石に王様と同じテーブルではなかったので良かったけど。
王様のテーブルの両サイドに、皇太子と第二王子のテーブル、第三王子のテーブルと言った形になっている。
なので俺達は当然第三王子であるライオネル殿下のテーブルなのだが、そこでどどんと上座側に席がある。
ほぼ平民の俺には異例の待遇と言っていい。
一応、今回の立役者という事を考慮されたんだろうけど、爵位からいっても普通はこんな上座側に俺の席があるなんてのはおかしい。
このテーブル。
ライオネル殿下の周りはそれなりの貴族が囲み、ギルをはじめとする警護部隊の面子が爵位と親しさの順で並んでいる。
だからシルクなんてかなりの上座に行ってしまい、物凄い顔をして固まっていた。
う~ん、ギルのパートナーとなるとこういう事も起きるんだな……。
シルクもそれなりの覚悟はしていたみたいだけど、いざその場になるとやっぱりプレッシャーは半端ないだろう。
多分、飯の味なんかわかんないだろうなぁ。
それでも森の街でマナーを習っていたし、ギルと良く食事に行っていたのでその辺は最低限大丈夫そうだし、何より隣でさり気なくギルがフォローしてる。
問題の会話についてはシルクはある意味プロだ。
近くに座った会った事もない高慢そうな貴族相手に、営業スマイルでトークをブチかまし笑顔を引き出している。
「流石だね、シルキーは。」
それを俺と同じように見ていたイグナスが言った。
俺の前の席で、ニッコリ笑う。
「……何でイグナスはここの席なんですか?」
「流石に私が国王陛下と同じテーブルに付く訳には行かないじゃないか。そうだろう?」
まぁそうだよな。
王様の旧友である、マダムを始めとした30年前の英雄たちは王様の近くに配置されている。
ただ、イグナスを気にかけてるレオンハルドさんは、執事ですのでと言って晩餐会の席につく事そのものを辞退している。
だからイグナスは俺の側に配置されたらしい。
南の国の第二王子とは言え、非公式な存在だから王宮も対応が難しいのだろう。
「その後どうです?」
「変わりないよ。とても良くしてもらってるし、私を迂闊に外に出せない事情も理解しているしね。」
「その……ごめん。証言してもらったばかりに、こんな事になってしまって……。」
イグナスはこの国に来て、自由に生きるつもりだったと思う。
けれど王宮でその身分を証した事によって、結局、閉じ込められる生活になってしまった。
「ははは、証言したいと言ったのは私だし、気にする事はないよ。確かにちょっとこの変化の少ない生活には飽きてきたけど、レオンさんが色々気にかけてくれるし、マダムが協力して下さる様だし。」
マダムの事を言ったイグナスはまるで女神に祈るような顔をした。
え?!何??
イグナスってマダムが好きなのか?!
ちょっとよくわからなくて、引いた顔をしてしまう。
「サーク、君は……一番マダムに気に入られているのに。」
「いや、それは一応ありがたいけど……な。」
気に入ってるのか、いい金蔓なのか……。
とりあえずマダムにとって都合のいいカモであることには変わりない。
複雑な顔をする俺をイグナスは明るく笑った。
今日はここに彼はいるんだなと、そんな事を思う。
「それよりサーク、私は君と商談がしたいのだがどうかな?」
「商談!?」
俺はちょっと素っ頓狂な声を上げてしまった。
隣の席の貴族(ちゃっかり入り込んだウィルのファン)と話していたウィルは、俺の声に顔を向け、軽く窘めてくる。
その様子をイグナスがしげしげと見ていた。
「サーク、そちらのハンサムな人を私には紹介してくれないのかい??」
イグナスからそんな言葉が出る。
この場で紹介しないのもおかしいので、俺はちらりとウィルを見てそれから言った。
「ウィル、こちら南の国から来たイグナチウスさんだよ。軽く話したよね?で、イグナス。このハンサムな美人が俺の婚約者。ウイリアムです。惚れたりしないで下さいね。」
俺が釘を指すように言うと、イグナスはおかしそうに笑った。
「ん~、それは約束できないな。」
「なら、私に惚れて下さっても構いませんので、サークには惚れないで下さい。」
「ちょっと!ウィルっ!!」
「あはは、中々手厳しい人だね。私もウィルと呼んでも?」
「構いません。イグナチウスさん。」
「うん。できればイギー、もしくはイグナスと呼んでもらえると嬉しいんだけど?」
「わかりました、イグナスさん。」
そこでイグナスはぶっと吹き出して大笑いした。
なんで笑われているのかわからず、俺とウィルは顔を見合わせる。
「……失礼。あまりにも二人が同じ対応をするからおかしくて……。サークもなかなか私をイグナスと呼んでくれなかったからね。うん。夫婦になる間柄だと、お互い似てくるというのは本当の様だね。」
そう言われ、俺とウィルは少し顔を赤くした。
イグナスは悪いやつではないんだけど何となく身構えてしまう。
それがウィルにも伝染していたようで、俺達は顔を見合わせてちょっと困ってしまった。
「そう言えば、二人が国王陛下からもらう家は、王宮都市かい?それともフライハイトかい?」
「場所や物件はまだ決まってないんだ。こちらで選んで決まったら知らせるって形でね。仕事はこっちだから、王宮都市に持つつもりなんだけど……。」
「やはりそうか。それでさっきの商談の事だけどね、サーク。私を雇わないか?」
イグナスは意外な事を言い出した。
何を言われているのかわからなくて、一瞬戸惑う。
どういう事だろう??
