欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

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大広間。

ダンス会場となるその空間の中心に一人、シルクが佇んでいる。
静まり返る会場で、凛と咲くその一輪の花は孤高で美しかった。

その指先が、緩やかに流れ出した音楽に合わせて動いた。
風になびく様にしなやかに。
そして生きる躍動を持ってその身体が動く。

誰もがはっと息を飲んだ。

シルクはとても中性的な、むしろ女性よりな衣装を着ていたが、その動きは雄々しく逞しかった。
力強く床を蹴り、躍動する。

「……凄い。」

それは今まで見ていたシルクの踊りとは、また一線を画くものだった。
今まで見ていた踊りは全てショーステージ用のものだ。
だが今、見ている踊りはそれとは違う。

それは祈り。

これは何かを称え、崇めるものだ。
俺にはそれが力強い奉納舞の一種のように見えた。

「あの子には、サーク様がこの様に見えているのですね。」

いつの間にかレオンハルドさんが横にいて、そう言った。
俺はもう一度、踊るシルクを見つめた。

「……俺はこんなに格好良くもなければ、見とれる美しさもない。崇めるような強さもないですよ。」

「それはどうでしょう?少なくとも、あの子の中には、サーク様を尊ぶ程の強さがあるのですよ。」

そう言われても、俺はこれが俺を表す踊りだとは思えなかった。
俺はこんなにも尊く、美しく、力強くない。
いつでも迷い、のたうち回って、我武者羅に生きているだけだ。
そこには間違いもある。
失敗もある。
誰かを傷つけてしまう事も少なくない。
後悔がない生き方なんてしていない。
それでも、後悔をも背負って生き続けるしかないんだ。

「……あの子ははじめ、演舞継承の修行から外されていたんですよ。」

「え??」

シルクの踊りを見ながら、レオンハルドさんが言った。
その目はシルクを見ているようで、どこか遠い時間を見ているようだった。

「あの村の者は全員武術を嗜むのですが、武術を極めて演舞を学ぶ者はその半分ほどです。そして継承となればほんのひと握りです。見ての通りシルクは線が細い。だから武術を極め演舞を習わせるには向かないと思われていたのです。そして幼いあの子はとても見目麗しかった。それで村では、あの子は踊り子にしようと考えて踊りを中心に教えていたのです。」

レオンハルドさんはじっとシルクを見つめている。
その顔はいつもシルクに向けている厳しい師匠の顔ではなく、愛弟子を想う師匠の親の愛情のようなものに満ちていた。

「あの子があれほど踊りが上手いのは、放浪の中で身につけたものでもありましょうが、恐らく根本には、村で踊り子として教育されていた基礎があったのでしょう。もちろん、村で言う踊り子というのは、ショーとしての踊り子ではありません。村の儀式などの際に踊る踊り子です。今、あの子が踊っているような舞を祭りや儀式の際に踊る役割を任そうとしていたのです。」

レオンハルドさんが語る俺の知らないシルク。
踊るシルクを通して、レオンハルドさんはカイナの村を思い出しているのだ。
もう二度と帰る事のできないその場所。
でも確かにあった大切な場所。

「私はジョシュア国王との旅の後、村に戻ったのです。あちこちから声かかかる事を煩わしく感じたからです。村に帰ると、ちょうど新しいオルグを選ぶ所でした。」

「オルグ??」

「演舞の総尊師の事です。今後演舞を代々継承していく上での総責任者になります。私がそのタイミングで村に戻ったのは、恐らく巡りだったのでしょう。私はオルグとなりました。」

レオンハルドさんが思い出したようにくすりと笑った。
多分、村の思い出は、レオンハルドさんにとってもとても幸せな記憶なのだと思った。

「その引き継ぎの儀式の際、始祖の舞を踊ったのがシルクでした。あの子を一目見た時、自分が魂から震えたのを覚えています。村の皆はシルクを踊り子にしようとしていましたが、私はこの子こそが真の演舞の継承者だと思いました。」

演舞は謎の武術だ。
だから俺にはレオンハルドさんが話している事の半分ほどしか理解できなかった。
儀式が何なのか、始祖とは何なのか、俺にはわからない。
だが、それをレオンハルドさんが俺に話してくれている意味を噛み締めていた。

「サーク様もご覧になったでしょう?あの子の強靭でしなやかなバネを。シルクの筋肉はまるで野生のピューマか豹の様なのです。音もなく静かであり、強靭であり、力強く躍動している。私はすぐにオルグとしてシルクを演舞後継者候補に加えました。皆はとても不思議がっていましたよ。無理もない。豹かピューマとは言え、あの頃はただのいたずら好きなコロコロした子猫に過ぎませんでしたから。誰もその先まで見えなかったのです。」

コロコロした子猫と言う表現が自分で言って面白かったのか当時のシルクを思い出したのか、レオンハルドさんはおかしそうにくすくすと笑った。
でも何となくわかるな~。
子供のシルクのコロコロした子猫っぽさ。
ぽてぽてしているのにじっとしていられない好奇心と、大人を真似てツンとすましてみたりするこまっしゃくれた感じ。
きっと幼いシルクは、それはそれは可愛かっただろう。
思わず踊り子として綺麗な衣装を着せたりもしたくなるよな。
俺は勝手に小さいシルクを想像してほっこりしてしまった。

「ふふふ。しかしあの子もああ見えて男ですからね。踊り子に選ばれた事には少し思う所があったのでしょうな。私が後継者候補に加えましたら寝る間も惜しんで稽古に励みましてね。その結果、周りに比べて小さく細かった体も見る間に育ち、立派な若き子豹となりました。それを見て皆、やっとなぜ私があの子を後継者に加えたか理解してくれました。」

