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第二章「別宮編」

眠らない夢

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彼はワイシャツを着崩し、腕捲りをして馬たちの世話をしている。
汗をかきながら作業をするその姿を暫く黙って見ていた。

……って、これじゃストーカーだよな。

誰かの事をとやかく言ってられないなぁと反省。
俺は馬屋の縁をコンコンとノックした。

彼が驚いて顔を向けた。

「ここに来れば会えるかと思って。」

さらっと言ったつもりだけど、緊張している。
商売抜きでなんて、本当は会うべき相手じゃないから。
彼は呆れたようにため息をつき、体についた藁を払った。

「俺以外が当番だったら、どうする気だったんだ?」

「出直すかな?」

「それで済めばいいけどな。」

彼は柵にかけてあったタオルを首にかけ、汗を拭った。
それを横目でちらりと見る。
ちゃんと男らしいんだよなぁ、こいつ。
捲くられた袖から覗く腕は太くはないがちゃんと筋肉もある。
流れる汗がセクシーだけれども、それはどちらかというと男の色気だ。
顔だって王子様みたいに男前で、子猫ちゃんたちが放っておかないのもよくわかる。

「気難しいのもいるから、迂闊に近寄るなよ。」

厩舎に足を踏み入れると、彼はそう言った。
見慣れない男に対し、馬たちはそれぞれ個性的な反応をしている。

「どの子は仲良くしてくれる?」

「ん~、そうだな……。こいつかな?」

彼がそういって近づいた馬は、直ぐに彼に顔を擦り付けてきていた。
その馬が人馴れしているのもあるだろうが、彼がとても好かれているという印象の方が強かった。
目配せされ俺もその馬に近づく。

「可愛い~。」

彼が暴れないよう馬の顔に手を回してくれ、俺はそっとその馬に触れた。
生き物だから当たり前なんだけど、凄く温かい。
彼の言う通り本当に懐っこい子の様で、鼻筋を掻いてやると嬉しそうに顔を押し付けつてきた。
俺は笑いながらその馬の首筋を撫でてやった。
筋肉がぶるると動くのがちょっと面白い。

「……変な奴。」

「何でだよ?」

「何でもだよ。」

そう言ったが、彼の目は優しく馬を見ていた。
彼が声をかけたり手を伸びせば、どの馬も素直に寄ってくる。
その一頭一頭を彼は優しく撫でていた。
多分、馬が好きなんだ。
知らなかった彼をまた1つ知った。