「どういう事です?イグナス??」
「うん。おそらく君は王宮都市に住み続けるだろうと思ったんだ。だが、君には領土がある。その管理もしなければならない。君は聞いた所、ご家族が近くに住んでいる訳ではないと言う話だから、誰か管理者が必要になるだろう?」
「……それを、イグナスに??」
「うん、どうかなと思ったんだ。確かに私も領土の管理というのはやった事はないけれど、長年、大御所達と過ごしてきてそれなりに経済や領地管理については学んできた。私には冒険者は向かないかもしれないが、そういった事ならやっていけると思ったんだ。それにマダムがいる場所だ。色々学ぶ事も多いと思ってね。君さえ良ければだけど。」
俺はイグナスの顔を見て考えていた。
イグナスの顔は、それまでにないくらい生き生きしていた。
何かを自分で売り込んで、そして行っていこうという気持ち。
それが今、ここにイグナスを存在させていた。
「確かに……誰かに任せないと行けない所だし、イグナスのこれまでの経歴から考えても合ってる気がする……。でも、俺、イグナスを雇えるだけの財力がな……。」
「ん~。手始めにある程度もらって、後は領地運営の中から歩合でもらうっていうのはどうだい?今ならサークも今回の報奨金があるだろ?後は私自身の領地運営の腕でどうにかする。もちろん勝手に何かしたりはしない。君の領土だからね。はじめのうちはまめに相談して方向性や何を中心に置くかを決めて、それの運営状況から予測を立てて……。」
イグナスが具体的なプレゼンをしてきた。
ウィルも真剣に聞いている。
いつの間にか、周囲にいた人全員がその話に聞き入っていた。
それほど見事なプレゼンだったのだ。
「と言う感じなんだけど、どうかな?」
「素晴らしいですな!アズマ男爵が雇わないなら、ぜひ家に来て欲しいくらいだ!」
絶賛され、イグナスは少し照れたのか、はにかんで笑った。
なんだ、そんな顔もできるのか、イグナスは。
プレゼンも良かったが、自分の力で生きていこうとするイグナスが確かにそこに居て、そして嘘でない素の自分を取り戻し始めている事がとても印象深かった。
「イグナス。一つだけ問題がある。」
俺はイグナスの案を受けるつもりで真っ直ぐに彼を見つめた。
イグナスもその部分はわかっているらしく、俺を真っ直ぐに見返し頷いた。
「ああ、マダムの力をお借りしようと思っている。」
俺が何を言いたいか、それに対しての答え。
イグナスは非公式とはいえ、南の国の第二王子だ。
それを公表する事はできないし、だからといって見なかったことにできる相手ではない。
だから王宮も扱いに困っているのだ。
国境を閉鎖したとはいえ、まだ南の国とは完全な敵対関係になった訳ではない。
だから今は、臨時的に外に出さないという方法を取っているのだ。
王宮から出すにはそれなりの後ろ盾が必要になる。
にわか貴族の俺ではそれに対抗できないが、今回、所在地政治離脱権限を施行してクーデターを抑えたマダムは、政府に一目置かれる存在だ。
何より、かつてジョシュア国王の大いなる功績を助けた四天王が一人、広天目の異名を持つマダムに、国王は全く逆らえないというか逆らわない。
それも問題あると思うのだが、マダムがイグナスを預かると一言言えば、厄介だと思っている政府は喜んでイグナスを外に出すだろう。
非公式な第二王子を預かっているというのは、ある種の火種でもあり、切り札でもある。
政治的には微妙な存在だ。
できれば関わりたくないというのが、政府中枢の考えだろう。
だが、今は厄介な存在でも人質として切り札的なカードになるもなるので、いざという時は使おうとするだろう。