顎に手をやり撫でるその横顔はいかにもしてやったり顔で、レオンハルドさんがシルクを見出した事をとても自慢に思っている事が伝わってきた。

「……演舞の始まりは、一人の踊り子と言われています。捕らえられ寝所に招かれた踊り子が、信念を貫く為に男を殺し、長い間追手と戦い続け生み出した武術だと。だから本来は、舞の踊り手と演舞の踊り手は同じであるべきなのです。しかし長い村の歴史の中でそれは分けられました。武を極めんとすれば踊りに必要なしなやかさを欠き、舞を極めんとすれば武に必要な力強さを損なう。同時に持つ事が難しかったのです。しかしシルクはそれを可能とした。演舞の始祖と同じように……。」

それを聞いて、何かハッとするものがあった。
俺はシルクの歩んできた道を思った。
まるでその踊り子をなぞる様なその軌跡を。

「サーク様が演舞の踊り手を拾われたと知った時には胸が震えました。そしてそれがシルクである事が奇跡のように思えました。しかしあの子に再会し、どのようにして生き残ったかを知り、私があの子を演舞の継承者にした事で始祖と同じ道を辿らせてしまったのではないかと思ってしまいました。」

レオンハルドさんの顔は、踊るシルクを見つめながら、真剣で悲しげなものに変わった。
レオンハルドさんも感じたのだ。
シルクの軌跡が、それを生み出した踊り子をなぞる様に繰り広げられた事を。
それはただの偶然なのだ。
けれど真の演舞の踊り手として、シルクに架せられた何かだった様に思えてしまうのだ。

「始祖は長い戦いの旅の中で伴侶と仲間をえ、最後に村を築くのです。あの子は……シルクは最後に何を築くのでしょうな……。過ぎ去りし時代のオルグとしては、新しき時代が幸せなものでもある事を願ってやみません……。」

カイナの村は滅んでしまった。
だからもう、それを取り戻す事はできない。

全てを失ったのはレオンハルドさんも同じなのだ。
そして自分を過去のものと表現したそこには、自分が見出し始祖の道をなぞった若き弟子に、失った希望を見ているのだと思った。

そしてそれがどんな形でも、幸せであって欲しいと願う。

表現するのが難しい哀愁の中に、未知の未来を背負った希望が小さく瞬いている。
レオンハルドさんにとって、シルクはそう言う存在なのだ。

だから憎まれるほど厳しくもなれる。
親と等しくシルクを愛しているからそれができるのだ。

あんなに怯えたり酷く言ったりもするが、シルクもそれはどこかでわかっている。
だからレオンハルドさんについていく事を決めたのだろう。

「……シルクの事、よろしくお願いします。」

「ええ。あの子が望んだ事です。サーク様の片腕として恥ずかしくない様、しっかり鍛え直しておきますよ。」

レオンハルドさんはそう言って、茶目っ気たっぷりにウインクしてきた。

……………………。

くそうっ!
ナイスダンディめっ!!

も~!!
本当にやめてください。
格好可愛すぎて、俺、悩殺されますから……。

ちょっとキュンとしてしまった。
赤くなった顔を誤魔化すように、俺はシルクの踊りを見つめた。

踊りはどうやら大詰めの様で、シルクの身体がふわりと高く中を舞う。
そして音もなくしなやかに地に降り立つと、シルクはすっと俺の前に立った。

「……え??」

シルクは何も言わずに微笑んで、静かに俺の前に跪いた。
そして頭を垂れる。

脳裏にあの日の事が過ぎった。

あの、たった一度の誓いをシルクが俺にたててくれたあの日を。
無意識にその頭にそっと手を乗せた。
誓いを交したあの日の様に。

名前を呼んで?

言葉でない言葉が聞こえた。
幻聴なんかではない。
確かにシルクの心がそう告げたのだ。

音楽が止まり、しんと静まり返った中に俺とシルクはいた。

神聖な静寂の中、皆が俺達を見ている。
音もなく降り立った野生の豹が傅いて頭を垂れ、その頭に男が手を重ねているその様を。

俺はゆっくり深呼吸をして言った。



「シルク……シルク・イシュケ。従者であり、片腕であり、何よりお前は私の無二の友の一人だ。」



俺の言葉にシルクが顔を上げた。
いつかのように、涙を堪えながら笑っていた。

「主っ!!」

そしてやっぱりあの日の様に、飛び上がって俺に抱きついた。
ちょっとつんのめったが、なんとか堪えて抱き止める。
周囲からわっと声が上がって拍手が鳴り響く。
何かちょっと恥ずかしかった。

「主、愛してるよ。ギルとは意味が違うけど、やっぱり俺、主を愛してるよ。誰よりも誰よりも……。」

「うん。知ってる。ありがとう、シルク。俺を主にしてくれて。ずっとついてきてくれて。ありがとう。俺も愛してるよ。恋愛感情とは違うけど、でもちゃんとお前を愛してる。」

喝采の中、抱きついたシルクが小さな声でそう言った。
だから俺も、小さな声でそれに答えた。

幸せであって欲しいと思う。

過去の事も今の事も、色々な部分はわからない。
でもシルクが幸せであって欲しいと思う。
今も、これからも、その先もずっと。

俺は、シルクが踊ってくれたような、強く、尊く、美しくはない。
いつでもジタバタともがいて、必死にその時を生きているだけだ。

それでも少しでも、シルクに応えられる様な主でありたい。
半人前の主だけれども、それでもシルクの主として恥じない存在でありたい。

幸せでいて欲しい。

俺はシルクの主として、何が出来るだろう?
どうあるべきだろう?

ぎゅっと抱きついてくるシルクを抱きとめながら、俺はそんな事を考えていた。
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