「……ありがとな。」

「ああ、無事、済んだよ。」

「なんて言ったんだ?」

「森で迷われてたから送ってきたって言った。後は殿下がご自分で何とかしたよ。」

「そっか。」


それからお互い、少し黙った。
馬たちが上げる音だけが厩舎に響く。
不思議だけど、それは嫌な沈黙ではなく心地よかった。

「俺さ、暫く魔術本部に修行に行くことにした。」

「……そうか。」

「だから……。帰ったらまた、ここに会いに来てもいいか?」

俺は柵に腕を置いて顔を乗せ、明後日の方を見ていた。
彼が何と言うかわからなかったからだ。

さらっと口にしたが、俺は物凄く緊張していた。
そしてほんの少しの沈黙にすら耐えられなかった。

「まぁ!そう言うのって、お客さんに対してタブーなんだけどさ~!」

直ぐに返事がなかったので、俺は思わずそういってしまった。
今なら明るく言えば誤魔化せる、みたいな感覚。
けれどそんな俺に、彼が小さくため息をつく。

「確かに客としては困るな。」

「だよな……。ごめん……。」

「でも……。ウィルなら喜ぶと思う……。」

彼の顔を見れずに柵においた腕に突っ伏していた俺の耳に、予想外の言葉が聞こえた。
俺はハッとして顔を上げた。

ウィル。

その単語に彼を見た。
彼は少し切な気な微笑を浮かべ、柵に置いた俺の指先にそっと触れた。
無言のまま、お互いの視線が向き合う。


「……ウィル……ウィリアム・ロム・クラフトなら……、ハクマ・サークの訪問を喜ぶと思う……。」


彼の目元は赤く潤んでいて、今にも泣きそうだった。
その潤んだ瞳を見つめ、たまらなくなった。

触れ合っていた指先が絡み合う。
離れがたくて、いてもたってもいられない衝動に駆られた。

自分の中にこんな熱い何かがあるなんてと驚く。
レオンハルドさんに自分からキスした事にも後からびっくりしたけれど、やはり今回も俺は無自覚だった。


「ウィル……ッ!」


名前を呼んだ。
その瞬間、彼の目から一筋の涙が流れる。

それを見た瞬間、俺の体は勝手に動いた。
衝動に突き動かされ、気づいた時には体が動いていた。

俺は彼を……ウィルを抱き締めた。


「ウィル……。」

「……ずっと……ずっと待ってたんだ。サーク……お前を……。」

「ごめん。色々あって道に迷ってた……。」

「遅いんだよ。馬鹿……。来ないかと思った。」


ぎこちなく抱きしめた俺に彼が腕を回す。
そのまましばらく、何も言わずに抱き締め合っていた。

彼の温もり。
匂い。

それが自分の腕の中にある事が嬉しかった。


「ウィル……。」

「うん。」

「ウィルは俺でいいのか?」

「うん。」

「俺、ちんこ勃たないけど、いいのか?」

「……ここでちんこの話を出すか?普通?」

「だって!後で勃たないから嫌だって言われたら……。俺、立ち直れないし……。ウィルは涼しい顔して体エロいから……。」

エロい発言にウィルの顔がカッと赤くなる。
え??でも本当の事じゃん??
積極的だし、プラグ入れて仕事に来ちゃうし。

「その話は今はいいだろ!!」

「大事だろ??」

付き合うとなったら、プラトニックなままって訳にも行かないだろう。
性欲のない俺はまだしも、ウィルには性欲があるのだし。
俺は性欲研究者としてそういう事には肯定的だ。
綺麗事ばかり並べる気はない。

けれどそれはもしかしたら、今言うべきじゃなかったのかな?
ウィルが俺の方にゴンッと頭を乗せ大きくため息をついた。

「も~、何なんだよ、ムード台無しだよ!馬鹿サーク!!」

「えええぇ?!大事な事だと思ったんだけど?!」

「……まぁ、大事ではあるけど。」

「で?返事は?」

「……いいよ。当たり前だろ……。むしろ、俺はお前じゃないと駄目なんだ。」

「ちんこ勃たないのに?」

「だから!!ちんこはどうでもいいんだよ!!勃たないのなんか十分知ってる!!その上でお前が好きで!お前じゃないと駄目なんだよ!!いい加減わかれよ!!」

怒ったように言い放たれた言葉。
ウィルはムカついたのかもしれないけれど、俺はその言葉が妙に嬉しかった。
勃たなくても、俺じゃなきゃ駄目だって言ってくれたのだから……。

「ごめん。」

「まぁいいよ。……で?サーク?お前はどうなんだ?大事な部分をちゃんと言われてないぞ?」

大事な部分。
確かにそうだなと俺は一度、体を少し離してウィルの顔を見つめた。
そしてゆっくり、自分の今の気持ちをありのまま話した。

「俺は……。恋愛とかまだよくわからないところがある。でもお前が好きだし、何よりどうしようもなく引き付けられるんだ。正直言うと、自分でも何が何だかわからない。……でも、胸の奥に衝動があって、それが強くウィルを求めてるんだ……。」

俺の目をじっと見つめながらその言葉を聞いていたウィルは、聞き終わってからぷいっと顔を背けた。
顔や目元が赤らんでで、照れてるんだなと思った。

「……馬鹿なのか?さっきまでちんこの話ばっかりしてた癖に……何でそんな口説き文句すらすら言うんだよ……馬鹿なのか?」

「酷くない?!」

「………嘘。ごめん。嬉しい……。」

そう言ったウィルはとろけそうなほど綺麗で、俺はギュッと抱きしめた。

「……ウィルは俺でいいんだな?」

「ああ……。」

「ウィル、俺を見て。」

抱き合っていた体がそっと離れる。
俺はウィルの涙に濡れた頬を指で拭う。


「ウィル……。」


俺は名前を呼んで、そっと口付けた。

ウィルの腕が俺の首に回る。
俺もウィルの体に腕を回した。

ウィルの口が微かに開き、俺はそこに割り入った。

「……んっ。」

ウィルの口から僅かな声が漏れた。
ぎこちない俺をリードするようウィルの舌が絡む。

どうしよう……ウィルって相変わらず存在がエロいよな……。
今はまだ誰もウィルがこんなにエッチで可愛いって知らないけど……。

物凄く不安だ。
ここに来るまではウィルが俺に応えてくれるか不安だったのに、今度は誰かにそういう目で見られたらどうしようと不安になる。
そんな心配をしながら、俺は顔を離した。


「……っ!!」


そして目を奪われた。
腕の中にいるその人に目を奪われた。



「……やっと、してくれたな……。」



そう言ったウィルの顔はとても綺麗だった。
目元が、頬が、赤く高揚し、これ以上ないほど幸せそうに微笑んでいた。

ズクンッと全身に衝撃が走る。
胸の奥に衝動がある。

ああ、そうだ……。

俺はやっと理解した。
ウィルはずっと特別だった。

俺にとって特別だったんだ。

自分で決めた客には触れないと言うルールを破った。
パートナーが出来るかをやたらと気にかけた。

ことある毎に本当ならこうしたいと俺に思わせた。
恋人なら、彼氏なら、こうするのだろうなと。

裏を返せば、もしそれが可能なら俺はそうしたかったんだ。


この衝動を、人は何と呼ぶのだろう?


俺は両手でウィルの顔を包み込む。
コツンと額をくっつけた。



「ウィル、俺と付き合って下さい。」

「喜んで……。」



ウィルは俺の手の中で、幸せそうに微笑んだ。
どちらからともなく顔が近づく。
そして口付けた。



「……ちんこ勃たなくてごめんな?」

「だ・か・らっ!!ちんこから一端、離れろ!!馬鹿っ!!」
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