政治としては仕方のない事だが、ずっとそれに人生を振り回されてきたイグナスの事を考えれば、そんな事はさせる訳にはいかない。
そういう意味でも、マダム、つまりギルドが一枚噛んでいれば、そう簡単に政治的に良い様に利用されたりはしないだろう。
だとしたら、イグナスが自分を生き、そして守られ続ける場所としてはフライハイトはもってこいかもしれない。
「そうか……。」
「どうだい?私を雇うかい?」
「ああ、お願いするよ、イグナス。」
「交渉成立だね。サーク。」
イグナスの差し出してきた手を俺は握った。
これは大きな賭けでもある。
イグナスを置くと言う事は、南の暗殺者をフライハイトに招く事になるかもしれない。
そうなればギルドの仲間を危険に晒す事になる。
俺はこの時初めて、領土を持つという事、そこに住む人々を俺が守らなければならないのだと強く意識した。
「とは言え、まずはマダムに話をしてみないとだな……。」
そうは言っても、マダムがうんと言わない限りは、この計画はおじゃんになる。
マダムはイグナスを気に入っているようだったので、多分、協力してくれるとは思うけれど、どうだろう??
「そこは問題ない。既に話は通してある。」
「え??」
どう話を持っていこうか考えている俺に、イグナスは何でもないようにそう言って、運ばれてきた魚料理を上品に口に運んだ。
ぽかんとしながら、俺も真鯛のポワレを口に含む。
……美味いな、これ。
思わず色々忘れてもごもご堪能する。
ってそれどころじゃなかった。
「どういう事だ?もうマダムの了承は取ったのか??」
「あぁ、既にマダムとは話がついている。だからサークが私に任せると言えば、それでもう交渉成立なんだ。」
イグナスはニッコリと笑った。
どうやら御膳立ては全て終わっていたようだ。
さすがは南の大富豪達に揉まれて来た男だ。
プレゼンから何までさらりとやってのけたイグナスの手腕に脱帽して笑った。
「流石だな。」
「それでなんだが、サーク。色々な事を考慮して、領地館をマダムのギルドと同じ建物にしたいんだが……。」
俺は魚料理の残りをぺろりと口に入れながら話を聞いていた。
あの酒場兼ギルドの建物を??
2階建てで宿にもなるから、確かに部屋はあるだろうけど、あそこを領地館として使うのか??
しかもそれをマダムが許したのか……。
「あの建物をか……。一部を領地館に使っても良いってマダムが言ったのか??」
「建て替えるんだよ。」
「……は??」
「だから、建て替えるんだよ、サーク。」
「誰が?!」
「それはもちろん。領主様がさ。」
イグナスは楽しそうにそう言った。
俺は固まって何度も瞬きをした。
建て替える??
あの、酒場兼ギルドの建物を??
俺が??
その瞬間、俺には全てがわかった。
何でマダムがこんな面倒そうな事を簡単にOKしたのか。
「~~~っ!!抜け目ないっ!!本当~っ抜け目なさすぎるっ!!」
確かにマダムの側に置いておくのが、イグナスにとって一番安全だ。
そして俺の領土の中では、おそらくギルドのある街が一番メインになってくる。
俺は領地に城を建てようとか、屋敷を建てようとか思っていなかった。
だからそこに領地館を置く事が一番手っ取り早いのだ。
その二点から考えれば、マダムとイグナスを同じ建物に置く事、つまり領地館でありギルドである建物を立てれば、全てが解決する。
そして恐らくマダムはそれを見越していた。
あの年期の入ったギルド兼酒場を、自分は何の痛手も無く新品に建て替えてもらえるのだ。
「実は、その話も結構進んでいてね。」
にこにこしながらイグナスは言う。
あ~もういい。
わかったわかった。
俺は一生、マダムには勝てない。
どうせ好き勝手にマダムが間取りとか決めて、俺がその金を払うんだ、こんちくしょうっ!!
は~、報奨金、足りるかな……。
結構遊んで暮らせるくらいもらったと思っていた今回の俺の報奨金は、イグナスの雇用金と領地館とギルド(兼酒場)の建設で全て消えそうである。
俺は泣きたい気持ちをこらえながら、運ばれてきたローストビーフを頬張ったのだった。
とは言え、流石に王様と同じテーブルではなかったので良かったけど。
王様のテーブルの両サイドに、皇太子と第二王子のテーブル、第三王子のテーブルと言った形になっている。
なので俺達は当然第三王子であるライオネル殿下のテーブルなのだが、そこでどどんと上座側に席がある。
ほぼ平民の俺には異例の待遇と言っていい。
一応、今回の立役者という事を考慮されたんだろうけど、爵位からいっても普通はこんな上座側に俺の席があるなんてのはおかしい。
このテーブル。
ライオネル殿下の周りはそれなりの貴族が囲み、ギルをはじめとする警護部隊の面子が爵位と親しさの順で並んでいる。
だからシルクなんてかなりの上座に行ってしまい、物凄い顔をして固まっていた。
う~ん、ギルのパートナーとなるとこういう事も起きるんだな……。
シルクもそれなりの覚悟はしていたみたいだけど、いざその場になるとやっぱりプレッシャーは半端ないだろう。
多分、飯の味なんかわかんないだろうなぁ。
それでも森の街でマナーを習っていたし、ギルと良く食事に行っていたのでその辺は最低限大丈夫そうだし、何より隣でさり気なくギルがフォローしてる。
問題の会話についてはシルクはある意味プロだ。
近くに座った会った事もない高慢そうな貴族相手に、営業スマイルでトークをブチかまし笑顔を引き出している。
「流石だね、シルキーは。」
それを俺と同じように見ていたイグナスが言った。
俺の前の席で、ニッコリ笑う。
「……何でイグナスはここの席なんですか?」
「流石に私が国王陛下と同じテーブルに付く訳には行かないじゃないか。そうだろう?」
まぁそうだよな。
王様の旧友である、マダムを始めとした30年前の英雄たちは王様の近くに配置されている。
ただ、イグナスを気にかけてるレオンハルドさんは、執事ですのでと言って晩餐会の席につく事そのものを辞退している。
だからイグナスは俺の側に配置されたらしい。
南の国の第二王子とは言え、非公式な存在だから王宮も対応が難しいのだろう。
「その後どうです?」
「変わりないよ。とても良くしてもらってるし、私を迂闊に外に出せない事情も理解しているしね。」
「その……ごめん。証言してもらったばかりに、こんな事になってしまって……。」
イグナスはこの国に来て、自由に生きるつもりだったと思う。
けれど王宮でその身分を証した事によって、結局、閉じ込められる生活になってしまった。
「ははは、証言したいと言ったのは私だし、気にする事はないよ。確かにちょっとこの変化の少ない生活には飽きてきたけど、レオンさんが色々気にかけてくれるし、マダムが協力して下さる様だし。」
マダムの事を言ったイグナスはまるで女神に祈るような顔をした。
え?!何??
イグナスってマダムが好きなのか?!
ちょっとよくわからなくて、引いた顔をしてしまう。
「サーク、君は……一番マダムに気に入られているのに。」
「いや、それは一応ありがたいけど……な。」
気に入ってるのか、いい金蔓なのか……。
とりあえずマダムにとって都合のいいカモであることには変わりない。
複雑な顔をする俺をイグナスは明るく笑った。
今日はここに彼はいるんだなと、そんな事を思う。
「それよりサーク、私は君と商談がしたいのだがどうかな?」
「商談!?」
俺はちょっと素っ頓狂な声を上げてしまった。
隣の席の貴族(ちゃっかり入り込んだウィルのファン)と話していたウィルは、俺の声に顔を向け、軽く窘めてくる。
その様子をイグナスがしげしげと見ていた。
「サーク、そちらのハンサムな人を私には紹介してくれないのかい??」
イグナスからそんな言葉が出る。
この場で紹介しないのもおかしいので、俺はちらりとウィルを見てそれから言った。
「ウィル、こちら南の国から来たイグナチウスさんだよ。軽く話したよね?で、イグナス。このハンサムな美人が俺の婚約者。ウイリアムです。惚れたりしないで下さいね。」
俺が釘を指すように言うと、イグナスはおかしそうに笑った。
「ん~、それは約束できないな。」
「なら、私に惚れて下さっても構いませんので、サークには惚れないで下さい。」
「ちょっと!ウィルっ!!」
「あはは、中々手厳しい人だね。私もウィルと呼んでも?」
「構いません。イグナチウスさん。」
「うん。できればイギー、もしくはイグナスと呼んでもらえると嬉しいんだけど?」
「わかりました、イグナスさん。」
そこでイグナスはぶっと吹き出して大笑いした。
なんで笑われているのかわからず、俺とウィルは顔を見合わせる。
「……失礼。あまりにも二人が同じ対応をするからおかしくて……。サークもなかなか私をイグナスと呼んでくれなかったからね。うん。夫婦になる間柄だと、お互い似てくるというのは本当の様だね。」
そう言われ、俺とウィルは少し顔を赤くした。
イグナスは悪いやつではないんだけど何となく身構えてしまう。
それがウィルにも伝染していたようで、俺達は顔を見合わせてちょっと困ってしまった。
「そう言えば、二人が国王陛下からもらう家は、王宮都市かい?それともフライハイトかい?」
「場所や物件はまだ決まってないんだ。こちらで選んで決まったら知らせるって形でね。仕事はこっちだから、王宮都市に持つつもりなんだけど……。」
「やはりそうか。それでさっきの商談の事だけどね、サーク。私を雇わないか?」
イグナスは意外な事を言い出した。
何を言われているのかわからなくて、一瞬戸惑う。
どういう事だろう??
「どういう事です?イグナス??」
「うん。おそらく君は王宮都市に住み続けるだろうと思ったんだ。だが、君には領土がある。その管理もしなければならない。君は聞いた所、ご家族が近くに住んでいる訳ではないと言う話だから、誰か管理者が必要になるだろう?」
「……それを、イグナスに??」
「うん、どうかなと思ったんだ。確かに私も領土の管理というのはやった事はないけれど、長年、大御所達と過ごしてきてそれなりに経済や領地管理については学んできた。私には冒険者は向かないかもしれないが、そういった事ならやっていけると思ったんだ。それにマダムがいる場所だ。色々学ぶ事も多いと思ってね。君さえ良ければだけど。」
俺はイグナスの顔を見て考えていた。
イグナスの顔は、それまでにないくらい生き生きしていた。
何かを自分で売り込んで、そして行っていこうという気持ち。
それが今、ここにイグナスを存在させていた。
「確かに……誰かに任せないと行けない所だし、イグナスのこれまでの経歴から考えても合ってる気がする……。でも、俺、イグナスを雇えるだけの財力がな……。」
「ん~。手始めにある程度もらって、後は領地運営の中から歩合でもらうっていうのはどうだい?今ならサークも今回の報奨金があるだろ?後は私自身の領地運営の腕でどうにかする。もちろん勝手に何かしたりはしない。君の領土だからね。はじめのうちはまめに相談して方向性や何を中心に置くかを決めて、それの運営状況から予測を立てて……。」
イグナスが具体的なプレゼンをしてきた。
ウィルも真剣に聞いている。
いつの間にか、周囲にいた人全員がその話に聞き入っていた。
それほど見事なプレゼンだったのだ。
「と言う感じなんだけど、どうかな?」
「素晴らしいですな!アズマ男爵が雇わないなら、ぜひ家に来て欲しいくらいだ!」
絶賛され、イグナスは少し照れたのか、はにかんで笑った。
なんだ、そんな顔もできるのか、イグナスは。
プレゼンも良かったが、自分の力で生きていこうとするイグナスが確かにそこに居て、そして嘘でない素の自分を取り戻し始めている事がとても印象深かった。
「イグナス。一つだけ問題がある。」
俺はイグナスの案を受けるつもりで真っ直ぐに彼を見つめた。
イグナスもその部分はわかっているらしく、俺を真っ直ぐに見返し頷いた。
「ああ、マダムの力をお借りしようと思っている。」
俺が何を言いたいか、それに対しての答え。
イグナスは非公式とはいえ、南の国の第二王子だ。
それを公表する事はできないし、だからといって見なかったことにできる相手ではない。
だから王宮も扱いに困っているのだ。
国境を閉鎖したとはいえ、まだ南の国とは完全な敵対関係になった訳ではない。
だから今は、臨時的に外に出さないという方法を取っているのだ。
王宮から出すにはそれなりの後ろ盾が必要になる。
にわか貴族の俺ではそれに対抗できないが、今回、所在地政治離脱権限を施行してクーデターを抑えたマダムは、政府に一目置かれる存在だ。
何より、かつてジョシュア国王の大いなる功績を助けた四天王が一人、広天目の異名を持つマダムに、国王は全く逆らえないというか逆らわない。
それも問題あると思うのだが、マダムがイグナスを預かると一言言えば、厄介だと思っている政府は喜んでイグナスを外に出すだろう。
非公式な第二王子を預かっているというのは、ある種の火種でもあり、切り札でもある。
政治的には微妙な存在だ。
できれば関わりたくないというのが、政府中枢の考えだろう。
だが、今は厄介な存在でも人質として切り札的なカードになるもなるので、いざという時は使おうとするだろう。
政治としては仕方のない事だが、ずっとそれに人生を振り回されてきたイグナスの事を考えれば、そんな事はさせる訳にはいかない。
そういう意味でも、マダム、つまりギルドが一枚噛んでいれば、そう簡単に政治的に良い様に利用されたりはしないだろう。
だとしたら、イグナスが自分を生き、そして守られ続ける場所としてはフライハイトはもってこいかもしれない。
「そうか……。」
「どうだい?私を雇うかい?」
「ああ、お願いするよ、イグナス。」
「交渉成立だね。サーク。」
イグナスの差し出してきた手を俺は握った。
これは大きな賭けでもある。
イグナスを置くと言う事は、南の暗殺者をフライハイトに招く事になるかもしれない。
そうなればギルドの仲間を危険に晒す事になる。
俺はこの時初めて、領土を持つという事、そこに住む人々を俺が守らなければならないのだと強く意識した。
「とは言え、まずはマダムに話をしてみないとだな……。」
そうは言っても、マダムがうんと言わない限りは、この計画はおじゃんになる。
マダムはイグナスを気に入っているようだったので、多分、協力してくれるとは思うけれど、どうだろう??
「そこは問題ない。既に話は通してある。」
「え??」
どう話を持っていこうか考えている俺に、イグナスは何でもないようにそう言って、運ばれてきた魚料理を上品に口に運んだ。
ぽかんとしながら、俺も真鯛のポワレを口に含む。
……美味いな、これ。
思わず色々忘れてもごもご堪能する。
ってそれどころじゃなかった。
「どういう事だ?もうマダムの了承は取ったのか??」
「あぁ、既にマダムとは話がついている。だからサークが私に任せると言えば、それでもう交渉成立なんだ。」
イグナスはニッコリと笑った。
どうやら御膳立ては全て終わっていたようだ。
さすがは南の大富豪達に揉まれて来た男だ。
プレゼンから何までさらりとやってのけたイグナスの手腕に脱帽して笑った。
「流石だな。」
「それでなんだが、サーク。色々な事を考慮して、領地館をマダムのギルドと同じ建物にしたいんだが……。」
俺は魚料理の残りをぺろりと口に入れながら話を聞いていた。
あの酒場兼ギルドの建物を??
2階建てで宿にもなるから、確かに部屋はあるだろうけど、あそこを領地館として使うのか??
しかもそれをマダムが許したのか……。
「あの建物をか……。一部を領地館に使っても良いってマダムが言ったのか??」
「建て替えるんだよ。」
「……は??」
「だから、建て替えるんだよ、サーク。」
「誰が?!」
「それはもちろん。領主様がさ。」
イグナスは楽しそうにそう言った。
俺は固まって何度も瞬きをした。
建て替える??
あの、酒場兼ギルドの建物を??
俺が??
その瞬間、俺には全てがわかった。
何でマダムがこんな面倒そうな事を簡単にOKしたのか。
「~~~っ!!抜け目ないっ!!本当~っ抜け目なさすぎるっ!!」
確かにマダムの側に置いておくのが、イグナスにとって一番安全だ。
そして俺の領土の中では、おそらくギルドのある街が一番メインになってくる。
俺は領地に城を建てようとか、屋敷を建てようとか思っていなかった。
だからそこに領地館を置く事が一番手っ取り早いのだ。
その二点から考えれば、マダムとイグナスを同じ建物に置く事、つまり領地館でありギルドである建物を立てれば、全てが解決する。
そして恐らくマダムはそれを見越していた。
あの年期の入ったギルド兼酒場を、自分は何の痛手も無く新品に建て替えてもらえるのだ。
「実は、その話も結構進んでいてね。」
にこにこしながらイグナスは言う。
あ~もういい。
わかったわかった。
俺は一生、マダムには勝てない。
どうせ好き勝手にマダムが間取りとか決めて、俺がその金を払うんだ、こんちくしょうっ!!
は~、報奨金、足りるかな……。
結構遊んで暮らせるくらいもらったと思っていた今回の俺の報奨金は、イグナスの雇用金と領地館とギルド(兼酒場)の建設で全て消えそうである。
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